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第2763号 2008年1月7日


【新春座談会】

歴代総編集者が語る Medical Milestones
『今日の治療指針』と日本の医療

多賀須幸男氏
(多賀須消化器科内科 クリニック院長)
尾形悦郎氏
(癌研有明病院名誉院長)
山口徹氏=司会
(国家公務員共済組合連合会 虎の門病院病院長)
北原光夫氏
(慶應義塾大学病院 病院経営業務担当執行役員)
福井次矢氏
(聖路加国際病院病院長)


山口 1959年に,石山俊次先生,日野原重明先生,渡辺良孝先生の総編集で出版が開始された『今日の治療指針』(以下,『治療指針』)は今年,第50巻が発行され,記念すべき節目を迎えました。『治療指針』は医学書院の代表的な刊行物であり,多くの先生方に編集や執筆にご協力いただいて,今日を迎えたものと思います。偶然ですが,私が勤務する虎の門病院も今年,創立50周年を迎えまして,ご縁があると感じています。

 本日は,現在までの総編集の先生方にお集まりいただき,編集でご苦労された点やエピソード,また,今後に向けて新しい『治療指針』のあり方などについてお伺いしてまいります。

 創刊時の3名の総編集者(歴代の総編集者はこちらに掲載)のうち,日野原先生は30年近く携わられましたが,多賀須先生は,その時期に編集に迎えられたのですね。

多賀須 私は消化器部門の編集に次いで,1989年版から2001年版までの13年間,総編集を担当しました。医学書院の消化器領域の書籍編集をしておりまして,やりませんかと声をかけられたのがきっかけですが,こんなに長く携わるとは思いませんでした。日野原先生とは直接お話しする機会は,あまりございませんでしたが,陰で見ていらっしゃると思うと,ちょっと緊張しましたね(笑)。

山口 尾形先生も,89年版から総編集者にご就任されました。

尾形 私が就任したというよりも,頼まれて入った,でしょう? 頼まれたというよりも,命令されて(笑)。

山口 日野原先生たちから,ということでしょうか。

尾形 その黒幕はどなたか存じませんが,とにかくお声がけいただき,多賀須先生と亡くなられた稲垣義明先生と総編集者に加わりました。

山口 私は尾形先生からバトンを引き継ぎまして,北原先生とご一緒に2001年版から総編集に参加させていただいています。その前に北原先生と内科総合誌『medicina』の編集を担当しておりました関係で,尾形先生から「来い!」と言われまして,総編集者になったような感じです(笑)。

福井 私は項目の執筆を何度か担当させていただいた後,付録の「診療ガイドライン」に編集者として関わり,06年版から総編集に加わらせていただきました。研修医時代から臨床医として駆け出しの頃にかけて,日野原先生が編集されていることもあり,特別な思いをもって読ませていただきました。診療科をローテーションするときなど,使いやすい本だと感じていました。

北原 米国では『治療指針』発刊のちょうど10年前,1949年に“Current Therapy”の初版が発行されています。日野原先生はご留学中に“Current Therapy”をご覧になり,この日本版といえる書籍の発行を医学書院にご提案されたのが,『治療指針』発刊のきっかけだそうですね。私も米国におりました当時,“Current Therapy”を見ていました。『治療指針』とは少しスタイルが違いますが,どちらも毎年アップデートされ,長い歴史があります。

 日野原先生の先見の明であり,また,そのエッセンスを活かしながら日本の医療現場の実情を考慮して『治療指針』を創刊されたことが,50年もの長きにわたる発行に結びついた理由ではないかと思います。

この50年のメディカル・マイルストーンズ

山口 去年,日本循環器学会は70周年を迎えました。日野原先生は過去1回を除き,毎回ご出席されているということでした。また『治療指針』初版の循環器の章を読んでみたところ,日野原先生が,うっ血性心不全についてお書きになっており,感動しました。ご専門が循環器ということは存じ上げていましたが,日本の医学の進歩や多くの先達が歩んできた道程を感じた瞬間でした。

