医学界新聞

寄稿

2015.01.26



【寄稿】

他領域との交流を経て,あらためて考える
看護継続教育におけるリフレクション

鈴木 康美(日本保健医療大学保健医療学部看護学科准教授)


 近年,看護領域ではリフレクションに関する特集の組まれた雑誌・書籍を数多く見掛けるようになった。その対象も看護基礎教育だけでなく,臨床現場の継続教育,看護管理領域にまで及び,関心を持つ層の広がりを感じる。

 筆者は,看護継続教育におけるリフレクションの活用と効果について関心を持ち,さまざまな研究会に参加してきた。その中でも「教師教育学研究会」において,フレット・コルトハーへン著『教師教育学――理論と実践を結ぶリアリスティック・アプローチ』(学文社,2010)から多くを学び,看護教育への活用可能性を探ってきた。そうした折,コルトハーヘン氏の来日を記念し,国内の多様な領域(教育哲学,教師教育,看護教育,企業内教育)の研究者・実践家が集って行う「リフレクションの理論と実践」をテーマにした座談会企画(MEMO)に声を掛けられ,参加した。それぞれが異なる立場でリフレクションを実践・考察してきたにもかかわらず,共通項は多く,知的な刺激と豊かな学びを与える時間となった。本稿では各者の報告を筆者なりにまとめ,共有したい。

他領域にまたがる課題が存在

 リフレクション研究に詳しい村井尚子氏(大阪樟蔭女子大)からは,多くのリフレクション理論に影響を及ぼしたドナルド・ショーンの理論が解説された。ショーンは,書籍『省察的実践とは何か』の中で1),専門職教育における「行為の中のリフレクション」と「行為についてのリフレクション」の果たす重要性を示唆した。それに対し,現象的教育学者ヴァン・マーネンは,教育学的立場から「行為の中のリフレクション」は不可能と異議を唱える。この点について,看護領域でその名を知られるパトリシア・ベナーは,臨床知に関する記述の中で2),「行為の中でのリフレクション」というフレーズではなく,「行動しつつ考える」という言葉を選択し,熟練したナースは臨床現場で刻々と変化する状況で意欲的に思考し,革新的で想像的であると論じている。こうした「行為の中のリフレクション」に関する議論は興味深い。

 続いて,中田正弘氏(帝京大大学院)は,教職大学院において新人・中堅教師教育の場で活用されるリフレクションと,その課題について報告した。教師は学校現場で「授業研究」を,「授業⇒振り返り⇒新たな取り組みの方向性の模索」というサイクルで繰り返す。これはリフレクションそのものであり,その過程で教師自身が「授業の各段階(導入や展開,終末)が個々にどのような役割を持つか,そこでの自己の教授行動は何を意図して行っているかを『意識』し,授業を計画・実践に移行するようになっていく」傾向を示すとわかってきている。

 これを裏付ける理論として,先に紹介した書でコルトハーヘンは,リフレクションにおけるALACTモデル(「(1)Action;行為⇒(2)Looking back on the action;行為の振り返り⇒(3)Awareness of essential aspects;本質的な諸相への気付き⇒(4)Creating alternative methods of action;行為の選択肢の拡大⇒(5)Trial;試み」)を提唱。経験による学びの理想的なプロセスとは,行為と実践が代わるがわるに行われることと主張する。

 ただ,その実施に際しては課題がある。それは現場の教師の多忙さだ。授業の準備・クラス指導に追われ,授業研究に取り組む余裕がないケースが多いというのだ。これは看護教育・臨床の現場も同様であり,リフレクションの効果は認められつつあるものの,時間の確保の難しさは領域をまたがって存在していることを実感した。

施設を超えた教育支援者交流の場が必要

 続いて筆者からは,看護領域の現場での動向を紹介した。田村由美らによるリフレクション導入の経緯3),その後の2000年以降,関心が高まり,基礎教育での実習指導や,臨床現場での新人看護職員研修,中堅看護師のキャリア開発,看護管理者研修の方法のひとつとして取り入れられてきたことを話した。また,リフレクションの主観的な効果は認められてきたものの,客観的な指標の作成が課題となっている点にも言及した。

 中原淳氏(東大大学院)は,企業内教育のリフレクション研究に関する論文数の推移,デービッド・コルブの「経験学習モデル」から発展した多数の方法論,実践と連携させた研修の在り方について解説した。リフレクションを用いた研修での「経験の可視化」「対話」「意味づけ」の実践例として紹介された,レゴ®ブロックや冊子づくりを通して行う振り返りの方法は参考になる。

