医学界新聞

2009.01.12

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


精神科身体合併症マニュアル
精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者の診療と管理

野村 総一郎 監修
本田 明 編

《評 者》澤 温(医療法人北斗会さわ病院院長)

精神科でのMPUの広がりをめざして

 単科の精神科病院で最も頭を痛めるのが精神障害者の身体合併症である。アメリカに始まり日本でも最近みられる訴訟社会では,精神科救急の入り口で身体合併症のある患者を断ることが多い。

 また精神科病院に入院中の患者の身体合併症,特に急変にはなかなかハード・ソフトとも対応が十分でなく,また精神障害者という偏見もあり,すぐ受け入れてくれる専門の病院もない。急変でなくても高齢化に伴う身体疾患や,三大死因になるがんをはじめとする疾患,生活習慣病(を合併している精神障害者に関しても)などは,入院治療を受け入れないところが多い。

 本書はこのような背景の中で,国家公務員等共済組合連合会立川病院のMPU(Medical Psychiatric Unit)グループの人々の挑戦である教科書といえるものであろう。立川病院は評者も1973年から2年勤め,その後2年は監修者の野村教授も勤められたが,ともに当時の部長の松平順一先生のもとで教えを受けた。当時はまだ東京都が1981年に始めた「精神科患者身体合併症医療事業」以前であったので,カオス的状況での挑戦であった。野村教授は立川病院を辞められて藤田保健衛生大学で助教授として活躍された後,再び現場の仕事をと立川病院に戻られた。松平部長が「アメリカではMPUというところで精神科医が身体科も診る」という情報を示され,野村教授がそれを自ら挑戦して行い,日本で精神疾患と身体疾患を同時に診るMPUを広め,また本書の編集者の本田先生たちが育つ基礎を作られた。聞くところでは,本田先生は身体救急のご経験を持ちながらこの分野に入られたので,怖いものなしである。それまでの知識と実際MPUで実践してこられた事例から得た,まさに「精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者の診察と管理」について440ページ,B6変型判のコンパクトな本にここまで書くかというほどの内容がある。

 I.総論では特にMPUでの精神科身体合併症の特殊性や対応の特徴に始まり,患者の受診経路や搬送の問題,診察,鎮静,術後管理,身体疾患や身体状況に応じた向精神薬の使い方が示され,精神科身体合併症の救命救急治療,精神科身体合併症管理で行われることのある手技・治療は図入りで記載されている。II.各論(1)では各科合併症の治療・管理として内科各科はもちろん,泌尿器科,整形外科,耳鼻科・眼科,さらに産婦人科にまで精神障害との関係を踏まえて記載されている。II.各論(2)精神科と関連の深い身体合併症,身体疾患に起因する精神症状としては,向精神薬による重篤な副作用について,また急性中毒,水中毒,けいれん発作などについても述べられている。これほどの内容であれば,おそらくA4判で同じぐらいのページの本があって,その要約本synopsisとなる内容であろう。

 監修者の野村教授とお話ししたとき,精神科医はGPの知識を持って全体を理解し,必要なときには専門医へ遅れずに依頼することが必要だと言われたのが印象的であった。まさに精神科医が身体疾患の診断と治療について,精神障害者ゆえの特徴を含めて知識を深めなければならないものの,最初に述べたように,現代のような訴訟社会ではあるところで専門医に回さねばならないというジレンマがあるのであろう。特に新臨床研修システムで初期研修を終え,一応身体疾患も診られると思って精神科医になった医師には,このことを踏まえて勉強してほしいものである。

 最後に,最近のように総合病院での精神科がどんどん縮小していくなか,ぜひこのようなMPUが広がってほしいと思うが,単科の精神科病院での緊急を要する身体合併症については,東京都でも明確なシステムにはなっていない。精神科救急の現場ではこの点への対応システムの構築を願っており,本書の改訂版の出るときにはどこかで始まっていてほしいと願っている。

B6変・頁440 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00605-7


神経解剖カラーテキスト 第2版

A. R. Crossman,D. Neary 著
野村 嶬,水野 昇 訳

《評 者》木下 彩栄(京大大学院教授・高齢者看護学)

初学者に必要な情報を厳選 臨床への橋渡し書

 『神経解剖カラーテキスト』が6年ぶりに改訂された。原著は2005年に英国Manchester大学のCrossman博士とNeary博士によって出版された定評のある神経解剖学テキストである。1995年の原著初版の序にあるように,90年代の英国では医学教育論議が盛んに行われており,「必ずしも必要でない膨大な量の知識が学生に不当に要求されている」ことなども問題となっていた。そこで,「“システム”を基本に据えたコアカリキュラムの設定」や「基礎科学と臨床医学の統合」という指針に沿った医学教育改革が模索されるようになった。このような背景の下,改定された基礎教育カリキュラムに沿った新しい教科書が必要となり,「簡明な記述」,「理解を助ける図版と写真」,「臨床との融合」,という本書のコンセプトが生まれたとのことである。神経解剖学は臨床医としては,臨床神経学,脳神経外科学,整形外科学,眼科学において極めて重要な知識体系であるし,理学・作業療法学といったコメディカルにも必須の学問である。ただし,多くの学生にとって解剖学の中で理解が最も困難な領域であることもまた事実である。教育の場においては,複雑で情報量の多い知識体系を初学者が短期間に学習して一定の理解水準に到達することが求められるため,上記のコンセプトは特に重要になる。いずれも至極当然のことではあるが,旧来の神経解剖学教科書と比較すると,本質を損なわない形で情報量をそぎ落とすことや適切な模式図がいかに理解を助けるかが実感できる。原著は初版以来2度の改訂を経ており本書では明快な図版が増え,上記のコンセプトが一層明確になった。その一方で,例えば臨床的に重要となる脳の循環系など,記述の不足を感じる個所も散見されるが,詳しくは専門書で,ということなのかもしれない。