 ではこの50年で日本の内科診療はどのように進歩したのでしょうか。先生方それぞれのご専門領域におけるエポックメーキングであった治療法などについてお伺いし,来歴を振り返ってまいりましょう。まず,多賀須先生,消化器領域では,どのようなものがございますか。

消化器領域のマイルストーン
多賀須 B型肝炎,C型肝炎のウイルス発見,そしてヘリコバクターピロリの除去で胃潰瘍が完治するようになったことが,非常に大きなトピックスですね。様変わりしてしまいましたから。また,この領域では診断機器の進歩に伴い,治療方法が大きく変遷したということが挙げられます。内視鏡の進歩により,開腹手術が必要だった胆石や消化管癌などが,開腹せずに治療が可能となりました。

山口 内視鏡は,私が研修医の頃はまだブラインドで,「直達鏡」と呼ばれていました。お腹のライトの光り具合で,うまく撮れた,撮れなかったと,言っていたように記憶しています(笑)。

北原 おまけに,すごく太かったでしょう。

多賀須 当時,内視鏡は“のぞき屋”と言われて,あまり学問的と言われなかった(笑)。

循環器領域のマイルストーン
山口 循環器領域で内視鏡と並ぶ進歩としては,カテーテル検査が大きかったと思っています。内視鏡も,カテーテルも,ひと昔前はあくまでも検査法に過ぎず,その結果を踏まえて外科にお願いしていました。それがいつの間にか,診断機器から治療機器になりました。

 そういった意味では,内視鏡とカテーテルが内科領域のエポックメーキングの双璧ではないでしょうか。長年,診断技術として培ってきたものが,いま,治療の手段として花開いている。内視鏡とカテーテルは,同じような歩みをしてきたのかなと思います。

 循環器でもうひとつ,画像診断を中心に大きな変革がありました。私が卒業した頃は,レントゲンと聴診器と心電図くらいしかありませんでした。カテーテルもありましたが,研究的な意味で圧を測定する程度でした。

 ですから卒後すぐの研究は,皆が心電図に集中していて,心電図の大家イコール循環器の大家とされ,「心電図1枚ですべてがわかる」という話が……(笑)。こんないんちきな話はないと感じ,「循環器だけはやるまい」と思っていましたが,最終的に循環器をやることになってしまいました(笑)。

 そして超音波画像が現れたときには「初めて心臓の中が見えた! 中で動いているのが見えた!」という画期的な驚きがありました。その後,現在のCT,MRIから血管造影に至るまで,画像診断の進歩が循環器の病態理解につながり,そしてカテーテルのようにそれが治療にも結びついてきたことを振り返りますと,めまぐるしい変革の時代に自分はいたのだなと感じますね。

 では,尾形先生,内分泌・代謝領域ではいかがでしょうか。

内分泌・代謝領域のマイルストーン
尾形 私が医者になった当時は,ちょうどホルモンが測定できるようになった時期でした。まだ検査会社などなかったから,皆,自分で測定したわけですよ。その後,1977年にヤーロウがノーベル賞を取ったラジオイムノアッセイという方法が普及し,ホルモンが正確に測定できるようになって,その他の技術も進みました。

 日本のサイエンスの勝利だと思いますが,心臓ホルモンやBNP(Brain Natriuretic Peptide;脳性ナトリウム利尿ペプチド)などが続々と発見されました。宮崎医大の先生方が,さまざまな新しいペプタイドホルモンを発見し,最近では寒川賢治先生が成長ホルモン分泌促進ペプチドのグレリンを見つけている。心臓ホルモンは,薬にもなり,診断薬にもなり,臨床の現場にどんどん入ってきました。

 代謝では,昔は疾患として捉えていなかった病態を,現在は疾患として捉えられるようになっています。骨粗鬆症は,かつては「年を取れば,皆,腰は曲がるものだ」と思われていたのが,生活レベルの向上に伴い,病気ではないかと考えられるようになり,病態を研究し,治療方法の検討がなされた。そして,たちまちよい治療法ができました。そういう意味で,骨粗鬆症は,公衆衛生学的な面から診断,病態研究,治療法まで,すべて一括して進歩した疾患だと思います。その流れにうまく乗って,骨代謝の研究全体が大きく前進しました。