 最後に「リフレクションナイト」の松本祐一氏・小田川仁氏が活動内容を紹介。「ぜんぶ未来のよろこびにつなげる」というコンセプトのもと,若手の企業内教育担当者らが集い,体験型の研修の場を作り,研鑽を積んでいるという。われわれとは職種こそ異なるものの,新人のコミュニケーション能力の低下や中堅期におけるキャリアの悩みなど,現場が抱える課題はよく似ている。それらの課題を,彼らは新人職員研修・中堅マネジャー研修といった機会にリフレクションを取り入れ,さらに企業を超えた交流でその質を高めることで打破しようとめざしているのだ。看護領域においても,こうした施設を超えた教育支援者の交流の場が必要ではないだろうか。

“感情をなくしている状況”を打開するのがリフレクション

 参加者間で交わした議論で印象的だったのは,「どのようなときにリフレクションが深まるのか」という問いだ。この問いは,「リフレクションを促すために,どのようなスキルが必要か」という問いにも換言できよう。これに対し,「その場の雰囲気作り」と「支援者のオープンな態度」が大切,「できない」という否定的な意見からではなく,「本人の強み」「できたこと」を引き出していくというポジティブな取り組みであるべきと,いずれの領域からも異口同音に回答された。

 コルトハーヘンが提唱する「内省」の理論も基盤にはポジティブ心理学があり,安心して自分の経験を話すことができる場作りが不可欠であるとしている。さらに,マルカム・ノールズの成人教育の原則も,安心できる場づくりを前提としており,上記の回答は共有すべきポイントなのであろう。

 また,リフレクションにおける「感情」に関する中田氏の指摘は,興味深いものだった。「一度立ち止まって考えることが大事。そうすると喜怒哀楽の感情が湧いて出る。忙しく,ただ前に進むだけの“感情をなくしている状況”を打開できる」。多忙な看護現場でこそ,リフレクションが求められる理由とも言える指摘ではないだろうか。

領域固有の尺度探求が求められる

 リフレクションが人材開発,育成に効果があることはわかってきたが,今後の課題は,「その成果をどのように評価するのか」に焦点が移っている。それはあらゆる領域において同様の課題であるようだ。これに対し,中原氏は「マネジャー教育,教師教育,看護教育もそれぞれに『特殊な環境』であり,リフレクションの在り方に『Domain Specific(領域固有性)の高い部分』が確実に存在するはず。リフレクションの尺度を作ろうとする試みは世界中にさまざまあるが,信頼係数などに問題があるケースは多い。そのひとつの原因が,この“領域固有性”にあるのだろう。リフレクション一般を対象にした尺度構成を行うのではなく,より領域固有のリフレクションの尺度を探究する必要があるのではないか」と主張する。つまり,看護領域においても,リフレクション尺度の探求を推し進めていく必要があるということである。

 教師教育,看護教育,企業内教育。一見すると異なるように思えるが,いずれも実践のための教育である点で共通していた。そして,生徒の成長,患者の健康回復,企業活動の活性化というより良い実践を行うためには,実践から多くのことを学ぶ必要がある点でも共通しているのである。

 さまざまな実践の領域で注目される「リフレクション」については,他領域を含めた広い視野からの理解を深めるとともに,看護の領域で求められる研究を見極め,実践への活用・連携を考察していく必要がある。今後も多くの知的な刺激を受けながら,探求を続けていかねばならない。

MEMO 座談会「リフレクションの理論と実践」

 2014年10月15日,東大大学院中原淳研究室にて行われたもの。企画・司会進行は坂田哲人氏(青山学院大)。参加者は,村井尚子氏(大阪樟蔭女子大),中田正弘氏(帝京大大学院),中原淳氏(東大大学院),企業人材開発の世界でリフレクションに取り組む団体「リフレクションナイト」より松本祐一氏(NEC通信システム),小田川仁氏(日本ビジネスシステムズ)。当日は,各氏が自身の専門領域からのリフレクションのとらえ方を10-15分ほど発表し,その後に座談会を実施。その模様はUstreamで配信され,随時Twitterからのフィードバックを得ながら進行する形がとられた。中継・配信は,同研究室の山辺恵理子氏,町支大祐氏,脇本健弘氏ら。

*企業の枠を超えて,より良い企業内研修をめざして月1回都内で研修会を開催している。
http://ameblo.jp/reflectionight/

参考文献
1)ドナルド・A・ショーン著.柳沢昌一,他訳.省察的実践とは何か――プロフェッショナルの行為と思考.鳳書房;2007.
2)パトリシア・ベナー著.井上智子監訳.ベナー看護ケアの臨床知――行動しつつ考えること(第2版).医学書院;2012.
3)サラバーンズ,他編.田村由美,他監訳.看護における反省的実践――専門的プラクティショナーの成長.ゆみる出版;2005.


鈴木康美氏
山田赤十字看護専門学校,放送大教養学部卒。東邦大医療センター佐倉病院副看護部長,東邦大看護キャリア支援センター副センター長を経て,2014年より現職。06年千葉大大学院看護学研究科修士課程卒(看護学)。研究テーマは,看護継続教育におけるリフレクションの活用と効果。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook