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第3011号 2013年1月21日


【新春鼎談】

がんを知り,がんを制す

野田哲生氏(がん研究会がん研究所所長)=司会
大津 敦氏(国立がん研究センター東病院臨床開発センター長)
間野博行氏(東京大学大学院特任教授・ゲノム医学講座/自治医科大学教授)


 「奇跡が起こった」。2010年のASCO(米国臨床腫瘍学会)で報告された,EML4-ALK陽性非小細胞肺がん患者のがんが分子標的薬クリゾチニブでほぼ完全に消えた症例は,がんにかかわる多くの医療者・患者に驚きと希望をもたらした。

 ゲノム医科学の進歩は,がんの原因となる遺伝子の相次ぐ発見を導き,ついにがんの正体をこの目でとらえるところまで来ている。遅れが指摘されるわが国の創薬も「早期・探索的臨床試験拠点整備事業」や「医療イノベーション5か年戦略」など,国レベルの支援ネットワークが始動。がんを制するための環境がまさに整いつつある。がんとの戦いの歴史の新たな1ページがいま開く。


■がん薬物療法は新時代へ

野田 2000年代以降,がん薬物療法は分子標的薬の時代と言われています。2012年の日本国際賞を受賞したラウリー,ドラッカー,ライドンの3氏が開発にかかわったイマチニブは,初の画期的な分子標的薬として慢性骨髄性白血病(CML)治療に革命をもたらしました。イマチニブを筆頭とする分子標的薬の成功は,がんを理解することががんを制することに必ずつながるという事実を,研究者のみならず患者・市民の目にも明らかにしました。さらに現在も,新たな分子標的薬の開発が進んでいます。

 それではまず,分子標的薬の創薬における最近の動向をお聞かせください。

分子標的薬が個別化治療を現実のものとした

間野 分子標的薬とは,ある分子を標的としてその機能を制御する薬剤一般のことを指します。現在がん領域で分子標的薬と呼ばれているのは,基本的にタンパク質を制御する薬剤です。制御に用いる物質にはいろいろな種類があり,分子量数百程度の低分子化合物から抗体のようなタンパク質もあります。

 標的となるタンパク質は,以前はがん遺伝子やがん抑制遺伝子の研究で明らかになった細胞増殖に関するシグナル伝達系から,重要そうなものを順に対象としていました。しかし最近では,「なぜそのタンパク質が標的となるのか」という知見をまず確固とした上で創薬を行う流れになっています。

野田 創薬の速度も,大きく加速していますね。

間野 ええ。イマチニブでは,標的酵素BCR-ABLを産生するフィラデルフィア染色体の発見から薬事承認まで約40年かかりましたが,2011年に米国で承認されたALK阻害薬クリゾチニブでは,標的であるEML4-ALKの発見から承認までたった4年です()。

 加速する分子標的薬開発

野田 その背景には何があるのですか。

間野 ゲノム医科学の進歩が最大の理由です。ヒトの全ゲノム配列の決定が,一般の大学・研究所レベルのラボでも行える時代になりました。がん患者の実際のサンプルを用いた研究が広く可能となったことで,がん発生や転移のメカニズムが“分子の言葉”で語られる時代になってきています。

大津 分子標的薬の出現は,本当の意味での「個別化治療」を現実のものとしました。従来の殺細胞性タイプの抗がん薬でも,感受性因子の検索などでより有効な投与法の研究は進められてきましたが,なかなか個別化には至りませんでした。しかしながら,BCR-ABLでもEML4-ALKでもその遺伝子変異を有する患者のみが投与対象になるので,分子標的薬が現実の個別化治療を臨床にもたらしたことは間違いありません。

がんの“アキレス腱”を探せ

野田 間野先生が発見された標的EML4-ALKとその阻害薬クリゾチニブは,近年開発された分子標的薬のなかでも特に画期的だったと思います。その発見の経緯について,教えていただけますか。

間野 EML4-ALKを見つけた研究の根底にあったのは,「第二のイマチニブを作りたい」という思いでした。数ある分子標的薬のなかで,なぜイマチニブだけがあれだけ優れた有効性を持つのかを考え,おそらくイマチニブの標的であるBCR-ABLがCML発症に至る本質的な原因遺伝子だという仮説を立てたのです。言わばがんの“アキレス腱”のような遺伝子変異を抑えれば,目覚ましい治療効果が得られると考えました。

