つながりキープのお約束 外来予約票さん(鶴岡優子)
連載
2014.08.11
在宅医療モノ語り
【第52話】
語り手:つながりキープのお約束
外来予約票さん
鶴岡優子
(つるかめ診療所)
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりだ。往診鞄の中,往診車の中,患者さんの家の中,部屋の中……在宅医療にかかわる道具(モノ)を見つめていると,道具も何かを語っているようだ。
今回の主役は「外来予約票」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
予約票は必要ありません 午後2時。辺りは急に暗くなり,雷様と一緒に激しい雨がやってきました。予報でわからないことは,人生にもあるものですよね。こちらは予約票が必要ありません。「24時間対応」は在宅療養支援診療所と同じです。 |
私は,ある患者さんの外来予約票です。予約日はとっくに過ぎています。何度も取り出され,ボロボロになってしまいました。実は私,3か月前に某大学病院の某科専門医に発行されたモノなのです。患者さんはがんという病気で外来通院していました。しかし,私に書いてある予約日,奥さんは困り果て,病院へ電話をしました。「うちの人,なんだか今日伺えそうにありません。歩けないんです」。
外来の受付の方は親切に「車イスをお貸しできますよ」と答えました。奥さんは悩みました。自家用車に乗って病院に行くのがまず大変。子どもが会社を休んで通院に付き合ってくれると言っているけど,休ませたくはない。病院に着いたとしても,待ち時間が大変。椅子に座っているのもしんどそう。ベッドのある部屋で休ませてもらったこともあるけど,点滴している人やもっとぐったりしている人もいて,気兼ねがあったし……。いろんなことが頭を巡りましたが,出てきた言葉は「今日はちょっと難しそうです」だけでした。
そのうち,病院の連携室というところから電話がかかってきて,「自宅に訪問してくれる医者や看護師を紹介しましょうか?」と聞かれました。奥さんはびっくりしました。そんな人がいるなんて知らなかった。もっと早く教えてくれればよかったのに。でも,その人たちが「いい人」とは限らないし,うちのお父さんはどう思うかしら? またいろんなことが頭を巡りましたが,出てきた言葉は「では,お願いします」だけ。
在宅医と訪問看護師が家に来るようになりました。肝心のお父さんの気持ちはわからない部分もありますが,私から見ると満足気です。病状は進行し深刻なのでしょうが,もう病院に行かなくていい,というだけで気が楽になったとお話しされていました。介護保険の申請を勧められ,市から調査員が来たり,ケアマネジャーも来たりしました。次第に皆さんとの信頼関係が築かれる一方で,病状はさらに加速度を増して悪化していきました。
訪問診療の自然な流れで「最期をどこで過ごすか?」ということが話題に上るようになりました。その日の夜,夕食後にテレビを見ているときのことでした。夕食といっても,患者さんはほとんど口にできません。それでも奥さんがデザートに果物を用意していたところ,突然,患者さんが切り出しました。「最期は家で,と考えているけど,お前は大丈夫か?」。少し沈黙が流れました。奥さんの頭の中はまたいろんなことが巡っていたのかもしれません。出てきた言葉は,「お父さんのお考えどおりにしましょう。私は大丈夫よ」でした。患者さんは黙ったまま,保険証や診察カードの入っている袋から私を取り出しました。そして,私は丁寧にゆっくり破られ,ゴミ箱に捨てられました。もう「今日行く」ところの約束は必要ないと思われたのでしょう。「明日逝く」かもしれない,そんなときでも心穏やかに自分の居場所を決められる人はすごいなあと思いました。
(つづく)
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