医学界新聞

寄稿

2013.09.09

【寄稿】

コーチングで,力を最大限に発揮するサポートを

田口 智博(三重大学大学院医学系研究科臨床医学講座家庭医療学分野/医学部附属病院総合診療科)


 皆さんは,「コーチング」にどんなイメージをお持ちですか? スポーツやビジネスの世界の言葉だと思われるかもしれません。しかし,スポーツやビジネスに限らず,今や医療や教育にもコーチングは導入されています。

 国際コーチ連盟の定義によれば,コーチングは「クライアントの生活と仕事における可能性を最大限に発揮することを目指し,創造的で刺激的なプロセスを通じ,クライアントに行動を起こさせるクライアントとの提携関係」(筆者註:クライアント=コーチングを受ける人)とされています1)

 本稿では,このコーチングの概要と,特に重要で基本となるスキルの一部を,筆者自身の経験を踏まえつつご紹介します。

「ティーチング」との違い

 まず,「ティーチング」と「コーチング」の違いから説明しましょう()。ティーチングは,“私”が持っている答えや考え,意見,可能性を指示・命令・指導によって“相手”に伝えることです。問題解決に迅速につながりますが,相手は受動的になり,「答え」が与えられるのを待つようになる(指示待ち)ことがあり得ます。

 ティーチングとコーチングの違い

 一方,コーチングは,“相手”が持っている答えを“私”の質問によって引き出すことです。こちらが思ってもみなかった答えを引き出せる可能性があり,相手も主体的に考えることを通し,自主性が芽生えます。

 もちろん,「コーチングはティーチングより優れている」ということではありません。経験や知識がない相手には,ティーチングのほうが効果的です。つまり,相手のニーズや段階に応じて,ティーチングとコーチングを使い分けることが大切なのです。

基本的なコーチングスキル

 それでは,ケースを通して,基本的なスキルを紹介していきましょう2)

【ケース1 言うことにまとまりがないと感じる患者さん】

医師:「この1か月間,運動はいかがでしたか?」
患者:「最初の1週間,がんばって毎日30分散歩していました。(中略)体重も減ってうれしかったですね。やっぱり運動っていいなあと思いました。でもその後,雨が降って散歩しなくなりました。(中略)やっぱりだめですね」。

 この例のように,話にまとまりがないなあと感じる患者さんはいらっしゃいませんか? この後,どうすれば効果的に会話を進めることができるでしょうか。ここで活きるのが,“傾聴”のスキルです。

 医療においては,傾聴の大切さがよく言われます。傾聴のスキルの本質は,「こういうことなんだろうな」と自分の思い込みで相手の話を解釈せず,また「成長していない」「事実とは異なる」などと相手を評価せずに,まずは相手の“ありのままの姿”を認めることです。そうすることで,相手も「自分の話をしっかり聞いてもらった」と実感することができるのです。

 傾聴のスキルはいくつかありますが,本稿では「バックトラック」を取り上げましょう。相手の話を要約して確認するバックトラックは,話し手が他者に言語化した内容を聞き直すことで,話し手自身,考えがまとまっておらず混沌としていた状態から気付きを得ることができたり,話し手と聞き手のすれ違いを未然に防いだりする効果があります。

 ここでひとつ言い添えておきたいのは,バックトラックの仕方の重要性です。

医師A:「雨が続いてだめだったんですね」。
医師B:「運動がいいなあと実感されたんですね」。
医師C:「運動のよさを実感された時期と,運動をしなくなった時期と双方を経験されたんですね」。

 こうして見ると,バックトラックの仕方によって,その後の話の方向性が変わると想像できるのではないでしょうか。私たち医療者は,患者さんができなかったことばかりを焦点化しがちですが,できたことにも焦点を当てることで,患者さんの行動変容がさらに効果的になります。