 そこで,がんの本質的な原因を見つけるためのスクリーニング法を開発し,死亡者数の最も多いがん種である肺がんを対象に解析を始めました。その結果,運よく短期間でチロシンキナーゼの活性型融合遺伝子EML4-ALKを一部の肺がんで発見できました(図1,2)。

図1 EML4-ALKの発見から創薬まで

図2 FISH法で検出されるEML4-ALK融合遺伝子

野田 結果として,発見された標的がBCR-ABLと同じような融合遺伝子であったことは驚きでした。

間野 そうですね。CMLの場合,ABLと呼ばれる酵素がBCR遺伝子と融合して活性型になって病気を発症します。それと同様に,EML4-ALKでもALKと呼ばれる酵素が染色体転座の結果EML4遺伝子と融合して活性化されることがわかりました。そこから,EML4-ALKの活性を抑えることができれば,イマチニブと同様極めて優れた治療効果を得られるのではないかと考えました。

 大変幸いなことに,その時点で既にALKとMETのチロシンキナーゼ阻害効果が確認されていたクリゾチニブが第I相臨床試験に入っていました。われわれの発見を踏まえ,EML4-ALK陽性の肺がん患者もクリゾチニブの臨床試験に追加登録したところ劇的な治療効果があったのです。その後,EML4-ALK陽性肺がん患者を中心とした臨床試験が開始され,第I,II相試験の結果だけで米国FDA(食品医薬品局)から承認されました。

野田 融合遺伝子が原因となるがんは,血球系の白血病やリンパ腫,間葉系の骨肉腫などでは多いものの,固形がんではほとんどないとかつては言われていました。

間野 確かにそのような印象を持たれていた時期もありました。しかしながら,BCR-ABLでも白血病全体で考えれば変異を持つ患者数は約5%です。またEML4-ALKの陽性者数も非小細胞肺がん全体から見ると4-5%です。ヒト正常細胞の増殖に関係する遺伝子は,さまざまなパートナーと融合することでがんの原因となりますが,それは高頻度ではないもののがん種を超えてある程度の割合で生じていると私は考えています。

野田 今後も融合遺伝子の発見が期待されますね。

間野 はい。2012年2月には,RETと呼ばれるチロシンキナーゼがKIF5B遺伝子と融合してKIF5B-RETとなり極めて強い発がん性を持つことを,がん研究所の竹内賢吾氏らと国立がん研究センターの河野隆志氏らの日本の2グループがほぼ同時に報告しています。KIF5B-RET変異を有する患者を対象にした医師主導臨床試験も,がん研有明病院では既に始まり,国立がん研究センター東病院でも計画されているので,クリゾチニブのような劇的な治療効果が繰り返されることを期待しています。

薬剤耐性に打ち克つための研究も進む

野田 ただ分子標的薬も含め抗がん薬には,使用期間が長引くにつれ,必ず腫瘍に薬剤抵抗性が生じるという問題があります。

間野 確かにクリゾチニブでも,投与を続けると一定期間後に多くの方が再発しました。われわれはその原因を探るため,治療前後,つまり「薬を使う前」と「薬が効かず再発した後」のサンプルを比較するという研究を開始しています。

野田 なるほど。がん再発後に特異的な二次変異を同定できれば,薬剤耐性の原因を明らかにできるわけですね。

間野 ええ。最初にクリゾチニブに耐性を示した日本人患者の肺がんを解析したところ,実際耐性期にだけ生じた変異があり,しかもそれはゲフィチニブに対しEGFR陽性肺がんが耐性変異を獲得する場所やイマチニブに対してBCR-ABL陽性白血病が耐性変異を獲得する場所と,全く同じ領域のアミノ酸二次変異でした。

 幸運なことにEML4-ALKの場合,ゲートキーパーと呼ばれるそういった変異があっても有効な薬剤をつくりやすいようで,2012年10月の時点でそのようなALK阻害薬が既に5種類臨床試験に入っています。

野田 再発患者への大きな福音ですね。一方,抗体薬を高機能化することで,耐性を克服するような工夫も行われています。

大津 そのような薬剤の一つとして,T-DM1が臨床の間近まできています。これは,乳がん治療に大きなインパクトを与えたHER2阻害薬トラスツズマブにリンケージを作り,強力な細胞毒性薬DM1(エンタンシン)を抱合させた薬剤で,HER2結合後に細胞内に取り込まれる過程でDM1が放出され抗腫瘍効果を発揮します(図3)。トラスツズマブ抵抗性の乳がんにおける二次治療として既存薬より有意に無増悪生存期間が延びたことから,治療コンセプトとともに大きな注目を集めています。