 一方,メタボリックシンドローム。これは,近頃やかましいわりには,「だから何だ」というのが出ていないような気がします。石を投げればメタボリックシンドロームだよね,いまは(笑)。

山口 北原先生,感染症ではいかがでしょうか。

感染症領域のマイルストーン
北原 多賀須先生が,肝炎とピロリ菌のことをおっしゃいましたが,感染症が人間社会にとって大きな問題であることは,現在も変わりはありません。『治療指針』が創刊された頃には,ちょうどテトラサイクリンとペニシリンが使われていました。

 それから抗菌薬が進歩・普及し,市中感染は比較的うまくコントロールされるようになりましたが,今度は院内感染,耐性菌の問題が出てきました。1800年代半ばにゼンメルワイスが,産褥熱と院内感染の因果関係について発表しましたが,その論文は当時,危険視こそされ,まったく顧みられることはありませんでした。1950年代になってようやく,院内感染は重大な問題であることが見直されて,今日に至っています。

 もうひとつの大きなトピックスとしては,HIV感染症に代表される新興感染症が発見されたことです。また,交通手段の発達に伴い,さまざまな地域から病気が持ち込まれるようにもなりました。最近ですと,ニューヨークで流行した西ナイル熱がありますが,このあたりは非常に意味深いところです。

 そして免疫機能を低下させる薬剤が作られ,医療の発達により臓器移植が可能となり,その結果としての日和見感染の増加も大きな変化だと思います。

 またわが国においては,感染症対策のワクチンプログラムにおける行政対応の立ち遅れという大きな課題があります。例えばインフルエンザ菌感染による細菌性髄膜炎を予防するためのHibワクチンは,1998年のWHOの推奨から9年後の昨年1月,ようやく承認されました。この間に多くの乳幼児が命を落としました。非常に残念なことであり,感染症の予防対策は今後も,しっかりと推進していく必要があります。

山口 抗菌薬が進歩しましたが,人類は感染症に勝利してきたのでしょうか。

北原 現在でもいろいろな感染症に遭遇しますが,感染症による死亡者数は,たしかに減少しています。治療が抗菌薬により進歩していることの表われだと思います。

 BMJ(British Medical Journal)の読者投票では,「人間社会に最も貢献した医療の進歩は何か」との問いに対し,sanitation,衛生(状態の改善)が第1位となったそうです。まさに感染症が減少したのは,生活環境が改善されたことによる部分も大きいのですよね。

多賀須 『治療指針』に,北原先生が抗菌薬の部分の執筆を担当された際,「この抗菌薬はいらない」という,率直な意見が書いてありまして,編集者は,喝采をしました。抗菌薬の選択は,国ごとにすごく違います。これもおかしな話ですね。

北原 現在は『内科医の薬100』(医学書院刊)という書籍で,ミニマム・リクワイアメントを示しています。日常的には,これで十分ではないかと思いますね。

山口 福井先生のご専門領域の50年,ということではいかがでしょう。

総合診療領域のマイルストーン
福井 一般内科・総合診療の立場からお話しさせていただきますと,1986年に国立大では初めて,佐賀医大(現・佐賀大)に総合診療部が開設され,プライマリ・ケアに関心をもつ医師を育成する試みが始まりました。以来,現在では多くの大学に総合診療部ができています。しかし,日本ではかつて「家庭医」構想はありましたが,プライマリ・ケア専門医の体制をどうしてもつくることができなかった。

 総合診療やプライマリ・ケアと,EBMは,深く関わっています。幅広い領域を診る医師は,それぞれの分野の専門医と同じ経験はできないわけです。患者数も限られていますし,経験という面では表層的になってしまいます。しかし,そこに論文発表されている質の高い研究成果をきっちり取り込み,臨床医療の質を高めていきましょう,という考え方に拠って立ったときに,EBMはプライマリ分野の医師にとって重要なコンセプトであり,手順となるのです。

