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第3284号 2018年8月6日


栄養疫学者の視点から

栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。

[第17話]和食のエビデンスとその示唆

今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)


前回よりつづく

 第15話(3275号)では,お米を多く食べている人ほど死亡率が低いという観察研究を紹介しました。お米は和食の中心ですが,そもそも和食と日本の長寿との関係はあるのでしょうか。日頃,私たちが食している和食。今回はその疫学について考察してみたいと思います。

 和食に限らず,食全体のエビデンスを導き出すことはかなり困難であると私は考えています。この困難は地中海食(地中海ダイエット)の疫学の歴史に触れても感じました。食とは生活であり,どんな斬新な解析手法を駆使しても網羅できない部分が出てくるからです。

 地中海沿岸地域の心血管疾患リスクが低いことは長年知られていたものの,地中海食の疫学研究が本格化したのは1990年代。鍵となる研究では,地中海食は文化的背景よりも健康との関係,具体的には死亡リスクの低下に寄与し得るかに基づいて考察され,その後の疫学研究の模範となっています(BMJ. 1995[PMID:8520331])。地中海食というとオリーブ油が強調されますが,同研究でそれに関する特に強い言及はありません。介入研究として有名なLyon Diet Heart Studyでも菜種油のマーガリンが無料で提供され,オリーブ油に限った主張はありません(Lancet. 1994[PMID:7911176])。またUNESCOの定義する地中海食には,ハム,サラミ,ケバブなども含まれています(註1)。それら肉・肉加工類の摂取量も無視できないはずですが,医学界の地中海食では摂取を抑えるべきものとされています。

 医学界において健康への好影響に関するエビデンスが蓄積しているとされる地中海食は,必ずしも地中海沿岸の食をそのまま投影したものではありません。疾患の予防を念頭に置き心血管疾患の罹患率が低い地域(クレタ島)の食に注目して定義し(Am J Clin Nutr. 1995[PMID:7754995]),その際の定義を修正していきながら,その後の観察/介入研究が地中海食の知見を継承しています。「地中海食は身体に良い」は誤解であり,「身体に良いであろう地中海食は〇〇」という考え方が適切と言えます。

 こうした地中海食のエビデンスの構築のように,近年,健康に関する和食の研究が進んでいます。おのおのの研究が独自の探索を経て「和食らしさ」を定め,死亡率との関係を量的に検証したものをにしました。ばらつきがありながらも,和食は健康的なものだと示唆するエビデンスがあると言って良いでしょう。結果のばらつきは和食らしさの定義が一律ではないことが一因と考えられますが,それは地中海食や低糖質食などの研究と同様です。多様性と可能性を踏まえながら「身体に良い」和食のエビデンスを確立していくのが現段階ですべきことかもしれません。

 和食と死亡率に関する日本のコホート研究(総人数=19万1747人) (クリックで拡大)
各研究が定めた「和食らしさ」の点数を正規分布仮定下で偏差値として筆者が再計算。有意なばらつきが認められた(p<0.001)。

 さて,冒頭に述べたお米の摂取と死亡率の負の関係について再考したいと思います。さまざまな和食の研究結果に鑑みると,お米の摂取に関する研究結果はお米の効果そのものを検証しているのか,それとも和食らしさを検証しているのか判断できないことがわかります(註2)。和食の研究はその結果自体も重要でありながら,和食を構成する食品に関する疫学研究の解釈のためにも貴重な役割を果たします。さらに和食・お米の疫学は栄養成分,食品,食全体という多階層にわたるエビデンスを解釈する醍醐味を示した良い例と言えるでしょう(Am J Clin Nutr. 2003[PMID:12936941])。その定義や定量化の難しさ,和食を構成する多くの因子,そして文化としての和食と多角的に向かい合う,柔軟な研究と実践への応用をこれからも期待したいところです。

つづく

註1:和食,地中海食はともにUNESCOにより無形文化遺産として認められている。食べ物の種類だけではなく文化的な価値に重きが置かれている。
註2:交絡因子の問題。筆者の博士論文からの示唆(Am J Epidemiol. 2009[PMID:19429876],Am J Epidemiol. 2011[PMID:21474588])。

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