医学界新聞

寄稿

2016.06.27



【寄稿】

症状マネジメントモデルに基づいた
患者の力を引き出すがん看護実践

荒尾 晴惠(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻統合保健看護科学分野看護実践開発科学講座 教授)
田墨 惠子(大阪大学医学部附属病院 がん看護専門看護師)


 がんの治療を受ける患者は,疾患に伴う症状,治療の副作用として出現する症状など,さまざまな症状を体験しています。これらの症状は患者の生活や心理社会的な側面にも影響を及ぼし,QOLの低下を招きます。そのため,がん看護において症状に対するケア,症状マネジメントは優先課題です。

 では,看護師は患者に対してどのような症状マネジメントを行なっていけばよいのでしょうか。筆者(荒尾)は修士課程で,指導教官のDr. Larsonらが開発した症状マネジメントモデル(Model for Symptom Management;MSM)1~3))について学びました。そして,MSMという枠組みを用いて,症状に関する研究を行うとともに,臨床の看護師に還元しようと,教育においてもMSMを紹介してきました。

 症状マネジメントの概念モデル(改訂版)(文献2より一部改変)

患者は自分なりのマネジメント方略を持っている

 MSMは,決して新しい概念モデルではありません。それでも,今あらためて強調するのは, 問題解決志向で現象を見る方法では,患者のできない点を見いだすことはできても,真に患者の持つ力は見えてこないからです。

 進学するまでは荒尾も,症状のメカニズムとそれに対する薬物治療,標準的ケアを学べば,症状ケアはできると思っていました。しかし,それは,症状の原因を客観的に探索し,治療をするという医学モデルでの症状のとらえ方のケアであり,看護師が患者に対して「何かをしてあげる」という看護師主体のケアでした。そのような視点で看護をしていると,痛みや呼吸困難など症状が軽減しない患者さんのベットサイドに行くのは,憂鬱なことになります。それは,患者はこんなにつらいのに何もしてあげられない,という無力感や申し訳ない思いが強いからではないかと思います。

 一方MSMは,患者に起きる症状を人々の生理的・心理的・社会的機能や感覚,認知の変化を反映した主観的な体験と位置付けています3)。医学モデルからは「何もすることができない」患者であっても,患者に症状の体験を聞くと,それぞれの症状の解釈や多様なマネジメントの方略を持っていることが見えてきます。目の前の患者は,苦痛に耐えているだけではなく,苦痛の中にあっても,工夫を凝らして,力強く症状に向かっている,その力を持っているのです。そのような視点を持つと,患者が持つ力に合わせたケアを考えることができ,ケアの方向性も定まっていきます。これが「患者を主体としたケア」であるMSMの醍醐味だと言えます。

 MSMは「症状の体験」「症状マネジメントの方略」「症状の結果」から成り立ちます。中でも「症状の体験」は,患者が症状をどのようにとらえ,解釈しているかという「症状の認知」,症状の強さや頻度などをどのように評価しているかという「症状の評価」,症状があることによって生じる身体・心理的な反応である「症状の反応」によって構成されています。症状の体験を理解すれば,患者自身による症状の解釈や意味付けが理解できるのです。

 また,「症状マネジメントの方略」では,症状への患者の多様な取り組みを理解することができます。このように患者を主体として主観を共有できれば,患者の持つ力,すなわち《症状マネジメントに関するセルフケア能力》が見えてきます。

患者が自ら方略を修正できるよう支援する

 筆者(田墨)は,がん看護専門看護師として治療期の現場で活動し,MSMがもたらすアウトカムの素晴らしさを体験してきました。本稿では,その中から1事例を紹介します。

事例

 Aさん,70代後半女性。大腸がん。入院中にFOLFOX療法を導入され,外来治療に移行。1人暮らしのため,退院後は,妹の家で世話になることになっていた。

想定されるバリア

 老老介護,妹宅から当院までの距離

 セルフケア能力の査定()に照らすと,Aさんの強みは支援者(妹)がいる点です。しかし,老老介護がバリアとなり,強みを発揮できない可能性もありました。

 セルフケア能力を査定する視点4)

