医学界新聞

一歩進んだ臨床判断

連載 谷崎 隆太郎

2020.04.27



一歩進んだ臨床判断

外来・病棟などあらゆる場面で遭遇する機会の多い感染症を中心に,明日からの診療とケアに使える実践的な思考回路とスキルを磨きましょう。

[第10回]高齢者に勧められるワクチンは

谷崎 隆太郎(市立伊勢総合病院 内科・総合診療科副部長)


前回よりつづく

こんな時どう考える?

 本日は法事のため帰省中のあなた。親戚の集まりで医療の話になり,「そういや,あんた,看護師やってるんだって? この間,市から肺炎のワクチンの案内が来てね。インフルエンザのワクチンは打ってるけど,肺炎のも打ったほうがいいのかね?」と質問された。さて,どのように答えれば良いだろうか?

 ワクチンは人類が獲得した最強の予防医療の一つであり,基本的には接種適応がある全てのワクチンが推奨されます。今回は,高齢者のケアに携わる看護師なら押さえておきたいワクチンとして,「肺炎球菌ワクチン」「帯状疱疹ワクチン」「破傷風トキソイド」の3つを紹介したいと思います。

肺炎球菌ワクチンは肺炎予防以外の効果も期待

 肺炎球菌は高齢者に肺炎を起こす菌のうち最も頻度が高く,かつ重症肺炎を起こす細菌です。肺炎球菌が肺を越えて髄液や血液でも検出されると侵襲性肺炎球菌感染症(Invasive pneumococcal disease:IPD)と呼ばれます。これは,肺だけにとどまる場合と比べて致死率が上昇する恐ろしい病態であり,高齢者における肺炎球菌ワクチン接種の主な目的は,このIPDを減らして死亡率を下げることです。2020年4月1日現在,65歳以上の高齢者に使用可能なワクチンは23-valent pneumococcal polysaccharide vaccine(PPSV23,商品名:ニューモバックス®NP)と13-valent pneumococcal conjugate vaccine(PCV13,商品名:プレベナー13®)の2種類があり,65歳以上の高齢者には2014年10月から初回のPPSV23が定期接種化されました(市町村から通知が来るのはこちらです)。なお,PPSV23,PCV13共に65歳未満でも,免疫不全または脾機能不全のある全ての患者さんに接種が推奨されており,これらの方にはPPSV23の5年ごとの再接種も推奨されています。

 肺炎球菌ワクチンは単独でもその効果が証明されていますが,例えば三重県の高齢者施設入所中の高齢者を対象とした研究では,インフルエンザワクチンに加えてPPSV23を接種することで,肺炎球菌による肺炎を約64%減らし,あらゆる原因による肺炎の発生も約45%減らしました。PPSV23を接種していない人の肺炎球菌肺炎による死亡率が約35%だったのに対して,PPSV23を接種した肺炎球菌肺炎の死亡率は何と0%だったと報告されています1)。また,香港で行われた研究では,PPSV23とインフルエンザワクチン両方を接種した群では,脳梗塞や虚血性心疾患が有意に少なかったと報告されており2),肺炎予防以外への効果も期待されます。このようないくつかの研究をまとめて検討した2018年のメタアナリシスでも,PPSV23とインフルエンザワクチンの同時接種は,PPSV23単独接種群,インフルエンザワクチン単独接種群,両方とも接種していない群のいずれと比べても,肺炎患者数と死亡率を減少させるとの結果でした3)

 もう一方の肺炎球菌ワクチンであるPCV13は,小児ではIPDを予防するために定期接種ワクチンとなっているものの,高齢者では定期接種になっていません。

■備えておきたい思考回路
肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンは両方とも接種が推奨される!

