新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
医薬品開発の未来を担うスタートアップ・エコシステム/米国バイオテク市場の近況
寄稿 渡部 俊也,布施 紳一郎
2025.01.14 医学界新聞:第3569号より
医薬品開発の未来を担うスタートアップ・エコシステム
アカデミア発のシーズ,スタートアップが担う医薬品が主要品目中の8割を超えるというデータからも明らかなように,アカデミアとスタートアップが医薬品開発において果たす役割は近年極めて大きくなっている。政策的な観点からは,これらのスタートアップが生まれ発展するメカニズム,つまりスタートアップ・エコシステムの理解が欠かせない。
エコシステムとは言うまでもなく生物学の用語であり,食物連鎖などの生物間の相互関係と,それを取り巻く環境の間の相互関係を指す。スタートアップも同様,スターサイエンティストや支援者,支援専門家,投資家などが取り囲む中で多くのスタートアップが生まれ発展する姿が見られる。これらの相互作用は,創業初期においては対面での関係性の構築が重要であるため,結果的に米ボストンのケンブリッジのような狭い地域に集中して発展する傾向がある。もちろん創薬に関しては政府の役割やCRO(医薬品開発業務受託機関),CDMO(医薬品開発・製造受託機関)などの専門機関の役割も重要で,これらもエコシステムの一翼を担う。
同時に,スタートアップを買収する大企業の役割も極めて大きい。最近はVC(ベンチャーキャピタル)が研究者と一緒に会社を立ち上げるカンパニークリエーションも盛んになっているが,この場合も最終的なIPO(新規株式公開)やM&Aなどの出口戦略を見越して,当初から大企業とのパートナリングが行われることも少なくない。これらが総じてうまく機能したとき,初めて医薬品開発を担うスタートアップが次々と生まれるエコシステムとなる。
しかし,このようなエコシステムはある程度の規模がないと機能しない。そもそもスタートアップの成功確率は10%未満であり,その大半は失敗する。それは会社としての失敗であるものの,「肥やし」になる。リスクの高い挑戦に伴う貴重な経験を持った人材が他のスタートアップに供給されることで,次の挑戦を成功に導くことにつながる。このような循環によってエコシステム全体の収支が均衡する。成功確率の低い,また通常の人材管理に困難を来す「大企業にはなじまないリスクの高い挑戦」を可能にするは,失敗しても「次の会社に行ける」ことが重要で,それにはある程度の規模のエコシステムが必要となる。
さて,このような観点から日本のスタートアップ・エコシステムの現状を見れば,創業数やIPOも増加しており,黎明期から世界に伍する成長期に移行できるかどうかの重要な局面に差しかかっている。直面している課題としては以下の3点を挙げたい。
❶エコシステムを支える環境整備:医薬品開発を担うウエットラボ環境の整ったインキュベーション施設がアカデミア研究者のそばにある環境が,ディープテックスタートアップ創出につながる。特に都心大学近傍では圧倒的に不足している。
❷多様な人材を供給できるエコシステム:スタートアップの経営チームの多様性はその後の発展を大きく左右する。エコシステムが国内外の多様な人材を供給できることが重要であり,特に海外のエコシステムとの接続によってグローバル人材を呼び込むことが重要となる。
❸エコシステムの発展を担う境界融合領域の人材獲得と育成:新規モダリティの医薬品開発やAI創薬など,多くの領域にまたがる研究開発が必要な分野を支えるための境界融合領域の研究者や事業化人材の獲得や育成が必要である。
これら以外にも,そもそも米国と比べればスタートアップ投資資金は桁違いに少ないなど,多くの課題がある。他方,明るい兆しとして,2023年にボストンのモデルナ社が最初に買収したのは,東京大学のキャンパス内に創業したオリシロジェノミクス社であった。わが国のスタートアップ・エコシステムがグローバルな存在感を示し,海外資金を獲得できるきっかけになるものと期待される。さらに海外VCの日本進出や,VCによるカンパニークリエーションの試みも始まっている。2024年度から文部科学省による「スタートアップ・エコシステム共創プログラム」という試みも始まる。2025年が医薬品開発を担うスタートアップ・エコシステムの本格的発展ステージ元年となることを期待したい。

渡部 俊也(わたなべ・としや)氏 東京大学未来ビジョン研究センター 教授 / 東京科学大学研究イノベーション本部 教授
