医学界新聞

寄稿

2019.07.29



【寄稿】

ドナー不足問題を解決する移植医療の最新技術
Ex Vivo Machine Perfusion(MP)

後藤 徹(京都大学肝胆膵・移植外科/University of Toronto,Multi Organ Transplant)


 移植治療は臓器不全に対する唯一の根治療法であり,現在日本では心臓,肺,肝臓,膵臓,腎臓,小腸移植が一般的に行われている。

 筆者の専門とする肝移植において日本は世界有数の術後成績を誇り,肝移植治療は保険適用の標準治療となっている。しかし,肝移植治療を必要とする患者数や,実際の移植数についてはほとんど報道されていない。市田らの統計によれば,日本における肝移植適応患者数の概算は年間2200人である1)。一方2017年度の統計によれば,総肝移植数は年間416例(脳死69例,生体347例)である。ここから,全ての適応患者に移植するには現在の約5倍の手術数が必要となることがわかる。

 「臓器移植法の改正後,脳死移植の数は増えているのではないか」と考える読者もいるだろう。脳死ドナーの数は2010年の臓器移植法施行後に確かに急増したが,近年その数は微増状態で,2018年度の提供数は68例と前年度に比べ減少した。以上からわかることは,「現状の日本の体制のままでは,必要な患者全員に肝移植治療を提供することはできない」という事実である。

 では「海外ではドナー不足は存在しないのか」という点だが,人口100万人当たりの臓器提供者数が日本の40倍以上の米国やスペインでさえ,移植待機リスト患者数に比して圧倒的にドナー数が不足している。しかし近年,欧米諸国では境界臓器の移植によってその数を伸ばしている。

 境界臓器とは,肝臓で言えば脂肪肝ドナー,高齢ドナー,そして死後ドナー等の適応拡大ドナー(Extended Criteria Donor;ECD)から摘出された臓器を指す。これらの臓器は通常の臓器保存法では移植後に臓器機能不全を起こす可能性の高い,言わば“移植禁忌”の臓器である。こうした臓器の移植を可能にした技術が最新技術「Ex Vivo Machine Perfusion(MP)」である。

ドナープール拡大のブレークスルーとなったMP

 まず通常の臓器保存法=単純冷保存法について解説する。脳死ドナーの場合,大血管を遮断してカニュレーションし,冷却した臓器保存液を急速投与した後に臓器を摘出する。摘出した臓器は,レシピエントに移植するまでそのまま氷冷保存(4℃)する(図1)。特殊な臓器保存液の組成と冷却によって臓器の代謝を極力抑える方法である。しかしこの方法では臓器を冷却し続けることによる冷温障害と,移植後に血液が循環することによって炎症が引き起こされる虚血再灌流障害が生じる。ECDグラフトはこれらの障害に対して非常に弱く,術後肝不全を起こす可能性が高い。さらに心停止ドナーグラフトでは死亡宣告(循環停止)から臓器保存液の灌流までに時間がかかるため,臓器は長い時間温阻血状態にさらされる。これによって脳死ドナー臓器よりさらに臓器障害が強くなり,肝臓においては術後晩期に肝内胆管狭窄といった重篤な合併症を引き起こす。

図1 単純冷保存法とEx Vivo Machine Perfusion(MP)(クリックで拡大)

 一方,MPとは摘出した臓器を人工心肺に接続して酸素と栄養を循環させ,“体内と同じ環境”を再現する保存法である。細胞を生かすというメリットに加え,灌流させることによって代謝で発生した老廃物や炎症物質を洗い流すことができる。この灌流保存のメリットは,保存ダメージの軽減,保存時間の延長,灌流中の臓器機能評価,そして臓器機能の向上である。

