医学界新聞


新年号特集 飛躍する「がん対策」

対談・座談会

2007.01.01

 

【新春鼎談】

新年号特集 飛躍する「がん対策」
がん医療を変える,日本の医療が変わる

本田麻由美氏(読売新聞社会保障部記者)
垣添忠生氏=司会(国立がんセンター総長)
外口崇氏(厚生労働省健康局長)


 1981年以降,日本人の死亡原因の第一位を占めるがん。「がん対策基本法」施行により,“がんの罹患率と死亡率の激減”に向けたがん対策の一層の充実が求められる。

 本鼎談では,がん対策基本法成立の背景を踏まえ,法の基本理念と意義を検証する。さらには,がん対策基本法の施行が,がん医療の変革のみならず,日本の医療変革の突破口となることを期待しつつ,新時代の幕開けを迎えたい。

*以上,がん対策基本法より抜粋。この他,政府は「がん対策推進基本計画」を策定し,この基本計画をもとに各都道府県は医療提供体制等を踏まえた「都道府県がん対策推進計画」を策定することとなった。政府の基本計画策定に際しては「がん対策推進協議会」を設置,患者・家族らが委員に入ることを明記した点も注目される。基本的施策としては,(1)がんの予防および早期発見,(2)がん医療の均てん化,(3)がん研究,の推進を柱に,がん検診の受診率向上や専門医育成,緩和医療の充実等を求めている。

がん対策基本法の目的と基本理念

(目的)
第1条 この法律は,我が国のがん対策がこれまでの取組により進展し,成果を収めてきたものの,なお,がんが国民の疾病による死亡の最大の原因となっている等がんが国民の生命及び健康にとって重大な問題となっている現状にかんがみ,がん対策の一層の充実を図るため,がん対策に関し,基本理念を定め,国,地方公共団体,医療保険者,国民及び医師等の責務を明らかにし,並びにがん対策の推進に関する計画の策定について定めるとともに,がん対策の基本となる事項を定めることにより,がん対策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。

(基本理念)
第2条 がん対策は,次に掲げる事項を基本理念として行われなければならない。
 1.がんの克服を目指し,がんに関する専門的,学際的又は総合的な研究を推進するとともに,がんの予防,診断,治療等に係る技術の向上その他の研究等の成果を普及し,活用し,及び発展させること。
 2.がん患者がその居住する地域にかかわらず等しく科学的知見に基づく適切ながんに係る医療(以下「がん医療」という。)を受けることができるようにすること。
 3.がん患者の置かれている状況に応じ,本人の意向を十分尊重してがんの治療方法等が選択されるようがん医療を提供する体制の整備がなされること。


垣添 国立がんセンター総長の垣添です。2006年6月にがん対策基本法が成立して,07年4月施行となります。今後のがん対策に大きな変化のあることを期待しています。この座談会の司会を仰せつかりました。どうぞよろしくお願いいたします。

外口 厚生労働省健康局長の外口です。厚生労働省では,がん対策は健康局が担当しております。これまでは技術総括審議官としてがん対策に関わってきましたが,2006年9月からは健康局長として担当しております。行政に入る前は内科医として6年間働いていましたし,がん対策には以前から関心がありました。いまがん対策が大きく前進する時に,責任を果たしていきたいと考えております。

本田 読売新聞・社会保障部記者の本田です。社会保障部という部署は,医療制度,介護保険制度,年金制度等を担当しています。がん医療の問題を私が取材し始めたのは,厚生労働省の記者クラブに在籍した2000年前後です。当時は,患者さんたちのがん治療に対する声が出始めた頃で,それを取材したのがきっかけでした。まさかその時は,自分ががん患者になるとは思っていなかったのですが,それから2年ほどして自分が乳がん患者になって,患者さんたちの気持ちが身に染みてわかりました。以来,患者業をしつつ(笑),記者業の取材を続けています。

外口 私も,医師とがん患者,両方の経験があります。

垣添 では,ここにいる3人とも,がんサバイバーです(笑)。

本田 いかにがん患者が多いかということですね。

垣添 本田さんとは,少し前に乳がんのシンポジウムでご一緒しました。外口さんとは技術総括審議官時代に「NHKスペシャル――日本のがん医療を問う」で二晩ご一緒して,患者さんや家族の方々から厳しく追及されて苦労しましたけれども(笑),ああいうこと全体が,世の中のがん対策の流れを変えてきたと思います。

患者の声がメディアや行政,政治を動かした

垣添 まず外口さんから,がん対策基本法の成立した背景,法の持つ意義をお話しいただけますでしょうか。

外口 まずは法成立の背景からお話しします。国のがん対策としては,がんの本態解明を目的とした「対がん10カ年総合戦略」が1984年にスタートし,続いて「がん克服新10か年戦略」,現在は「第3次対がん10か年総合戦略」を行っております。

 ここ数年明らかになってきた課題の1つに,地域格差の問題があります。「全国どこでも,がんの標準的な専門医療を受けられるようにすべき」という声が,特に患者団体から強まってきました。これを受けて国では,「がん医療水準均てん化の推進に関する検討会」を2004年から5回にわたって開催しました。翌年には「がん対策推進本部」を設置し,「がん対策推進アクションプラン2005」を公表するという取り組みをしてきました。

 今回の基本法ができた背景は,こうした一連の動きのなかで,患者さんの声がとても大きくなって全国へ広がっていったことがあります。メディアも積極的に取り上げて,「がん対策は国民的な課題だ」という考え方を広めました。そして,各政党も重要な政治課題として取り組み,議員立法というかたちで6月に全会一致で成立しました。

垣添 たしかに,患者さんの声が非常に強くなってきて,それがメディアを動かし,行政,政治まで動かしたということだと思います。本田さんはマスコミ,あるいは患者の立場でどうお考えになりましたか。

本田 患者の声を,行政,政治,医療界が重く受け止めてくれたことを,まず患者として感じています。そもそもは未承認薬の問題から患者の働きかけが始まったのですが,それだけには留まらず,地域間格差や保険制度,さらには医師育成や終末期医療の問題まで指摘したと思います。

 そのなかでも特に大きかったのは,「患者の価値観に基づいた選択権を,もっと認めてほしい」と訴えたことです。マスメディアが動いたのは,その気持ちに共感したからで,各政党や医療界もそこに共感できたからこそ,大きな動きになったのだと思います。そうやって,皆の思いが大きくなったのが,今回の法成立の特徴だと感じています。

「がん対策基本法」の画期的意義

垣添 「がん医療水準均てん化の推進に関する検討会」では,私は座長を仰せつかっていました。当初,患者代表に検討会委員に加わっていただくことが,私の頭には浮かばなかったのです。途中で気がついて,「しまった!」と思いました。

本田 検討会の4回目と最後の5回目の間に,複数の患者団体から共同で要望書が出されましたね。

垣添 それで報告書をまとめる前に,患者団体の代表とお話しする機会を別に設けまして,地域格差や情報提供体制など様々な問題を指摘されました。患者さんの声を直に聞けたことは非常によかったし,報告書はそれを踏まえてまとめたつもりです。

本田 要望書を出したあとで,垣添さんから座長としてお手紙をいただきました。「患者さんを検討会に入れなかったのは不明の至りだった。患者さんの声を聞くべきだった」という真摯なお返事で,患者団体は「きちんと伝えれば聞いてもらえるんだ」と驚きもしたし,励みにもなりました。

垣添 本当に反省しましたし,こうしたことも最終的には,がん対策基本法の成立につながっていく道だったのではないかと思っています。いまの日本のがん医療に問題点,ひずみがあることは間違いない。それを是正するためには,患者さんと医療従事者,行政,政治が同じ方向を向いて努力する必要がある。まさにそういう動きが高まってきたと思います。

本田 今回の法成立の一連の流れのなかで,画期的だと思ったことが3つあります。1つは,いままで日本の行政も医療界もそう言わざるを得なかったのでしょうけれども,「日本の医療はすべて均質だ」という前提からすべて始まっていたと思うのですが,この法では差があることを認め,その対策の必要性に言及しています。2つ目は,患者の選択権を前面に押し出して,価値観に基づく医療をやっていくことを明確にしたこと。3つ目は,患者・国民を,一緒に医療政策を考え,形づくっていく共同作業者と位置づけ,新たに設けた「がん対策推進協議会」の委員にすることを明記したことです。

外口 がん対策基本法の第2条が基本理念になっています。1つ目は,「研究の推進と成果の普及」で,これはある意味当たり前です。2つ目が,「居住する地域にかかわらず等しく科学的知見に基づく適切ながん医療を受けることができるようにすること」。そして3つ目が,「本人の意向を十分尊重して,がんの治療方法等が選択されるようにすること」。この2つは本田さんがご指摘のように,これまでなかなか法律に明記されなかったことです。

 一方で,ちょうど同じ時期に成立した医療法改正においても,実は「本人の意向を十分尊重して……」という一文が入っています。これはやはり,これからの医療の考え方に即したものではないかと思っています。

垣添 がんという病気は人間の病気であって,がんで苦しむ患者さん,あるいはがんを心配する国民がいるから,がん診療や研究がある。こうした医療の原点に立ち返った法律であると私は高く評価しています。患者と医療従事者の信頼関係に基づいて医療が行われるのは,もう皆のコンセンサスです。そうであるならば,患者参加は当たり前のことだと思います。

「がん対策情報センター」への期待と相談支援の課題

本田 その患者参加をどうサポートするかがこれからの課題ですね。

垣添 2006年10月1日に,国立がんセンター内に,がん対策情報センターがオープンしました。これからは一般の方への情報提供の重要性が次第に認識されていくのではないかと思っています。

外口 情報センターに期待されている役割は,患者さんのニーズに合った情報を出すこと。それから,各地域の拠点病院で相談がうまく受けられるように支援すること。そして,患者さんが直接,自分が必要とする最新の情報をいつでも得られるようにすることだと思います。情報センターはまさにこれらをやろうとしている。その意気込みがホームページからも伝わってきました。

垣添 ありがとうございます。いまの段階までもっていくには,本当に職員が努力しましたし,いろいろな学会の方にもご協力いただきました。それでもまだまだ不足です。今後これを拡充していきたいと思っています。

本田 私は昨日,情報センターの取材に行きました。この短い準備時間であそこまで整備されたのは,すごい努力だと思いました。特に役立つと思ったのは,まだ一部ではありますが,ホームページで海外のガイドラインが推奨している治療と日本の違い,その背景まで説明しようという取り組みが始まっていることです。もう1つうれしかったのは,患者さんの生活に関する情報を拡充する方針があることです。

 ただ,課題も多いです。例えば乳がんを調べてみたら,骨転移治療の説明がなかったり,探しにくい構成だったり。地域の患者会情報も提供してほしい。今後は,がんサバイバーで地域の相談活動をされている方の声も聞くと伺いました。そうやって一緒に創りあげることで,よりよいホームページになればいいと思います。

垣添 「自分たちにできることがあれば協力したい」という患者さんからの申し出をずいぶんいただいています。

本田 将来的にあるべき方向に進んでいることはうれしいのですが,その一方で,患者側にしてみれば,いま困っていることがたくさんあって,自分のことはどこに相談したらい...

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