 本書の序盤には,臨床診断の基本原理,最後に症例検討問題が配置されるなど,全体的な構成においても効率的な自己学習のための工夫が凝らされている。また,その他の項にも学習者のモチベーションを刺激する臨床関連事項が適度に散りばめられており,所期の目標の達成に成功したといえる。複雑化・高度化する臨床医学分野において専門職として要求される知識量は増加の一途をたどっている。神経解剖学分野に限らず,基礎教育に割り当てられる時間数が圧縮される傾向は今後も続くと思われる。医学の将来を担う教育カリキュラムや教材の最適化は永遠の課題であるが,上記の指針に沿った本書のコンセプトは普遍的な価値を持つであろう。

 訳者は初版に引き続き,京都大学などで医学生やコメディカルの神経解剖学教育に携わってこられた野村博士と水野博士である。学術用語の和訳に関しては最新の用語集に準拠するのみならず,海外の優れた教科書や専門書を多数翻訳された経験を生かして正確かつ平易な表現が吟味され,大変読みやすくなっている(タイトルを除き,図中の解剖学用語はすべて和訳のみ記載されているが,欧文の解剖学用語が併記してあればなお良いと思う)。

 本書は初学者向きに書かれたものであるが,専門外の臨床家や基礎系の研究者にとっても神経解剖学や神経症候学の基本を短時間で効率的にレビューし,基礎知識を整理する際に有用なテキストとなるであろう。

A4・頁224 定価5,880円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00579-1


心臓病の診かた・聴きかた・話しかた
症例で学ぶ診断へのアプローチ

髙階 經和 著

《評 者》宮崎 俊一(近畿大教授・循環器内科学)

実践的精神が光るベッドサイド診療の指導書

 髙階先生は本田宗一郎氏に似ていると私は思う。各界に偉人といわれる人々は多いが,髙階先生は現在79歳であるにもかかわらず,間違いなく今も“現場”の人である。本田宗一郎氏の伝記を読むと彼が晩年まで“現場”で生きていたことがわかるが,髙階先生もしかりである。

 実際,髙階先生の考案したタコ足聴診器からコンピュータをいち早く取り入れたシミュレータ“イチロー”の開発などをみていると,本田宗一郎氏が油にまみれながら原動機付き自転車からF1レーシングカーまで作っていった経緯と似ているように思う。両者には“自分自身の手によって現場で工夫する”という哲学が共通しているのである。昔の日本には上記のような哲学がさまざまな場所で多く存在したのではないかと思うが,現在の日本では少なくなったことは間違いない。私が髙階先生を尊敬しているのはこのような哲学を持ち,実践し,他者を指導し,そしてそれを楽しんでいるからである。

 髙階先生は,臨床医として活躍されているだけでなく,臨床心臓病学教育研究会(JECCS)を立ち上げられるなど医学教育に長年尽力されてきた。近年,医師不足または偏在による医療崩壊が叫ばれるようになって久しいが,これまで以上に医師の質を担保する卒前および卒後教育が重要となっている。このような状況を考えると,髙階先生の実践的医学教育がまさに求められている時代だと思う。

 本書は心臓病について架空の医学生および研修医(メディック)をシミュレートして心臓疾患について質疑応答を行うことで,病態,ベッドサイドでの診療,検査法,治療を学んでいくという形式で書かれている。つまりオムニバス形式なので最初から読む必要はない。読者のレベルや関心の度合いによって適当な箇所から読み始めてよいのである。記述されている内容はベッドサイドでの診療を想定して書かれているので,基本的事項が中心となっている。つまり,循環器専門医を志す若い医師または医学生を対象とした書籍内容ということができる。

 ところが実際に読んでみると髙階先生の哲学である“実践的”な精神が発揮されており,ベテラン循環器専門医にとっても役に立つ情報が随所に出てくる。このため,本書はむしろ臨床の現場で患者さんと向き合っている先生方の役に立つのではないかと思う。研修医と一人前の臨床医の双方にお薦めしたい書籍である。

B5・頁232 定価5,040円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00546-3


Dr.ウィリス ベッドサイド診断
病歴と身体診察でここまでわかる!

