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第3225号 2017年5月29日


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第149回〉
本当の看護を求めて

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 私はこのところ看護について暗澹たる気持ちになっている。看護の危機という悪魔がひたひたと近づいていて,劣悪なケアで住民が脅かされているだけでなく,看護師自身も状況に飲み込まれそうになっている。

病院看護師がみた患者,訪問看護師がみた利用者

 「認知症で病識がなく家族も介護に協力的でない」という病院看護師からの“退院情報”をもとに高齢者宅を訪問した訪問看護師がみた現実は,全く違っていた。病院では自分のことを親身に聴いてくれる医師や看護師がいなかったので,何もわからないふりをしていたのだとその人は言う。自宅では家人がベッドを並べ,お互いに助け合って暮らしていた。裕福な家庭で家政婦を雇用して日常生活を確立していた。病院ではトイレに行くことができないと“アセスメント”されていたが,うまく促すことによってトイレに行き自分で排尿することができた。入院中に行われていた間欠導尿や夜間のカテーテル留置は,すぐに必要ないことがわかったと訪問看護師は言う。病院看護師が一生懸命書いている退院サマリーはほとんどの場合あてにならない。彼女たちが重要だと言う「アセスメント」の不適切性を,訪問看護師は指摘する。

 あるとき,ベテラン訪問看護師が,病院の看護師向けに家族看護学の講義をした際に,ある大学病院の2年目の看護師2人が泣いていたので理由を尋ねたところ,こう答えたという。「多くの高齢者が抑制されている。外してやりたいと言っても先輩たちが許してくれないのです」と。

手遅れになる前に

 こうした状況は何を意味しているのであろうか。私は,次の5点を指摘したい。

 まず,誤解を恐れずに言うと,臨床ナースのウデが落ちているということである。患者一人ひとりにきちんと向き合っていない。定型化されたものや医師の診断に引っ張られていて,「ホントはどうなのか」という疑問を持たずに日々のルーティン業務を行っている。昨今,診療報酬上の加算を取る上で算定要件を満たしているという“証拠”を示すためのチェック項目の確認に追われている現実があることも要因のひとつとなっている。つまり,制度上の制約が臨床ナースのウデを落としている。

 2つ目は効率性と安全性の過度な追求である。高齢者が「トイレに行って排尿する」には時間がかかる。多くの場合,見守りや手助けが必要であり,転倒というリスクがつきまとう。十分な人手がなく,1人の高齢者のトイレ介助に付き添っている時間がないと計算するナースは,「夜間はおむつ(排泄)にしてください」とか「カテーテルを入れましょう」となる。これが患者の尊厳を失わせ,避けられる感染リスクを高め,家族からの信頼を低下させる。

 3つ目は,ケアの方法が看護師個人の意思決定ではなく,「病棟の方針」や「先輩の目」に影響されているということである。看護基礎教育で学習した価値基準(倫理)や科学的根拠が,“怖い先輩のひと言”で簡単に破壊されてしまう。「それでもこうすべきだと思う」と主張するには若手看護師の経験が不足している。「そんな理屈を言う前に言われた通りやりなさい」という“指令”に,若手看護師はたじろぐ。

 4つ目は,看護管理者の存在理由の変化である。昨今,看護管理者は経営に貢献すべきであるという風潮があり,財務諸表を読めない看護部長は失格だという研修もある。しかしながら,看護管理者の最も大きな使命は,自分の組織において提供される看護サービスの質に注目し,患者の尊厳や安楽が脅かされていないかに腐心することである。

 看護師長は自分の病棟で生じている問題状況を把握し原因と対策を考えなければならない。看護部長は,看護師長の意見に十分耳を傾け,病院長を巻き込んで,改善策を考えなければならない。職能団体は看護という社会的共通資本の維持・向上について発信し,制度を修正しなければならない。

 5つ目は,(ここが今回最も主張したい点であるのだが)訪問看護師と病院看護師の交流である。訪問看護師は入院中の看護の評価を在宅に戻った利用者(という顧客)から受けている。専門的な立場で,訪問看護師は病院看護の実力を評価している。退院調整を何件して在宅復帰率が何パーセントであるという数値だけでなく,退院したAさん,Bさんがどのようなケアを受けていたのか,そのケアはAさん,Bさんにとって適切であったのかについて,膝を交えて一例ずつ吟味しなければならない。入院は入院,訪問は訪問と,お互いの領域を侵さないようにしているのはもうやめよう。

 管理者は本当の意味で「事例から学ぶ」仕組みを立ち上げなければならない。できるだけ早く。手遅れになる前に。

つづく

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