医学界新聞


新連載「レジデントのための栄養塾」オリエンテーション

対談・座談会

2007.07.09

 

【座談会】

新連載「レジデントのための栄養塾」オリエンテーション
25歳からの栄養塾
大谷順氏(公立雲南総合病院外科部長)
加藤章信氏(盛岡市立病院長/岩手医科大学客員教授)
大村健二氏=司会(金沢大学医学部附属病院 内分泌・総合外科長)
岡田晋吾氏(北美原クリニック理事長/函館五稜郭病院客員診療部長)


 NST(栄養サポートチーム)の爆発的な普及とともに,日本では軽視されてきた臨床栄養の重要性が認識されつつある。入院患者の実に半数近くが栄養不良とも言われており,研修医にとって栄養管理は重要な役割だ。

 弊紙では,新連載「レジデントのための栄養塾」の開塾にあたり,4名の執筆陣による座談会を企画。教育体制の問題点にはじまり,病棟業務を担う研修医への期待,果ては自らの“心に残る症例”体験にまで話が及んだ。


大学でも臨床でも教わらない栄養の正しい知識

大村 日本の卒前教育で栄養学が軽視されていることは,教科書を見ても明らかです。先日アメリカのある外科学の教科書を読んでみたところ,全2200ページのうち,三大栄養素の代謝や電解質異常など栄養療法に関する事柄が75ページにわたって詳しく記載されていました。一方,日本のある教科書では,820ページ中わずか5ページで略述されているのみでした。日米の臨床医学教育では,栄養学の重要性についてこれだけ意識の差があるのです。したがってわが国では,不十分な栄養学の知識しか持たずに,初期臨床研修を始めることになります。

加藤 たしかに栄養に関する卒前教育はきわめて少ないです。そして臨床においても,指導医側が栄養に明るくない場合があります。例えば消化器内科ならば,肝硬変のように低栄養に陥りやすい病態があるのですが,入院時にはそれまでの低栄養状態が続いているので,指導医も研修医も低栄養であることに驚かない。当たり前と思っているところがあります。実際には,肝硬変の栄養管理については欧米や国内のガイドラインがあるのですが,なかなか介入に至らないのが現実です。

大谷 私は市中病院でこの10年来,10名以上の研修医を指導していますが,栄養管理のガイドラインがあることを教えても,実際にそれを購入し,手にとって読んだ研修医は,1人しかいません。多くの研修医は栄養管理にまで手がまわらず,研修病院で習慣的に行われている栄養管理をそのまま受け継いでいるのだろうと思います。それでも,適切な栄養管理の効果を実感することによって,栄養管理,特に経腸栄養の重要性を少しずつ理解してもらえるように努めています。

岡田 自分自身のことを考えても,研修医の頃は栄養のことは何もわからなかったですね。ただ,当時は高カロリー輸液のセットがなかったので,水分やナトリウム,カロリーを計算して,自分たちでつくっていました。いまの研修医には想像もつかないでしょうが,これが外科系研修医の毎日の役目でした。しかし,そういった知識は10年も経つと忘れてしまって,栄養のセミナーに参加する指導医の方々は「目からウロコだ」と言われます。ですから今後大事なのは,正しい知識をいかに普及していくかでしょう。

大村 たしかに研修医だけでなく,指導医が正しい知識を持っているか疑問に感じることがあります。高カロリー輸液の基本液や病態別のアミノ酸製剤が市販され,適切に使用すれば便利になりました。一方,例えば腎不全症例に個々の病期を考慮せず,一律に腎不全用の高カロリー輸液基本液とアミノ酸製剤が使用されていることはよくあります。また,先輩が「腎不全症例には脂肪乳剤を使うな」と言ったから脂肪乳剤を腎不全患者にいっさい用いないという医師もいます()。残念ながら,こうした間違った栄養管理があちこちで行われているのが現状です。

 このように,栄養学の軽視は卒前教育だけでなく臨床の現場にも引き継がれています。これでは,正しい栄養管理の恩恵を受ける機会を患者さんから奪うことになります。さらに,不適切な輸液の施行で代謝が乱れると,生命の維持が困難になることすらあるのです。そのような危険性について,十分認知されているとは思えないですね。

