医学界新聞

対談・座談会

2018.07.30



【座談会】

ゲノム医学,デジタル病理,人工知能で難治性に立ち向かう
膵胆道病理学の近未来像

福嶋 敬宜氏(自治医科大学病理学講座教授/同附属病院病理診断部長)=司会
Ralph H. Hruban氏(米国ジョンズ・ホプキンス大学病理学主任教授)
Günter Klöppel氏(独キール大学名誉教授/ミュンヘン工科大学病理学コンサルタント)


 ゲノム医学,デジタル病理,人工知能(AI)など,病理学を取り巻く技術革新が進んでいる。多くの情報を統合しながら個々の患者に最適な医療を提供するプレシジョン・メディシンが現実になりつつある今,病理医はどのような役割を果たすべきか。

 2018年3月,難治性の高い癌として知られる膵胆道癌分野の病理学研究者が集う国際学会「膵胆道病理学会(Pancreatobiliary Pathology Society;PBPS)」が最初の公式シンポジウムを開催した。本シンポジウムに参加した福嶋氏が,この分野のトップランナーである米国のHruban氏,ドイツのKlöppel氏らとともに,病理学の今後の展望を議論した。


膵癌はなぜ難治なのか

福嶋 なぜ膵癌の予後は他の癌と比べても非常に悪いのでしょう。

Hruban 完全にはわかりませんが,①診断の遅れ,②化学療法が効きにくい,③線維組織に富んだ間質を伴う,④何らかの遺伝子的要因などが関係しています。ただ,もっと注目すべきと思うのは,早期の静脈侵襲です。静脈侵襲は,小さな膵癌でも必発なほど見られ,直接肝臓に流れ込むのです。これは,他の癌で一般的なリンパ管侵襲との大きな違いではないでしょうか。

福嶋 他の多くの癌腫でも静脈侵襲は見られます。膵癌に何か特徴があるのでしょうか。

Hruban 静脈侵襲は,他の早期癌ではそれほど一般的ではありません。この点で,膵癌は非常に特殊だと思うのです。なぜ膵癌で早期の静脈侵襲が起きやすいかはわかりませんが,この特徴のために膵癌は早期に見つかっても予後が悪い場合があると考えられます。

福嶋 膵癌では,1 cm未満のうちに切除しても予後があまり良くない症例が多いのは事実です。病理医は,膵癌に静脈侵襲像が必発であることをよく知っています。膵癌の難治性を克服する上で,早期の静脈侵襲についてあらためて追究すべきかもしれませんね。

 また,冒頭に挙げられた,線維性間質は癌関連線維芽細胞(CAF)の増生によるとされ,化学療法が効きにくい原因の一つとも言われています。癌細胞とCAFの間に,さまざまな相互作用が存在することも明らかになってきています。さらに,癌による膵臓の機能低下は体全体にダメージをもたらします。これらが複雑に絡み合い,予後を悪くしているのでしょう。

ゲノム医学で膵癌克服の道はひらけるか

福嶋 膵癌では10年以上も前に,KRAS2TP53p16/CDKN2ASMAD4の遺伝子変異という「4つの高い山」が知られています。現在も世界中で膵癌の原因遺伝子を探るゲノム解析が盛んに行われていますが,不思議なことにこの4つの山以上に大きな変異は見つかっていません。今後,さらに高い山が見つかる可能性はあるでしょうか。

Hruban ゲノム医学の進歩に私たち膵癌研究者は夢を膨らませていましたが,これ以上の山が見つかることはないでしょう。膵癌の原因として知られる遺伝子変異のほとんどは従来の解析技術で見つかっていました。素晴らしく強力な次世代シーケンサー(NGS)の出現で,いくつかの重要な「丘」は新たに見いだされましたが,ほとんどは既知の情報の確認に過ぎませんでした。ゲノム医学の進歩で全ての患者に対して最適な個別化治療を提供できるようになると期待していたのに,実際は,標的遺伝子変異が驚くほど少ないことが明らかとなったのです。

Klöppel ゲノム情報と臨床情報の統合で前進できるのではないですか。バイオインフォマティクスによって,ある薬物に反応した患者と同様のシグネチャを持つ患者を探し,より適した治療を行える可能性があるでしょう。

Hruban それには非常に多くの患者のデータが必要です。そして,大規模なデータセットを見るときは,統計的な関連付けを考える必要があります。多くの比較はバイアスのある小さな集団のデータに基づくものだからです。

Klöppel その通りだと思います。治療に反応した患者から始めて,その患者のゲノム情報の特徴を追究するシステム構築を行う必要があります。

福嶋 Hruban先生の素晴らしい功績の一つに,家族性膵癌の登録制度であるNational Familial Pancreas Tumor Registry(NFPTR)の設立があります。1994年ですから,24年も前ですね。

 家族性膵癌は,親子または兄弟・姉妹に2人以上の膵癌患者がいる家系で発症する膵癌のことです。膵癌の5~10%が該当すると言われていますから,その特徴を追究することは,診断や治療法の開発につながる可能性があるでしょう。日本でもNFPTRをモデルにした家族性膵癌登録制度が数年前にようやく始まりました。

Hruban 家族性膵癌について,私たちは非常に恐怖を感じながら闘っています。私はスクリーニング検査の有効性を強く信じてはいますが,患者の命を救えるのか,そして全ての人が受けるべき標準医療であるかに関しての証拠はまだありません。英国の公衆衛生学の権威であるMuir Gray氏が「全てのスクリーニング検査は有害である」1)と書いたことは有名です。スクリーニング検査がうまくいく場合もあるでしょう。しかし,害よりも益が上回るのは限られたスクリーニング検査のみです。したがって,無症候性の個人をスクリーニングすることには注意する必要があります。

福嶋 NFPTRの歴史と蓄積された症例での検討を踏まえた今のHruban先生の話は重要であり,日本で始まった家族性膵癌登録制度への助言でもあると思います。

デジタル病理とAIへの期待

福嶋 病理学の世界が今後どのように展開するのか,またはすべきかについてどう思われますか。

Hruban 楽しみにしていることの一つは,デジタル病理です。スライドスキャナ,計測器,データ保存などのコストは非常に安価になってきていますので,ドアは開かれました。現在,主要な病理学部門には,どこでもスライドスキャナがあり,非常に多くの標本がスキャンされているようです。デジタル化された標本は,教育から臨床病理カンファレンス,研究まで,多くの目的に利用できます。

 ジョンズ・ホプキンス大学では,すでに4000の素晴らしい症例をデジタル標本として保存しています。新たな研修医が来たら,スライドボックスを渡す代わりに,教育用アーカイブスへのアクセス法を教えるだけで良いのです。デジタル化は,人気の標本があるときにも有用です。私の施設には20人以上の膵癌の病理学研究者がおり,今までは人気のプレパラートはいつも貸し出されていました。しかし,一度デジタル化してしまえば,複数の研究者がその標本に同時にアクセスできるので,「標本がどこかにいった」ということはなくなるのです。

福嶋 日本でも多くの施設がスライドスキャナを有しており,遠隔診断への応用も含めさまざまに利用されているとは思います。しかし,日常的な活用となると,まだよちよち歩きの施設が多いでしょう。

Hruban デジタル病理で特にエキサイティングなことは,新たな事実の発見につながるだろうということです。デジタル病理画像と臨床情報を統合すれば,人間の目ではわからない,疾患に関する新たな理解が得られる可能性があります。例えば,免疫マーカーに対するマルチカラー免疫組織化学の評価にAIを用いれば,何らかのパターンを見つけてくれるかもしれません。デジタル病理はビッグデータが持つ威力の鍵を開け,AIによる深層学習は新たな発見をもたらすでしょう。デジタル病理やコンピュテーショナル病理と私たちが呼んでいるのは,意味が広く,とてもエキサイティングなものなのです。

福嶋 アーカイブスを参照したり教育に活用したりするだけでなく,ビッグデータ解析や深層学習などと組み合わせることで,病理学研究の前進にも役立つということですね。

Hruban そうです。病理医として,私たちは臨床検査値から遺伝子配列,そしてデジタル画像まで,全ての種類の巨大なデータセットにアクセスできます。それらの情報が一旦デジタル化されれば,コンピュータは人間よりもうまく解析することができます。これらは,病理学者に置き換わるものではなく,私たちが臨床に提供してきた従来の病理に新たな情報が追加されるということです。

福嶋 Hruban先生はコンピュータ科学の専門家とも共同研究をされているのでしょうか?