図3 抗体と細胞毒性物質との抱合薬“T-DM1”
左:T-DM1は,抗HER2抗体トラスツズマブに強力なトキシンであるDM1(エンタンシン)を抱合した薬剤である。HER2陽性細胞に抗体部分が結合し,細胞質内に取り込まれた後リソソームでの分解でDM1が放出され,微小管の重合を阻害することで高い効果を示す。
右:HER2陽性転移性乳がん患者を対象とした比較試験(EMILIA試験)でカペシタビン(cap)+ラパチニブ(Lap)を有意に上回る成績が示され,HER2陽性胃がんでも現在比較試験中である。

野田 現代のナノテクノロジーを応用した薬剤というわけですね。DM1を用いた抗体薬の高機能化は,どの薬剤でも可能なのですか。

大津 抗体によって構造が異なるため,複合体の合成が難しいものもあるようです。理論的には構造の問題さえ解決できれば効果があると考えられるため,高度な技術が要求されますが,合成手法の研究が進めばこういった高機能化は広く導入されるようになると思います。

分子標的薬の「併用」という新たな治療戦略

野田 耐性の出現を回避するという考え方では,細胞増殖におけるシグナル伝達系での阻害箇所を垂直もしくは水平方向に増やして併用療法を行う手法にも現在注目が集まっています。

大津 いくつか臨床試験段階にも入ってきていますね。なかでも特に注目されているのはBRAF阻害薬ベムラフェニブを用いた臨床試験だと思います。

野田 BRAFとベムラフェニブについて,まずは教えていただけますか。

間野 BRAFはRas-Raf-MAPK経路と呼ばれるシグナル伝達系(図4)の構成要素であるセリンスレオニンキナーゼで,1992年にその活性型変異が発見されました。この成果はヒトのがんゲノム配列の決定が創薬に直接役立つことを証明した最初の例だと思います。

図4 Ras-Raf-MAPK経路

 大腸がんと悪性黒色腫でBRAF活性型変異が高頻度に見つかることがわかり,その酵素活性をブロックする薬剤の開発が行われました。そのなかで最初に臨床応用されたのがベムラフェニブです。悪性黒色腫での初期の奏効率が7割以上という目覚ましい治療効果を挙げ,2011年に米国FDAから承認されています。ただ,投与当初の奏効率は高いものの,短期間で耐性が生じることや,果ては悪性黒色腫の治療薬であるにもかかわらず,副作用として皮膚の扁平上皮がんを高頻度に発症することがわかってきました。

野田 そのメカニズムは解明されているのですか。

間野 まだ,完全には明らかになっていないのですが,BRAF阻害薬の副作用で生じた扁平上皮がんの多くは,シグナル伝達系でBRAFの上流にあるRASの活性型変異陽性です。

 このことから,おそらくヒトの皮膚では一定の割合でRASの活性型変異が起きていて,通常はがんにならないものの,BRAFがブロックされたことで正常なRAFが活性化されるとそれがセカンドヒットの役割を果たし,扁平上皮がんを引き起こすと考えられています。

大津 そういったシグナル伝達系のシステムに着目して,最初の標的だけでなく,その上流や下流,また別経路の活性化される分子を同時に阻害する薬剤を組み合わせて有効性を高めるための臨床試験が現在実施されています。

 ベムラフェニブでは,BRAFの下流にあるMEKの阻害薬との併用試験が行われています。大腸がんでは,これにEGFR抗体を組み合わせた3剤併用の臨床試験が当院で間もなく開始されるところです。

投与対象を絞ることが早期の薬物承認につながった

野田 まさにエポックメーキングと呼べる新たながん薬物療法が誕生しているなかで,それを生み出す臨床試験の在り方も大きく変わってきていると感じます。例えばクリゾチニブでは対象を絞り,EML4-ALK陽性患者だけが臨床試験の対象となりました。

