お米にまつわる疫学の一端(今村文昭)
連載
2018.06.04
栄養疫学者の視点から
栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。
[第15話]お米にまつわる疫学の一端
今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)
(前回よりつづく)
今回は,老若男女,人が二,三人集まればとかく話題になりがちな「低糖食・低炭水化物食」について考えたいと思います。私個人としては,非感染性疾患の予防には食物繊維の摂取を多くしつつ,エネルギー源となる炭水化物の摂取を少なくすべきと考えています。私自身の論文を含め(PLoS Med. 2016[PMID:27434027]),さまざまな研究や多くの国・学会による推奨でもそれを支持しているからです。
こうした栄養成分に関するエビデンスの応用には,地域や食文化ごとの食品への「翻訳」が欠かせません。欧米では炭水化物の筆頭はジュースやお菓子の類いで,砂糖税の導入などが議論されています。一方,日本ではそれらの影響はそれほど強くありません(Circulation. 2015[PMID:26124185])。血糖値の上昇度合いの指標を考えると,日本で注視すべきは白米といえるでしょう。また,菓子類,果物,麺類,パン,非精製米(玄米,胚芽米など)も挙げられます(Nutrition. 2018[PMID:29290357])。しかしこうした指標も病理の一部にすぎない,食べ合わせの効果を考慮できないなどの問題があり,解釈には注意が必要です。
観察研究はどんな結果を示しているでしょうか。血糖値の考察から,お米の摂取と糖尿病リスクとの正の関係が話題となりがちですが,死亡率とは負の関係も推定されています(図)。精製された穀物全体を考えると,糖尿病を含め疾患リスクとの正の関係は認められません。食物繊維の豊富な穀物が種々の疾患リスクを下げる可能性があるとしても,精製されたものが悪いとは断定できないことがわかります。
図 米,穀物摂取(1日150 g当たり)のリスク比のメタ解析(クリックで拡大) |
複数の論文(PMID:22422870, 24158434, 27301975, 27577106, 28397016, 28446499)から今村氏が算出 |
では,一般にも関心を集めている精製度の低いお米は良いのでしょうか。玄米の摂取と疾患リスクに関する観察研究はハーバード大学による医療従事者を対象とした研究のみです。糖尿病と負の関係はあるものの(Arch Intern Med. 2010[PMID:20548009]),心疾患,脳卒中やがんとは有意な関係は認められていません(例:Am J Clin Nutr. 2015[PMID:25527760])。また,健康意識の高さや他の穀物の摂取などの交絡因子も除去しきれません。そうした課題を鑑み,同大学は白米と玄米とを比較する16週間の介入研究を中国で行いました(n=202)(J Nutr. 2011[PMID:21795429])。主要アウトカムを空腹時血糖値とし体重などを検証したものの,有意な結果は白米のほうがLDLコレステロールをより下げるという予想外のもののみでした。他の小規模な研究を含めても,玄米が疾患リスクを下げるエビデンスは未成熟といえます。
精製されていない穀物が良いとはいえ,日本人にとって何が最適なのかいまだ研究を要します。未精製の穀物にはフィチン(第14話・3271号で紹介)や残留農薬などが比較的多く含まれ,既存の疫学ではそうした細部に答えを出すのは困難です。嗜好や経済的視点から,実社会における効果と効能についても検証が求められます。(栄養疫学界はさらに尽力せねばなりませんが)現状では,お米のみならず麦,蕎麦,麩,稗,粟,蜀黍,黍,栃,豆,根菜などの多様性を,日本の歴史や風土,時に自然災害や飢饉と闘ってきた先人たちに思いをはせつつ腹八分を意識して楽しみましょう,というのが私の個人的な意見です。医療現場では個人の嗜好や社会環境に重きを置き,食だけではなく人をみて(註)生活全体の改善を図るのが基本とされていることでしょう。生活に根付いた主食の研究が困難なのは当然です。だからこそ,食文化を世界遺産として誇る日本独自の研究にこれからも期待したいです。
(つづく)
註:白米中心だった海軍の食事に麦飯を導入するなどの改善をし,脚気の予防に貢献した高木兼寛は「病気を診ずして病人を診よ」との言葉を残している。
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