医学界新聞

インタビュー

2018.09.03



【interview】

腎疾患対策は次のステージへ
疾患克服に向け,今すぐ何をすべきか

柏原 直樹氏(川崎医科大学副学長/腎臓・高血圧内科学教授)に聞く


 厚労省「腎疾患対策検討会」(以下,検討会)の報告書が2018年7月に公表された。検討会による報告は2008年以来,10年ぶり2回目となる。今回の報告では,過去10年間の対策の成果を踏まえ,次の10年間にとるべき対策の方向が示された。全体目標として,慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease;CKD)の早期発見・診断,良質で適切な治療の早期実施・継続,重症化予防の徹底,QOLの維持向上が掲げられ,取り組むべき対策の5本柱が提言されている。

 高齢化で今後もCKD患者の増加が予想される中,対策はどう進むのか。検討会座長の柏原直樹氏に,報告書の要点と腎疾患克服への決意を聞いた。


――今年は,前回の検討会報告1)から10年の節目です。

柏原 2008年当時は,米国で2000年代初頭に提唱されたCKDの疾患概念が国内でも注目され始めた頃でした。腎機能異常の重症化防止,新規透析導入患者数の減少,CKDに伴う循環器系疾患の発症抑制を目標に掲げ,CKDの普及啓発や医療提供体制の整備が進められてきました。この10年間の取り組みで,CKDの概念は医療の分野にある程度浸透しました。これからは腎疾患の克服に向け,とるべき対策は次のステージに入ったと言えるでしょう。

 今回の報告書2)では,この10年間の腎疾患をめぐる変化や対策の成果を取りまとめ,次の10年間に行う対策の方向を提言しています。

――この10年間の具体的な成果を教えてください。

柏原 目標であった新規透析導入患者数の減少には至りませんでしたが,ここ10年間は横ばいで推移しています。年齢で補正すると,75歳未満の年齢層においては,新規透析導入率は2008年に比べ減少傾向にあり3),一定の成果がありました。加齢とともに腎機能は低下しますので,高齢化の進展がこの成果を見えにくくしていると言えます。

誰もが世界最高レベルの腎臓医療を享受できる国に

柏原 地域によっては,新規透析導入患者数の減少を達成したところもあります。例えば熊本市は以前,透析導入患者数が全国的に見て特に多い地域でした。2009年からは市を挙げて,市民向けの啓発イベントや健診受診勧奨に取り組み,CKDの認知度向上や新規透析導入患者数の減少(2009年:295人→2016年:243人)などの成果を挙げています。今回の報告書をきっかけに各地の「点」としての活動をつなぎ,「面」にしたいと考えています。

――好事例に学び,全国に展開するにはどのような視点が必要でしょうか。

柏原 全国一様に進めるのではなく,地域の実情に合わせた対策をとらねばなりません。東京のような大都市には腎臓専門医が多くいる一方,地方中小都市や農村では,患者の通える範囲に腎臓専門医がいない場合もあるからです。今後は,大都市型,地方都市型,農村型などのパターンで対策のひな形を作り,各地域の対策を支援します。

――このたびの報告書には,CKDの早期発見・診断,良質で適切な治療の早期実施・継続,重症化予防の徹底,QOLの維持向上が全体目標として掲げられています(表1)。これに込めた意図を教えてください。

表1 腎疾患対策検討会報告書の掲げる目標と対策の5本柱(文献2より抜粋)
対策の全体目標
自覚症状に乏しい慢性腎臓病(CKD)を早期に発見・診断し,良質で適切な治療を早期から実施・継続することにより,CKD重症化予防を徹底するとともに,CKD患者(透析患者及び腎移植患者を含む)のQOLの維持向上を図る。

達成すべき成果目標(KPI)
・地方公共団体は,他の行政機関,企業,学校,家庭等の多くの関係者からの参画を得て,腎疾患の原因となる生活習慣病対策や,糖尿病性腎症重症化予防プログラムの活用等も含め,地域の実情に応じて,本報告書に基づく腎疾患対策に取り組む。
・かかりつけ医,メディカルスタッフ,腎臓専門医療機関等が連携して,CKD患者が早期に適切な診療を受けられるよう,地域におけるCKD診療体制を充実させる。
・2028年までに,年間新規透析導入患者数を35,000人以下に減少させる。(2016年の年間新規透析導入患者数は約39,000人)

