医学界新聞

連載

2010.12.13

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第72回〉
妨げられた平穏死

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 「義父が亡くなりました」と同僚のTから報告があったのは11月の休み明けであった。Tは,訪問看護の経験もあり,同居していた義父を在宅で看ようと考え段取りをしていた。

1か月の在宅療養

 1年前に肺がんと診断された88歳の義父は,愛煙家で肺気腫があり,すでにリンパ節に転移があった。高齢でもあることから積極的な治療をしないことにして退院した。2010年6月,外出先で転倒し,頭部外傷を負い腰背部を打撲。翌日から呼吸状態が悪化し,下肢と顔面にむくみが生じたため,急性期病院で入院治療し,その後近所にあるK病院の医療型療養病棟に転院したのだった。

 入院という環境変化に混乱して,義父は当初転倒や徘徊があり,体幹抑制をされたりつなぎの服を着せられたりしたことがあって,Tは心を痛めていた(私もその話を聞いて嘆いた)。以前から建て替えを予定していた家は新築となり,義父は2泊3日の外泊をし,Tは介護用ベッドを入れ車椅子をレンタルし,在宅酸素療法(HOT)ができるようケアプランを整えた。さらに,地元の訪問看護ステーションに週2回の訪問看護サービスと,K病院に週1回の訪問診療を依頼した。依頼した訪問看護ステーションは24時間体制ではないため,「在宅での看取りを希望するなら他の訪問看護ステーションのほうがよい」と所長に諭されたとTは言う。

 在宅療養の1か月間,Tは家族の協力を得ながら義父の世話と仕事を続けていた。朝,大量の排便があって出勤時間を遅らせたこともあった。義父のゼエゼエする呼吸音が心配な家人を吸引によって安心させたり,食事の介助や口腔ケア,身体清拭を行い,時々の入浴サービスも利用した。

 10月末となり,義父は顔や上肢のむくみが強く頻脈となり傾眠がちとなった。診察に来た医師は,「右肺に空気がほとんど入っていない。胸水が貯留していて心臓を圧迫している。急変のリスクも高い」と家族に告げた。翌日は日曜日でもあり,いざというときの連絡先をTは再確認した。医師は,急変したら救急車を呼んでK病院に搬送するようにと言った。この医師の自慢(?)は,「私の患者は在宅で亡くなる人がほとんどいない」ということであった。「急変時は蘇生をしない(DNR)とすでに決めてあったのに」とTは内心疑問に思ったが,黙って医師の話を聞いた。

救急隊による「蘇生」と病院での「処置」

 義父の最期はこのようにやってきた。

 日曜日の深夜,おむつ交換をしたときは,義父は開眼し呼吸も安定していた。午前4時,義父に付き添っていた夫から「(容態が)おかしいから来てほしい」とTは呼ばれた。Tが確認したところ,すでに心肺停止しており身体の一部は冷たくなっていた。

 さてこれからどうするか,家族は迷った。日曜日の午前4時である。明るくなってからK病院へ連絡するか,そうすると当直医が対応してくれるだろうか,119番にコールするとK病院へ搬送してくれないかもしれない……などと考えた末,夜明け前にK病院に電話をして当直ナースに状況を伝えた。返事は「K病院での受け入れは可能であるから,救急車で病院へ搬送するように」ということであった(この時点ではすでに「急変」ではなく「死亡」していたにもかかわらず)。

 119番通報で救急車が到着し,救急隊が5-6人やって来た。救急隊員は生命徴候を確認し,(驚いたことに)アンビューバッグによる換気,AEDによる心臓マッサージを行った。さらに,「K病院が受け入れ不可能な場合は,さらに高度な救命救急センターに搬送を希望しますか」と問うた。Tは即座に「希望しない」と答えた。その救急隊員は新人(らしき)救急隊員に「あなた,心臓マッサージできるかな……」と言って,心臓マッサージを交替して続けた。

 救急車が自宅を去った直後,K病院の医師が玄関のインターホンを押した。Tは「(医師が)来るつもりがあるのなら,どうして救急車を呼ぶように言ったのか」と思ったが,これも心の中に収めた。

 K病院に到着した「遺体」は処置室に運ばれた。家族は退出させられたので,そこでどのような「処置」が行われたのかは,後日発行された「診療明細書」で判明することとなった。そこには,「在宅ターミナルケア加算2000点」,「非開胸的心マッサージ8分(休日加算)450点」「人工呼吸(休日加算)8分436点」とあった。その他,「再診料(休日加算)259点」と「死亡診断書5250円」「その他自費1万3500円」が請求されていた。「領収書」の総合計請求額は2万2575円であった。余白には「どうぞ,お大事に。なお,この領収書の再発行は致しかねますので,大切に保管してください」とあった。

 「診療明細書」は今年度から実施されたが,これによって提供された医療の内容と適切性を考えることができる。結局,義父の死亡時刻は午前5時となった。

 「職務に忠実な救急隊」と「不適切な医師の指示」,「戸惑う家族」によって,Tの義父の平穏死は妨げられた。

つづく

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