医学界新聞


新年号特集 飛躍する「がん対策」

対談・座談会

2007.01.01

 

【新春鼎談】

新年号特集 飛躍する「がん対策」
がん医療を変える,日本の医療が変わる

本田麻由美氏(読売新聞社会保障部記者)
垣添忠生氏=司会(国立がんセンター総長)
外口崇氏(厚生労働省健康局長)


 1981年以降,日本人の死亡原因の第一位を占めるがん。「がん対策基本法」施行により,“がんの罹患率と死亡率の激減”に向けたがん対策の一層の充実が求められる。

 本鼎談では,がん対策基本法成立の背景を踏まえ,法の基本理念と意義を検証する。さらには,がん対策基本法の施行が,がん医療の変革のみならず,日本の医療変革の突破口となることを期待しつつ,新時代の幕開けを迎えたい。

*以上,がん対策基本法より抜粋。この他,政府は「がん対策推進基本計画」を策定し,この基本計画をもとに各都道府県は医療提供体制等を踏まえた「都道府県がん対策推進計画」を策定することとなった。政府の基本計画策定に際しては「がん対策推進協議会」を設置,患者・家族らが委員に入ることを明記した点も注目される。基本的施策としては,(1)がんの予防および早期発見,(2)がん医療の均てん化,(3)がん研究,の推進を柱に,がん検診の受診率向上や専門医育成,緩和医療の充実等を求めている。

がん対策基本法の目的と基本理念

(目的)
第1条 この法律は,我が国のがん対策がこれまでの取組により進展し,成果を収めてきたものの,なお,がんが国民の疾病による死亡の最大の原因となっている等がんが国民の生命及び健康にとって重大な問題となっている現状にかんがみ,がん対策の一層の充実を図るため,がん対策に関し,基本理念を定め,国,地方公共団体,医療保険者,国民及び医師等の責務を明らかにし,並びにがん対策の推進に関する計画の策定について定めるとともに,がん対策の基本となる事項を定めることにより,がん対策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。

(基本理念)
第2条 がん対策は,次に掲げる事項を基本理念として行われなければならない。
 1.がんの克服を目指し,がんに関する専門的,学際的又は総合的な研究を推進するとともに,がんの予防,診断,治療等に係る技術の向上その他の研究等の成果を普及し,活用し,及び発展させること。
 2.がん患者がその居住する地域にかかわらず等しく科学的知見に基づく適切ながんに係る医療(以下「がん医療」という。)を受けることができるようにすること。
 3.がん患者の置かれている状況に応じ,本人の意向を十分尊重してがんの治療方法等が選択されるようがん医療を提供する体制の整備がなされること。


垣添 国立がんセンター総長の垣添です。2006年6月にがん対策基本法が成立して,07年4月施行となります。今後のがん対策に大きな変化のあることを期待しています。この座談会の司会を仰せつかりました。どうぞよろしくお願いいたします。

外口 厚生労働省健康局長の外口です。厚生労働省では,がん対策は健康局が担当しております。これまでは技術総括審議官としてがん対策に関わってきましたが,2006年9月からは健康局長として担当しております。行政に入る前は内科医として6年間働いていましたし,がん対策には以前から関心がありました。いまがん対策が大きく前進する時に,責任を果たしていきたいと考えております。

本田 読売新聞・社会保障部記者の本田です。社会保障部という部署は,医療制度,介護保険制度,年金制度等を担当しています。がん医療の問題を私が取材し始めたのは,厚生労働省の記者クラブに在籍した2000年前後です。当時は,患者さんたちのがん治療に対する声が出始めた頃で,それを取材したのがきっかけでした。まさかその時は,自分ががん患者になるとは思っていなかったのですが,それから2年ほどして自分が乳がん患者になって,患者さんたちの気持ちが身に染みてわかりました。以来,患者業をしつつ(笑),記者業の取材を続けています。

外口 私も,医師とがん患者,両方の経験があります。

垣添 では,ここにいる3人とも,がんサバイバーです(笑)。

本田 いかにがん患者が多いかということですね。

垣添 本田さんとは,少し前に乳がんのシンポジウムでご一緒しました。外口さんとは技術総括審議官時代に「NHKスペシャル――日本のがん医療を問う」で二晩ご一緒して,患者さんや家族の方々から厳しく追及されて苦労しましたけれども(笑),ああいうこと全体が,世の中のがん対策の流れを変えてきたと思います。