 BMJ創刊からの約150年間における医療史のなかで,エポックメーキングであった15題,という特集で,先ほど北原先生がおっしゃった衛生やDNA,ワクチンなどとともにEBMが取り上げられていました。これは,私にとっては,大変嬉しいことでした。

山口 EBMも領域によってずいぶん差がありますよね。

福井 材料になるエビデンスが多く存在する循環器のような領域と,そもそも患者数が少なく,統計学的に処理できないような疾患では,土台がまったく違います。

 ただ,EBMはRCT(randomized controlled trial:ランダム化比較試験)でなければいけないということではないのです。エビデンスが量的に少ないものについては,エキスパート・オピニオンを活用しましょうと提唱しているのですが,そこがなかなかうまく伝わりません。

尾形 EBMは大切な考え方だと思っています。新しい医療を行うときには,エビデンスをつくることが,癌領域でも非常に重要視されます。新しい治療法が適切かどうかを決めるためには,その治療がエビデンスに則っている治療なのかどうかを峻別して治療にかかる。えらい先生が何かを言うと,それで決まってしまった昔とは大きく変わりました。

 しかし,そのエビデンスの取られ方に経済原則が入ってくることがある,という視点も併せ持つ必要があります。

 現在,最もエビデンスが存在しているのは,血圧の薬,高脂血症の薬。バックに大きな製薬企業がついていると,レベルAのエビデンスをつくれます。一方,儲からないものだと一切薬屋さんはやらない。厚労省も手を出さない。そうすると,エビデンスがつくれないですよ,日本では。レベルAのエビデンスは非常に大事ですけれども,それがないからといって,その医療が間違っているとは言えない。逆は必ずしも真ではないので,その折り合いをどうつけていくか。

福井 日本では臨床研究そのものがあまり高く評価されてきませんでした。そのため,疫学や統計学を臨床医があまり勉強してこなかった。したがって,質の高い臨床研究ができない,という悪循環に陥っていたように思います。

 尾形先生がおっしゃられたように,質の高いエビデンスを出すということになると,非常に研究費がかかります。また,マンパワーの問題もあります。医師だけでは到底できません。統計学者,疫学者,CRC(Clinical Research Coordinator),米国でいうリサーチナースなどで,チームをつくらなければならないのですが,それができていませんから。日米の医療制度の違いもあり,現時点では,仕方のないことかなと思ってしまいます。

尾形 一人ひとりの患者さんが情報を持っている,という視点も忘れてはなりませんから,NBM(narrative based medicine)のクオリティの高いスタディも大切です。非常に質の高い一例報告などは,絶対に意味があるんですよ。

福井 おっしゃる通りです。一例報告から新しい病気が見つかったり,新しい治療法の手がかりが得られることもあります。

“私はこう治療している”

山口 『治療指針』は,歴代の総編集の先生方がどのような工夫を重ねられて,現在に至っているのでしょうか。編集内容の変遷・発展をたどってまいりましょう。私自身は,幅広い領域の先生方がご覧になるので,学問的に走りすぎずに,可能な限りプラクティカルな執筆を,また全体の編集にあたっては実践的な構成を心がけてきました。

 『治療指針』のサブタイトルは“私はこう治療している”です。EBMをベースにしながらも,原則は「個人の治療方針」というコンセプトで長く編集されてきました。

 ユーザーの視点で,専門以外の領域を眺めてみますと,何でも羅列的に記載されていると,「じゃあ,どれなの?」と選びづらい(笑)。私はこう治療しています,と明快に執筆していただいたほうが,踏ん切りがつけやすいですよね。

多賀須 そうですね,同感です。執筆者の選定でも,ある疾患に対し,対象となるすべての薬剤を挙げておられる先生には,私はあまり賛成ではなくて,次には執筆をお願いしないようにしていました。