初期治療だけでなく解除のタイミングまで考える

加藤 栄養管理が重要であることはそのとおりですが,内科と外科で事情が少し違うとも感じます。外科の場合は,手術後から回復までの一定期間におけるアプローチとして栄養管理があり,それが手術の結果として直接的につながります。ですから,栄養面のアプローチが厳密に行われていると,私ども内科医は見ています。一方で内科の場合は――救急外来は除きますが,慢性疾患で入院してくる場合や,消化管出血のように治療が短期間で済む場合が多いので,栄養面からのアプローチは弱くなる面がありました。

 しかしこれもやはり,情報不足が原因です。岩手医大の医師には栄養のセミナーに参加してもらっていますが,先ほどのお話にあったように「目からウロコだ」となります。正しい情報を得ると,内科医も関心を持ちます。岩手医大では現在,肝癌症例に対する積極的な栄養アプローチに取り組んでいます。肝癌は異所再発の割合が高く,繰り返しの治療が必要です。栄養状態を改善し肝病態の悪化進展が抑制され,結果として繰り返しの治療の必要な肝癌症例に十分な対応ができつつあります。また,栄養状態の改善が患者さんのQOL改善につながることもわかってきました。いまやっと,内科医が栄養に関心を持つ時代になってきました。

大村 私は以前,次のような肝硬変の患者さんがいることを知りました。その方は肝細胞癌がみつかり,RT療法を施行する前に腹水をコントロールする目的で利尿剤が投与されました。しかし,その効果が過剰に現れてしまい脱水状態に陥ったのです。その結果,循環血液量の低下から肝血流が減少したためと思われる肝性脳症が出現しました。ただちに肝不全用アミノ酸製剤の投与と適切な電解質輸液が施行され,肝性脳症は1日で改善しました。そこまではよかったのですが,患者さんはその後2週間も肝不全用のアミノ酸製剤の投与と蛋白制限食を出され,さらには床上安静を指示されたのです。

 腎疾患についても同様の患者さんをよくみかけます。ある患者さんは,入院当初に0.6g/kg/日の蛋白制限が指示され,腎機能が改善したあとも蛋白制限が延々と継続されていました。0.6g/kg/日という蛋白投与量は,人体の恒常性を保つ最低限のものと考えてよいでしょう。腎機能の推移をみながら,改善する可能性がある患者さんについては常に蛋白制限を緩めるタイミングを計るべきです。結局,その患者さんは褥瘡を形成してから私たちNSTに栄養管理が依頼されました。NSTの提案は蛋白制限の解除でしたが,主治医を説得するのに少々時間がかかりました。専門医であるという「面子」があるのでしょう。

 内科の教科書を読むと,臓器に機能障害を認めた場合の初期治療としての栄養療法については簡潔に記述されています。しかし,栄養素の制限などをどの段階で解除するかに関する記載はありません。前述した患者さんでは,研修医が上級医からの指示を漫然と続けていたのです。上級医も,蛋白制限解除のタイミングをわかっていなかったのではないでしょうか。

大谷 いまは病態別の栄養剤が豊富にあって使いやすいのですが,いったん使い始めると,「やめた時にまた病状が悪化するのではないか」と思い込んで,かえってインバランスの栄養療法を継続してしまう傾向があります。特に若い医師にそのような傾向があると思います。

 これは「抗生剤をいつ終了するか」という問題と同じではないでしょうか。感染症の専門家は「必ずしもCRPの数値が下がるまで待つ必要はない」と言います。客観的なデータを参考にしたうえで,患者の状態や自覚症状を含めて総合的に判断すればいいという考えではないかと思います。しかし,経験が浅い医師は客観的なデータばかり見て,主観的評価も含めた総合的な判断は,なかなかできないものです。栄養に関しても,方針転換や解除のメルクマールを,主観的なデータも含めて教えていく必要があると思います。

岡田 それには,毎日の必要エネルギー量や水分量をしっかり把握しながら患者さんを診ることが基本ですね。私は往診もしているのですが,在宅ではほとんど検査ができません。ですから,検査データだけでなく,患者さんの肌の色つやや活気を重視しています。そして院内でこうした評価ができるのは,看護師とともに毎日病棟で患者さんを診ている研修医ではないでしょうか。

研修医だからこそできること

大村 金沢大学ではこれまでに,医学部生や研修医から自主的にNSTのカンファレンスとラウンドに参加したいという希望がありました。卒前・卒後の教育はまだ不十分だとはいえ,若い人たちの臨床栄養学に対する関心が高まっているのは確かで,頼もしいことです。栄養管理において,研修医にはどんなことを望みますか。

