医学界新聞

新たな時代の治験の在り方はどう変化するか

寄稿 長嶋 浩貴

2020.06.15



【寄稿】

新たな時代の治験の在り方はどう変化するか
訪問型・バーチャル治験への期待

長嶋 浩貴(東京センタークリニック 臨床研究センター長)


 新型コロナウイルス感染症はいつ収束するのか。今ポストコロナを語ることは拙速かもしれないが,今までの歴史が繰り返してきたように必ず収束するだろう。そのため,収束後に構築され得る新たな時代の医療や治験の形を今から考えることには大きな意味がある。そこで本稿では新たな時代の治験の在り方について,訪問型・バーチャル治験()に焦点を当てて述べたい。

 従来の治験とバーチャル治験の違い(クリックで拡大)
従来の治験の形式では,対面での診察,検査が必要となるなど,頻回な来院が求められるために,来院できない患者の治験からの脱落が起こり得る。その一方,バーチャル治験の場合,ウェアラブルデバイスなどによる遠隔でのバイタルチェック,あるいはオンライン診察を活用することで,治験実施医療機関への受診を必須としない形を作り出す。

日本初の訪問型治験からの学び

 私が訪問型治験に取り組むようになったきっかけは,自身が経験した高齢者対象の治験が中止となった影響が大きい。被験者の認知症が急速に進行したことで治験継続が困難になり,最終的には被験者が介護施設に入所する形で治験中止になったのである。その時に,「訪問診療で実施すれば治験が継続できる」と考えた。一般診療と治験診療に加え訪問診療を行っていた私にとっては当然のアイデアであった。

 しかし,研究開発の現場においては妄想に近い手法であり,実現のためのハードルは数多く存在した。最も高いハードルは,日本では上述のスタイルの治験が未実施だったことである。製薬企業にとって人命にかかわるリスクテイクを避けるコンサバティブな文化は重要であるものの,デジタルトランスフォーメーション(DX),IT,AIの進化を背景に注目される訪問型・バーチャル治験の実施にとってはこの文化が最も大きな障壁になる。そんな中,イーライリリー社に賛同いただき,実施中の治験に途中から訪問型治験を取り入れる研究プロトコルに変更することで,2017年に日本初の訪問型治験が開始された。研究プロトコル変更では以下にまとめた内容を主に行った。

変更内容を含んだ治験実施計画書補遺
 ・特定の治験手順について,実施医療機関外の場所における実施許可申請
 ・治験担当医師と依頼者間における対象患者や治験手順などに関する合意
 ・治験手順を実施可能な人員(適切な指導を受けたスタッフ)による訪問
同意説明文書の改訂
実施手順書の追加
実施医療機関との覚書など

 次に研究プロトコルの内容を検討し, 実施する治験行為を在宅で実施可能な行為と実施不可能な行為に分けた。前者のみの場合をHome Visit(在宅での実施)とし,後者を含む場合は通常のSite Visit(院内での実施)とした。つまり,全ての治験行為の実施を訪問型で実施したわけではなく,一部の治験行為を代替したのである。

 こうして日本初の訪問型治験はスタートした。被験者は息子夫婦と同居する高齢女性だった。私と院内CRC(臨床検査技師もしくは看護師)がクリニックに集合し,業務フローを確認しながら,体重計,心電計,採血検査や採尿検査に必要な医療機器と備品を車に載せ,被験者宅へ向かう。クリニックは治験に必要な配慮がなされており検査を実施しやすい環境であるが,被験者宅はそうではない。どこで採血をするか,採尿後のカップはどこに置くか,心電図検査は被験者が使用するベッドで実施可能かなど,さまざまな確認をしながらの実施になる。訪問型治験初日は,全ての検査を終了するまでに2時間を要した。被験者宅とクリニック間の移動時間を含めると,2人の実施スタッフが半日掛けてたった1人の対応しかできない。効率の悪さは訪問型治験のデメリットである。

 一方で患者や家族の満足度は格段に改善された。医療機関に行かなくても済む,待ち時間がない,実施スタッフとの信頼関係が強くなるなど,まさにPatient Centricityに基づくメリットである。在宅での検査の場合,被験者がリラックスできるため,心電図検査の際に緊張で混入しやすい筋電図を除去できるなどの効果もあり,実施スタッフからも検査がしやすいとの声が多かった。実施に当たってはこうしたメリット,デメリットを考慮して実施されたい。

