医学界新聞

寄稿 齋藤 洋,末永 祐哉

2020.09.07



【寄稿】

高齢心不全患者におけるフレイルの経過予測

齋藤 洋(亀田総合病院リハビリテーション室 主任)
末永 祐哉(順天堂大学大学院循環器内科学講座 准教授/同大大学院心血管睡眠呼吸医学講座 准教授)


 Frailtyの概念は,ストレスに対する恒常性の回復が低下し,転倒,せん妄,身体障害を含む健康障害の危険性が高まった脆弱な状態であると報告されている1)。かつてはfrailtyの日本語訳として「虚弱」が用いられていたが,介入により再び健常な状態に戻る可逆性があること,また,身体的,精神・心理的,社会的側面といったfrailtyの持つ多面的な要素が虚弱という単語では十分に表現できないことが指摘されていた。

 このような背景から,2014年に日本老年医学会はfrailtyを「フレイル」と表すことを提唱し,高齢社会における健康長寿を支援する意識改革に向けたステートメントを発表した2)

心不全とフレイルの関連性

 本邦の地域在住高齢者において,フレイルは高齢になればなるほど増加すると報告されている3)。また心不全患者には高齢者が多いと,日本循環器学会が実施する循環器疾患診療実態調査(JROAD)で示されている4)。また本邦の3つの心不全レジストリ(ATTEND Registry5),WET-HF Registry6),REALITY-AHF Registry7))のデータをまとめた報告でも経時的に高齢化していることが明らかになっている8)

 この事実を踏まえると,本邦の心不全患者にも多くのフレイルが含まれる可能性が示唆される。その一方,26件の研究,合計6896人の心不全患者を対象としたメタアナリシス9)では,解析全体のフレイルの推定有病率は44.5%であったものの異質性の検定が有意であり,研究間の結果に大きなばらつきがあったことが報告され,心不全患者におけるフレイル評価の標準化が求められている。

 他方,これまでの心不全患者のフレイルに関する研究の多くは,主に身体的フレイルに焦点が当てられていた10)が,認知機能障害11)や社会的孤立12,13)などの精神・心理的,社会的側面の要因との関連も報告されている。加えて,われわれの報告を含む心不全患者における社会的孤立の影響を比較したメタアナリシスでは,心不全の予後不良との関連が指摘された14)。これらの結果は,心不全症例のリスクを把握するためにフレイルに対するより包括的な評価を行うことの重要性を示しており,European Journal of Heart Failure誌のposition paper15)で述べられている内容と合致する。

高齢心不全患者における包括的なフレイルの実態調査

 前述した本邦のレジストリの結果から,心不全患者の入院死亡率の低下が明らかとなった。ただし,1年死亡率,30日以内・1年以内の再入院率は2007~15年の9年間で改善しておらず8),これまで心不全予後予測モデルの開発がさまざま模索されてきた。その中でもMAGGIC(Meta-Analysis Global Group in Chronic heart failure)risk score16)は日本人における有用性が確認されており,BNP値の指標を追加することで予後予測能が改善したとの報告もある17)。しかしながら,これまで開発されてきたリスクモデルは,心臓機能や生化学データ(年齢,性別,収縮期血圧,BMI,心不全罹病期間,喫煙,左室駆出率,NYHA class,Cr,COPD,β遮断薬・ACE/ARBの有無)などの医学的情報のみから評価されるものであり,先に述べた予後不良の因子と考えられる包括的なフレイルの指標は含まれていない。

 また,そもそも身体的フレイル,社会的フレイル,認知機能低下が高齢心不全患者において独立して存在することはまれであり,これら3領域のフレイルが及ぼす影響を包括的に検討する研究が望まれていた。そのため,本邦の高齢心不全患者における複数のフレイルドメインの重複とその予後への影響を明らかにする目的で,われわれは多施設前向き観察研究(8大学病院,7非大学病院の計15施設)を実施した(FRAGILE-HF研究)。対象は,対象期間中に心不全(フラミンガム基準による判定)で入院し,歩行が可能な状態で退院した65歳以上の患者とした。除外基準は,①入院時にBNP<100 pg/mLもしくはNT-proBNP<300 pg/mLの患者,②退院時に維持透析を導入した患者,③退院時に弁膜症等に対する外科的治療が予定されていた患者,④心移植後,補助循環装着の患者,⑤急性心筋炎の患者,⑥同意が得られなかった患者である。包括的なフレイルは,身体的フレイルをFriedらの基準18),社会的フレイルは牧迫らの基準19),認知機能低下はMini-Cog20)で評価した。アウトカムは,退院後1年までの複合エンドポイント(全死亡,心不全再入院)とした。