間野 その点は,クリゾチニブが極めて早期に承認された最大の理由だと思います。もちろん,第I相早期の忍容性試験ではすべての人が対象でしたが,投薬量が有効域に達してからはコンパニオン診断薬()を同時に開発して対象者を絞りました。これまでの「All-comers(全員参加)」と呼ばれる臨床試験とは全く異なるアプローチを採用したことは,迅速な創薬を実現する上で非常に重要な点です。

野田 臨床試験の段階から,効くことが予想される方を対象に薬剤の開発が行われることは,患者側から見ても心強いことだと思います。これは現在,多くの分子標的薬の臨床試験で行われていることなのでしょうか。

大津 残念ながら,現時点ではまだマジョリティではありません。ただ,クリゾチニブの開発ストーリーに影響を受け,コンパニオン診断薬のスクリーニング結果に基づき対象を絞って臨床試験を行うべき,という方向に変わってきています。

 特に現在実施されているいくつかのMET阻害薬の臨床試験では,FISH(fluorescence in situ hybridization)や免疫染色などの手法でMET発現量と薬剤の有効性との相関を念入りに調べており,おそらく最も有効性が確認された薬剤以外は淘汰されるのではと考えています。今日の臨床開発では,いかに早い段階でコンパニオン診断薬を確立するかも一つの目標です。

野田 基礎研究の成果を患者に届ける速度には,精度の高い診断技術をどれだけ早く確立できるかも大きく影響するのですね。創薬に,より総合的な研究の力が求められてきているのだと思います。

がん幹細胞はがん治療の標的となるのか

野田 ここでもう一度,基礎研究のシーズ,つまりがん薬物治療での標的について考えてみたいと思います。

 これまでに作られた薬剤の多くは,シグナル伝達系に関与する分子が中心でしたが,いわゆるがんの“アキレス腱”はそれ以外にもあると私は考えています。新たな標的候補として「がん幹細胞」という名前をよく聞きますが,幹細胞を標的とした研究は現在どこまで進んでいるのでしょうか。

大津 がんには幹細胞があることが,基礎,臨床を問わず意識されるようになっており,いくつかの薬剤の臨床試験が始まっています(図5)。新薬ではないのですが,われわれも胃がん幹細胞に存在するCD44バリアントを標的にした薬剤で近日中に臨床試験を開始する予定です。

図5 がん幹細胞を標的とした治療

 ただ「薬にできるか」という点では,いわゆるPOC(Proof of concept,概念実証)が得られるかにかかっています。

野田 臨床医の中には,「がん幹細胞を叩くだけでは治療効果が得られないのでは」と考える方も多いようですね。確かに転移が生じる際に幹細胞が関与することはよくわかるのですが,進展度の高いがんの場合の治療効果はわかりにくいと思います。もちろん,がん種やがんのステージにも関連しますが,どういったコンセプトで治療を行うのでしょうか。

大津 作用機序を考えると,やはり幹細胞阻害薬だけで現存するがんに効果を発揮することは難しいでしょう。ですから,細胞毒性を持つ既存薬と併用する治療法になると考えています。動物実験レベルでは,抗細胞増殖効果のある既存薬と幹細胞を標的とする薬剤を併用することで,短期的にも長期的にも効果が表れています。

エピゲノム創薬の現状

野田 がんの基礎研究では,いわゆるエピゲノムにも注目が集まっています。エピゲノムとは,DNAの塩基配列自体ではなく,メチル化をはじめとしたDNAやDNAと結合するヒストンを修飾するメカニズムのことですが,多くのがんでこのエピゲノムの異常が注目されています。

間野 白血病の一つ,骨髄異形成症候群でメチル化阻害薬が急性白血病への進展を遅らせたことが,エピゲノムが薬として臨床応用できることの証明につながりました。特定のエピゲノム異常に対し,それを修飾する薬剤のPOCが得られたことから,エピゲノム創薬の可能性が広がってきています(図6)。

図6 エピゲノム創薬での標的分子
DNAはヒストンに巻きついてヌクレオソーム構造をとり,さらに凝縮したクロマチン構造となって染色体を構成する。エピゲノム創薬では,「DNAメチル化」「ヒストン修飾」「非翻訳RNA」が標的となっており,既に実現しているDNAメチル化阻害薬,ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬のほか,ヒストンメチル化酵素を標的とした研究も進んでいる。

