医学界新聞

連載

2011.01.10

研修医イマイチ先生の成長日誌
行動科学で学ぶメディカルインタビュー

[第10回(最終回)]

■生物心理社会モデルと行動科学のまとめ

松下 明(奈義ファミリークリニック・所長 岡山大学大学院・客員教授/三重大学・臨床准教授)


前回よりつづく

 僕の名はイマイチ,25歳独身。地元の国立大学医学部を卒業し,県立病院で初期臨床研修2年目を迎えた。病態の理解には自信があるが,患者・家族とのコミュニケーションはちょっと苦手。救急外来で救急車が続くときに,特に軽症の夜間外来患者を診るとイライラしてしまうことがある。学生時代に医療面接は勉強したが,実際に患者さんを診るとどうも勝手が違う。そこで,研修2年目に入った今,地域医療研修を利用して何とかコミュニケーション能力を高めたいと考えている。


 前回の家族面談後,川崎さん一家は平穏を取り戻しつつあった。乳癌の手術を無事に終えた娘は退院し,孫娘2人は子どもらしい明るさを取り戻した。研修終了を目前に控えたイマイチ先生が,かぜで受診した川崎さんの診察を始めたところ……。

イマイチ 娘さんの手術が無事に済んで本当によかったですね。

川崎さん ええ……(表情がなぜかすぐれない様子)。

イマイチ どうかされましたか? 何となく元気がないようですが。

川崎さん わかりますか?……実は今度は夫が心筋梗塞で倒れたのです。

イマイチ ええ? 大丈夫なのですか?

川崎さん 救急車を呼んですぐに病院へ行ったので助かりました。

イマイチ そうだったんですか……。「一難去ってまた一難」ですね……。

川崎さん 以前の面談から孫娘に対する夫の態度が優しくなって,とてもうれしかったのですが……。

イマイチ そうですか……。

川崎さん 日曜日の晩に皆で食事をしていたら,急に夫が「胸が苦しい!」とうずくまってしまい,ああ,神様はなんて残酷なんだ! と恨んでしまいました。今は症状も落ち着いて一段落なんですが,今度は私のほうがこれからのことが不安になって……。

イマイチ そうですよね……。次々とご家族の皆さんが病気になられ,今後も悪いことが続きそうで,怖くて,不安な気持ちでしょうね……。

川崎さん そうなんです,わかってくれますか。孫娘たちの手前,"大丈夫"と言ってはいるのですが,実際は私がいちばん不安定な状況のように思います。

イマイチ こんな状況だったら,そんな気持ちになるのも当然だと思います。感情を押さえ込もうと頑張ると,体にこたえるかもしれませんから,よかったらつらい気持ちをまた話しに来ませんか? 院長先生にも事情を伝えておきますから……。

川崎さん よいのですか? 病気でもないのに相談に来ても?

イマイチ こちらの院長先生は家庭医として,ご家族の危期的状況にはいつもカウンセリング的にかかわられていますから,大丈夫ですよ。川崎さんを支えることが,川崎さん一家を支える上で本当に重要なことは,私も十分理解しています。

川崎さん そうですか? そう言っていただけるとありがたいです。家では何でもないふりをして,娘や孫を支えたいので。よろしくお願いします。

* * *

 イマイチ先生,研修の最後にとてもよいコミュニケーションをしましたね。締めくくりとして今日は生物・心理・社会モデル(Bio-Psycho-Social Approach)の話をしましょう。

生物・心理・社会モデルとは

 第二次大戦後,医学(特に病理学・細菌学)の発展に伴い医学・医療の細分化が始まりました。疾患は臓器別・系統別に分類され,ごく狭い領域の医療を極める専門医療が発展し,医学は大きく進歩しました。

 一方で,こういった痛んだ臓器を治すだけでは解決できない問題が医療の現場には存在します。「何となく調子が悪い」「だるい」など,臓器障害には至っていないものの体調不良を来すような患者さんでは,臓器別専門医の診察では多くは「異常ありません」「大丈夫です」という対応で終わってしまうため,そこから先への対応ができる医師が求められます。そのような状況のなか,1970年代に活躍したG. Engelから提唱されたのが,「生物・心理・社会モデル」です。

 これはに示すように,個人を中心に,臓器・細胞とミクロへ向かうベクトルと,家族・地域とマクロへ向かうベクトルがあり,それぞれの階層がつながって,同時進行で両方のベクトルの現象がみられるという考え方です。川崎さんのご主人の心筋梗塞を例に取ると,冠動脈の急激な閉塞とともに心筋の虚血が進むなかで交感神経は活性化され,本人は苦痛にあえぎながら明日からの生活を不安に思っていたはずです。同時に家族内では大混乱が起き,ようやく適応し始めた娘や孫の動揺があり,地域ではこれまで健康そうだった人が急に倒れることで,心臓への不安を抱えた近隣の患者さんが増える現象につながっていきます。

 生物・心理・社会モデル(文献12より改変)