加藤 忙しい中でも,頻回に患者さんを回診する機会を持ってほしいですね。自分自身の経験を振り返ると,昼食時の回診がとても役立ちました。別に回診時に聴診器をあてる必要はありません。食事摂取のアセスメントは内科でも“基本中の基本”で,患者さんの食事の様子を知ることで,個別対応につながっていきます。それをきっかけに栄養に興味を持つこともあると思います。

大谷 私が研修医に求めるミニマム・リクワイアメントも,まず患者さんを診て,アセスメントをすることです。アセスメントは,身長や体重といった客観的データだけではありません。岡田先生がおっしゃったような主観的なデータ――肌の色つやや活気,さらには家庭での活動状況や食事の摂取状況まで含みます。そこまで理解してないと,患者さんの生活活動強度や疾患によるストレスに見合ったカロリー,蛋白量が出てきません。

 次に患者さんに見合った栄養療法をプラニングし,その後は効果を評価します。ここでも,客観的データだけでは不十分です。急性期は別として,日頃よく診る高齢者は慢性的な栄養不良が多いですから,それほどドラマティックに変わるわけではありません。毎日顔を見にいって,「先週と顔色や肌のツヤが違うな」というところから評価する基本姿勢を身につけてほしいと思います。

岡田 私が強調したいのは,栄養状態の不良を1つの疾患として捉えて原因を探る必要があるということです。まずは,脳梗塞や胃癌といった原疾患によって栄養状態が悪くなる場合がある。それに加えて,摂食・嚥下の機能や環境(社会環境・家族環境・経済的環境)も原因となります。そしてもう1つ,患者さんの生活嗜好によって栄養状態がつくられます。

 栄養状態の不良を1つの疾患として捉えれば,犯罪捜査ではないですが,これら4つの要因(原疾患,摂食・嚥下,環境,嗜好)をプロファイリングしながら,栄養不良の原因を考えます。ベテラン医師で“疾患のプロ”のようになってしまうと,「歯が痛いぐらいは我慢してほしい」などと考えてしまいます。しかし歯が痛いだけで高齢者は栄養不良に陥りますし,歯科にかかれば栄養状態が改善する人がけっこういます。栄養不良の原因をプロファイリングして改善につなげていくのは,研修医にとってもやりがいのある,楽しい仕事ではないでしょうか。

大村 患者をしっかり診て,治療をし,さらにその効果について評価をする。これは医療の原点ですね。

 当院でNST活動を始める際,新しい仕事が増えるということで,実は看護師さんが乗り気ではありませんでした。ところが,患者さんをいちばんみているのは看護師なので,適切な栄養管理の効果もすぐに実感したのですね。例えば,3か月も脂肪乳剤がまったく投与されなかった患者さんは,脂肪乳剤投与後2週間ほど経つと多くの所見が改善します。そんな患者さんのひとりにNSTが回診に行った時,「○○さん,肌がつやつやになりました」と看護師さんが嬉しそうに話したことを鮮烈に覚えています。そんなことの積み重ねで,当院の看護師さんは栄養管理の重要性を認識し,NST活動に積極的に参加するようになりました。

 研修医も,患者さんと長い時間接することができます。これはある意味幸せなことと言えるでしょう。上級医になるにつれさまざまな他の仕事が増えて,研修医ほど病棟にいることができません。研修医時代にはこのメリットを遺憾なく活かしてほしいと期待しています。

25歳からの勉強法

大村 栄養に関する卒前教育は乏しいですし,臨床で先輩の言うことを鵜呑みにするのも少々危ういと言わざるを得ません。研修医はどのように正しい知識を身につけていけばいいでしょうか。

 私自身は,幸いなことに1冊の良書に出会いました。それを麻酔科ローテート中に読みきって,研修1年目で代謝・栄養・輸液に関するおおまかな知識が頭に入りました。その知識がいまでも活きています。

大谷 私も,恩師の曽田先生から「これだけは読んでおけ」と,1冊の教科書を勧められました。難しかったのですがなんとか読んで,それで栄養に関するシステマティックな知識が得られ,動機づけもできました。

加藤 いまは栄養に関する本はずいぶん出ているので,自分で手にとってわかりやすいと思うものを選んで読むことですね。

大村 私はいつも「分厚い本を3分の1読むよりは,読みやすくてそう厚くない本を1冊読んだほうがいい」と後輩に助言...

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