野田 EML4-ALK活性型変異のように遺伝子という地図そのものが書き換えられるのではなく,地図の読み間違えでもがんは発生する。しかもそのがんは,「眼鏡」のような薬剤でまた地図を正しく読めるようにしてあげれば,治療できるというわけですね。

 現在,エピゲノム創薬の臨床応用はどこまで進んでいるのですか。

大津 骨髄異形成症候群でのメチル化阻害薬のほか,ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬が皮膚T細胞リンパ腫で承認されています。しかしながらそれ以外では,固形がんを対象とした臨床試験も過去に行われましたが,まだあまりよい結果は得られていません。

野田 効果が出なかった原因は明らかになっているのですか。

大津 標的がエピゲノムでも,シグナル伝達系が標的の分子標的薬と同様に有効な患者が絞られる可能性が考えられます。かつては明確なコンパニオン診断薬をつくるという視点が欠けていたため,多数のがん患者が臨床試験の対象となり良い結果が出なかったのかもしれません。

間野 どのがん種にどういったエピゲノム異常があるか,といった情報がもう少し蓄積されないと,実際の患者に求められるエピゲノム修飾薬の姿はやはり見えないのだと思います。

野田 エピゲノムでのコンパニオン診断薬は,これまでの分子標的薬と同じようながん組織の病理診断で対応可能と考えられているのですか。

間野 もちろんできますが,エピゲノムではさらに低侵襲のコンパニオン診断薬も可能だと考えています。正常な幹細胞にはそれを特徴付ける特定のエピゲノムがあると考えられていますが,普通の体細胞にはそれがないことから,例えば末梢血や尿が診断に用いられる検体となる可能性もあります。

免疫モジュレーターとしての分子標的薬

野田 分子標的薬はこれまで,がんだけを選択的に攻撃する薬剤という観点で開発が進んできましたが,近年,免疫のモジュレーション,つまり免疫治療にも活用できる可能性が示唆されています。その一例として,免疫細胞であるT細胞とがん細胞間のシグナル分子で,がん細胞がT細胞の攻撃を避けるために産生している分子PD-L1と,T細胞がその認識に利用する分子PD-1があります。これら二分子間の相互作用を阻害することを目的として,PD-L1,PD-1どちらかへの抗体を投与する臨床試験で腫瘍縮小効果が確認されています(図7)。

図7  PD-1/PD-L1阻害抗体を用いた免疫治療の模式図

大津 POCの点で言えば,PD-L1がきちんと発現しているがん細胞で特に効果があることが明確になってきていますね。

野田 また,一般的に免疫原性が高いと考えられる悪性黒色腫や腎がん,肺がんでより大きな効果が得られたことから,薬剤の治療効果以前にわれわれの体にがんへの免疫がそもそも備わっていることが再確認できたように思います。

 これまでもがん治療に免疫を利用する試みは行われてきましたが,これに免疫モジュレーターとしての分子標的薬を加えることで,さらに効果が得られる可能性が生じ,分子標的薬の新たな世界を拓きました。

研究者と臨床医のタッグで革新的ながん治療薬の実現を

野田 基礎研究の進展から期待される革新的な標的分子と,それを創薬に結び付ける臨床試験の観点から,話題を展開してきました。

 創薬は長期にわたるものであり,開発に必要十分なコストをかけ基礎から臨床へとスムーズに候補物質が渡されて初めて患者さんまで届きます。ドラッグ・ラグと呼ばれる状況もあるなか,日本が今後一つでも多くの優れたシーズを生み出し,その臨床応用をいち早く実現するために必要なことを,最後にお聞きしたいと思います。

大津 EML4-ALKの発見を挙げるまでもなく,日本の基礎研究のレベルは非常に高く,有望と思しきシーズも多くあると感じています。しかしながら,これまでの日本の創薬環境を振り返ると,「死の谷」と称される前臨床から早期臨床試験に至る基盤が非常に脆弱でした。それは国レベルでも強く認識されており,厚労省は「早期・探索的臨床試験拠点整備事業」を2011年より開始しています。がん領域では当院がその事業に選ばれ,現在第I相試験などの早期臨床試験を専門的に行う「早期探索臨床研究センター(NCC-EPOC)」の整備を進めているところです。

野田 第I相試験のなかでも,薬剤候補を最初に人に投与するいわゆるfirst in humanの部分は,日本の製薬企業でも海外で実施するなど問題点が多かった部分です。