Hruban はい。ジョンズ・ホプキンス大学には幸運にも,AIの創始者の一人であるAlan Yuille氏がいます。彼は素晴らしい共同研究者です。私は,AIを膵臓の放射線画像診断に応用する研究チームの一人でもあります。このプロジェクトの最初の1年間は,AIにCTスキャンの正常な膵臓を同定させることに焦点を当てました。その結果はほぼ完璧で,今は異常画像に取り組んでいますが,その結果も同様に素晴らしいものです。

 ゴールは,これを全ての腹部CTスキャン診断と並行して実行することです。膵臓を同定し,膵臓に注意が必要な異常がある場合,放射線科医に警告します。このシステムができれば,治療可能な早期の膵癌は見逃されなくなるでしょう。私たちは早くも次のステップに進み,病理診断へのAI活用に取り掛かっています。

福嶋 AIに関する話は雑誌やテレビで見る機会が増えていますが,実際に身近な人から聞くと,やはり感じ方が違います。

Hruban これらのシステムは,優秀な「副操縦士」を得たようなものです。操縦士である医師を置き換えるものではなく,支えるのです。車の運転中に道路を横切る子どもがいたとしたら,副操縦士が注意を喚起し,あなたはブレーキをかけることができます。

福嶋 なるほど。データのパターン認識力に極めて優れるAIも,少なくとも現時点では自ら思考して行動するわけではありません。操縦士を置き換えるのではなくて「副操縦士」の役割だという例えは,とてもしっくり来ます。

技術革新は病理医を怠惰にするか

Klöppel 私は高齢ですから,これからの展開をこの目で見ることはできないと思いますが,私たち病理医が標本を見て病気について考える前にAIが教えてくれる時代になるでしょうね。

Hruban しかし,そのリスクの一つは,病理医が怠け者になることです。自分の仕事を誰かがチェックしてくれると思えば,少し怠け心が生まれるでしょう。HE標本で詳細に観察することなく,免疫染色パネルをオーダーしたり,単に免疫染色の解釈ばかりになっていたりと。そういった意味ではKlöppel先生は私よりはるかに優れた病理学者です。

Klöppel どうしてですか?

Hruban 私は免疫組織化学マーカーに頼りすぎる怠惰世代(lazy generation)の病理医だからです。

福嶋 私もその世代です(笑)。

Klöppel いや,お二人は私が免疫組織化学とともに生まれた病理医だということを忘れています。そして免疫組織化学とともに私は成長しました。1970年代の終わりから80年代にかけて,免疫組織化学は発展途上の方法だったのです。今のデジタル病理の状況は,これと似ていると思います。

Hruban その当時には,サイトケラチンとビメンチンくらいしかありませんでしたが,今は非常に多くの抗体がありますよ。

Klöppel 私が言いたいのは,免疫組織化学を用いることで,私たちの目が病態認識に関してよりシャープになってきたということです。そして,いくつかの遺伝子変異が形態変化に関連していることも学んできました。私は今度はデジタル病理やAIが,組織学や形態学についてたくさんのことを教えてくれると確信しています。病理組織学とゲノム医学,デジタル技術は一緒に進んでいるのです。

福嶋 歴史は繰り返されるのですね。

患者ケアや情報の統合に拡大する病理医の役割

福嶋 ゲノム医学やデジタル病理,AIの時代において,病理医の役割はどのように変わっていくでしょうか?

Hruban これから,病理医は患者ケアにおいてさらに大きな役割を担うと思います。ゲノム情報,デジタル病理情報,臨床情報を統合して,精密な患者ケアに貢献していくことでしょう。病理医は組織学や,生殖細胞系から血液検査に至るまでの分子異常を理解しており,これらの全てが患者ケアを促進しています。病理医の「操縦士」としての役割がますます増えていくのですから,とてもエキサイティングだと思います。

Klöppel デジタル化した情報を蓄積し,ゲノム情報と組み合わせます。そうして構築したデータバンクによって,5年後あるいは10年後には,ある患者についてのかなり確実な予測ができるようになるでしょう。情報を正確に収集し,病理医が全てを有用な形式で統合することで,患者への適切な医療の基礎になります。

