医学界新聞

対談・座談会

2018.11.26



【対談】

看護師の一言が大きく変える
高齢者の薬と生活

秋下 雅弘氏(東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座教授)
長瀬 亜岐氏(大阪大学大学院連合小児発達学研究科行動神経学・神経精神医学寄附講座助教)


 多くの薬を併用する高齢者の増加を背景に,これまで医師・薬剤師が中心だった薬物療法に看護師がかかわることに期待が高まっている。2018年に公表された厚労省「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」1)によれば,看護師の果たす役割は服薬状況の把握や薬物有害事象の早期発見にあるだろう。

 本紙では,長年にわたり高齢者の薬物療法を研究し,同指針の作成にかかわった秋下氏と,急性期病院に入院する多くの高齢者への看護実践を経て,現在は臨床・教育・研究に従事する老人看護専門看護師・診療看護師の長瀬氏の対談を企画。患者の生活をみる看護師の視点が薬物療法において重要な理由が語られた。


秋下 高齢者の薬物療法を研究し始めたのは20年ほど前です。当時,上司だった鳥羽研二先生(現・国立長寿医療研究センター理事長)のもとで外来・入院高齢患者の処方データを調べ,薬物有害事象が多く発生していると知ったことがきっかけでした。以来,医師の目線で薬物有害事象やアドヒアランスの調査を続けています。社会的関心が高まるにつれて学会や講演に呼ばれる機会が増え,高齢者の薬物療法の研究はライフワークになりました。

 長瀬さんは,高齢者の薬物療法に昔から関心があったのですか。

長瀬 はい,と言いたいところですが,学生時代は薬理学が苦手でした。私が看護師の道を選んだ理由は,高齢者に接するのが好きだったからです。

秋下 そうですか。老人看護専門看護師の資格を取得し,前の勤務先では認知症ケアチームの一員だったそうですね。

長瀬 はい。認知症の患者さんと接しながら,多くの臨床経験を積みました。しかし,実践の中で,薬の副作用に起因する入院中のせん妄や,糖尿病治療薬による低血糖での救急受診など,薬が高齢者に悪影響を及ぼした事例にもよく出合いました。薬が原因の有害事象が減らないことに,看護師として何ができるのか,との思いを持って今日に至っています。

減薬ありきではなく,高齢者の生活から見た適正化を

秋下 高齢患者数の増加に伴い,高齢者への処方の適正化に注目が高まっています。中でも,「ポリファーマシー」は数年前から,多剤併用による害という意味で一般に通じる言葉になりました。看護師の立場から,高齢者の薬物療法で「薬が多すぎるのではないか?」と思う場面はありますか。

長瀬 最近では,ADLと嚥下機能が低下しているのに13種類もの内服薬を処方された患者さんが来院して驚きました。他にも,認知症と診断されてずいぶん経った患者さんに多くの薬が処方されていて,全ての薬をきちんと飲めているか疑問を感じたこともあります。

秋下 治療薬のなかった病態に新薬ができたなどの背景から,高齢者へ処方される薬の種類は増加し続けています。しかし,薬の種類が増えるにしたがって薬物有害事象も増加する傾向にあります。6種類以上で薬物有害事象が増加する,5種類以上で転倒リスクが増えるとの報告から,一般には5~6種類以上の薬の併用をポリファーマシーと呼びます2)。副作用を抑えるために,さらに薬が上乗せされる悪循環にも陥りやすくなります。

長瀬 ポリファーマシーの問題は,「高齢者の医薬品適正使用の指針」にも記載されていますね。

秋下 ただし,同指針で注意を促している通り,安直に「多剤併用=悪」と決めつけるべきでないことは強調したいです。同じ薬効でより安全性の高い薬に変えたり,高齢者が使用しやすい剤形を選んだりするのも処方の適正化です。減薬ありきではない視点でとらえたいのが,高齢者の医薬品適正使用です。

長瀬 適正使用の推進に看護師が関与できると秋下先生はお考えですか。

秋下 もちろんです。適正に薬を使うには,実は患者さんの生活のアセスメントに基づく考え方が必要なのです。

長瀬 例えば,糖尿病治療薬なども,1週間に1回使用するタイプの薬が出てきました。確かにその薬単独で見れば使用回数は減るでしょう。しかし,毎日服用の薬を長年併用する患者さんにとっては,週に1回の薬が新たに処方されると,使用を忘れたり,誤って毎日使ってしまったりする事例もあります。

秋下 指摘の通りです。医師が良かれと思って処方しても,患者さんの生活という目線からは不適切な場合があるかもしれません。薬が増える高齢者の薬物療法では特に,患者さんの一番近くで話を聞き,生活のリアルを知る看護師の協力が必要です。

残薬発見を見直しのきっかけに

秋下 具体的に,高齢者の医薬品適正使用に看護師がかかわりやすいのはどんな場面でしょうか。

長瀬 入院時の持参薬の聴取など,薬のこれまでの使用状況を確認する場面です。先日,心血管疾患の既往を持つ認知症患者さんで,狭心症発作の予防に使う硝酸イソソルビドテープを225枚も入院時に持参した事例がありました。入院前の使用状況を確認すると,かかりつけ医で17種類もの薬が処方され,患者さんには薬剤管理が困難だったようです。

 入院時は専門医と連携して処方を見直すチャンスです。患者さんが管理できる範囲内に処方を調整するために,本事例では循環器医など複数の医師と協力しました。1か月後,退院時には,7種類まで処方が減りました。

秋下 看護師が多くの残薬を発見した事例ですね。こんなとき,持参薬でも全ての薬を使用しているとは限らないことに要注意です。入院を機に使用を再開した結果,薬が効きすぎて有害事象に至ることもあります。残薬を見つけたときは,薬を飲ませるよりも,服薬状況の情報収集が重要です。

長瀬 入院時に限らず,外来でも似た例は起こり得ます。使い方がわからなくなったと,数か月分のインスリンの注射筒を抱えてきた認知症患者さんがいました。

秋下 どんな対応をしましたか。

長瀬 家族と共に来院してもらい,薬の管理をお願いするなど,患者さんが薬を正しく使える環境を作りました。

秋下 看護師の気付きが適正使用のきっかけになった好例ですね。

長瀬 緊急入院などに至る前に介入できました。患者さんとの会話などから,処方通りに薬を使用できていないと気付いたタイミングでの介入が重要です。

秋下 認知症の有無にかかわらず,患者さんは処方医に,薬の使用状況を正直に言い...

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