フレイル領域の数が再入院,死亡のリスクを高める

 1180例の高齢心不全患者(年齢の中央値81歳,男性57.4%)において,身体的フレイルは56.2%,社会的フレイルは66.5%,認知機能低下は37.2%の患者に存在していた。これらフレイルドメインの多くは重なっており,全くフレイルを有さない患者はわずか13.5%で,フレイル3領域のうち1領域,2領域,3領域を持つ患者はそれぞれ全体の31.3%,37.0%,18.2%であった()。1年の追跡期間中,複合エンドポイントは383例で発生し,3領域のフレイルが1つも認められない患者を基準とすると,既存のリスクモデルであるMAGGIC risk scoreで調整した後でも1領域,2領域,3領域のフレイルを持つ患者のハザード比は,それぞれ1.38,1.60,2.04であった()。また,既存のリスクモデルに加えて包括的フレイルを評価することで複合エンドポイントに対する予後予測能が向上するかを明らかにするためにNRI(Net-Reclassification Improvement)を算出したところ,NRIは0.220[0.087―0.352,P=0.001]であり,予後予測能が22%改善することが明らかになった21)

 フレイルドメインの割合と重複(文献21より一部改変)

 複合エンドポイントに対するCox比例ハザードモデル(文献21より一部改変)(クリックで拡大)

 FRAGILE-HF研究は,入院中の高齢心不全患者に対してフレイルの包括的な評価を実施し,フレイルの有病率,重複,および予後の影響を前向きに調査した最初の研究である。本研究により,以下の4点が明らかになった。1)心不全により入院を要した高齢患者において,多くの患者が複数の領域のフレイルを同時に有すること,2)フレイルは加齢と共に増加し,有するフレイルの領域数は年齢と強く関連すること,3)フレイル領域の数が多いと予後が不良であること,4)従来の心不全予後予測モデルに加えて,フレイルの包括的な評価を実施することが,患者の経過予測に重要であること。

 また,フレイルの包括的な評価は,予後予測の指標として有用なだけでなく,特に高齢心不全患者では治療的介入に関連する,より個別化された意思決定の観点からも重要だと考える。今後は,3領域のフレイルを有する症例への介入が,高齢心不全患者の予後を改善するかを明らかにする研究が必要だろう。

参考文献・URL
1)Lancet. 2013[PMID:23395245]
2)日本老年医学会.フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント.2014.
3)J Am Med Dir Assoc. 2015[PMID:26385303]
4)Circ J. 2016[PMID:27725417]
5)Am Heart J. 2010[PMID:20569705]
6)Am Heart J. 2016[PMID:26699598]
7)J Am Coll Cardiol. 2017[PMID:28641794]
8)J Am Heart Assoc. 2018[PMID:30371201]
9)Int J Cardiol. 2017[PMID:28215466]
10)Eur Heart J. 2014[PMID:24864078]
11)Circ Heart Fail. 2015[PMID:25477431]
12)Am Heart J. 2006[PMID:17070164]
13)Eur J Cardiovasc Nurs. 2019[PMID:30251884]
14)Gen Hosp Psychiatry. 2019[PMID:31310898]
15)Eur J Heart Fail. 2019[PMID:31646718]
16)Eur Heart J. 2013[PMID:23095984]
17)ESC Heart Fail. 2018[PMID:29520978]
18)J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2001[PMID:11253156]
19)J Am Med Dir Assoc. 2015[PMID:26482055]
20)Int J Geriatr Psychiatry. 2000[PMID:11113982]
21)Eur J Heart Fail. 2020[PMID:32500539]


さいとう・ひろし氏
2005年東京衛生学園専門学校卒。15年筑波大大学院人間総合科学研究科修了。20年より順大大学院医学研究科循環器内科学講座に在籍。理学療法士。

まつえ・ゆうや氏
2005年鹿児島大医学部卒後,亀田総合病院で初期研修。14年蘭フローニンゲン大循環器内科リサーチフェローを経て,18年より現職。

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