世界各国における訪問型・バーチャル治験の実情

 訪問型治験は通院可能な生活習慣病の治験での出番はほとんどないかもしれない。しかし希少疾患を対象とした治験ではその役割は大きい。通院困難な中枢神経疾患が対象,実施医療機関は全国で10施設,1施設当たり3人の被験者,というような規模の治験であれば訪問型治験は現実味を帯びてくる。

 日米間では法律の違いもあり単純な比較はできないものの,すでに米国では在宅での実施を含んだプロトコルの治験が数多く実施されている。その他,世界各国ではSymphony社やScience 37社,Medidata社といった技術主導型CROが,プラットフォームを活用した訪問型あるいはバーチャル治験を20試験以上報告している1)。海外で先行する背景の一つに,看護師が実施可能な医療行為の範囲が日本に比較すると格段に広いことがある。

 しかしそうした違いも,オンラインを用いた医師のバーチャル診療のもとで看護師や臨床検査技師が在宅で検査を実施することができれば乗り越えられる課題であると考える。実際,感染拡大予防のため,私たちは人との接触を避け集会が禁じられたことによって,オンライン上での交流を強いられるようになり,オンライン診療やバーチャル,ウェアラブルデバイスなどに対する規制緩和や法整備が急速に進んだ。ポストコロナの新たな時代においては規制緩和や法整備はさらに進みバーチャル治験への期待はより一層高まるだろう。

ウェアラブルデバイスの進歩

 バーチャル治験を実現するためにはウェアラブルデバイスの進歩も重要だ。Apple社のApple Watchや,Fitbit社などが開発を進めるヘルスケアデバイスは,今や医療機器としての使用にも十分耐えられる精度になってきている。米国では心電図モニター,体温,酸素飽和度,血圧など,さまざまな医療情報がウェアラブルデバイスによって遠隔で取得,管理されつつある。治験においてもこれらのデバイスを使用機器としてプロトコルに規定すれば,私が経験した訪問型治験のほとんどの検査は遠隔で実施可能になる。しかしながら日本では,ウェアラブルデバイスを活用した治験はほぼないのが実情である。

 一方で,全てをバーチャルで実施するフルバーチャル治験は現実的ではない。同意取得や採血検査,安全性評価などは対面で実施すべき治験行為に当たるだろう。まだまだ課題は残るものの,オンライン診療+ウェアラブルデバイスによるバーチャル治験は魅力的なコンセプトである。例えば同意取得はSite Visit,採血検査は医師の指示のもと看護師がHome Visit,安全性評価はオンライン診療を用いてVirtual Visitというハイブリッド型の治験であれば現状の規制や法律の範囲内で実施可能であると考える。当院では,ハイブリッド治験の可能性を検証するため,2型糖尿病患者を対象にSite Visit,Home Visit,Virtual Visitを織り交ぜたプロトコルでの臨床研究を実施中である。その成果についてはまた別の機会に報告したい。

 大きな危機を乗り越えた時,価値観が大きく変化することをこれまでに人類は何度も経験してきた。ポストコロナの新たな時代には,以前からの波であったDXと相まって治験は間違いなくバーチャル治験へと変貌するであろう。もちろん,全ての治験が置き換えられるわけではないが,変化は一度始まるとあっという間に一般化することを私たちもよく経験するところである。変化に取り残されないために私たちはしっかりと準備していく必要がある。バーチャル治験の幕開けはすぐそこまで来ているのだ。

参考文献
1)医薬産業政策研究所.“Virtual” Clinical Trial の普及に向けて――Web-based,Site-lessによる臨床試験.政策研ニュース.2018;55:27-31.


ながしま・ひろたか氏
1988年千葉大医学部卒後,東京女子医大学循環器内科入局。岡崎国立共同研究機構生理学研究所(当時),米ハーバード大留学を経て,99年東京女子医大血管研究室長。東京ハートセンター副院長兼臨床薬理研究所長,永寿総合病院柳橋分院副院長兼臨床試験センター長などを経て,2019年より現職。

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