医学界新聞

連載

2019.09.23



看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第177回〉
授業がもたらす不思議な感覚

井部 俊子
長野保健医療大学教授
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 その日,私は不思議な感覚に包まれて教室をあとにした。その「感覚」を表現すると,楽しいことのあった保育園児が,ひとりごちて“よかった”と言ってスキップして帰るような体験である。

 私の肩書きが示しているように,私の現在の仕事は「教育」であり,人前で講演をすることや,看護学生や看護師を対象に授業をする機会が多い。しかし,今回の体験のような,いわば「満ち足りた一体感」を得ることは極めて少ない。

シナリオから離れる

 教育学者・哲学者の西平直氏は「大学の教師になりたての頃,たくさんの学生の前で話をすることがとても苦痛だった。どうすればよい授業ができるのか,その手がかりを求めて,あれこれ彷徨(さまよ)った」と述べ,最後にたどりついたとする『稽古の思想』(春秋社,2019年)を出版している。「手がかりを求めてさまよううち,準備は必要だが,状況に合わせてそのシナリオから離れるのは大切だ,と考えるようになった」というコメント(朝日新聞,インタビュー「著者に会いたい」,2019年6月1日付)に私はうなずくものがあった。私も教員になりたての頃は,学生に授業することが最も緊張する仕事であった。

 西平氏は,「学生たちの前で話をするのは,恐怖に近かったですね。うまくゆく時と,ゆかない時がある。なぜか,というのが出発点でした」と同じインタビューで答えている。たしかに,授業開始時間の直前まで授業案を練っていてはよい授業はできないと私も経験的に思う。つまり,「身につけたわざを手放す」作業をしてから学生たちの前に立つと,こだわりから解き放たれ,肩の力を抜いて授業を始めることができることを私は学習した。

舞いおりた不思議な体験

 それでは,冒頭で書いたレアな体験内容を,記念に書き残しておきたいという私のわがままにお付き合い願いたい。

 8月は,聖路加国際大学教育センター主催の認定看護管理者ファーストレベルプログラムが開講される。およそ1か月間,75人の受講生が集中講義を受ける。講義時間は10~13時と14~17時であり,1日2コマで組まれる。

 私はプログラムの前半に7コマの授業を担当した。その7コマ目が「看護サービスマネジメントと看護提供体制」であった。「不思議な体験」はこの授業の終わりに起きた。

 授業は基本的に「チーム基盤型学習(Team-Based Learning;TBL)」に基づいている。TBLとは内発的動機付けと問題基盤型の学習を主体とした成人学習理論に基づく教育方法である。1970年代後半に,Larry K. Michaelsenが,40人のクラスを120人に拡大する必要に迫られて編み出した教育方略であり,2000年前後から医学教育に取り入れられるようになった。

 TBLには特徴的な仕掛けがある。コアとなる要素は「チーム構成」「レディネスの保証」「即時フィードバック」「授業内における問題解決の適切な実践」「4S(significant,same,specific,simultaneous)を備えた問題作成」「インセンティブの仕組み」「ピア評価」の7つである。受講生は,編成された「チーム」で学ぶことが基本であり,単なる人の集合である「グループ」から,同じ目標に向かって共に学ぶ同志としての「チーム」へと変貌していく。

 授業の組み立ては,TBLの仕掛けを意識して行う。まず,あらかじめ「事前学習課題」を課す。今回は,『看護管理学習テキスト 第3版第4巻 組織管理論 2019年版』(井部俊子監修・勝原裕美子編,日本看護協会出版会,2019年)より,第3章「看護サービスを提供するしくみ」を読むことを課した(この事前課題は授業の内容を方向付けるので,講師はその分量や適切性を十分吟味しておかなければならない)。

 そして,授業の日となる。最初に「準備課題テスト」を行う。当初,授業がテストから始まるやり方にうめき声が上がったが,今では手慣れたものである。テストは10問設定し,適切な記述を選ぶ問題とした。まず,個人で回答し,次にチームで答え合わせをして,全体で1問ずつ検討する。設問ごとの回答は,チームの手上げによる。すでにチームで回答を議論し,決定しているはずなのに,なかなか手が上がらない。この時間を,講師としていかに忍耐強く待つかが試練となる。回答は,ピラミッドストラクチャーに基づいて「結論」「根拠」「事実」の順で述べるよう要求する(この点は伊藤羊一著『1分で話せ』[SBクリエイティブ,2018年]が参考になる)。

 看護提供方式に関する追加資料として,「特集 パートナーシップ・ナーシング・システム」(本紙第2979号2012年5月28日付)と,「看護のアジェンダ 第168回 セル看護提供方式®というカイゼン」(本紙第3302号2018年12月17日付)を配布して説明した。

 続いて,「チーム討議」に入る。チーム討議の議題は,「サービスマネジメントシステムにおける5つの要素に基づいて,看護提供方式はどうあるべきかを討議してください」とした。

 25分ほどのチーム内での討議が終了し全体での発表を求めた。まず,サービスマネジメントシステムの5つの要素は既に学習していたので,受講生の1人を指名して板書してもらった。そして全体発表を私は待った。すると,これまでとは違った状況が展開されたのである。発表者は次々と手を挙げた。

【チーム2】チームの5人とも声をそろえて指摘したことがあります。それは,看護提供方式を患者に伝えていないことです。また,ベッドネームに医師の名前があるのに看護師の名前がないと,「患者は受け持ちがいない」「看てくれない」と思うようです。

【チーム10】患者が何を求めているのかを聞かず,看護師の視点で看護提供方式を考えていることがわかりました。

【チーム7】患者側からみた看護提供方式を考えるべきだと思います。選択できる方式にしたらどうか。例えば話を聞いてくれる病棟,そばにいてくれる病棟など。

【チーム5】病棟(編成)を診療科別ではなく看護提供方式別にしたらどうか。

【チーム7】主治医がそうするように,患者が望めば看護師も転棟先の病棟まで(越境して)訪れる。

【チーム9】長期入院で医療的ケアを必要としている児には,転棟先までNICUの看護師が訪ねていくことを当院では既に行っています。

【チーム4】病院の建て替えが2年後に計画されているので参考にしたい。

 先日テレビ放映されたお笑いコンビ・サンドウィッチマンの番組「病院ラジオ」に私が触れると,舞台となった国立がん研究センター中央病院の受講生からその舞台裏のハナシも聞けてクラスは盛り上がった。彼らの「聞き方」上手に関心が集まった。

 これで予定の授業時間は終了である。すると,受講生の1人が教壇にいる私にのっそりと近づき,「もやもやが晴れました」とつぶやいて去った。

 「満ち足りた一体感」は,発言を待つための沈黙に,私が耐える必要はもうなかったこと,医療者中心から患者中心へと思考の中心が移転したこと,そして受講生の和らいだ表情などの融合で,ふわっとわき上がったものだと思う。

つづく

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