耳鼻咽喉科・頭頸部外科との命と機能を守る連携(森山寛,村上信五,大森孝一)
対談・座談会
2018.12.03
【座談会】
耳鼻咽喉科・頭頸部外科との
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「耳鼻咽喉科学」という学問体系は,125年前,世界に先駆けて日本で確立した。そのフィールドは多岐に及び,五感のうち聴覚・嗅覚・味覚・触覚を扱い,幼児から高齢者まで人生の全てのステージの疾患に外科的・内科的な診療を行う。境界領域の多い科であり,全ての疾患への充実した対応のためには他科・他職種との連携が求められる。『今日の耳鼻咽喉科・頭頸部外科治療指針』,『耳鼻咽喉・頭頸部手術アトラス[上巻]』(いずれも,医学書院)の十数年ぶりの改版に携わった3氏が,多職種連携を中心に,耳鼻咽喉科・頭頸部外科の今を議論した。
森山 病気を治すだけでなく,「治した上でQOLをいかに保ち,向上させるか」が医学界全体を通じて重要になりました。耳鼻咽喉科・頭頸部外科が対象とする耳や鼻,口腔,咽頭や喉頭は,良質な生活を送るため,さらには人間社会の発展や文化形成に重要な感覚器官です。これらに疾患があるとコミュニケーションや摂食嚥下などに支障を来し,QOLは低下します。QOL向上に重点を置く今の社会で存在感を発揮する診療科のひとつです。
しかし対象とする年齢・疾患が広範なため,耳鼻咽喉科・頭頸部外科はどんな診療をするか,どのような疾患で連携できるのか,他科の医師はわかりにくいと感じることがあるようです。私どもは,他科,他職種との連携によって,患者さんのQOLをより一層向上させられると考えます。本日は,耳鼻咽喉科・頭頸部外科と他科,他職種の連携の土台作りの議論をしていきましょう。
命と機能を守り,QOLの向上に寄与する
森山 まず,耳鼻咽喉科・頭頸部外科の領域を概説します。日本耳鼻咽喉科学会では耳鼻咽喉科・頭頸部外科のことを「命と機能を守る診療科」と呼んでいます。
大森 「命を守る」は,疾病を治すことはもちろん,呼吸や摂食嚥下など生命維持に必須の器官を扱う診療科であることを意味します。QOLを高めるためにも重要な味覚や嗅覚は,もともと毒物の摂取を防ぐためなどに発達した「命を守る」感覚です。
村上 耳鼻咽喉科・頭頸部外科を語るとき,耳,鼻,口腔,咽頭や喉頭のように器官に注目して語られることが多いですが,機能に着目することもできます。「機能を守る」診療科と呼ばれるゆえんです。
機能は主に3つに大別できます。1つめは大森先生がおっしゃった,呼吸や摂食嚥下など生命維持に必要な機能です。2つめは,聴覚や嗅覚,味覚などの感覚機能。3つめは,社会生活を営むのに必要なコミュニケーション機能です。最たる例は会話です。言葉を耳で聴いて脳の聴覚中枢へ伝達し,理解するのは聴覚です。それを受けて言葉を発するには喉頭の発声機能,口腔・咽頭の構音機能が不可欠です。また,人間は顔の表情でコミュニケーションを取ります。聴覚や発声だけでなく,表情をつくる顔面神経も耳鼻咽喉科の範疇です。
森山 命と機能を守ることは,個々人の日常生活の質向上につながります。摂食嚥下,味覚や嗅覚は生命を維持するためのものです。しかし,栄養をただ摂取できれば良いわけではありませんね。良く生きる上では,おいしく楽しく食事をすることは大切です。めまいのような日常生活を困難にする感覚器障害では,治療によってQOLの向上を図れます。頭頸部外科ではいかがですか。
大森 頭頸部腫瘍では,がんを切除したら終わりではなく,その後の嚥下や発声の機能再建やリハビリテーションまで医療者に求められます。声と言葉は人生を豊かにするコミュニケーションに重要な機能です。
森山 その通りですね。病気をただ治し,命と機能を守るだけでなく,QOLを高めることに重点を置いた診療が,私たち耳鼻咽喉科・頭頸部外科医の使命なのです。
求められる超高齢社会への対応
森山 超高齢社会の今,嚥下領域での多職種連携が必要だと感じます。日本人の三大死因は半世紀にわたって変化がありませんでしたが,2011年に脳血管疾患に代わって肺炎が第3位となりました1)。誤嚥性肺炎が主な原因です。「誤嚥を防ぐには経管栄養にすれば良い」と考える人もいるかもしれません。しかし医療者には,患者・家族の「口から食べたい」,「食べさせたい」との希望をかなえるような診療が求められます。
大森 その実現には,嚥下障害を早期に見つけ,必要に応じて口腔ケアやリハビリテーション,手術を考える必要があります。超高齢社会においては,耳鼻咽喉科・頭頸部外科医だけでなく,専門知識がない医師も嚥下障害を診る機会が増えるでしょう。日本嚥下医学会では専門的な知識・技術を有する医師を養成するために嚥下機能評価研修会を2014年から始めました。嚥下診療やリハビリテーションを支援する嚥下相談医の認定も検討しています。これらを活用して,摂食嚥下に関する情報提供を患者さんへ広く行ってほしいです。
森山 同様の動きは,他領域でもあります。例えば,聴覚では補聴器相談医,平衡感覚ではめまい相談医の制度がすでに始まっています。
村上 補聴器相談医は今後活躍の機会が多くなるでしょう。日本ではすでに,75歳以上の男性の7割以上が生活に支障を来す程度の難聴があると言われています2)。高齢化が進めば,難聴の患者はますます増えるでしょう。
大森 さらに2017年のLancet誌において,難聴は認知症のリスクファクターと示されました3)。この総説論文では認知症のリスクファクターを複数レビューしていますが,難聴は論文中で最大のリスクと評価されたのです。高齢者の加齢性難聴は,間違いなく今後の大きな課題となるでしょう。
村上 加齢性難聴は,現在のところ予防することも治すことも難しいので,補聴器の適切な処方が急務です。補聴器の適正使用で聴力を補えればコミュニケーションの支障が減り,孤立やうつ,認知症予防にもつながります。
森山 しかし残念なことに,補聴器を購入しても多くの人が適切に使用していないとの調査があります。診療情報に基づいて技能者が調整・アフターケアをし,患者が補聴器に慣れなければ上手な使用は難しいためです。一般にあまり知られていませんが,補聴器を不適切な方法で使用すると,難聴をかえって進行させる場合すらあります。医療者はこれらの事実を心に留め,患者さんの聴力低下の疑いを持ったら,早い段階で耳鼻咽喉科・頭頸部外科の受診を勧...
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