医学界新聞

連載

2013.03.04

在宅医療モノ語り

第35話
語り手:楽しかった時間を想像してほしい 千代紙さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「千代紙」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


写真  イメージはこんな感じ
介護保険施設で作られているひな人形はもっとゴージャスかもしれません。幼児の作品はこんな感じです。工夫満載で指導者のアイデアに感心したり感謝したり。千代紙活用の例として,ご参照くださいませ。
 桃の節句。皆さんのお宅では,ひな人形を飾られましたか? 「家に女の子がいない」「ひな人形がない」「家が狭い」「出すのも片づけるのも面倒くさい」。理由はさまざまあって,飾らないお宅も多いでしょうね。確かに生活に欠かせないもの,ではありません。でもひな飾りがあれば,お部屋にいても少し春を感じることができます。

 在宅医療とひな祭り。はい,ほとんど関係ないです。でも,在宅患者さんのお部屋にはよく飾られています。七段飾りじゃなくて,もっとシンプルなモノです。おそらく日ごろ通うデイケアやデイサービスで,職員さんと作った作品なのでしょう。季節にあったモノを作成したり,絵を描いたり,塗り絵をしたり,またそれがカレンダーになったりと,施設ごとの工夫が見られます。1月は雪だるま。2月は節分の鬼。そして3月はひな人形。

 あるお宅では,千代紙の着物を着せられた感じのよいひな人形が飾ってありました。あっ,申し遅れました。私は千代紙です。花柄や和風柄がプリントされた,15 cm四方の普及品です。ひな祭りの作品作りのために製造されているわけではありませんが,2月は高齢者用の施設,保育園・幼稚園にたくさん買っていただきました。そういえば,「年をとるということは,子どもが成長してきた過程をゆっくり戻っていくだけだ」と教わったことがあります。確かに共通点は多いのかもしれません。寝たきりで,誰かが食べモノをくれないと生きていけない時期。しっかりと座って,柔らかいモノが食べられる時期。興味のあるほうに歩き,自由に好きなモノをとって食べられる時期。人間には,周囲のヒトのお世話になった時期が必ずあるのです。

 米国で「デイケア」といえば,幼児が通う保育園のこと。ハロウィン,イースター,季節の行事は大いに盛り上がり,何か作品を制作することもあるのですが,スタッフの手を借りながら素晴らしい仕上がりにして持ち帰ることは少ないようです。それに比べると,日本の介護保険施設,保育園・幼稚園の"お土産"は充実しています。私のような千代紙を使ったり,シールを使ったり,季節に合わせたキットもあるのかもしれませんが,職員の方の相当な努力があっての作品なのでしょう。

 これらの施設の共通点は,ヒトがヒトをヒトに預けること。預けたヒトは,その間にやっと自分の時間を謳歌できます。ため込んだ仕事や家事をやる方もいれば,息抜きに時間を使う方もいます。預けられたヒトの気持ちも大切ですが,たまには預けたヒトの不安感と安堵感を想像してみましょう。元気に送り出したけれど,向こうでは楽しくやっているかしら。辛い思いをしていないかしら。でも私にだってリフレッシュする時間は必要だし。

 このお部屋の患者さんの話。先週,しょんぼりしてデイサービスから帰ってきた日がありました。他の利用者さんか職員さんと何かトラブルがあったのかな? 何があったのかを聞いても教えてくれません。今日はケアマネさんが来る日だから,向こうでの様子をさりげなく聞いてみようかしら? でも,どうしようかな? そして私に熱い視線が向けられました。こんなのを作って楽しめているのかしら? 不安そうです。「大丈夫,結構楽しんでおられましたよ」。私はそう伝えたかったのですが,声は届かなかったようです。

つづく

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook