医学界新聞

連載

2018.03.26


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第159回〉
再考「身体拘束」

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 このところ「身体拘束」が頻繁に取り上げられるようになった。2017年11月には朝日新聞が特集を組み,2018年1月にはNHKクローズアップ現代プラスが「認知症でしばられる!? ――急増・病院での身体拘束」を放送した。

「縛られる」状況を見たり聞いたり悔やんだりする人々

 朝日新聞デジタルのアンケート調査(2017年11月,n=249)では,身体拘束について「ニュースなどで聞いたことがある」が92人(37%),「職場や家庭で拘束に関わったことがある」77人(31%),「自分や家族らが受けたことがある」69人(28%)であり,「知らなかった」は11人(4%)であった。さらに,身体拘束をどう考えるかという問いに対して,「本人や周りの安全が最優先されるべきだ」「どちらかというと,本人や周りの安全を重んじるべきだ」が126人(51%),「本人の尊厳を守ることを最優先すべきだ」「どちらかというと,本人の尊厳を守ることを重んじるべきだ」が97人(39%)であり,「どちらともいえない」が26人(10%)であった。回答者の属性が示されていないが,この結果からは「安全重視派」が「尊厳重視派」を上回っている。

 さらに同調査では,自分や家族が身体拘束をされた体験が記述されている。「父が熱中症で倒れ,原因不明の寝たきりになったとき,どうしても自分でトイレを済ませたかった父は1人でしびんを使おうとして失敗し何度もベッドを汚したため,拘束服を着せる同意を求められた」(神奈川県・40代女性)。「父が亡くなる前,点滴を抜いてしまうので,ミトンをされて,食いちぎって口のなかが繊維だらけになりました。末期だったので,点滴を止めることもできると思います。でも入院前にされてもやむを得ないと同意書にサインしました。在宅は困難といわれ,他の選択肢がありませんでした。今でも悔やんでいます」(栃木県・50代女性)。自殺未遂を起こし身体拘束をされた男性(富山県・30代)は,「4日ほど両手両足を拘束されたが病院側としては新たな自殺行為を防ぐため,やむを得ない措置であることは理解する。全ての身体拘束を人権侵害だというつもりは毛頭なく,仕方のない拘束もあるのだと思う」と述べる。

 高齢社会の到来によって,「縛られる」状況を見たり聞いたり悔やんだりする体験を持つ人の割合が今までよりも増えた。このことによって,身体拘束は社会問題となった。

介護保険における「身体拘束ゼロ」への取り組み

 厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」では「身体拘束ゼロへの手引き」(2001年)の中で,身体拘束禁止の対象となる具体的な11行為を示している。それらは,①徘徊しないように,車いすやいす,ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る,②転落しないように,ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る,③自分で降りられないように,ベッドを柵(サイドレール)で囲む,④点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように,四肢をひも等で縛る,⑤点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように,または皮膚をかきむしらないように,手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける,⑥車いすやいすからずり落ちたり,立ち上がったりしないように,Y字型拘束帯や腰ベルト,車いすテーブルをつける,⑦立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する,⑧脱衣やおむつはずしを制限するために,介護衣(つなぎ服)を着せる,⑨他人への迷惑行為を防ぐために,ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る,⑩行動を落ち着かせるために,向精神薬を過剰に服用させる,⑪自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する,ことである。介護保険法に基づく指定介護老人福祉施設の運営基準(2006年)では,身体的拘束は原則禁止とし,緊急やむを得ない場合には,①切迫性,②非代替性,③一時性の3要件をすべて満たす必要があるとしている。

「縛らない看護」実現のためのアプローチ

 2016年度診療報酬改定で新設された「認知症ケア加算」では,身体的拘束を行った場合には当該日の診療報酬が所定点数の100分の60に減算される。

 日本看護倫理学会臨床倫理ガイドライン検討委員会では,2015年に「医療や看護を受ける高齢者の尊厳を守るためのガイドライン」と「身体拘束予防ガイドライン」を作成し,若干の見直しを行った上で2018年1月に『看護倫理ガイドライン』(看護の科学社)として出版した。

 日本看護管理学会倫理委員会では,「身体拘束と看護管理」というテーマでワークショップを開催した。参加者募集の案内をしてから1週間で定員を上回る応募者があったため回数を増やし,京都(2018年1月)と東京(2018年2月)で行なった。筆者は両会場とも,セッション2「看護管理者としての在り方」の司会を担当した。そこで,身体拘束廃止へのアプローチは大別して2つあることがわかった。アプローチAは,病院管理者が「身体拘束をやめる」と宣言し,病棟師長がリーダーシップを発揮して強力に推し進めていく方法である。例えば「身体拘束ゼロの日を決めてやってみる」など,いわゆる外的コントロールである。アプローチBは,個々の患者について,快適性を考え身体拘束によるメリット/デメリットをアセスメントすることである。その結果,「縛る」ことが不適当という結論に至る。こうした丁寧な検討により身体拘束ゼロを達成することができたという実例を,先駆者たちは示している。

 「身体拘束」という,まさに社会問題となっている事象の解決の第一線に立つ看護職は,今こそ力の見せどきである。身体拘束をしないことは目標なのか,結果なのか,アプローチAは「目標」であり,アプローチBは「結果」となる。

つづく

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