 そのため,病棟看護師は,訪問看護が利用できるように退院調整しました。在宅での抜針,および問題となる症状の判断については,退院調整の際に事前に田墨から訪問看護に必要事項を伝えました。訪問看護では,当院に連絡するべき症状か否かを判断し,必要な場合は受診の支援をすることになりました。

 その後,外来でAさんと妹に会い,退院後の症状マネジメントについて患者自身がどのような方略を持っているかを確認しました。

患者自身の症状マネジメントの方略

 症状への理解はAさん,妹ともに良好。症状マネジメントの方略を尋ねると,「何かおかしいと感じたらすぐに訪問看護に連絡する」と答えた。抗がん剤投与のCVポート管理についての理解は曖昧であったが,自分たちが異変に気付かなくても,訪問看護が来た際に確認してもらっていれば大丈夫と考えているようであった。

 方略は,高齢(老老介護)という自己の脆弱性をきちんと認識した上でのものであり,間違ってはいませんでした。しかし,妹宅から当院までタクシーでも1時間かかるという問題は考慮されていませんでした。そこで田墨は,がん緊急症など,訪問看護で対応できない問題が生じた際の対応について確認していきました。すると2人は,方略が不十分なことを認識してくれました。

 この問題を解決するため,田墨は関係する医療者に相談し,妹宅の近くにある入院可能な総合病院を紹介してもらいました。この際に重視したのは,「その距離なら行ける,その方法ならできる」という,Aさんと妹の了解を得ながら支援を進めることです。外来治療中の煩雑な業務の中,短時間で行った調整だったため,かかわった医療者は苦労しましたが,Aさんたち自身が前向きに対処する姿勢を持っていたため,がんばれました。

 Aさんには,その日同席した妹の他にも姉妹が2人おり,後日外来に一緒に来て,方略について一緒に吟味することができました。「高齢=弱み」となりがちですが,同胞の多さやつながりの強さはこの世代の強みと言えることを感じた事例です。

 その後,Aさんはさまざまな副作用を体験しますが,「訪問看護に症状を伝える」「姉妹に支援を求める」という方略に加え,その対策を自分たちでできるかをきちんと吟味していくことで,セルフマネジメントを確立していきました。Aさんの方略は,看護師がAさんの症状に早く気付き,現実的な方法を提案する等,治療を安全に提供する上でも非常に助かりました。

より良いセルフマネジメントのための看護師の働き掛け

 患者の強み・方略の優れた点を確認した上で,現在の方略で補えない点に患者が自ら気付けるように促す。そして,方略を補う方法を看護師が提案する。

 この際に重要なのは,患者・支援者が自らマネジメントしていける方法であるかという点。患者・支援者の了解を得ながら進めることで,セルフマネジメントへの意欲を高められる。

「できること」を伸ばす看護を

 医療の現場は客観性を重視する医学モデルで動いており,症状を患者の主観としてとらえるケアはなかなか浸透しません。看護師はともすると,看護師が決めた方法に患者が従うように誘導しがちです。しかし,がんと向き合う患者から信頼される看護師となるためには,患者が元々使っている方略を評価し,その良さを引き出したり,患者自身がその方略を修正したりできるような支援が必要なのではないでしょうか。

 患者の力を引き出す支援を行えるようになるためには,知識と経験が必要ですが,まずは,患者の力を信じる看護師の姿勢が大切だと考えています。

参考文献
1)Image J Nurs Sch.1994[PMID:7829111]
2)J Adv Nurs.2001[PMID:11298204]
3)UCSF教員グループ.症状マネジメントのためのモデル.INR.1997;20(4):22-28.
4)荒尾晴惠,他編.スキルアップがん化学療法看護――事例から学ぶセフルケア支援の実際.日本看護協会出版会;2010.

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