患者の声がメディアや行政,政治を動かした

垣添 まず外口さんから,がん対策基本法の成立した背景,法の持つ意義をお話しいただけますでしょうか。

外口 まずは法成立の背景からお話しします。国のがん対策としては,がんの本態解明を目的とした「対がん10カ年総合戦略」が1984年にスタートし,続いて「がん克服新10か年戦略」,現在は「第3次対がん10か年総合戦略」を行っております。

 ここ数年明らかになってきた課題の1つに,地域格差の問題があります。「全国どこでも,がんの標準的な専門医療を受けられるようにすべき」という声が,特に患者団体から強まってきました。これを受けて国では,「がん医療水準均てん化の推進に関する検討会」を2004年から5回にわたって開催しました。翌年には「がん対策推進本部」を設置し,「がん対策推進アクションプラン2005」を公表するという取り組みをしてきました。

 今回の基本法ができた背景は,こうした一連の動きのなかで,患者さんの声がとても大きくなって全国へ広がっていったことがあります。メディアも積極的に取り上げて,「がん対策は国民的な課題だ」という考え方を広めました。そして,各政党も重要な政治課題として取り組み,議員立法というかたちで6月に全会一致で成立しました。

垣添 たしかに,患者さんの声が非常に強くなってきて,それがメディアを動かし,行政,政治まで動かしたということだと思います。本田さんはマスコミ,あるいは患者の立場でどうお考えになりましたか。

本田 患者の声を,行政,政治,医療界が重く受け止めてくれたことを,まず患者として感じています。そもそもは未承認薬の問題から患者の働きかけが始まったのですが,それだけには留まらず,地域間格差や保険制度,さらには医師育成や終末期医療の問題まで指摘したと思います。

 そのなかでも特に大きかったのは,「患者の価値観に基づいた選択権を,もっと認めてほしい」と訴えたことです。マスメディアが動いたのは,その気持ちに共感したからで,各政党や医療界もそこに共感できたからこそ,大きな動きになったのだと思います。そうやって,皆の思いが大きくなったのが,今回の法成立の特徴だと感じています。

「がん対策基本法」の画期的意義

垣添 「がん医療水準均てん化の推進に関する検討会」では,私は座長を仰せつかっていました。当初,患者代表に検討会委員に加わっていただくことが,私の頭には浮かばなかったのです。途中で気がついて,「しまった!」と思いました。

本田 検討会の4回目と最後の5回目の間に,複数の患者団体から共同で要望書が出されましたね。

垣添 それで報告書をまとめる前に,患者団体の代表とお話しする機会を別に設けまして,地域格差や情報提供体制など様々な問題を指摘されました。患者さんの声を直に聞けたことは非常によかったし,報告書はそれを踏まえてまとめたつもりです。

本田 要望書を出したあとで,垣添さんから座長としてお手紙をいただきました。「患者さんを検討会に入れなかったのは不明の至りだった。患者さんの声を聞くべきだった」という真摯なお返事で,患者団体は「きちんと伝えれば聞いてもらえるんだ」と驚きもしたし,励みにもなりました。

垣添 本当に反省しましたし,こうしたことも最終的には,がん対策基本法の成立につながっていく道だったのではないかと思っています。いまの日本のがん医療に問題点,ひずみがあることは間違いない。それを是正するためには,患者さんと医療従事者,行政,政治が同じ方向を向いて努力する必要がある。まさにそういう動きが高まってきたと思います。

本田 今回の法成立の一連の流れのなかで,画期的だと思ったことが3つあります。1つは,いままで日本の行政も医療界もそう言わざるを得なかったのでしょうけれども,「日本の医療はすべて均質だ」という前提からすべて始まっていたと思うのですが,この法では差があることを認め,その対策の必要性に言及しています。2つ目は,患者の選択権を前面に押し出して,価値観に基づく医療をやっていくことを明確にしたこと。3つ目は,患者・国民を,一緒に医療政策を考え,形づくっていく共同作業者と位置づけ,新たに設けた「がん対策推進協議会」の委員にすることを明記したことです。

外口 がん対策基本法の第2条が基本理念になっています。1つ目は,「研究の推進と成果の普及」で,これはある意味当たり前です。2つ目が,「居住する地域にかかわらず等しく科学的知見に基づく適切ながん医療を受けることができるようにすること」。そして3つ目が,「本人の意向を十分尊重して,がんの治療方法等が選択されるようにすること」。この2つは本田さんがご指摘のように,これまでなかなか法律に明記されなかったことです。