対策の5本柱
❶普及啓発,❷地域における医療提供体制の整備,❸診療水準の向上,❹人材育成,❺研究開発の推進

柏原 かつて,腎疾患の完治は難しいというイメージがありました。しかし近年,治療法は飛躍的に進歩しており,早期発見や早期治療の重要性がさらに増しています。

 また,たとえ完治できなくても,うまくコントロールしながら,充実した日々を過ごし,各人の人生の目標を達成できるのであれば,ある意味での疾患克服と言えるでしょう。透析,腎移植患者もCKDに含まれ,透析導入・移植後の患者さんのQOL向上にも注力することを掲げたのも特徴です。

 検討会では,こうした広い意味での疾患克服に向け,今すぐ何をすべきかを主眼に議論を重ねました。そして,まずは今後10年間で,国民の誰もが良質な腎臓医療を享受できる体制を作り上げることが必要と考え,提言しています。

5本柱の対策で新規透析導入患者数の減少を

――達成すべき成果目標(Key Performance Indicator;KPI)として,10年後の2028年までに年間新規透析導入患者数を3万5000人以下へと減少させる具体的な数値が設定されました。2016年の年間新規透析導入患者数は約3万9000人ですから,1割以上減はかなり高い目標ではないでしょうか。

柏原 今後も高齢化が進んでいく中で確かに手ごわい目標ですが,疫学者の意見も聞きながら,ベストを尽くせば達成可能な数として設定しました。

 具体的には❶普及啓発,❷地域における医療提供体制の整備,❸診療水準の向上,❹人材育成,❺研究開発の推進の5本柱で対策を進めます。報告書では5本柱に沿って課題を抽出し,実施すべき取り組みを提言しました。今後は国や関連学会等が各取り組みの評価指標を用いて進捗状況を管理し,目標達成をめざします。

――❶普及啓発の新たな取り組みは何がありますか。

柏原 これまでは各地の活動に任せる部分が大きかったのですが,全国に共通のメッセージを発信するために,パンフレットやポスターなどの統一した資材を国や関連学会で作る予定です。地域ごとに腎疾患対策の中心となる担当者を決め,各地の特性に合わせた活動も展開します。

――どのような人が担当者になるのですか。

柏原 基本的には腎臓専門医が担います。全国を12ブロック(支部)に分けて担当者を置き,さらに都道府県にも担当者を定めます。各地の自治体や医師会などと連携して普及啓発活動を推進し,実施状況の把握や効果の評価を行う司令塔を全国に配置するイメージです。

――❷地域における医療提供体制の整備については,かかりつけ医と専門医の連携がポイントでしょうか。

柏原 はい。腎臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ,自覚症状が出たときには疾患が相当進行しているケースも多いです。したがって,かかりつけ医が検査値の異常にいかに早く気付けるかが重要です。

 また,CKDの多くには生活習慣病が関連しています。まずは血圧や血糖,体重の管理や減塩指導などの一般的な内科診療が中心ですから,紹介・逆紹介や2人主治医制など,かかりつけ医と専門医が連携して診療する体制が必要です。こうした体制整備についても普及啓発と同様,各地の状況をよく理解している担当者を中心に進めます。

――腎疾患について非専門医が心得ておくべきことは何でしょうか。

柏原 CKDは検尿異常などの腎障害を示唆する所見とGFR(日常診療では,血清クレアチニン値と年齢から推算されるeGFRを使用)から診断されます。自覚症状の有無は関係ないことを,ぜひ覚えておいてください。日本腎臓学会のウェブサイトでは「かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準」(表2)を公開しています。これを参考に,生活習慣の改善指導や専門医への紹介などの適切な対処をお願いします。

表2 かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準(文献4より抜粋)(クリックで拡大)

――❸診療水準の向上にはどんな取り組みを予定していますか。

柏原 腎疾患のさまざまな診療ガイドラインがすでに作成されており,多忙なかかりつけ医に混乱を招くとの危惧があります。今後は関連学会が協力して,学会横断的なガイドラインを作成したいと考えています。さらに,患者,メディカルスタッフ,かかりつけ医向けのガイドやパンフレットも作成し,標準治療への理解を広げていきます。