大津 その点は,反省が必要な部分だと私自身思っています。これまでの医師主導臨床試験は承認後の薬剤を用いる研究が多く,医師が第I相試験に無関心だった背景が確かにありました。しかしながら,世界と伍していくためには,臨床医もやはり第I相からかかわり,基礎にも軸足を置かなければならないと感じています。

野田 一方,シーズを掘り出す側である基礎研究ではゲノム医科学をはじめ技術革新が進んでいます。基礎の面では,どのような課題があるのでしょうか。

間野 私も基礎研究者の立場から反省しなければならないのですが,これまでの日本のがん研究者は,臨床という出口に対する意識が少し弱かったと思うのです。がんの基礎研究が極めて貴重な成果を挙げていることは論をまたないのですが,同時にがん患者の命を救うという直接的なアウトプットを強く意識することが極めて重要だと,研究者に意識改革を促す必要があります。

野田 臨床につながるシーズは,既に皆の目に見える木に実が成るように生まれれば,誰にでもわかりやすいのですが,現実には広大な地面に数多くの小さな実が蒔かれていて,その中にわずかに存在するものなのだと思います。そこから有望なものを選別する方法は,やはりエビデンスしかありません。「シーズを見つけた」と主張する研究者は,そのエビデンスを示すとともに製薬企業が興味を持ってくれる段階までシーズを育てる責任がありますが,その点でも日本は遅れています。

間野 そうですね。しかしながら,日本はJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)のような医師主導の臨床試験ネットワークが発達している点では,世界有数の国だと実感しています。だからこそ,がん研究者と臨床試験ネットワークがタッグを組んで,創薬という出口を見据えた基礎・臨床研究に取り組んでほしいと願っています。

野田 具体的には,どのような研究を行っていくことが求められますか。

間野 研究にもっと効率のよいアプローチをとることが大事です。その一つの鍵は,実際の患者検体を使った解析でしょう。例えば胃がんの遺伝子変異を解析するのであれば,ただシーケンスを繰り返すのではなく,あるレジメンで「完全奏効」「部分奏効」「再発」となった患者それぞれの差異を明らかにすることが重要です。

大津 そういった手法をとる研究は現在,実際にいくつか始まっており,ようやくアカデミア発のシーズの臨床試験を開始できるところまできています。

野田 質の高い研究を行っている基礎研究者と,質の高い臨床試験を行っている臨床医がもっと密接に連携を深めることが,これからの日本の強みにつながるのだと思います。

 「がんを知れば,がんを制することができる」と研究者はこれまで主張してきたわけですが,今後は「がんを制圧できなければ,がんを知ったことにはならない」という意識を,がんにかかわる研究者と医療者全員に持ってもらうことが重要ですね。本日はありがとうございました。

(了)

:薬剤の有効性や副作用を予測するために用いる,標的分子の発現や遺伝子変異の有無を調べるための検査や診断薬。


野田哲生氏
1980年東北大医学部卒。84年同大学院博士課程修了(医学博士)。米国国立がん研究所,京大ウイルス研究所,米国MITホワイトヘッド研究所を経て,90年癌研細胞生物部部長。97年東北大分子遺伝学分野教授を経て,2006年より現職。発がんにかかわる遺伝子解析研究で多くの先端的業績を挙げる。日本癌学会理事長,文科省「次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム」リーダーを務める。

大津敦氏
1983年東北大医学部卒。磐城共立病院医長,97年米国MDアンダーソンがんセンター留学。国立がんセンター東病院消化器内科,同内視鏡部長を経て,2008年より現職。専門は腫瘍内科学。JCOG消化器がん内科グループ代表者など多数の臨床試験のリーダーを務め,2011年から国立がん研究センターの「早期探索臨床研究センター」長として,新規抗がん薬の早期からの臨床開発に取り組んでいる。日本臨床腫瘍学会理事,米国臨床腫瘍学会国際委員など役職多数。

間野博行氏
1984年東大医学部卒。同年同大病院内科研修医。同大第3内科,米国St. Jude小児研究病院研究員を経て,93年自治医大分子生物学講座講師。同助教授を経て,2001年同大ゲノム機能研究部教授。09年より東大特任教授を併任。専門は,ゲノム医科学。07年のEML4-ALKの発見は,肺がん治療に大きなインパクトをもたらした。主な受賞歴に紫綬褒章,武田医学賞,慶應医学賞など。