尾形 私が総編集になって,最初に問題になったのもこのサブタイトルでした。しかし,これがいちばん大事なのです。私は,いまでも関係病院で臨床教育をやっていますが,若い先生方によく言うのは「臨床の現場は,瞬間芸の現場,瞬間芸の世界だ」ということです。診断,治療を決定するその瞬間に,自分が何を考え,どうするか,が大事です。そして,その引き出しは多ければ多いほどいい。

 医者は,少なくとも自分の専門分野については隅々まで熟知し,その上で診断を決め,治療法を選ぶのであって,その選んだ背景には,以前からEBM的な要素が十分存在していました。ですから,その先生の選択を見ますと,臨床のレベルが手に取るようにわかるわけです。実際に臨床をやっていない先生が書くと,どうしてもリアリティのない,創作的なものが出てくる。そうすると,次回以降は執筆をお願いしないということになっていましたね。

北原 現在,EBMを基本にして書けるケースも数多くありますが,まだ書ける水準までいっていないものも随分あると思うのです。ですから,そういった点をかんがみると,やはりエキスパートの経験則からのご意見は,若手の医師にとって非常に貴重なものではないかと思います。

 たとえば肺炎の治療期間は,2週間が適切か,3週間が適切なのかという問いには,まだはっきりと答えが出ていませんが,『治療指針』には,著者がどの時点で中止しているのかが記載してありますので,ヒントがもらえます。そういった意味でも,“私はこうしている”というのは興味深いものだと思います。

山口 なるほど。“私はこうしている”というコンセプトですと,ときにはEBMと相容れない内容が書かれることもありますが,大前提として,臨床現場で自分が責任をもって行っている治療方法をお書きいただくという趣旨があり,この本の特色となっているということですよね。

毎年,ブラッシュアップし続けられてきた『治療指針』

福井 私は以前に,血圧の測定法などについて執筆させていただいたあと,付録「診療ガイドライン」の掲載開始から編集に関わらせていただいております。執筆者としては,限られた文字量で簡潔明瞭に記載するのはなかなか骨が折れることだと思いました。そして,「診療ガイドライン」の掲載にあたっては,各専門学会がどういう種類のガイドラインを作っているか,精査したうえで,臨床現場で使いやすい形式にサマライズしました。

 30年前,研修医の頃に読んでいた版と比較して,付録も含めて『治療指針』全体が,その時のニーズに合わせ,充実してきていますね。

尾形 「これ1冊あれば,とにかく現場で役立つ」という趣旨で,時宜に応じ,ニーズに応じ,さまざまな付録の収載を行ってきました。付録の掲載にあたっては,毎年載せるか,隔年か,あるいは3年に1回にするか,そういう検討も行いましたね。

 またチーム医療という概念が出てきましたので,コメディカルにも利用してもらえるような配慮をしながら,本文中に「患者説明のポイント」「服薬指導上の注意」「看護・介護のポイント」など,実際的な内容を入れていきました。

多賀須 尾形先生と総編集を始めた当時は,薬剤の副作用問題が表面化し始め,相互作用についても厳しくなり始めた時期でした。私は,厚生省(当時)の副作用調査会に毎月出席しており,またJAPIC(Japan Pharmaceutical Information Center)が,副作用情報の収集を充実した頃で,『治療指針』の付録にも副作用の項目が設けられました。

 開業医の立場からは現在ある新薬情報と新しい安全情報,介護保険の意見書記入の手引などの付録も有益です。介護保険の書類を書こうと思っても,どこにチェックを入れればよいかが,すぐに思いだせないですから(笑)。

北原 今後もタイムリーな内容で付録の充実も図っていきたいと思います。一方,やはり本文が『治療指針』の根幹ですので,毎年改訂を重ねるなかで,エビデンスに則ったしっかりとした内容になっていくよう磨きをかけていきたいですね。各章ごとにお願いしている責任編集の先生方が,しっかり目を通してくださると,ますますよいものになっていくだろうと思います。

山口 『治療指針』は毎年,全項目の執筆者を変えています。同じ先生が続けて書かないということも,大きなコンセプトですね。

福井 1項目として,同じ先生が連続で書いていないというのは,すごいことですね。

山口 また,基本的には一度書いていただくと,3年間は同じ著者には同じ項目の執筆を依頼しません。すると,ひとつの疾患に最低でも執筆者が4名必要なわけですよね。4名の専門家を見つけるのが難しい疾患もあります。執筆者選定の悩みは昔も同じだったのでしょうか。