――❹人材育成に関連して,腎臓病療養指導士制度が2018年4月に始まりましたね(本紙3265号に関連記事)。

柏原 これは看護師・保健師,管理栄養士,薬剤師が対象の資格で,保存期CKD患者に対する療養指導を担います。CKDの重症化予防には食事などの生活習慣改善が鍵となりますから,療養指導士には患者の行動変容を促す,根気強く継続したかかわりを期待しています。

――❺研究開発の推進についてはどのような取り組みが進んでいますか。

柏原 腎疾患の研究開発(薬剤,診断法等)にかかわるアカデミア,行政,公的機関,企業のプラットフォームとして「Kidney Research Initiative-Japan(KRI-J)」を構築しました。全ての関係者が課題を共有し,同一の目標に向かうことで,研究開発の加速をめざします。

――報告書には今後推進すべき研究開発の方向としてデータベース活用や再生医療研究なども挙げられています。

柏原 日本腎臓学会ではすでに,「J-CKDデータベース」を構築しています。これは,電子カルテに記載された検査値に基づき,CKDに該当する10万人以上のデータを抽出したものです。このビッグデータを,重症化しやすい患者の特徴分析などに活用していきます。

 再生医療は究極の腎臓病治療として注目しています。すでにネコの腎不全治療では実施例もあり,今後はヒトへの応用も期待されます。

「すそ野」と「高さ」のある美しい山を作りたい

――このたび,柏原先生が理事長を務める日本腎臓病協会が設立されました(関連記事)。協会はどのような役割を担うのですか。

柏原 日本腎臓病協会は,CKDの普及啓発などに取り組んでいた日本慢性腎臓病対策協議会を発展させたもので,4つの事業に取り組みます。今回の報告書で提言した対策の実行部隊の一つに位置付けられます。

 日本腎臓病協会の重要な役割は,腎疾患対策の「すそ野」を日本全国に広げることと考えています。日本腎臓学会などの学会は,これまで学術的な「高み」を追究してきました。しかし,すそ野が広がらなければ大きな山はできません。

――日本腎臓病協会と関連学会などが連携して,腎疾患対策の「山」を作り上げるのですね。

柏原 はい。私の住む中国地方の最高峰,大山(だいせん)のように,美しく雄大な山になることを願っています。

――腎疾患克服への柏原先生の強い決意を感じます。

柏原 10年後,20年後の国民が腎疾患で困らずにすむ社会を作るために,今すぐできることはたくさんあると私は考えています。国や学会は今後,診療体制の整備や研究開発を強力に進めていきますが,私たち医療者一人ひとりにもできることがあるのではないでしょうか。

 病は不条理です。とりわけCKDのような慢性疾患を抱える患者さんは,私たちの想像を超える不安を抱えています。しかし,病気か否かにかかわらず,われわれは等しく同胞であり,誰もがかけがえのない日々を懸命に生きているのです。「病気と闘う患者さんを一人にしない」という決意で診療に臨む。この共通認識のもとで関係者の力を結集し,腎疾患の克服に向かって進んでいきましょう。

(了)

参考文献・URL
1)厚労省.腎疾患対策検討会.今後の腎疾患対策のあり方について.2008.
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000zsyd-att/2r9852000000zszu.pdf
2)厚労省.腎疾患対策検討会.腎疾患対策検討会報告書――腎疾患対策の更なる推進を目指して.2018.
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000332759.pdf
3)若杉三奈子,他.慢性腎臓病(CKD)対策の評価――年齢調整透析導入率は低下したが,透析導入患者数減少は未達成.日腎会誌.2018;60(1):41-9.
4)日本腎臓学会.かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準.2018.
https://www.jsn.or.jp/data/180227-001.pdf


かしはら・なおき氏
1982年岡山大医学部卒。岡山大病院,呉共済病院にて臨床研修。88~90年米ノースウエスタン大に研究留学。帰国後,岡山大講師,助教授を経て,98年より川崎医大教授。2004年より臨床教育研修センター長,07年英オックスフォード大visiting fellow,09年副学長併任。日本腎臓学会理事長,日本腎臓病協会理事長,厚労省腎疾患対策検討会座長。 「60歳を超えても日本全国を旅し,日本地図を作り上げた伊能忠敬のような気持ちで,腎疾患の克服に奔走したい」と語る。

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