G. Christopher Willis 執筆
松村 理司 監訳

《評 者》野口 善令(名古屋第二赤十字病院救急・総合内科部長)

一読三嘆,噛みしめるほどに味が出る

 20年以上も前,評者が市中病院から大学医局に帰局して,臨床医としての生き方に悩んでいたころ,舞鶴にDr.ウィリスというすごい先生がいるという噂を聞いた。結局は,噂を聞いただけで舞鶴に出向くこともなく,Dr.ウィリスにお会いすることもなく終わってしまった。一期一会というが,会いたいと思った人には会っておくものだと後で後悔した。

 このたび,医学書院から,『Dr.ウィリス ベッドサイド診断――病歴と身体診察でここまでわかる!』が松村理司先生の監訳で上梓された。本書は,Dr.ウィリスが,医学生や若い医師に教えるために作った秘蔵のウィリスノートを編集・翻訳したものである。Dr.ウィリスにお会いすることはかなわなかったが,松村先生らのご尽力でこうしてDr.ウィリスの余香を拝することができるようになったのはありがたいことである。

 手にとって読んでみると,緻密な観察と鋭い洞察力によって得られたclinical pearlがあちこちに散りばめられて光っている。「そうだったのか」「そうだよな」という発見が随所にある。

 たとえば黄疸について,「痒みの発生する原因は,皮膚に胆汁酸塩が蓄積するためだと考えられている。胆汁酸塩は肝臓で合成されるがそのためにはある程度の(良好な)肝機能が必要である。つまり,痒みは,患者の肝機能が胆汁酸塩の合成が可能な程度には保たれており,主たる問題は胆汁うっ滞にある,ということを示しているのである」と書かれている。「なるほど,だから,肝硬変の黄疸は痒くないのか」と納得する。

 臨床的問題に対する体系的なアプローチについても,多発性神経障害の項目にこう書いてある。

1.患者を大きな5つのグループのどれかにあてはめる。
*遺伝性神経障害
*重金属・毒素・産業化学物質・アルコールへの曝露
*薬剤性神経障害
*種々の基礎疾患に伴う多発性神経障害
*急性(ギラン-バレー症候群)または慢性の炎症性脱髄性多発神経根障害
2.臨床症候の時間的経過を調べる。
3.運動・感覚・運動感覚混合性・自律神経性の神経症候を探し,その分布パターンを確認する。
4.細い線維主体の障害か? 太い線維主体の障害か? それとも混合性か?
5.軸索障害か? 髄鞘障害か? 神経細胞障害か?

 本文の内容は各項目の最後にわかりやすくフローチャートにまとめられている。しびれの診断は,専門外のほとんどの臨床医にとって苦手なものであるが,この内容に従って話を聞いて診察するのみで見当がついてしまうだろう。あまりに細かすぎず,特殊検査を乱発せずにすむという点も,評者のように総合内科と称して診療を行っている人間にはありがたい。

 一読三嘆,非常に面白く読ませていただいたが,何回読んでも新しい発見があるだろう。病歴と身体診察について,噛みしめるほどに味の出る1冊である。

 最後に,蛇足であるが,sensitivity鋭敏度,specificity特異性と訳されているが,これは感度・特異度の方がとおりがよいだろう。

B5・頁720 定価6,825円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00033-8


救急・ERエッセンシャル手技
Essential Emergency Procedures

北原 浩・太田 凡 監訳

《評 者》青木 重憲(日本ACLS協会理事長・青木クリニック院長)

救急の手技をコンパクトにまとめた名著

 本書は,2008年に出版された「Essential Emergency Procedures」の日本語訳である。オリジナルは,ニューヨークを中心としたERで勤務しているER physicianと研修医たちによって執筆されている。

 ERでは内科的な診断治療に加えて,本書で示されているような手技による外科的な診断治療を行うことが日常茶飯事である。こういった手技は,多忙なERの片隅で先輩から後輩へとOn-the-job trainingの形で伝承されてきた。これは米国も日本も変わらない。本書のような形で出版されるとまた違った見方ができる。86項目に及ぶ手技を読んでみると,自分にとって慣れ親しんだ得意分野は文章にするとこうなるのかとあらためて感心したり,外眼角切開のように話には聞くが実際自分ではしたことがない項目まで記述されているということは,米国ではそれなりの頻度であるのかなと考えたり,釣り針の取り方などは割とあっさりと書かれているので,ニューヨークでは釣り針をひっかけてERを受診する人は少ないのかなと想像したりする。

 オリジナルが2008年に出版され,その日本語訳が同年に出版されたその早さに,訳者である北原浩先生と太田凡先生の並々ならぬ思い入れを感じる。本書は救急の手技をコンパクトにまとめた素晴らしいものである。個人的に存じ上げている監訳者のお二人の胸中を勝手に想像すると,「本を読むだけでは十分ではない。この手技が実際に身に付くためには,眠い目をこすりながら,日本の救急医療を取り巻く理不尽さに静かに抵抗しながら,臨床現場でどれだけ患者さんのためになることができたかということによる」と言っているような気がする。北原先生と太田先生,ならびに訳者の先生方により熱意あふれる本が登場したことを,あらためて喜びたい。

B5・頁448 定価6,720円(税5%込)MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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