 一方で,ちょうど同じ時期に成立した医療法改正においても,実は「本人の意向を十分尊重して……」という一文が入っています。これはやはり,これからの医療の考え方に即したものではないかと思っています。

垣添 がんという病気は人間の病気であって,がんで苦しむ患者さん,あるいはがんを心配する国民がいるから,がん診療や研究がある。こうした医療の原点に立ち返った法律であると私は高く評価しています。患者と医療従事者の信頼関係に基づいて医療が行われるのは,もう皆のコンセンサスです。そうであるならば,患者参加は当たり前のことだと思います。

「がん対策情報センター」への期待と相談支援の課題

本田 その患者参加をどうサポートするかがこれからの課題ですね。

垣添 2006年10月1日に,国立がんセンター内に,がん対策情報センターがオープンしました。これからは一般の方への情報提供の重要性が次第に認識されていくのではないかと思っています。

外口 情報センターに期待されている役割は,患者さんのニーズに合った情報を出すこと。それから,各地域の拠点病院で相談がうまく受けられるように支援すること。そして,患者さんが直接,自分が必要とする最新の情報をいつでも得られるようにすることだと思います。情報センターはまさにこれらをやろうとしている。その意気込みがホームページからも伝わってきました。

垣添 ありがとうございます。いまの段階までもっていくには,本当に職員が努力しましたし,いろいろな学会の方にもご協力いただきました。それでもまだまだ不足です。今後これを拡充していきたいと思っています。

本田 私は昨日,情報センターの取材に行きました。この短い準備時間であそこまで整備されたのは,すごい努力だと思いました。特に役立つと思ったのは,まだ一部ではありますが,ホームページで海外のガイドラインが推奨している治療と日本の違い,その背景まで説明しようという取り組みが始まっていることです。もう1つうれしかったのは,患者さんの生活に関する情報を拡充する方針があることです。

 ただ,課題も多いです。例えば乳がんを調べてみたら,骨転移治療の説明がなかったり,探しにくい構成だったり。地域の患者会情報も提供してほしい。今後は,がんサバイバーで地域の相談活動をされている方の声も聞くと伺いました。そうやって一緒に創りあげることで,よりよいホームページになればいいと思います。

垣添 「自分たちにできることがあれば協力したい」という患者さんからの申し出をずいぶんいただいています。

本田 将来的にあるべき方向に進んでいることはうれしいのですが,その一方で,患者側にしてみれば,いま困っていることがたくさんあって,自分のことはどこに相談したらいいのかという問題は残ります。

垣添 厚生労働省の整理では,がん対策情報センターは一般的な情報を提供して,個々の相談に関しては,地域のがん診療連携拠点病院の相談支援センターが担うことになっています。

 この情報センターがオープンする前に,1回だけでも地域の相談支援センターで相談に当たる方の研修会をやりたいということで,(06年)9月半ばに実施して,全国から300名以上の方が集まりました。非常に強い熱気を感じて,主催者としてはうれしかったのですが,まだ不十分です。これを出発点として,今後は研修を年に3,4回と増やし,しかもその密度を濃くしていって,相談支援センターに寄せられる意見・相談に,地域の相談員がきちんとお答えできる体制を組んでいきたいと思っています。

本田 拠点病院の中でも相談支援についての温度差がまだありますし,急に相談員となった人も,1人では不安でどう対応していいかわからないと思います。患者のほうも本当にそこに相談して大丈夫だろうかという気持ちになると,「相談機能にも格差がある」となりかねない。ですから,相談支援の人材育成は今後の大きな課題かなと思います。

垣添 そのとおりですね。

本田 研修で相談員のネットワークを創ると同時に,地域住民や患者さんにも役割を担ってもらうところまで進むといいですね。

省庁間が連携し,がん対策を推進

外口 ただ,情報格差はなくなっても医療自体に格差がある,というのではやはり困るわけで,均てん化がもっとも大事なことですね。今回のがん対策基本法では,厚生労働省だけではなくて,他省庁との連携をかなり強く打ち出しています。例えば,がん対策推進基本計画は閣議決定が求められますし,計画作成段階においては関係行政機関と協議することになっています。

