臨床試験への患者・市民参画「PPI」(武藤香織)
寄稿
2015.07.06
【寄稿】
臨床試験への患者・市民参画「PPI」日本における取り組み
武藤 香織(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター教授)
世界で広がる臨床試験への患者・市民参画
臨床試験の実施にあたって,患者の意見を反映させる取り組みをPPI(patient and public involvement;患者・市民参画)と呼ぶ(註1)。
PPIの実践は多様で,患者による研究計画への意見陳述,患者からみたアウトカムの設定,研究者と協働した被験候補者向け情報の発信などの大掛かりなものから,患者からの意見を取り入れるために講演会や成果発表会を工夫して意見収集するといったすぐにでも取り組めそうなことも含まれる。
PPIの効果として,主に以下の4つが報告されている。
1)被験上,患者にとっては困難や不利益を感じ,被験拒否の要因ともなり得る問題点について,研究デザインの段階で計画の変更を促せる
2)研究者と患者コミュニティの信頼関係が強化され,研究開発のパートナーとして良好な関係を育める
3)患者が「研究」と「治療」が持つ目的の違いを混同する「治療との誤解」(therapeutic misconception)の防止に寄与する
4)PPIが積み重なることで,臨床試験に対する社会的理解が向上する
英国では2000年代半ばごろから,一部の研究を対象に,研究立案段階から研究終了までの過程において,患者の意見を反映させることが強く推奨されており,米国や豪州,カナダでも同様の動きが進んできた。
iPS細胞臨床試験において日本でのPPIを試行
日本では,90年代後半から,患者団体が主体になって臨床試験計画に関与しようとする自主的な取り組み(反対運動も含む)の記録があるが,これを政府による臨床試験の規制・促進の取り組みに取り込もうという動きはみられていない。
2012年に文科省・厚労省が示した「臨床研究・治験活性化5か年計画2012」とそのアクションプランで,「治験依頼者,医療機関側と国民・患者側との双方向の対話を推進する」こと,「製薬団体,医療機器団体,医学関連学会等は患者会との意見交換の場を設けることなどにより,患者の臨床研究・治験に関する理解が進むように努める」ことがうたわれたが,その意図は「患者に臨床研究・治験の意義を理解“させる”」という一方的なものであって,患者を研究開発のパートナーとして巻き込み,意見陳述の機会を与えるPPIとは,理念を異にしていた。
そのような中,2014年に世界初のiPS細胞を利用した治療の臨床研究が開始されることになった。iPS細胞を利用した治療の臨床研究は,極めて実験的な段階にあり,安全性や有効性の評価もその手法を含めて未知の部分が多い。どのような被験者を対象とすべきかについても熟慮が必要である。だが,患者をはじめとする社会からの期待が高く,社会全体で「治療との誤解」が深刻化しかねない。そのため,筆者はこれが日本でPPIを本格的に試行する契機になると考えた。こうした研究では,研究計画の立案段階から患者にも議論に参加してもらう必要があり,未知のリスクの存在を患者と共有し,試験の実施について議論を深めることが必要である。
そこで,筆者らはiPS細胞を用いた網膜色素変性症治療の研究に取り組む高橋政代氏(理化研),同じくスティーブンス・ジョンソン症候群治療の研究に取り組む西田幸二氏(阪大)と,それぞれの患者団体との対話の機会の実現を支援した(表1)。
表1 iPS細胞臨床試験でのPPI当日の流れ |
患者・研究者双方に新たな認識が生まれる
PPIにはそれぞれ目標が設定されるが,筆者が関与したPPIは,グループ討論から出てくる,患者の視点からみた意見や要望を研究者に伝え...
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