多賀須 そうですね。当時,さまざまな雑誌・書籍に目を通し,執筆された文章の内容を見て選定を行っていました。また,学会の抄録集も参考にしていましたね。

尾形 亡くなられた稲垣先生は,国立大の内科医でしたが,非常に現場に通じていました。執筆者を選ぶときに確認し合ったのは,日本全土にできるだけわたるように,それから大学に偏りがないように,とにかく広く人材を選ぼうということでした。リストができたら見直しをして,選定を行った記憶がありますね。

 そして,選ばれる先生方は,名誉に思うというか,とにかく皆さん,緊張しますよね。緊張の挙げ句に,原稿が遅くなるということもずいぶん……(笑)。

北原 ハリソンやセシルは版ごとに執筆者が変わっていますが,「以前の誰かが書いた肺炎の項はすばらしかった」というコメントが見られる場合もあります。ですから,すべて入れ替えてしまうことがよいのかどうか,難しい部分もあるかとも思いますが,書く側としては,新しく依頼をされると緊張感が生まれて,しっかり執筆してくださるのではないかと思います。

福井 原稿を依頼された側は,前の先生と同じには書けないというプレッシャーがありますね(笑)。本当によい内容とはどのようなものかという問いを突き詰めていくと,なかなか難しい判断を迫られますね。その時々のトピックスを入れることも大切でしょう。

山口 医療が加速的に変わっているときは書きやすいかもしれませんが,ある程度ステーブルになっている疾患ですと,前年の著者と何か変えようと気を取られていると,「前よりわかりにくい」と言われかねない。これは,昔からの悩みなのでしょうか。

多賀須 そうですね。でも,医学書院としては,毎年全項目を新しく書き下ろしているというところを,もうちょっと宣伝してもよいのではないでしょうか。

 先ほど,総合診療の話がございましたが,なぜ,病院の外来には『治療指針』が置いていないのかと疑問に思うのです。私たち開業医の診察室には『治療指針』は必携の書です。また,最新版が診察室にあることで患者さんの信用を得られます。昔は,目の前にそういう本を置くのは格好悪いというようなことがありましたが,最近は信用を増します。

尾形 以前は,薬の本を見ながら処方すると,患者が不信感を抱いたかもしれないですが,現在,私は常に処方の際には,本を広げて「これとこれです。こういう副作用もあります」と説明しています。

 特に癌の患者・家族はインターネットでよく調べていらっしゃいます。世界中の情報がすべて入ってくるから,日本では使えない薬もどんどん話題にのぼって,「これはどうでしょう。なぜ使えないんでしょう」と……。患者参加型の医療になっているという評価の一方で,患者が医師に求める説明の水準がどんどん上がってきていることも歴然たる事実ですね。

山口 現在,箱に入った大型のデスク判と表紙もソフトでハンディなポケット判の2タイプが発行されています。当初,日野原先生がご提案されたのはポケット版に近いものだったけれども,結果的には大型書籍として発行されたと聞いています。当時,医学書とはきちんと箱がついて,ドーンと立つ大きな本というイメージがあったからなのでしょうか。

北原 当時の医学書は,みんなハードカバーでしたからね。米国へ行って,ペーパーバックのランゲシリーズを見て,驚いた記憶があります。

山口 90年にポケット判が発行され,部数が大きく伸びたそうです。ポケット判の発行は尾形先生がご提案されたと伺っていますが。

尾形 どんどん若いドクターが出てくるわけですよ。その先生たちに,この本を使ってもらわないと話にならない。格調高い大型本ですと,これから第一線に入ってくる若い先生方にはとっつきにくい。ポケット判でとにかくとっついてもらって,ということで定着を図りました。