 いま,文部科学省と厚生労働省の関係が非常によくなっています。がん対策では,経済産業省も関わっているのですが,それぞれの担当局長が定期的に集まって意見交換し,3省合同の予算説明書をつくりました。がん対策における厚生労働省の07年度概算要求は303億円(前年161億円)ですが,3省庁を合わせると670億円台になります。そうやって組み合わせると,実にバランスがよくなるのです。

 例えば,専門医養成の問題でも,厚生労働省ではがんセンターを中心にした研修による養成になりますが,文部科学省ですと大学院・大学での専門医養成,コメディカル養成の予算で40億円ぐらいあります。これまで全体像が見えずわかりにくかったと思うのですが,そういう点での連携が非常によくなりました。

垣添 これまでの医師養成は,卒前教育は文部科学省,卒後は厚生労働省というかたちで分けられていたのが,一貫性を持ちつつあるのですね。文部科学省・厚生労働省・経済産業省の協議では,大臣も不定期に会合を持っておられると聞いております。

外口 ええ。いまは大臣・局長・課長の各レベルで,お互いの省庁の得意な分野を伸ばしながら協調していこうとしています。文部科学省と厚生労働省の人事交流も始まりましたし,国を挙げてがん対策に取り組んでいきたいと思っています。

垣添 それから,先ほど新薬の話が出ましたけれど,がんに関しては医療機器の承認も遅れています。その点に関しても,経済産業省と厚生労働省が連携して,改善策が協議されていますね。

本田 省庁間の連携は最近の医師不足・偏在の問題にも通じる課題ですし,これが先駆けになってほしいです。

集約化と連携

垣添 もう1つ,均てん化の議論において,「放射線治療や抗癌剤治療を希望してもなかなか受けられない」という意見がありました。放射線治療について言えば,器械がとても高価で,しかも放射線治療の専門医あるいは技師・医学物理士の絶対数が足りないということがあって,わが国では患者さんの要望に十分応えられない現状があります。

 地域がん診療連携拠点病院の考え方は,それぞれの地域で質の高いがん医療が受けられるということです。しかし,放射線治療などに関しては,いまの段階で地域で十分に受けられるとは必ずしも言えないのではないでしょうか。限られた資源で成果をあげるためには,均てん化をめざしながらも,ある程度の機能は県内の特定の機関に集中するとか,そういう柔軟な考え方も必要なのではないかと思っています。

外口 たしかにいままでは,県庁所在地に大学病院と県立病院,市立病院があって,それぞれが同じような器械を持っているなど,本当にこの配置でいいのかと思うところがありました。

 がん対策基本法では,都道府県ごとにがん対策推進計画を策定することになっています。地域によって事情も異なるでしょうから,それぞれの地域の患者さんが困ることがないよう,都道府県が先導して提供体制を整備することが大事だと思います。

垣添 都道府県ごとのがん対策推進計画がうまくいかないと,がんの先進県と後進県ができます。情報がどんどん公開されれば,県民はそれを知って「うちの県は何なんだ?」ということで,県の意識改革にもつながります。そういう意味でも,情報公開は非常にいいことだと思っています。

本田 医療計画の話にもつながりますが,よく行政や医療界の方が,「住民は“近所に病院がなくなるのはダメだ”と言うから,集約化や重点化が進めづらい」とおっしゃいます。たしかにそうした面はあると思います。でも一方で,集約化してレベルの高いものを整備する場合と,集約化しない場合の効果や費用を示すことで,住民の選択が可能になります。一概に「住民がわかってくれない」と言うのではなく,情報を出して一緒に選ぶようにすれば,住民は賢明な選択をすると思うのです。

在宅医療の充実に向けて

外口 それぞれの地域で,がん患者の最期を在宅で看取ることができる医師を育てることも大事だと思います。私はがん患者さんの在宅医療に携わる医師に同行したことがあるのですが,高度な医療を,それも非常に効率的にやっていました。その時に感心したのは,患者さんのケアに要する時間と同じかそれ以上に,家族の方とお話ししているんですね。そして,家族に必要なことを教えて,一緒にその患者さんをケアしている。こうしたノウハウを全国に普及していきたいと思っています。がん対策基本法の第16条でも,「居宅においてがん患者に対しがん医療を提供するための連携協力体制を確保すること」と,法律の中に盛り込んであるわけです。