福嶋 膵胆道癌の難治性に対しても,病理所見と臨床情報,画像診断情報,そしてゲノム情報を,デジタル病理,AIを用いて統合させて闘っていくイメージがクリアになりました。これからは,私たちの世代よりもゲノムやデジタルに強い若い世代が活躍していくでしょうから,これまで以上のスピード感で進歩していくような気がします。今回,お二人がお話しくださったことも,遠い将来というより,本当にもうすぐそこに来ているのではないでしょうか。興味深いお話をありがとうございました。

日本の病理医へのメッセージ(PBPS初代代表・Volkan Adsay氏)

Volkan Adsay氏
 新たな検体採取技術の出現などもあり,膵臓/胆道の病理検体は今では日常的に扱うものになりました。また,膵癌の発生率は上昇し,多くの西欧諸国で癌死因の3番目になっています。そして,膵癌の<56ca>胞性前駆病変の特徴が明らかになり,それらが他疾患の検査中に非常に高率(高齢者集団では10%以上)に見つかるようになったため,病理学者がその診断や対処などにおいて重要な役割を果たすようになりました。また,ゲノム解析の時代にもなりました。

 これらの状況を背景に,カナダ・アメリカ病理学会(USCAP)年次総会での10年間の「膵臓ランチョン会議」を経て,それぞれの取り組みを融合させるため,この分野の病理学者により2016年に公式の団体としてPBPSが設立されました。この設立には,日本の多くの専門家が重要な役割を果たしましたし,実際,影響力のある論文は,この分野の日本の専門家との国際共同研究の成果と言えます。PBPSは,これらの努力と機能を公式なものにし,このトピックに関心のある人々にとって,膵胆道病理学に関する新しい発展のパイプとして機能することが大きな目的です。また,外科,放射線腫瘍学,腫瘍学,膵臓学,消化器学,放射線学など他の分野の学会などとの連携も図り,この分野における最先端の発見を集め,これらを地域社会に伝え,新世代の膵臓病専門家のための教育ツールを開発することや,国際共同研究を促進することも念頭に置いています。PBPSの成功は,日本の病理学者やさまざまな分野の専門家たちの参加と支援に大きく支えられていると言えます。


座談会を終えて(福嶋敬宜氏)

 Hruban先生,Klöppel先生は,著名な病理学研究者というだけでなく,日本の臨床家にもファンが多く,また親日家としても知られています。今,この消化器分野で国際的な交流や共同研究が比較的盛んに行われていることも,お二人のリーダーシップによるところが大きいと感じています。PBPSのシンポジウムと時を同じくして,日本でも日本膵胆道病理研究会が再構築され再出発しましたので,今後も国内,国外問わず,病理と臨床やさまざまな基礎研究者との交流がより盛んになることを期待しています。

 本紙への掲載に際しては,約1時間にわたる会話の中から,膵胆道病理に関することだけでなく,広く病理学や対癌診療にかかわる内容を中心に構成しました。一人でも多くの読者に楽しんでもらえればうれしく思います。

(了)

参考文献
1)BMJ. 2008[PMID:18310003]


ふくしま・のりよし氏
1990年宮崎医大卒。国立がんセンター中央病院医員,米ジョンズ・ホプキンス大研究員,東大大学院准教授などを経て,2009年より現職。WHO消化器腫瘍分類委員,日本膵臓学会膵癌取扱い規約委員,PBPS委員,日本膵胆道病理研究会副代表。編著書に『臨床に活かす病理診断学――消化管・肝胆膵編(第3版)』(医学書院)など。

Ralph H. Hruban氏
1985年米ジョンズ・ホプキンス大卒。同大病院レジデント,米スローンケタリング記念癌研究センターフェロー,米ジョンズ・ホプキンス大チーフレジデント,講師,准教授などを経て,99年より現職。2005年から米ソル・ゴールドマン膵癌研究センター長併任。WHO消化器腫瘍分類委員,PBPS執行委員。

Günter Klöppel氏
1970年独ハンブルグ大卒。同大レジデント,講師を経て,81年同大准教授,87年ベルギーブリュッセル自由大教授,95年独キール大教授,2009年より現職。独病理学会長,欧州病理学会長を歴任。WHO消化器腫瘍分類委員,PBPS執行委員。

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