 また,「何となく調子が悪い」「だるい」と訴える患者さんの内面の変化や,その内面に影響する家族,地域(職場)の存在を認識し,絡まった糸を解きほぐすことで,将来の過労死や重篤な精神・身体疾患(脳卒中・心筋梗塞含む)に対して予防的介入を行うことができるのです。臓器別専門医は個人⇒臓器というミクロのベクトルが強く,家庭医/プライマリ・ケア医はミクロ・マクロ両方向のベクトルの行き来が要求されることがこの図から理解できます。個人の内面で起きている現象(考えや感情の変化など)をとらえ,必要に応じて家族とかかわることはすべての医師にとって必要で,この領域が行動科学が扱うコアな部分です。プライマリ・ケアを担う医師は,本連載第1回(2874号)「表2」のレベル2・3だけでなく,行動変容のアプローチを含めたレベル4まで必要になります。

 日本での家庭医の育成は,2006年から学会認定の後期研修プログラムが発足し,現在全国126か所のプログラムで家庭医の後期研修が提供され,2009年からは専門医試験が実施されています。このプログラムでは,患者中心の医療や家族志向のケアをきちんと学ぶことが位置付けられています。

 本連載の最後に,これまでの行動科学的アプローチをまとめた「4つの習慣」()を紹介します。これは,医療訴訟とコミュニケーションの研究で有名なR.Frankelによってまとめられ,行動科学のポイントがちりばめられており,これを見ながら日々の実践を振り返ると効果的です。

 効果的な面談における4つの習慣(文献3より改変)
習慣 面接技法 具体的な方法 利点
面談のはじめにエネルギーを注ぐ (1)ラポールを早く形成する
(2)患者の心配を引き出す
(3)面談の流れを作る
・面談に来ている全員に自己紹介し,波長を合わせる工夫をする(天気や仕事の話など,声の音量,会話のペース,姿勢)
・開かれた質問ではじめる「今日はどうされましたか?」「胸痛についてもう少し詳しく経過を話してもらえますか?」
・患者の訴えを確認し,面談の流れを作る。多数の問題を持ってきた場合は,優先順位を立てる
・よい雰囲気作りを行う
・受診の真の目的を早く知る
・診断の精度を高める
患者の視点(解釈モデル)を引き出す (1)患者の考え(解釈モデル)を聞く
(2)要望を引き出す
(3)病気の生活に与える影響を把握
・患者・家族の視点を把握する「何が原因だと思われますか?」「どんな病気が最も心配ですか?」
・今回の受診理由を確認する「検査や治療について何か希望はありますか?」
・「この病気で仕事や家事にどんな影響が出ていますか?」
・多様な考えに理解を示す
・診断に重要な情報や隠れた心配を引き出す
患者の気持ち(感情)に共感する (1)患者の感情を受け入れる
(2)最低1つは共感的コメントを述べる
(3)非言語的にも共感を示す
(4)自らの反応を理解する
・表情,しぐさ,声のトーンから,感情を読み取る
・共感的なコメントを述べるタイミングを図る
・感情に名前をつけてみる「それはとても腹立たしいですね」「そんな状況では,もうやっていられない,という気持ちになりますよね」→(患者から)「そうなんですよ,わかってくれましたか」と了解を示すコメントをもらう
・その問題を伝えてくれたことに敬意を表す
・間や表情,時に(手や膝などに)触れることで,その気持ちを理解したことを非言語的にも伝える
・自らにわき起こる感情を通して,患者の気持ちを理解する
・診察に深みと特別な意味を加える
・信頼関係を築き,正確な診断・患者の協力・よりよい治療結果を得る
・Noと言いやすい関係を作る
面談の終わりにエネルギーを注ぐ (1)診断結果を伝える
(2)患者教育を行う
(3)意思決定に患者を参加させる
(4)面談を終了する
・診断を患者の心配とつなげる言葉で伝える
・患者の理解度を確認し,検査や治療の理由をわかりやすく説明し,起こり得る副作用や回復の見込みについて説明する(紙に図示することも考慮)
・検査や治療のオプション(紹介を含め)について患者・家族の希望を確認する
・意見の相違部分を説明し,理解を求める
・他に質問がないか確認し,次回受診の予定を立てる
・共同して治療を行うパートナー関係を築く
・セルフケアを含めた,治療に対する患者の協力が高まる

ポイント
(1)生物・心理・社会モデルを意識した診療で,明らかな臓器障害がない患者への対応は大きく変わる。
(2)臓器が痛んだ患者でも,同時に起こる個人の不安,家族の混乱といった現象を理解することで,よりよい患者・家族サポートが可能となる。
(3)「4つの習慣」を振り返ることで,自分の診療の行動科学的側面を継続的に強化していくことができる。

イマイチ 今日のつぶやき

今回の研修で本当にいろんなことを学んだなぁ……。行動科学的アプローチで患者さんや家族とコミュニケーションすると,確かに苦手意識はなくなってきた気がする。将来は小児科でこの領域を広める役をやっていこうかな? まあ,まずは自分がキチンとやれるようになることが先決か。院長先生,本当にありがとう!

(おわり)

参考文献
1)Engel GL. The need for a new medical model : a challenge for biomedicine. Science. 1977 ; 196(4286) : 129-36.
2)松下明監訳.家族志向のプライマリ・ケア.シュプリンガー;2006.
3)Frankel RM, et al. Getting the most out of the clinical encounter : the four habits model. J Med Pract Manage. 2001 ; 16(4) : 184-91.

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