医学界新聞

寄稿

2010.07.12

【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
妊婦の栄養管理

【今回の回答者】生水真紀夫(千葉大学大学院教授・生殖機能病態学)


 妊婦の体重は,母子の健康状態を診るための大切な指標であり,妊婦健診では毎回必ず測定します。妊娠中の体重増加量は10―12 kg,1週間に0.5 kg以上の増加があれば異常という基準を覚えている方は多いと思います。今回は,臨床の現場での測定値をどのように判断したらよいのかを考えてみましょう。

 「妊娠中の体重増加」は地味な話題のようですが,新たな知見も加わってちょっとホットになった話題です。


■FAQ1

妊娠12週の妊婦さんから,妊娠中の体重について次のような質問を受けました。どのように答えたら良いでしょうか?「私の体重はもう2 kgも増えてしまいました。私は太りすぎでしょうか?」

図1 妊娠中の体重増加パターン
妊娠中の体重増加量は一定
 この質問に答えるために,まず妊娠中の体重増加パターンを確認しておきます(図1)。母体体重は妊娠初期に減少しますが,つわりが消失する妊娠4か月(12週)以降はほぼ直線的に増加します。標準的な増加量は,10か月(40週)では12 kg,つまり1か月(4週)当たり1.2 kgと覚えてください。1週当たり0.5 kg超,1か月当たり2.0 kg超の増加なら異常ということになります。

 さて,母体の体重増加量は妊娠後期ほど大きくなると誤解していませんでしたか? 実際には,妊娠後期にむしろ増加量がやや小さくなる(1.0 kg/4週)傾向にあります。

 一方,妊娠初期のつわりによって減少した後の回復はすみやかで,「一気に体重が増えた」と自覚する妊婦が多いようです。つわり症状は空腹時に強くなるため,妊婦は頻回に間食をとるようになります。この状態でつわりが軽減し嘔吐がなくなると,体重は一気に増加に転じるわけです。また,つわりがあっても程度が軽いときには,体重減少を示さずに最初から体重増加が始まることがあります。「つわり=体重減少」だけではないのです。

Answer…「妊娠初期にはこのくらいの体重増加がみられるのが普通です。心配はいりません」

 妊娠中の平均体重増加量(1.2 kg/4週)を使って,正常と判断します。2 kgの増加が,つわりによる体重減少からの回復を意味しているのであれば,体重が増加に転じてからの速度で評価してください。

 ちなみに,つわりの時期には偏食が起こりやすく,糖質摂取が中心でビタミン類が不足しがちです。葉酸の欠乏は胎児の神経管異常,ビタミンB1欠乏はWernicke脳症を来すことが知られています。糖質摂取の増加が,ビタミンB1の需要を増大させるためにビタミンB1欠乏症が起こりやすくなることも覚えておいてください。「これからは,カロリーだけでなくバランスのとれた食事を心がけてください」と一言,追加しておくとよいと思います。

■FAQ2

先ほどの妊婦さんの質問の続きです。どのように答えますか?「赤ちゃんの体重は50 gほどと聞きました。2 kgは私の脂肪ですか?」

妊娠中の摂取エネルギーは脂肪に?
 妊娠前半期(20週まで)には,胎児もまだ小さく,羊水や胎盤もそれほどの重さになっていません。では,何が増えたのでしょうか?

 そう,大部分が母体の皮下脂肪です。産後の授乳や妊娠中の万一の飢餓に備えて,妊娠初期にエネルギーの貯蔵がはじまると考えられています(図1)。妊娠後半期(21週以降)になると,胎児が大きく成長してエネルギー需要が高まり,母体自身へのエネルギー貯蔵(皮下脂肪)にまわせなくなります。そこで,需要が高まる前の時期に,皮下脂肪としてエネルギーを蓄えておくのです。授乳期には,このエネルギーが消費されて体重が元に戻ります。

Answer…「そのとおりです。授乳に備えて皮下脂肪にエネルギーを蓄えているのです。授乳をすることで体重は元に戻りやすくなります。赤ちゃんのためにもお母さんのためにも授乳がお勧めです」

■FAQ3

最後の質問です。何と答えますか?「太るとお産が大変になると聞きました。体重を増やさないようにしようと思うのですが……」

肥満も問題だが,やせも良くない
 肥満は,妊娠高血圧症や巨大児などの異常を増加させることが知られています。そのため,従来は妊娠中に厳しいエネルギー制限を推奨する傾向にありました。しかし,最近では厳しいエネルギー制限に問題があることが明らかにされています。