【ケース2 問題にどっぷりつかっている研修医】

後輩医師:「今月のローテーション先で,ある先生に指導してもらっているんですが,うまくいかないことばかりなんです……」。

 皆さんの周囲には,何らかの問題にどっぷりつかって抜け出せなくなっている後輩や部下はいませんか? こうした相談を受けたときには,“質問”のスキルを使うと,問題解決に向かって効果的にかかわることができるでしょう。

 コーチングにおける質問は,従来の質問とどこが異なると思われるでしょうか。従来型の質問は,病歴聴取のように,こちらの知りたいことを聞き出すための質問であることが多いと思います。一方,コーチングの質問は,質問を受けた相手の視点が変わることで,相手自身が気付きを見いだしたり,自身の考えを深め,まだ意識に上がってきていない「答え」を見つけ出したりするのをサポートする目的で行われます。

 こうした質問をするためには,下記の2点を意識することが大切です。

(1)質問したら黙る

 質問後,「沈黙を守る」ことが重要です。質問に対し,相手側が考え込んでしまって,すぐに答えが返ってこない場合もあるでしょう。すぐに返答がないと,つい“私”側の考えを伝えてしまいがちですが,その沈黙の時間こそが,相手がこれまで気づけずにいた深い答えを見いだすチャンスなのです。

(2)「否定質問」ではなく,「肯定質問」

 「なぜ,できないんだと思う?」という否定的な質問ではなく,「どうすればできると思う?」という肯定的な質問は,相手の考えの可能性を広げる上,相手の意欲も増します。

 さて,先ほどの例に戻ってみましょう。おそらく多くの人は,先輩医師として「だいぶ悩んでいるようだね」と,自分のところへ相談に来た理由を尋ね,後輩の思いに傾聴することでしょう。その上で,この後輩が問題・課題から抜け出すために,あなたはどのような質問をしますか?

 従来型の質問であれば,「その先生って誰?」「何科のローテーション?」「なぜうまくいかないことばかりなの?」と尋ねるかもしれません。しかしながら,こうした質問によって,後輩から新たな答えや考えが出てくることはないでしょう。

 そこで,「どうやったらうまくいくと思う?」「何でもできるとしたら,何をやってみたい?」「そのうまくいかない状況から今後につながる何を学んだ?」「うまくいったことは何だろう?」と質問するとどうでしょうか。 後輩は違った視点から現況をとらえることができ,質問を受けた後の反応も変わるはずです。コーチには,こうした「質問力」が極めて重要なのです。

 今回,本稿を通して,皆さんはどのような気付きを得ることができたでしょうか? また,こうしたコーチングが,診療場面,同僚や部下に対する組織内での場面,自分や家族に対する場面等で,どのような意義を持つと感じたでしょうか? 私自身は,コーチングは自分と周りの人々が幸せになる魅力的なツールのひとつであると感じています。

 ツールであるコーチングは,スキルの上達もさることながら,コーチ自身の心構えも大切です。つまり,「人は必要な資源をすでに内側に持っている」「人は常にベストを尽くしている」「すべての行動には肯定的な意図がある」などの心構えが求められます。コーチングの質を向上させるために最終的に問われるのはコーチの在り方であり,コーチ自身の成長こそが必要と言えるのでしょう。

 本稿が,皆さんにとって,新たな視点の発見につながれば幸いです。

参考文献
1)国際コーチ連盟(ICF;International Coach Federation)ホームページ
2)田近秀敏.第2章コーチングの基本スキル――1リスニング・スキル 2質問のスキル.[実践]ビジネス・コーチング――プロフェッショナル・コーチの道具箱.PHP研究所;2003.pp36-51.


田口智博氏
2000年山梨医大(現・山梨大)医学部卒。聖路加国際病院,亀田メディカルセンター,名大病院などを経て,11年より現職。研修医教育に携わる中で「コーチング」に関心を持ち,08年にPHP上級認定ビジネスコーチを取得。コーチングを活用した診療,教育,組織運営を実践し,全国各地の学生や医療者にコーチングを紹介している。

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