北原 現在の臨床研修の場に目を転じますと,1年上の先輩が後輩を教えることを積み重ねていく屋根瓦方式ですので,実践書としての『治療指針』のよさを中堅どころにしっかり理解してもらいたいですね。そのためには,若手医師の批判に耐えうるような内容,それに見合った使いやすさを考えていかなければいけないと思います。彼らのほしい情報が,さらにしっかり入れ込まれた構成にもっていかなければなりませんね。

山口 救急現場での有用性も再認識していただきたいですね。ひとりで多くのものをカバーしなければいけませんから,限られた時間で,自分の考えだけでない確認作業を行うために,こういう書籍が身近にあって,パッと広げられるとよいだろうと思います。

 特に初期研修では,幅広く経験することが全員に求められていますので,そういう意味でも,救急現場での有用性は高いのではないかと思います。

 そして,専門医の領域に入った先生方には,専門以外の部分が役に立つと思います。現実には,自分の専門領域と内科だけでは済まないことのほうが多いですから,そういう意味でも『治療指針』を広く活用していただきたいと思います。

2008年の始まり,新たな医療の50年に向かって

山口 これまで日本の医療の50年,そして50巻を迎えた『治療指針』の来歴を振り返ってきました。では,2008年の初頭にあたり,日本の医療の未来に向けて,先生方それぞれの領域における抱負や,今後の『治療指針』への期待をお話しいただければと思います。

北原 『治療指針』というタイトルではありますが,これからは予防医療を加味していかなければいけないかなと思います。予防接種の問題もありますし,メタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病に対する予防という観点では,たとえばエクササイズを指導するための指標など,確立されたデータがあれば紹介していきたいですね。

福井 既に予防に関するエビデンスも多数存在しています。ワクチンについては,日本の医学教育ではきちんと教えられていませんので,そこを強調していくことは,非常に重要だと思います。

多賀須 いま,あまりエビデンスのない処方も,多くなされていますよね。10種類,20種類の薬を飲んでおられる方もいますでしょう。これをなんとかしないといけませんね。高齢者ですと,1剤減らすのも,とても大変です。「これが足りない」と言ってこられますのでね。

 エビデンスのあまりないような薬については,それを明確に示すようにしてはどうでしょうね。

山口 コストに関するエビデンスは意外と少ないですね。コストも考えて必要かという視点から,治療効果とは違うエビデンスも必要ではないかと思います。国全体の医療に対する予算が,画期的に増加することは期待できませんから,限られた医療資源を有効に使うことを考えると,コストも考えた話をしないといけません。単に,有病率を下げるだけでは,不足しているように思います。もっと長い目,広い視野で見て,個々の患者さんに本当に必要かどうかをみることも,これからの視点ではないかと思います。

北原 高齢化は加速する一方ですので,高齢であることを加味した薬の使い方が,もう少し『治療指針』ではっきり打ち出せるといいかなと思いますね。老年病学においては,薬をいかに副作用なく飲んでいただくかがひとつの鍵だと思いますので,そのあたりを私たちがきちんとアナウンスできるといいと思います。

 現状,日本における老人に対する医療は,単に「加齢した成人」という視点で治療をしている側面が大きいように思います。そこを一歩進めて,高齢者の代謝の特徴を検証し,免疫学的な視点を加味した治療方法を考えていく必要がありますね。

福井 現在「総合医」の制度設計にかかわっているのですが,これが認定制度までいけば,おそらく何万人かの先生方が「総合医」になります。そうすると日本の医療体制が大きく変わってくるのではないかと期待しています。

 臓器にかかわらず,内科・外科にかかわらず,幅広い領域を診る「総合医」という専門医カテゴリーのドクターが増えてくれば,『治療指針』に対するニーズは,ますます高まると思います。

尾形 私は古い人間かもしれないけれども,内科の医者は,患者の話をきちんと聞き,きちんと診察をし,先ほど言った瞬間芸でいろいろなことをパパッと考えるためのコンスタントなトレーニングが絶対に必要だと思いますね。

