医学界新聞

寄稿

2019.09.23



【寄稿】

外国人看護師の受入れと日本
インドネシア人看護師の帰国とキャリア発展を中心に

平野 裕子(長崎大学生命医科学域 教授)


 グローバル化社会の今日,日本の医療介護現場に外国人のスタッフを見ることも珍しくなくなった。公的な枠組みで日本が医療・介護領域で外国人を雇用することになったのは,経済連携協定(Economic Partnership Agreement;EPA)に基づき,2008年にインドネシアから受入れたのが最初である。その後2009年にはフィリピン,2014年にはベトナムからの看護師の受入れが始まった。これまでに3か国から看護師候補者として計1300人,介護福祉士候補者として計4302人を受入れてきた(2019年1月1日現在)。なお,EPA制度下で入国した看護師・介護福祉士候補者たちは,フィリピンおよびインドネシア人の一部を除き,いずれも母国で3年制以上の看護教育を修了している者である。

EPAに基づく外国人看護師の受入れ

 現在日本では,人材不足の切迫さも相まって,外国人人材をどのようにして確保するか,という点に議論が集中することが多い。このとき「日本は経済大国であり,賃金格差がアジアからの外国人人材を魅了するに足るはずだ」のように経済的なメリットが強調される。しかしながらその議論には,外国人人材の側に日本を選ぶかどうかの選択権があること,すなわち日本は選ばれる側であるという視座がしばしば抜け落ちているのではなかろうか。

 社会学的に言えば,国境を越える労働者の移住は,受入れ国が送り出し国から労働者を引き出す(Pull)力と,送り出し国が労働者を押し出す(Push)力がそろったときに発生する。だがこのPush-Pull要因は,必ずしも賃金格差だけとは限らない。特に,看護師のような専門職においては,外国で仕事をすることが,自分の専門的な知識・技術を伸ばすに足るかどうかという,自身のキャリア発展の機会も重視される1)。このことは,インドネシア人やフィリピン人看護師を対象とした筆者らの先行研究からも裏付けられる2)

 厚労省が公表している「経済連携協定に基づく受入れの枠組」では,一人でも多くの外国人看護師らが日本の看護師国家試験に合格し,その後継続して日本に滞在することが期待されている。そのため,外国人看護師にとっては特に高いハードルである日本語による国家試験さえ通過すれば,在留資格(特定活動)の更新回数に制限なく,事実上半永久的に日本に滞在が可能となる。にもかかわらず,国によっては国家資格取得者の6割が帰国するという現実が存在する()。もしも賃金格差のみが外国人看護師らの渡日理由だとすれば,この状況に説明がつかないのではないだろうか。

 国家試験合格者に占める帰国者/就労者の割合――出身国別職種別比較(2019年1月1日現在,厚労省資料より作成)

インドネシア人看護師たちの帰国理由とは

 筆者らによるインドネシア人看護師帰国者に対する配票調査(註1)によれば,帰国理由(複数回答)は「インドネシアにおいて更なるキャリア発展をめざすため」(67.9%),「インドネシアにおける家族の世話をするため」(57.9%),「インドネシアで結婚生活を送るため」(46.3%)の順であった。一方で,賃金格差を反映した帰国理由を示す「日本で働いて貯金ができたため」(23.2%)の回答は最も少なかった。

 この結果から,インドネシア人看護師らにとって,日本で看護師あるいは介護福祉士として就労したことは,母国におけるキャリア発展のための一つのステップと見なしている者が多いことがわかる。また,離職の背景には,結婚,育児や介護など,日本人看護師と共通した理由があることも明らかになった。その反面,日本とインドネシアの賃金格差は,日本で生活をしながら短期間で貯金ができるほどには大きくないことも推測される。

 また,「インドネシアにおいて更なるキャリア発展をめざすため」との回答に影響する因子を多変量解析で分析したところ,性別,国家試験取得の有無にかかわらず,インドネシアにおける結婚が一つのきっかけになり得ることが考えられた。これは,イスラム教徒の多いインドネシア人看護師の特徴と言えるかもしれない。イスラム教徒は,同じ宗教の信者との結婚を望むケースが多いが,日本ではイスラム教徒を探すことは困難であるために,インドネシアに帰国して結婚相手を探すことのほうがたやすいのだ。

 さらに言えば,宗教のいかんにかかわらず,インドネシア人にとって結婚をして家庭を持つことは,時として出稼ぎ先での収入以上に優先順位が高い可能性がある。したがって,インドネシア人看護師らの日本への定住化を促進するためには,日本で家族と生活できること,すなわち家族帯同を考慮することが不可欠であると言える。

日本での就労経験とインドネシアでのキャリア発展

 では,日本での就労はインドネシア人看護師らのキャリア発展にどのように影響したのだろうか。筆者らによるインドネシア人看護師帰国者らへの個別インタビューによると,日本で看護師の国家資格を取得した者がインドネシアに帰国して,引き続き看護師として働くには高いハードルがあることが明らかになった。それはインドネシアにおける専門職登録証明書(Surat Tanda Registrasi;STR)の取得である。

 インドネシアでは,国内で働く全ての専門職に対して登録制度を課している。看護師に対する本制度は2013年より開始された。これは,研修やセミナー等に参加することにより,5年ごとに25ポイントを取得して登録を更新する制度である。

 EPA看護師の場合,2012年以前にインドネシアで看護師資格を取得し,2013年時点で日本に出国していた人は,インドネシア帰国後に登録しSTRを得ることになる。このとき,日本で看護師として働いていた期間中の研修やセミナーのポイントを,インドネシアでのポイントに換算することが困難であるため,やむなくSTRの取得を断念するケースが指摘されている。

 しかし,上述の通り,STRを取得しなければ,インドネシアで看護師としての業務を行うことができない。すなわち日本で就労したことがかえってインドネシアにおけるキャリア発展を妨げるケースもあることが明らかになった(註2)。これは二国間でWin-Winの関係を保つことを前提とするEPAの目的とも矛盾する。

外国人看護師から選ばれる国になるためには

 看護師は自立性の高い専門職であり,帰国,あるいは第三国に移動してさらにキャリア発展を積む選択もできる。また結婚と仕事を両立する生活者であることも忘れてはならない。したがって,日本に定住しなくとも,日本で一定期間就労した経験が,母国あるいは第三国でのキャリア発展につながるというロードマップを示すことが今後の日本にとって喫緊の課題と言える。このため,看護研修の単位互換を認めるなど,日本の看護技術の高さを国際的にアピールする努力が日本の看護界には必要だろう。

 優秀な外国人看護師を獲得したい国は日本の他にいくらでも存在する。世界に伍して優秀な外国人看護師に選ばれるために,日本は自らの襟を正さなければいけない時期に来ている。

註1 介護福祉士候補者として入国した者,また日本における国家資格を取得していない者も含む。
註2 STRの有効期限が失効しても,研修(有料)に参加することで25ポイントを得ればSTRの再発行は可能である。

参考文献
1)Kingma M.Nurses on the Move:Migration and the Global Health Care Economy. Cornell University Press;2006.
2)Hirano YO, et al. A comparative study of filipino and indonesian candidates for registered nurse and certified care worker coming to Japan under economic partnership agreements:An analysis of the results of questionnaire surveys on the socioeconomic attribution of the respondents and their motivation to work in Japan.Southeast Asian Studies.2012;49(4):594-610.


ひらの・ゆうこ氏
1997年東大大学院医学系研究科博士課程修了。博士(保健学)取得。九大大学院准教授などを経て,2011年より現職。保健医療社会学の観点から,外国人看護師・介護福祉士の国際移動に関する研究に従事する。

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