 実は灌流保存自体は新しい発想ではない。19世紀から研究は始まっており,移植治療が臨床で標準治療となった20世紀には移植前の新規保存法として飛躍的に発展した。1967年,Belzerらは死後ドナーから腎臓を摘出し,17時間の低温灌流保存を行ってから移植した2)。この報告から50年が経過した2018年,英国のNasrallaらが肝移植において恒温灌流群121例と単純冷保存群101例のRCTの結果を発表した。この安全性確認試験ではECDである脂肪肝ドナーと心停止ドナーを含み,移植後成績では恒温灌流群でグラフト障害の軽減,臓器不使用率の低下,早期臓器機能障害の低下を示し,Nature誌に掲載された3)。こうしてMPの臨床応用は,ドナープール拡大のブレークスルーとなった。

欧米での臨床応用と将来展望

 MP機器は各臓器の特性に応じて設計され,世界中で開発および製品化されている。欧州と北米を中心に多くの臨床試験が進行しており,肝臓においては低温灌流と恒温灌流が主流である(図2)。

図2 肝臓におけるMP機器(クリックで拡大)

 低温灌流のメリットはエネルギー保存である。活性酸素を低下させてミトコンドリアを保護し肝細胞内のATP量を維持するとともに,血流再開後の虚血再灌流障害や胆管障害を軽減する。

 恒温灌流のメリットは代謝の維持である。組織はヒト体内と同じ温度で維持されており,臓器機能の検査ができる。これは単純冷保存法では不可能であり,機能測定によって術後臓器不全になる可能性がある臓器を移植前に除外できる。さらに胆管の保護再生が起きることも示され,術後の胆管狭窄防止が期待されている。

 恒温灌流の可能性はこれだけではない。灌流中にはさまざまな薬剤投与が可能であり,例えば脂肪肝の灌流中に脂肪分解を促す薬剤カクテルを投与して脱脂肪化する方法もヒト臓器にて研究されている4)。冷温障害および虚血再灌流障害を全く生じさせない方法も研究されている。中国ではヒトドナー手術の際に臓器保存液の灌流をせずに直接グラフト血管に恒温灌流を接続し,移植時も血管吻合終了まで恒温灌流を稼働することで無虚血での移植を確立した5)

 将来的なビジョンとして,臓器の機能改善が焦点になると考えられる。既に動物モデルで,障害臓器のMP中にStem cellやRNA interference(RNAi),Gene editing drugを投与して機能改善を図る研究は進んでいる。生体肝移植においても,より小さいグラフトを摘出し,MPで大きく培養してから移植するという「ドナーにとってより安全で優しい生体肝移植」に替わるかもしれない。

日本での導入に向けて

 日本では腎および肺において数例のMP使用実績があり,今後臨床試験が計画されている。ただ前述のように欧米・中国では既に大規模な臨床試験が進んでおり,導入は大きく遅れていると言わざるを得ない。

 その原因として,海外施設で大動物実験および臨床試験に携わり,MPのノウハウを熟知した移植外科医が少ないことが挙げられる。北米で固形臓器移植数が最多かつ世界初の臓器灌流センターを目指すトロント大学病院で基礎および臨床研究に携わる私としてはMP,特に肝臓灌流に関して経験を積み,帰国後に技術の普及に尽力することを目標としている。

 MPは臨床応用が始まったばかりの最新技術であり,これから膨大なエビデンスの蓄積と発展が見込まれる分野である。確たる手術技術および治療成績を誇る日本が,ドナー不足問題の解決において“移植後進国”とならないよう,常に国内外の比較,情報交流を行う必要がある。

参考文献
1)市田文弘,他.肝移植適応基準――日本肝移植適応研究会記録.アークメディア;1991.
2)N Engl J Med. 1968[PMID:4866541]
3)Nature.2018[PMID:29670285]
4)Liver Transpl.2019[PMID:30821045]
5)Am J Transplant. 2018[PMID:29127685]


ごとう・とおる氏
2011年秋田大医学部卒。現在,京大肝胆膵・移植外科およびUniversity of Toronto,Multi Organ Transplant所属。学会発表や論文に加え,SNSを用いて移植臓器の体外灌流保存の知識普及,日本での実用化に向けて取り組む。(Twitter ID:雑草外科医 @multitransplant

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