医学界新聞

連載

2010.03.08

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第10回】女性医師の問題・2

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)

ご意見・ご質問募集中!


2866号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,医師の偏在の問題や,専門医教育制度といったマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていきたいと思います。

 今回も前回に引き続き,オレゴン健康科学大学のレベッカ・ハリソン先生とともに,米国と日本の女性医師の役割や生活について比較検討します。


変わる「理想の医師」の概念

ノエル 臨床医もしくは教育職として働く女性医師についてお聞きします。女性医師が男性医師の仕事の仕方に与えた影響には,どのようなものがあるのでしょうか。

ハリソン それは複雑な質問ですね。女性が医学界に与えた影響はたくさんありますが,重要なものをひとつ挙げるとすれば,医師という仕事に人生のすべてを捧げることが,果たしてキャリアや生活における満足につながるのか,考え直すきっかけを男性に対して与えたことだと思います。この間,女性はきちんと子育てをしながらも優秀な臨床医となり,基礎医学の研究でも優れた業績を上げました。その結果,そのようなスタイルもまた,男性医師のモデルになったのです。男性医師は仕事に全身全霊を捧げることを必要とする旧来の「理想の医師」の概念を見直すようになりました(註1)。

 女性が医学の世界をめざすようになるまで,指導的立場の医学部教員や病院・診療所の臨床医の間では,理想の医師とはフルタイム(週50-70時間)勤務を,出産や子育てに時間を割かずに40年間休みなく行うことができる人だと考えられていました。当時,研修修了後の医師の就職先は性別にかかわらずそのような職場に限られていました。この“理想”は,男性医師の生活様式には当てはまっていましたが,多くの女性医師はこの基準を満たしながら家庭を持つことが不可能ではないにせよ,困難だと感じていました。

 日本でも同様だと思うのですが,子どもが小さく手がかかる時期に,仕事に多くの時間を割かれることが葛藤となり,不幸にも“仕事をとるか家庭をとるか”という二者択一を,女性医師に強いることになりました。彼女たちは,米国医科大学協会(Association of American Medical Colleges;AAMC)の統計報告書とパイオニアとしての若手女性医師の活動に支えられながら,家庭と臨床や基礎研究でのキャリアを両立させることを求め続けたのです。

 現在では,そのような女性医師の活動の結果,パートタイム診療を含んだより柔軟な勤務体系が設けられ,医療組織における管理職の在り方にも多様性が増しました。このように女性たちが,「成功(Success)」という言葉の意味を広げた結果,男性医師も生活のバランスや個人的な充足感を求められるようになったのです。

男女問わず定着したワークライフバランス

松村 日本でも似たような状況にあると思います。男性医師にはもともと長時間労働が求められていますが,女性に対しても,同等のキャリアを得るには長時間働くことが求められているのが現状です。米国では,このようなジレンマを解決するためにどのような方法がとられてきたのでしょうか。

ハリソン それについては,少ない時間で質の高い仕事をした場合や,ゆっくりではあるけれど着実に成果を上げる仕事をした場合に,それに見合った賃金と待遇を提供する,「比例の原理(Principle of proportionality)」をWilliamsが提唱しています(註1)。

 民間医療機関では,臨床部門,管理部門ともにパートタイム制やワークシェアリングを導入することが,時代の大きな流れとなってきています。そしてこの動きは,男性・女性を問わず定着してきているようです(註2)。

 一方,大学病院や臨床教育病院のようなアカデミックな医療機関でも,多様な勤務形態が実践され始めていますが,その変化は民間医療機関よりは遅れています。それでも,小さな子どもを持つ女性・男性医師の多くは,フルタイムの医師の5-6割の勤務時間で,研究も含め満足のいくようなキャリアをアカデミックの分野で築くことに成功しつつあります。ただ,そのような勤務体系で働く人たちの昇進スピードは比較的ゆっくりとしたものです。また,勤務時間と家庭での時間のバランスをうまく調整することが必須条件になっています。

松村 昔と比べ,男性医師の中にも家庭生活をもっと充実させ,育児や家事に参加したいと望む人が増えてきていると思いますが,私たちは仕事と家庭の両立をどのように行っていけばよいのでしょうか。

ハリソン 女性の医師や研究者にとって,仕事と家庭の両立の上で直面している最大の課題は,“出産と子育てにどう対応するか”ということです。これまでの何世紀にもわたる社会の状況を変えるには,女性医師が増加し始めてからの50年という歳月ではまだまだ足りません。母親である女性医師は,仕事と家庭の両方の場面で,家庭人と医師としての役割を演じる達人になっています。私は,女性がキャリアを築く上で成功し続けるための唯一の方法は,家事・育児を行うのは女性だけではなく男女が共有すべき問題であることを,社会全体として認めることだと考えています。

 一世代前には,専門職の男性にとって,フルタイムの仕事を求めないとか,必要以上の仕事の責任を負わないといった生き方の手本となる人は,ほとんどいませんでした。“男”とはフルタイム,あるいはそれ以上に働くものだったのです。しかし,最近の若い男性医師は,同僚たちの多くが働く妻を持ち,あらゆる面で子育てを分担しているのを見ています。その結果,男性でも多くの勤務先で,「家事は男性も分担するものだ」という新しい定義が受け入れられています。この傾向は医学界以外の職種でも同様で,育児とキャリアを両立させたい男女をともにサポートする動きが,法曹界やビジネスの世界でも進んでいます。

 米国では,民間医療機関であれ大学病院であれ,若い医師たちの多くは家族と過ごす時間を増やしたいと希望するのですが,それには給与やキャリアアップの上での選択も求められます。性別にかかわらず,仕事に割く時間を少なくすると,それ以前の世代の男性たちと同じペースでの昇進は望めなくなります。つまり,キャリアや収入の面では妥協する必要があるということです。

認め合って家事・育児を行う

松村 男性が家事を手伝う場合には,妻も夫に対して抱く期待の内容を変える必要があると思いますが,この点はいかがでしょうか。

ハリソン ええ,その必要は確かにありますね。私の家族を例にお話ししましょう。私は,救命救急医の夫と3人の子供の育児と家事を分担しています。夫は子供が生まれるまでは,オムツを替えたことすらなかった人でしたが,今では分担して育児を行い,料理も上手なとても面倒見の良い父親となりました。

 一方,私は彼が家事や育児を彼のやり方ですることを理解する必要がありました。というのは,例えば子供に食事を与えるときに「夫ではちゃんとしたやり方でできない」という理由で,母親の自分が毎回食べさせることにこだわったり,「服や髪飾りを上手にコーディネートできない」といって子供に服を着せるのを男性に任せなかったら,ほとんどの家事・育児を女性がずっと続けなくてはならなくなります。しかも,同時に医師としての成功も求めながらです。これでは疲労困憊し,長続きしません。それで私は,夫が違うやり方で育児を行うのを受け入れることを学びました。最終的には,子育てについては夫のほうが私よりずっとうまくできることがわかり,私は医師の仕事と家事や育児を100%こなさなければならないというプレッシャーから解放されたのです。

ショート・ディスカッション

 女性医師の歴史に関する研究で名高いエレン・ムーアは現代の女性医師を取り巻く環境について,次のように述べています。

「女性医師の行く手につきまとうのは,診療現場における彼女たちの能力や向上心の問題ではありません。むしろ,医療がますます市場原理に振り回される時代に,医療専門職自体が抱えている,専門職の価値の危機から生じている問題なのです」

「医療の世界で優れた存在であるため,女性医師たちはかつて同僚の男性医師とほぼ同様に生活の優先順位を決めなくてはなりませんでした。しかし今日の女性医師たちは,米国医学界に対してそのような価値の判断基準を改め,成功の意味を多様化させ,さまざまなタイプの管理職の在り方を認めるよう求めています」

 医療がますます組織集団的な構造になる中で,権威や裁量権の喪失を初めて経験した男性医師たちの一部は,こうした目標を女性医師たちと共有し始めています。

註1 Williams J. Unbending Gender: Why family and work conflict and what to do about it. Oxford university press, New York, 1999
註2 ハリソン先生からの補足コメント:パートタイム制やワークシェアリングに男性・女性ともに興味を持ってもらうには,誰もやりたがらないような仕事で人を募集するのではなく,意義とやりがいがある形で募集することが大切です。また,その仕事が医師の関心や価値観,目標に合うよう,管理職には柔軟性が求められます。なぜなら仕事の満足度は医師の確保に直接影響するからです。

つづく

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