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第2858号 2009年12月7日


連載
臨床医学航海術

第47回

  医学生へのアドバイス(31)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 前回は人間としての基礎的技能の4番目である「聴覚理解力-きく」ことについて述べた。今回は,聞き手によって理解が異なる現象について考えてみる。

聴覚理解力-きく(2)

 前回同じ大学の講義を聞いても,聞き手によってかなり異なるノートができることを述べた。今回はなぜこのような現象が起こるのかを考えてみる。

講義ノート
 筆者の学生時代,大学の講義は1コマ90分で,そのほとんどがスライドを使って行われていた。1コマ90分の講義の情報量は膨大である。これを全部集中して聞いてノートに書くというのは大変な作業である。まず最初に90分間眠りに落ちることなく,すべて話を聞き続けなければならない。そして,講義内容をノートに書き続けなければならないのである。それだけでも大変な作業であるのに,試験前に出回るノートというのは,1学期間その科目をすべて出席した学生のノートである。したがって,試験前に出回るノートを書いた学生は,1学期間すべての講義に遅刻も居眠りもすることなく出席してノートをとり続けた大変勤勉な学生であると言える。それだけではない。試験前に出回るノートは,その書いた本人以外が読むので誰もが読めるようなきれいな字で記載されていなければならないのである。全講義に出席し,講義を傾聴し,誰もが読めるようなきれいな字でノートを記載するという3条件をクリアする学生は,女子学生が多かった。ここまでの条件でかなりの数が絞られる。しかし,出回るノートにはさらなる特徴があった。それは読んで講義のポイントがわかりやすいことである。だから,出回るノートを書く学生はせいぜい2,3人である。こういう出回るノートをいつも読んでいると,ノートに署名がなくてもその筆跡でクラスの中の誰が書いたのか自然とわかるようになった。

 そして,こういう優れたノートを読んでいると,優れたノートを書くというのは一つの「特技」ではないかと思えてしまう。すなわち,その「特技」とは講義で聞いた聴覚情報とスライドで観た視覚情報を,言語とイラストという形態の視覚情報に置き換える能力である。ここで重要なのは,優れたノートというのは,単に聴覚情報が言語という視覚情報に変換されているだけでなく,情報の重要性が吟味され,講義のポイントが明示されているということである。これは,出版物で言うと「編集」されているということになる。したがって,この編集過程で優れたノートにも相違が生じてくるのであろう。

 例えば,ここに講義の音声を機械で自動的に文字化したノートがあったとする。しかし,そのような文字だけのノートを試験前にコピーする学生が果たしているであろうか……?

 いないはずである。したがって,優れたノートを書く学生というのは,単に記録だけでなく編集能力もあると言える。そして,記録し編集するのだから,もちろんその前提に理解力もあるはずである。だから,優れたノートを書く学生というのはそれだけで,理解力・編集力・記録力があると言えるのかもしれない。こう考えると,中学生のとき生徒のノートをチェックしていた先生は,運が作用する試験という一発の評価ではなく,ノートによる日常の理解力・編集力・記録力を評価しようとしていたと考えられる。

 ただ,優れたノートを書く学生が必ずしもよい成績をとるかというとそうでもないらしい。出回るノートを書いた学生があるときにこう言っていた。「自分がノートを貸して,借りた相手が自分よりもよい成績をとると頭にくる……」,と。

 ノートを貸した学生は,1学期間すべての講義に遅刻することなく勤勉に出席しノートを書き続けた。それだけで大変な時間と労力がかかったはずである。ところが,ノートをコピーした学生は全然授業に出席せずに試験前にノートを借りて勉強しただけで試験はよい成績をとったのである。つまり,ノートを借りて勉強した学生は余計な時間や労力をかけずによい成績をとるという「結果」を出したことになる。確かにノートを貸した側からすれば,自分よりもノートを借りた学生がよい成績をとるというのは,自分の努力を盗まれた感じがして不快な気分になるのは理解できる。しかし,ノートを貸し借りするときには,ノートを借りる人はノートを貸す人よりもよい成績をとってはいけないという決まりはないはずである。もしも,ノートを貸す学生がノートを借りる学生からトンビに油揚げをさらわれる思いをしたくなければ,ノートを最初から貸さなければよいのではないかということになる。

 理解力・記録力・編集力がある優れたノートを書く学生が必ずしも試験でよい成績をとらないのは,おそらく試験では理解力の上に,記憶力・思考力・表現力などの他の能力も問われるからであろう。

 このように同じ大学の講義を聞いても,聞き手によってかなり異なるノートができることを考えてみると,「聞く」という聴覚理解力は,文章を読んで理解する読解力と同じように人間の能力の根幹を形成する能力であると考えられる。

次回につづく

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