 第一は,妊娠高血圧症のリスクとなるのは妊娠中の体重増加量より妊娠前の体型(BMI)だという点です。妊娠前のBMIが28以上の場合は妊娠高血圧症のリスクを著しく上昇させますが(図2 A),5―15 kgの体重増加はリスクを高めません(図2 B)。妊娠前の肥満は問題だが,妊娠中の生理的体重増加は問題なしというわけです。

 第二は,体重増加量が少ないことが与える母子への影響です。体重増加が極端に少ないと,妊娠高血圧症の発症リスクはむしろ高まる傾向にあります(図2 B)。さらに,出生体重が少なくなり,低出生体重児の割合が増加します。

内臓脂肪と皮下脂肪
 ひところメタボリック症候群を,リンゴ(内臓脂肪型)と洋梨(皮下脂肪型)に例えて説明していました。内臓脂肪型がメタボリック症候群というわけです。妊娠中には皮下脂肪が増加して体重が増えるのですが,これは生理的で問題なし,一方で妊娠前の肥満は妊娠高血圧症の高リスクですから,メタボリック症候群の説明にそっくりですね(図2 C)。真偽はともかく,理解しやすそうです。最近では,妊娠前の肥満手術が妊娠高血圧症発症のリスクを低減させることが報告されています1)

図2 妊娠高血圧症候群の発症リスク

低出生体重児が増えている
 低出生体重児に関して,最近話題になっている統計的観察を2つ紹介します。

 一つは,わが国ではこの20年あまりの間に,妊娠中の母体体重増加量と出生児体重がともに減り続けているという事実です。女性のやせ願望や食生活の悪化(欠食・偏食)が原因と考えられますが,行き過ぎたエネルギー制限も関与していたかもしれません。

 もう一つは,低体重で生まれた児では,将来高血圧・糖尿病・冠動脈疾患・肥満など生活習慣病の発症リスクが高まるという報告です。胎児期に将来の生活習慣病の発症リスクが決定されるという説がBarkerにより提唱され,現在ではDevelopmental Origins of Health and Disease(DOHaD)説として有名になりました2)

体重増加の目安
 以上まとめると,妊娠前の肥満はハイリスク,妊娠中の体重は多すぎても少なすぎてもいけないということになります。そこで,まず妊娠前の体格で分け,それぞれに妊娠中の体重増加の推奨量が設定されています()。

 推奨体重増加量
BMIが25.0をやや超える程度の場合は,おおよそ5kgを目安とする。
厚労省「妊産婦のための食生活指針」(2006)より抜粋。

 体重増加の上限には少し余裕をもたせても良いこと,下限を下回るのは良くないことは説明しました。これらを勘案すると,標準体型の妊婦なら大雑把に10―12 kgを目安として良さそうです。

Answer…「10―12 kg程度の増加をめざしましょう。極端なカロリー制限は赤ちゃんにもお母さんにも害になることがあるので注意してください」

■もう一言

妊娠中の体重増加量はほぼ一定ですが,摂取エネルギーも一定というわけではありません。「妊娠初期で+50 kcal/日,中期で+250 kcal/日,末期で+500 kcal/日のエネルギーを妊娠前の摂取量(標準体型でおよそ2000 kcal)に付加することが推奨されています。体重増加量が一定値なのに妊娠後期で摂取エネルギーが増加するのは,基礎代謝の増加により消費が高まっていることが原因の一つです。

 摂取エネルギー量を毎日計算するのは煩雑です。エネルギー摂取量はあくまで目安として,実際には体重増加量をみながら摂取エネルギーの増減を指導するのが良さそうです。

参考文献
1 Bennett WL, et al.Impact of bariatric surgery on hypertensive disorders in pregnancy : retrospective analysis of insurance claims data.BMJ. 2010 ; 340 : c1662.doi : 10.1136/bmj.c1662
2 Gillman MW, et al.Meeting report on the 3rd International Congress on Developmental Origins of Health and Disease (DOHaD). Pediatr Res. 2007 ; 61 (5 Pt 1) : 625-9.


生水真紀夫
1981年金沢大医学部卒。同大学院修了後,金沢大医療技術短期大学部講師を経て,テキサス大留学。帰国後,金沢大医学部講師,同周産母子センター助教授を経て,2005年より現職。アロマターゼ欠損症・過剰症の発見や遺伝子解析など生殖内分泌のほか,周産期・新生児医療にも取り組んでいる。