医学界新聞

流行期のインフルエンザ診断

連載 名郷 直樹

2020.01.13



流行期のインフルエンザ診断

インフルエンザの季節です。今シーズンもまた,インフルエンザの迅速検査が大量に行われるのでしょう。いくら何でもやり過ぎですが,患者は希望するし,保育園や学校・職場からも依頼されるし,医療機関はもうかるし,という中でそれ以外の要因は無視されがちです。本来は,臨床疫学的なアプローチで判断することが,検査を利用する医師の大きな役割です。その役割を十分果たせるように,インフルエンザの迅速検査の使い方について解説します(全4回連載)。

[第3回]事後確率を計算し,個別の患者に役立てる

名郷 直樹(武蔵国分寺公園クリニック院長)


前回よりつづく

 前回(第3350号),インフルエンザ流行期の事前確率を類推し,迅速診断検査の感度・特異度を調べ,というところまで解説しました。今回はその数字を用いて,ベイズの定理から,検査が陽性の時,陰性の時の,それぞれの事後確率を求める作業に入ります。

ベイズの定理から事後確率を求めるステップ

1)事前確率,感度・特異度データの確認

 ここではインフルエンザ流行期に熱と咳を訴えて来院した患者で考えてみましょう。DynaMedによれば,事前確率,感度・特異度のデータは下記のとおりです。

病歴を聞いた時点でのインフルエンザの事前確率
・熱がある時点で76.85%
・咳がある時点で69.43%
・熱と咳がある時点で79.04%

成人での迅速診断検査の感度・特異度
・感度53.9%(95% CI 47.9%-59.8%)
・特異度98.6% (95% CI 98%-98.9%)

 咳と熱がある時点でのインフルエンザの事前確率は79.04%という記載があります。これを四捨五入して,80%としましょう。感度・特異度についても同様に,DynaMedの成人のデータから,感度53.9%,特異度98.6%という数字があります。これもそれぞれ感度54%,特異度99%と簡略化します。

2)事前確率をオッズに直す

 ベイズの定理を利用して事後確率を求めるには,まず確率をオッズに直します。80%=80/100ですから,オッズに直すと(インフルエンザ患者/インフルエンザでない患者)で,80/(100-80)=4となります。

 流行期に5人の咳と熱の患者が来た時に,4人がインフルエンザ,1人がインフルエンザ以外ということです。確率に慣れている私たちですが,オッズもいったん使い慣れると,むしろ確率より直感的に理解しやすいかもしれません。

3)尤度比を計算する

 さらに事後確率を求めるには,尤度比を計算する必要があります。検査が陽性の時に疾患の可能性がどれほど増すかというのが「陽性尤度比」,陰性の時にどれほど可能性が低くなるかというのが「陰性尤度比」です。

 陽性尤度比は,感度/(1-特異度),陰性尤度比は,(1-感度)/特異度です。陽性尤度比は,感度が高いほど,特異度が高いほど大きな数字になり,陰性尤度比は,感度が高いほど,特異度が高いほど,小さな数字になります。先ほどの数字を使うと,迅速診断検査の陽性尤度比,陰性尤度比はそれぞれ以下のようになります。

陽性尤度比=0.54/(1-0.99)=54
陰性尤度比=(1-0.54)/0.99=0.46

 これで,ベイズの定理から事後確率を計算する準備が整いました。

4)事後確率を求める

 ベイズの定理の復習です。ベイズの定理は以下のようになります。

事前オッズ×尤度比=事後オッズ

 まず迅速診断検査が陽性の時の事後確率を計算してみましょう。

4×54=216

 216を確率に直すと,216/(216+1)=99.5%となります。ほとんど100%です。検査陽性ならインフルエンザと診断が確定します。

 それに対して迅速診断検査が陰性の場合はどうでしょう。

4×0.46=1.84

 1.84を確率に直すと,1.84/(1.84+1)=65%となります。検査が陰性でも,まだ半分以上,というか65%がインフルエンザ患者です。

事後確率を臨床に生かす

 迅速診断検査が陽性の時は問題ありません。「診断はインフルエンザです」ということです。問題は検査が陰性の時です。陰性でも65%がインフルエンザです。さあどうしましょう。