垣添 残念ながら,いま,がんになる人の約半数が亡くなっています。亡くなるまでの期間をいかに充実して過ごすかは大きな問題で,医療従事者もかなり関心を持っていますし,法律に緩和医療の充実が盛り込まれたのはすばらしいことです。

本田 私も在宅医療の現場に同行したことがあります。その時に感じたのは,患者さんは専門知識を持たないので,ちょっとした症状や変化にも不安でたまらないわけです。専門知識や技術を持つ医師が往診する体制が整えば,患者さん,家族の安心につながる。そこがいま欠けていて,病院に患者が集中してしまう一要因になっていると思いました。

外口 そうですね。もちろん,病院でしかできない医療はありますが,逆に,在宅でしかできないこともあります。患者さんは,病院では治療を受ける立場です。だけど家ではそれだけではなくて,家族の一員としての,地域の住民としての立場も感じることができる。体制さえ整えば在宅を希望する人は潜在的にはかなりいるはずですし,在宅医療は今後さらに強化していくべきです。

■がん医療変革を,日本の医療変革の突破口に

垣添 がんによって年間32万人が亡くなるわけで,がんという病気が国民にとって重大な問題であるという現状から,こうしてがん医療が大きく変わりつつあります。その一方で,がん医療の変革は,日本の医療変革の突破口につながるのではないかという期待もあると思います。

外口 先ほどからお話にでていますように,今回のがん対策基本法ではいくつかの画期的なことがあります。患者さんの意見を取り入れるというコンセプト,それぞれの地域で責任を持って医療システムをつくること,在宅医療を含めた連携協力体制を確保すること。そして,がん対策推進基本計画をつくる際には,協議会の中に患者さんやご家族またはご遺族が委員に入ることまで,法律に明記されています。

 これらは今後の医療対策の1つのモデルになるものだと思います。実際,肝炎対策においても,がん対策における連携拠点病院や地域の協議会の考え方を応用することがいま検討されています。

本田 いろいろな取材先で,がん以外の患者団体や医療界の方がよくおっしゃるのは,「がん対策基本法に書いてあることは,がんの話だけじゃなくて,日本の医療全体が抱えている問題だ」と。例えば,喘息の患者団体の方は「喘息でもがんと同じような問題を抱えている。こうした対策を喘息でも進めてほしい」と言うのですね。中でも,私が特に注目しているのは,先ほどの議論にあった“集約”と“連携”です。この関係性がうまくいっていないことが,医療を疲弊させているのではないでしょうか。

 それと,がんの問題に国民がこれだけ関心を持っているのですから,医療に対してのお金の使い方も,国民全体で考えることが必要だと思います。いま医療費抑制が進んでいて,たしかに効率的でない点もあったと思うのですが,そこを見直しながら,「やっぱりかかるところにはかかる」というのを国民に提示して医療財政を考える。その問題提起になってほしいと思っています。

垣添 そのとおりですね。無駄は省かなくてはいけませんが,国民が病気になった時にきちんとした手当てが得られないとしたら,「こんな国になんで生まれたんだ」と思いますよね。もっとも大事なのは,国民の生活権を守ることで,必要な部分には投ずるという,国民的な動きが出てきてくれればありがたいと思っています。

 それから,少し前に虎の門病院の小松秀樹部長が書いた『医療崩壊』(朝日新聞社)という本があります。いま過酷な勤務医生活に耐えられず辞めていく医師が増えています。彼はそれを「立ち去り型サボタージュ」と表現して,わが国の医療はこのままでは非常に深刻な事態になると指摘しています。かつてイギリスでは医療費をあまりに厳しく管理して,医療は大きく疲弊しました。いったん崩れたものは10年かかっても元には戻りません。いま日本もその瀬戸際にあるのではないかという懸念を,医療現場に身を置く人間として私も強く感じます。

「医療崩壊」の危機に財源問題の国民的議論を

外口 日本の人口ピラミッドから見ると,年金・医療・介護をあわせた社会保障費はどうしても増えていくわけです。医療費抑制と言われてはいますが,医療費自体は増えていく。今後国民のニーズをどう満たすかとなると,やはり財源の問題となります。財源の問題とは,つまり負担の問題です。

 自己負担をこれ以上増やすのも厳しいでしょうし,じゃあ保険料を増やすのかというと,これも景気との関係もあって難しい。じゃあ,税金を増やすのか,といろいろな議論が出てくるわけです。これは避けて通れない議論で,年金・医療・介護の実態を国民1人ひとりに知っていただいて,財源問題も含めて国民的コンセンサスを得るところまで,とことん議論していくべきだと思います。「負担は増やしたくない,だけどいまのままでは困る」というだけでは,先へ進みませんから。