 それからもうひとつ,“from bedside to bench side”の流れもあらためて大事にしてほしい。患者のベッドサイドで,問題点を明らかにして,これを基礎の研究者に研究してもらう。基礎の研究者に,臨床の先生方が,そういう意味でのボールを投げる。問題は患者が持っているのですから。

 患者から得られる情報を大事にする医療を,今後の先生方にもお願いしたいと思います。

山口 医療者不足により臨床現場は厳しい状況におかれています。また,目まぐるしく変わっていく医療のなかで,一人ひとりの医療者が責任をもって対応していく必要があります。

 こういった状況ではありますが,新しい1年が始まりました。日本の医療の新しい50年に向けて,力強く頑張っていきましょう。

 どうもありがとうございました。

(了)


山口徹氏
1967年東大医学部卒。71年東大第1内科に入局。三井記念病院を経て,73年東大第1内科助手,76年筑波学園病院内科医長,79年筑波大臨床医学系内科講師(循環器内科),82年三井記念病院循環器センター内科科長,84年同部長。92年東邦大医学部第3内科主任教授,2002年より現職。専門は虚血性心疾患の診断と治療。
日本循環器学会理事長の立場から,医療者・市民双方に対する教育に尽力する。『内科学』『新臨床内科学』『Drug-Eluting Stent』(いずれも医学書院)など編著書多数。

尾形悦郎氏
1956年東大医学部卒。同大内科助手を経て,63年米国に留学。ヴァンダービルト大,ウィスコンシン大,ペンシルヴァニア大を経て67年帰国。75年筑波大臨床医学系内科教授。79年より東大第4内科教授を務め,92年に退官し,同大名誉教授。93年より,癌研附属病院長,02年より現職。専門は内分泌代謝領域。
「常に内科オールラウンドに興味を持ち続けること」を一貫して信条とし,医学教育においても,内科領域をオールラウンドに吸収できる講座運営に尽力した。
『ゾレドロン酸のEBM』(メディカルレビュー社),『新臨床内科学』(医学書院)など編著書多数。

多賀須幸男氏
1954年東大医学部卒。62年国立がんセンター病院。71年関東逓信病院消化器内科部長。84年同院副院長。
94年上部消化管内視鏡検査の標準的テキストとなった『パンエンドスコピー』を上梓。95年,東京・五反田に多賀須消化器科内科クリニックを開業。40年にわたる臨床経験から,消化器病の日常診療に真に必要な「わざ」を伝えるべく明快に解説した『開業医のための消化器クリニック』を著すなど,後進指導にも尽力。このほかに『今日の消化器疾患治療指針』など編著書多数(紹介した著書はいずれも医学書院)。

北原光夫氏
1967年慶大医学部卒後,渡米。69年ニュージャージー州立大病院インターン。70年ハーバード大ディコネス病院(現ベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンター)内科レジデント。73年セントルイスワシントン大バーンズ病院感染症フェロー,75年ユタ州立大病院血液学・腫瘍学フェロー,78年同大助教授。帰国後,東京都済生会中央病院副院長を経て,2002年同会向島病院院長(現在,名誉院長)。07年4月より現職。米国内科専門医および腫瘍学専門医。専門は血液学,感染症学。日米の豊富な経験を活かし,臨床および医学教育に貢献する。『内科医の薬100Minimum Requirement』『内科学』(いずれも医学書院)など編著書多数。

福井次矢氏
1976年京大医学部卒。聖路加国際病院内科研修医,米国コロンビア大リサーチアソシエイト,ハーバード大Cambridge Hospital内科クリニカルフェローを経て,84年ハーバード大公衆衛生大学院修了。帰国後,国立病院医療センター,佐賀医大附属病院総合診療部助教授,同教授を経て,94年京大病院総合診療部教授。同大学院臨床疫学教授・社会健康医学系健康情報学教授(専攻長)などを歴任し,2004年より現職。京大名誉教授。
ジェネラルな視点を重視した内科総合診療を提唱し,そのベースとなるEBMを日本の医療界に浸透させた。『EBM・臨床疫学キーワード150』『内科診断学』(いずれも医学書院)など編著書多数。