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第3039号 2013年8月19日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第251回

ある医師の悔悟

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3037号よりつづく

 「Ideas worth spreading」なるキャッチフレーズの下,世の中を変え得るインパクトを持つアイディアを紹介する「TED talks」については日本でもよく知られていることと思う。最近オンラインで公開されたTEDトークの中でもっとも視聴回数が多いのは,ある医師が「患者に済まないことをした」とその「罪」を悔いたものだった。涙声で患者の許しを乞うて視聴者を感動させたのはピーター・アティア医師だったが,以下,彼のトークの概略を紹介する(註1)。

肥満患者への反感

 「2006年春のある一日のことを私は決して忘れないでしょう。その日,ジョンズ・ホプキンス大学で外科レジデントをしていた私は,夜中の2時に救急外来に呼ばれました。糖尿病性壊疽のため,足の切断が必要な患者でした」。

「その3日前,私は,末期膵臓癌を患う27歳の新婚女性を診たばかりでした。医学的に彼女の命を救うことが不可能であることはわかりきっていましたが,私は,彼女の入院が少しでも快適なものとなるよう,医師としてできることは何でもしようと努めました。毛布やコーヒーを病室に持って行ったりしたのです。膵臓癌になってしまったのはご本人のせいではありませんし,彼女が置かれた状況に同情したからに他なりません」。

 「ところが,壊疽の患者は2型糖尿病の肥満女性でした。口にこそ出さなかったものの,『運動もしないで食べ過ぎるからこうなったのだ』と,私は病気になったのは患者の自己責任と決めつけていたのです。当時私は癌の研究に携わり,『従来から受け入れられている説が正しいと決めつけてはいけない』と厳しく教えられていたというのに,『肥満と糖尿病の関係はもうわかりきったこと』と決めつけていたのです」。

 「3年後,私は,自らが患者となったことで自分がどれだけ間違っていたかを悟ることとなりました。毎日3,4時間運動し,栄養にも気をつけていたというのに,メタボリック・シンドロームの診断を受けてしまったのです。『インスリン抵抗性』となることの恐ろしさは熟知していましたし,私は,食事に過激ともいえる変更を加えて(運動量はそれまでより少なくなったにもかかわらず)18 ㎏体重を落とし,『インスリン抵抗性』から逃れることに成功しました」。

肥満は本当に諸悪の根源なのか?

 「栄養や運動には気をつけていたというのに『インスリン抵抗性』となる体験をした私は,これまで正しいとされてきた説に疑いを持ち始めました。いま,多くの科学者が『肥満がインスリン抵抗性の原因』としていますが,本当にそうなのでしょうか? 二つの関係はまったく正反対で,『肥満はインスリン抵抗性の結果』だとしたらどうでしょう? 『エネルギーを燃やせ』とするインスリンの命令に対し,細胞が『燃やしません』と抵抗した場合,燃やされなかったエネルギーは脂肪として蓄積されるしかないのです」。

 「すねをぶつけて青あざができることを考えてください。『目立つから』といって青あざが諸悪の根源だと考える人はいません。すねをぶつけずに済むよう,原因を除去することを考えるのが普通です。でも,肥満の場合,私たちは,『目立つから』というだけの理由で肥満を諸悪の根源だと決めつけていないでしょうか?」

 「栄養と肥満とインスリン抵抗性の関係は,実は,まだ,何もわかっていないのです。私は,いま,分野が異なる科学者を結集して,その関係を,仮説を検証する作業を繰り返すことで科学的に明確とする活動に取り組んでいます」。

 「7年前の救急外来のことは今でもよく思い出します。もし,あのときの患者さんに会えるものなら,心からお詫びしたいと思います。医師として医学的にはできるだけのことをさせていただきましたが,人間として,『自分のせいだろ』と決めつけたのは間違いでした。いま,このトークをご覧になっていらしたら,どうぞ,私のことを許していただきたいと存じます」(註2)。

つづく

註1:アティア医師のトークは,下記で視聴することができる。
 http://www.ted.com/talks/peter_attia_what_if_we_re_wrong_about_diabetes.html
註2:8年前(連載第68回,第2650号)にアティア医師とは正反対の態度の医師について紹介したことがあるので,興味のある読者は参照されたい。

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