本田 そういう意味でも,今回のがん対策の動きは重要だと思います。がん医療政策の一端に関わった患者団体,がん対策に興味を持つ住民や家族の方々はかなり勉強されています。すると,どれだけの負担でどれだけのことができるのか,実感としてわかるんですね。

垣添 現状は深刻ですが,この解決は,医療関係者や行政だけではできない。やはり,国民が変えていかなければいけません。できるだけ国民に現状を正しく理解してもらう。そのために私は,メディアの方にしっかり頑張ってほしいと思っています。

本田 心して(笑)。そういう厳しい面も,患者の方と一緒に問題提起ができるようになればと思っています。

垣添 がん患者団体の方は,「医療にお金がかかるのはよくわかるから,負担すべきものは負担しますよ」という発言をされるようになってきましたよね。外口さんの言われたように非常に厳しい財政事情ですが,「負担しなくてはいけない部分は負担してでも,よりよい医療を実現する」という方向の議論が出てきています。関係者が十分な議論を重ねて,国民的コンセンサスを得ることが大事です。

外口 そのとおりですね。負担できる人もいれば,負担できない人もいます。それをどうするかということも含めて議論していくことだと思います。

「がん対策基本法」の追い風に乗って

垣添 本鼎談では,前半でがん医療とがん対策基本法の成立を中心にして,後半では,がん対策基本法を出発点とした日本の医療全体の議論となりました。最後に,2007年の抱負をひと言ずついただければと思います。

外口 がん対策基本法の精神を活かして,これを日本の医療をよくする起爆剤にしていきたいと思っています。

本田 がん医療改革が,「患者参加と理解に基づく」医療改革の,1つの象徴となる1年になればいいと思っています。そのため,メディアの一員としても努力したいです。

垣添 私も,まったく同感です。患者さんや家族,国民の声があったからこそ,短期間で法律の成立までたどりつくことができました。「患者さんや国民がいるから医療がある」という医療の原点につながっていくような,非常に端的な出来事だったのではないかと思っています。

 この1年間,がん対策基本法の追い風に乗って,わが国のがん医療がさらによくなっていくように,患者さん,国民の声をいただきながら進めていくのが,私どもの責務だろうと思っています。本日はたいへん活発な議論ができました。ありがとうございました。

(了)


今回のがん対策基本法では,厚生労働省だけでなく,他省庁との連携をかなり強く打ち出している。お互いの省庁の得意な分野を伸ばしつつ,国を挙げてがん対策に取り組んでいきたい。

外口崇氏(厚生労働省健康局長)
1981年慶大医学部大学院卒。1983年に厚労省入省。医薬安全局血液対策課長,医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構研究振興部長,老健局老人保健課長,医薬食品局食品安全部長,厚生労働大臣官房技術総括審議官などを経て,2006年9月より現職。健康局長として,行政のがん対策に携わる。

がんで苦しむ患者さん,あるいはがんを心配する国民がいるから,がん診療や研究がある。がん対策基本法は,こうした医療の原点に立ち返った法律。

垣添忠生氏(国立がんセンター総長)
1967年東大医学部卒。東大病院,都立豊島病院,藤間病院などを経て,75年より国立がんセンター病院泌尿器科に勤務。同病院手術部長,院長などを経て,2002年4月,総長に就任し現在に至る。専門は泌尿器科学。立場上,がんの予防,診断,治療に幅広く関わり,全がんに目配りしている。高松宮妃癌研究基金学術賞,日本医師会医学賞などを受賞。

法成立過程で特に大きかったのは,「患者の価値観に基づいた選択権を認めてほしい」と患者が訴えたこと。その気持ちに共感したから,メディアも政治も動いた。

本田麻由美氏(読売新聞社会保障部記者)
1991年お茶の水女子大卒,読売新聞入社。東北総局,医療情報部などを経て,2000年より社会保障部で医療・介護保険を中心に担当。02年5月に乳がんが見つかり,03年4月から闘病体験に基づく医療コラムを同紙朝刊でスタート。欧州NPOの「Cancer Enlightenment 2004 Special Award」等を受賞し,現在も「がんと私」として患者視点でがん対策への提言を続ける。

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