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第3286号 2018年8月27日


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第164回〉
自動精算機は最後の難関

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 社会学者のダニエル・F・チャンブリスは『ケアの向こう側』(日本看護協会出版会,2002年)において,病院を次のように描いている。「病院では悪人でなく善良な人がナイフを持ち,人を切り裂いている。そこでは善人が人に針を刺し,肛門や膣に指を入れ,尿道に管を入れ,赤ん坊の頭皮に針を刺す。また,善人が,泣き叫ぶ熱傷者の死んだ皮膚をはがし,初対面の人に服を脱ぐよう命令する」。こうして,「一般人にとって身の毛もよだつ残酷物語も,ここでは専門家の商売なのだ」。

 病院に行き診察を受け,検査をして,処置をしてもらったり,薬の処方箋をもらって帰るという一連の「受診」は,とりわけ初めての人にとっては数々の難関をクリアしなければならないのだと,「患者」と称される一般人は指摘する。

 その最後の難関が,自動精算機である。何事も首尾よくできなくなった高齢者にとってはチョウ難関である。そこで今回,病院外来の一角でスクッと立ちはだかっている自動精算機に密着取材してみた。

密着取材“せっかちな女の人”

 外来受診者は,外来の会計窓口に吸い寄せられ,自身の「会計番号票」を発行してもらう。そして「自動精算機」へと向かう。支払い用のお金を準備しておかなければならない。

 自動精算機の前に人が立つと,次のような指示が出る(自動精算機の前で毎日アシストしているナースによると,あの中には“せっかちな女の人”がいるという)。

「診察券を入れてください」
「お持ちでない方はバーコードを読み取らせてください」

 ここで手際よく,グリーンのランプが点滅しているカード挿入口に診察券を入れるか,会計番号票にあるバーコードをかざすかを選択して実行しなければならない。もたもたしていると,せっかちな案内人はせっかちに同じセリフを繰り返す。

「金額は○○○○円です」
「支払い方法をお選びください」
「処理中です」

 と矢継ぎ早に応える。お金は紙幣とコインを別々の挿入口に入れなければならない(中には,紙幣の上にコインをのっけて“支払う”ために,つまらせてしまう支払い者もいる)。

「おつりをお取りください」
「印刷物が2枚出ます」
「領収書と診察明細書をお取りください」
「ありがとうございました」

 とせかす。おつりを財布にしまうのに手間取っていると,しつこく繰り返し声が出る。

 慣れている支払い者は,およそ1分で終わる。操作が初めての人や耳が遠い人,文字がよく見えない高齢者は“せっかちな女の人”の指示に応えることができずに慌てる。そうこうしていると,ピョロローンと鳴って自動精算機の画面が閉じられる。

自動精算機ものがたり

 自動精算機の前でアシストしているナースは,支払いに失敗する高齢者の悲哀を毎日見ている。高齢者のプライドを保持するために,とまどっている支払い者にそっと近付きアシストする。「してやったり」と胸をはって病院をあとにすることができるように見守っている。ついでに彼らの思いも聴く。「今日は受け付け(自動精算),自分でするから見ててね」と,年配の人から素敵な笑顔で言われることもある。

 自動精算機ものがたりを紡いでいるナースの語りは面白い。高齢社会の到来を予測して“せっかちな女の人”を修正することはできたが,自動精算機を設置したときのトライアルは若い世代を対象に標準化されたので,次回のプログラミングの際に修正しなければと思っている。

 世の中,AI(人工知能)の時代となりつつあるので,病院受診の最後の難関とされる自動精算機にもユーザーフレンドリーな設計が求められる。“せっかちな女の人”だけでなく,“のんびりと待ってくれる人”が現れて,「大丈夫,焦らないで」と対応してくれる自動精算機の出現が待たれる。

 私はいくつかの自動精算機ものがたりを聞きながら,チャーリー・チャップリンの『モダン・タイムス』(米国,1936年)を思い起こした。この映画は,資本主義社会や機械文明を痛烈に風刺した作品で,労働者の個人の尊厳が失われ機械の一部のようになっている世の中を笑いで表現していると評される,チャップリンの代表作である。

 私は,年を取ったら支払う相手は人間がいいと思う。

(つづく)

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