その他の効果について

 PCV13接種も肺炎球菌肺炎やIPDを減少させるという研究はありますが4),PCV13を一律に全ての高齢者に接種すべきかどうかについては現時点ではエビデンス不足とのことで,国によって推奨が分かれています。日本感染症学会からはPCV13を接種する場合の実際の適応や接種スケジュールについての提言がなされていますので参考になります〔日本感染症学会,65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第3版2019-10-30),http://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=38〕。個人的には,肺炎になると重症化しそうだな,と感じる高齢者の方にはPCV13も提案していますが,あくまで患者さんと相談の上で,としています。

 ちなみに,肺炎球菌ワクチンの接種による医療費抑制効果には絶大なものがあり,日本でも医療の質の指標として医療機関における肺炎球菌ワクチン接種率なるものが厳しく評価される時代が来るかもしれません。筆者は,入院した高齢の患者さん全員に肺炎球菌ワクチン接種歴を聴取し,未接種であれば退院前に接種を勧めています。

■備えておきたい思考回路
高齢者のワクチン接種の可否について,健康状態を踏まえて考えられるよう,ワクチンの種類とメリットについて覚えておきたい。

どちらを勧める? 2つの帯状疱疹ワクチン

 帯状疱疹は生涯で3分の1の人が発症し,85歳以上の高齢者の半分が発症すると言われています。その発症時の苦痛だけでなく,発疹が治癒した後も痛みが遷延する「帯状疱疹後疼痛」として患者さんを悩ませる非常に厄介な病気です。日本では生ワクチンの水痘ワクチン(商品名:乾燥弱毒生水痘ワクチン「ビケン」®)か,不活化ワクチンの帯状疱疹ワクチン(商品名:シングリックス®)のいずれかが帯状疱疹の予防として使用できます(5)。化学療法中や免疫抑制剤投与中など,免疫不全のある患者さんにはそもそも生ワクチン接種が禁忌なので,これらの患者さんたちには自ずと不活化ワクチンの方が適応となります。ただし,不活化ワクチンのほうが薬価は高いので,患者さんの経済的な負担を勘案した上での検討が必要です(効果の面からは,基本的には不活化ワクチンのほうを勧めますが)。

 2種類の帯状疱疹ワクチンの比較(文献5より一部改変して筆者作成)(クリックで拡大)

■備えておきたい思考回路
帯状疱疹の発症と帯状疱疹後疼痛の予防に帯状疱疹ワクチンが有効!

破傷風の発症を防ぐ破傷風トキソイド

 破傷風の原因菌である破傷風菌は世界中の土壌に生息しており(もちろん日本の土にもいます),皮膚の傷から体内に侵入し,毒素によって全身痙攣や強烈な自律神経障害,呼吸器麻痺などを起こします。重症例では死に至ることもある恐ろしい感染症ですが,発症予防には事前の破傷風トキソイド接種が極めて有効です。しかし,このワクチン自体は日本では1968年から定期接種になったので,それ以前に生まれた方は破傷風トキソイドの接種歴がありません。つまり,日本の高齢者は破傷風の免疫をほぼ有していないのです。そして,日本は高齢者の割合(=破傷風トキソイド未接種者の割合)が高いこともあって,診断された患者の85%が55歳以上で,罹患率は米国の9倍,欧州の4.5倍となっています6)。破傷風トキソイドを3回接種することで十分な予防効果が得られ,およそ10年間は維持されます。そのため,3回接種後は10年ごとの単回の追加接種が推奨されています。破傷風は,目に見えないような軽微な傷からも侵入しますので,アウトドア活動や園芸が趣味の高齢者の方にはより一層勧めてほしいと思います。

■備えておきたい思考回路
日本の高齢者は破傷風トキソイドの定期接種世代ではない!

今日のまとめメモ

 ワクチンをはじめとした予防は,治療と違って派手さはなく,結構地味な作業です。しかも,個人レベルではその効果が実感できないことも多いでしょう。とはいえ,この3つのワクチンは接種することによるメリットが示されていますので,お近くに未接種の高齢者がいましたら,ぜひ接種を勧めてあげてください。

つづく

参考文献
1)BMJ. 2010[PMID:20211953]
2)Clin Infect Dis. 2010[PMID:20887208]
3)Expert Rev Vaccines. 2018[PMID:29961353]
4)N Engl J Med. 2015[PMID:25785969]
5)MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2018[PMID:29370152]
6)Lancet. 2019[PMID:31180029]

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