医学界新聞

寄稿

2018.02.19



【寄稿】

デジタルパソロジーの新局面
世界に通用する「次世代型病理医」育成へ

福岡 順也(長崎大学大学院病理学教授/長崎病理医育成・診断センター(NEDCP)センター長)


WSI技術でデジタルパソロジー本格始動へ

 デジタルパソロジーとは,スライドガラス標本をデジタル画像化することである。近年,Googleマップのように,スライドガラスを高倍率にてスキャンし,つなぎ合わせた画像を一つのファイルとして扱うWhole Slide Image(WSI,バーチャルスライドとも呼ばれる)技術が確立し,デジタルパソロジーは新たなステージに入った。加えて,2017年12月にフィリップス社のWSIシステムが病理診断補助を目的とした医療機器として薬事承認を取得したことにより,日本の病理学に変革が訪れているといえよう。欧州に遅れること3年,WSIシステムによる病理診断がようやく日本でも動き出す。

 病理画像をデジタル化するだけで一体何が変化するのだろう? クローズドな空間である顕微鏡の世界を抜け,WSI画像をPCモニター上で観察することで,今まで困難だったさまざまな機能を獲得することができる。例えば,インターネット環境とPCモニターさえあれば複数箇所で同じ情報を共有できるようになり,合同カンファレンスを実施することが容易となった。また,矢印などを画像上に描き込むこと(アノテーション)が可能なため,診断に至る経緯やその根拠を,誤解を生むことなく伝えることができるようになった。さらに,症例の蓄積と検索,遠隔地にいる病理医へのコンサルトなども劇的に簡便化された。

デジタルパソロジーで育む「次世代型病理医」

 現在,病理診断は癌か否かの単純な判定だけでなく,治療方法を選択するためのものへと複雑化してきている。2000年頃から登場した分子標的薬による半個別化医療を経て,現在の医療は網羅的分子解析に基づく個別化医療へとシフトしつつある。こうした中,病理医には組織診断や細胞診に加え,高い精度の分子生物学的アプローチの実施や評価技術の習得が求められている。さらに今後は,次世代シーケンサーなどによるゲノム情報や,人工知能(AI)などを用いた画像情報などのビッグデータを解析する高度な技術をマスターする必要もあるだろう。

 一方で病理医の高齢化と不足は深刻な問題であり,将来の病理学を取り巻く環境は楽観視できない。そんな背景のためか,よく「将来,病理医の仕事はAIに取って代わられるのでは?」と質問されることがある。私は病理医の未来は明るいと思っているが,そのためには,今後クリアすべき重要な条件がいくつかあるとも考えている。それは,

1)デジタルパソロジーやインフォマティクスの知識を有する病理医の育成
2)病理学的研究とイノベーションの活性化
3)患者や臨床医のニーズに応える高い診断水準を有する病理医の育成

などである。つまり,キモは「次世代型病理医」の育成なのだ。

 こうした観点から,長崎大では長崎県から助成を受け「長崎病理医育成・診断センター(NEDCP)」を発足し,次世代型病理医育成に向けたさまざまな取り組みを行っている。まず,教授や教員を増員し,離島など地域医療への貢献と若手病理医を育成する教育の充足を図った。また,専門領域の異なる複数の指導医と豊富で優れた症例が高水準の病理医育成には必須との観点から,県を超えたネットワークを構築している。2018年1月より亀田総合病院と連携して遠隔病理育成センターを立ち上げ,教育研究プロジェクト拠点を亀田総合病院に設置した。また,兵庫県立淡路医療センターや愛知県のはるひ呼吸器病院などとインターネット上にバーチャルラボ環境を作り上げ,診断や教育を協力して行っている。

 今後ネットワークは,米オハイオ州立大(OSU)やロシア鉄道病院へと広がっていくことが予定されており,インターネット上のクローズド空間にて臨床,病理のデータを共有する「バーチャルビッグラボ」が構築されていく()。これにより,国内のエキスパートに加え,OSUに所属する35人のエキスパートとも意見交換が可能となり,全領域における専門知識の共有が実現される。ウェブ会議システムやクラウドデータベースを利用して毎日実施される,距離を超えたディスカッションは,極めて高い教育効果を有し,学生や若手医師の研修マテリアルのコアとなっている(写真)。

 長崎大が進める,病理バーチャルビッグラボ構想

写真 WSI画像を見ながら進めるウェブ会議の様子

どうやって導入する?

 今後,デジタルパソロジーによる診断が普及すると,病理診断は時間と空間を超えることが可能となる。それにより,病理医の職場はオンサイトとリモートサイトに二分化されるであろう。遠隔診断を掲げた病理クリニックの開業も増えることが予想される。画像解析ツールが充実し,診断のスピードがさらに改善すれば,病理のデジタル化は一気に進むであろう。また,AIの活用も進めば,病理診断はAIのはじき出す確率的診断や参考値などを見て総合的な判断を下すように変化するかもしれない。ただし,これらはデジタルパソロジーを導入して初めて可能となることで,スライドガラスと顕微鏡による病理診断に固執する場合,メリットを得ることはできない。

 では,デジタルパソロジーを導入するには具体的にどうすればよいのか? 施設により状況は大きく異なるが,最も重要なのは,導入と診断をサポートする病理医とのコンタクトであろう。デジタル化を推進できる病理医とのコラボなしにアナログからデジタルへとワークフローを変えることは困難といえる。どういった装置を購入すればよいのか? 現時点において,医療機器として承認されているものはフィリップス社製のスキャナのみであり,その導入以外に推奨できるものはないが,今後,他の企業も順次承認を取得すると予想される。状況は,各ベンダーに問い合わせされたい。

 加えて必要となるのは,病理標本作製技術の確保,電子カルテや検査情報システムなどとの連携,通信コストやデータストレージコストの計上,機材トラブル時のバックアップの構築,免疫染色や術中迅速診断など異なるワークフローへの対応方法の確保などであろう。これらのコストを考慮すると,デジタル管理加算など新たな診療報酬の整備が強く望まれる。

 今後,デジタルパソロジーを含め,イノベーションの波が医療界にやってくる。これらに飲み込まれるのではなく,利用して将来の発展につなげるビジョンを育むことが医療者には要求されるであろう。


ふくおか・じゅんや氏
1995年滋賀医大卒。米Mayo Clinic,米国立衛生研究所(NIH),米軍病理研究所(AFIP)富山大などを経て,2012年より長崎大大学院医歯薬学総合研究科教授。15年より同大熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授,長崎病理医育成・診断センター(NEDCP)センター長,17年より亀田総合病院臨床病理科特任包括部長を兼任。

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