 選択肢は2つです。ここで検査をやめるか,さらに検査をするか。検査をする以前のインフルエンザの事前確率が80%でも検査をしたわけですから,65%ではさらに検査が必要な状態です。やめる選択はありません。それではどんな検査をすればいいでしょうか。

 ひとつは,さらにインフルエンザを否定するための検査です。そしてもうひとつは,インフルエンザの可能性が下がったぶん,他の疾患の可能性が増していますから,それらの疾患を診断するための検査です。

 インフルエンザをさらに否定するための検査で何か実際の医療現場で使えるものがあるでしょうか。ウイルス培養や核酸検出の検査がありますが,どちらも検査結果が出るには時間がかかります。現実的ではありません。そうなると,可能性が20%から35%に増加した疾患の中で鑑別すべきものがあるかどうかです。

インフルエンザ以外に鑑別すべき疾患,風邪を鑑別する

 ここで18歳の健康な男性を例に考えてみましょう。発熱と咳以外に咽頭痛があったとします。

 この時点でインフルエンザ以外に考慮すべき疾患は,まず風邪でしょう。風邪の診断を確定させる検査があればここでの検査の選択肢になるでしょうか。

 ただ,18歳の健康な男性で,インフルエンザと風邪を区別する必要があるかというと,ほとんど意味がないように思われます。さらに現実には風邪の診断を確定させるための検査はありませんから,いずれにせよ「風邪を考慮して次の検査をする」という選択肢はありません。健康な男性では,抗インフルエンザ薬による治療も必ずしも必要ではありません。風邪とインフルエンザを区別する意味はない,つまり迅速診断検査は不要ということです。

 しかし,喘息や心肺疾患の合併があるなどインフルエンザ悪化のハイリスク患者では,インフルエンザの可能性が高ければ抗インフルエンザ薬を投与するという選択肢があります。検査陰性でインフルエンザの可能性が65%の状態で,「治療をしない」というのも難しい状態です。35%の可能性で「風邪に抗インフルエンザ薬を投与する無駄」に目をつぶって,検査をせずに治療するというのは一般的な診療と思います。ここでも,ハイリスク患者に対して迅速診断検査を行わず,臨床診断でもってインフルエンザと診断して治療します。ただその場合には常に,35%の「インフルエンザでない可能性」を念頭に置く必要があります。

 インフルエンザと風邪の鑑別は多くの場合重要ではありませんが,風邪以外では,インフルエンザと区別を要する多くの疾患があります。それらの鑑別の中で迅速診断検査をどう使うかは次回で取り上げます。

翌日に再度インフルエンザ迅速診断検査を行うことの不条理

 現在の臨床現場でしばしば行われている迅速診断検査の使い方として,発症後すぐ来院して検査をして陰性だった場合に,翌日もう一度来院させて検査を行ったり,翌日別の医療機関に患者がかかってもう一度検査を受けたりしています。

 これは前回示したように,発症からの時間と迅速診断検査の感度に明確な関係はなく,発症からの時間にかかわらず低いという点からもほとんど無意味です。さらには,陰性の時に別の鑑別疾患を全く考慮していないという点においても,問題があります。

 この時に再度インフルエンザ迅速診断検査をして陽性ならいいわけですが,陰性の時に「また陽性に出なかったけどやっぱりインフルエンザです」,あるいは「1日経っても陰性なのでインフルエンザではありません」というような診療は,ベイズの定理からすると全くわけのわからない診療ということになります。

今回のまとめ

●ベイズの定理を用いて,事前オッズと尤度比から事後確率を計算する。
●健康な成人が発熱や咳の症状でインフルエンザの流行期に受診した場合,迅速診断検査を行う意味は小さい。
●その時点での鑑別すべき疾患として風邪以外に重要なものがなければ,「検査しない」というのが一般的な判断となる。

つづく

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