1984年東工大大学院無機材料工学専攻修士課程修了,94年同大大学院無機材料工学専攻博士課程修了。博士(工学)。民間企業勤務を経て,98年東大先端科学技術研究センター情報機能材料客員教授,2001年より同センター教授。また一般社団法人日本知財学会理事(会長),内閣府知的財産戦略本部員および構想委員会座長,重要経済安保情報保護活用諮問会議座長,AI事業者ガイドライン検討会座長,グレーターバイオコミュニティ副会長,スタートアップ・エコシステム全国ネットワーク構築支援事業における戦略会議座長などを兼任。
米国バイオテク市場の近況
2021年から不況が続いていた米国のバイオテク市場だが,2024年下半期に入り,ようやく復調の兆しが見え始めている。この傾向は,NASDAQ市場におけるXBI指標,IPO(新規株式公開)数,VC(ベンチャーキャピタル)の投資額など,さまざまなデータにより示されている。過去15年間を振り返ると,バイオテク市場がリーマンショックから復活し始めたのは2013年あたり。そこから2020年までは順調な回復を見せた。そして2020年,コロナ・パンデミックにおけるmRNAワクチンの貢献により,画期的なバイオ技術が一般的に知られるようになった。さらには政府の金融緩和政策による低金利が続き,バイオテクなどの高リスク市場に資金が流入した。これにより,バイオテク市場はバブル的な状況に入り,XBI指標は史上最高値の174を記録。NASDAQへのIPO数も2021年には96社に達し,未公開市場でもVCによるバイオテクへの投資は386億ドル(約5兆8000億円)と,最高額に達した。
この期間,多くの革新的な技術が開発された。上場する企業の中にはCAR-T細胞治療,遺伝子治療,siRNAなど,新規モダリティの製品がFDA(米国食品医薬品局)承認を果たした。さらには,従来の低分子化合物や抗体でも進化が見られ,デグレーダー化合物,KRASに対する低分子阻害薬,ADC(抗体薬物複合体),二重特異性抗体などが次々と開発された。FDAが年40~50の新規薬品を承認する年が続き,イノベーションを支える形となった。
しかしながら,世界的にインフレが進み,各国がその対策として金利を引き上げることにより,バイオテクなどの高リスク市場への投資が激減した。結果としてバイオテク市場は不況に陥り,XBI指標も一時的に62まで下落。IPO数も2022年には19社,2023年には11社と激減した。さらには未公開企業に対するVC投資も低下し,多くの企業においてここ3年間,資金調達で苦しい状況が続いている。倒産企業数も増え,生き残りをかけた企業ではリストラが続き,2021年までのブームに乗り次々と建設されたラボへの需要は激減した。現在ボストンやサンフランシスコなどのエコシステムにおいて,ラボスペースの過剰状態が大きな問題となっている。
そんな中,2024年下半期に入り,市場は復調の兆しを見せ始めた。バイオテクはマクロに大きく影響を受けるため,米FRB(国連邦準備制度理事会)による金利引き下げの継続は,市場にとって好材料となっている。さらに,9月に入り,IPOに成功する企業が数社出ており,VC投資も活発化している。ただし現在,公開市場やVCからの投資を受ける企業は,3年前に資金豊富な状況で投資を受けた企業とは大きく異なる。投資家の多くが低リスクの案件を好み,開発が後期ステージのものに資金が集まっている。新規のプラットフォーム技術ではなく,アセット重視の企業への投資が多い。1回の投資で,企業の持つアセットを臨床のproof-of-concept(PoC)(註1)まで持っていき,PoCによるバリュー・インフレクションを確立する戦略である。
この転換により,遺伝子治療,遺伝子編集などの新規モダリティは苦戦中だ。背景には,2021年まで当分野への投資が加熱し過ぎ,予想通りの臨床結果を得られなかったり,商業化に失敗したりするケースが相次いだことがある。投資家の多くは躊躇いがちだ。治療分野も,以前はがんへの投資が圧倒的に多かったが,ここ数年はGLP-1などの大きな先進が見られる肥満・メタボリズム,自己免疫・炎症,神経分野などへの分散が見られる。
アセットは(日本企業を含む)大手製薬や,資金難でパイプラインを縮小したバイオテクからのものが多く,ここ数年で激増したのが中国からのアセットである。WuXiなどのCRO(医薬品開発業務受託機関)の台頭や,大手製薬のR&D拠点から人材が輩出されたことで,中国のアセットの質が米国に全く引けを取らなくなってきた。さらには中国内での資金調達が困難になり,欧米の製薬やバイオテクによる買収やライセンス,または新企業をスピンアウトし欧米のVCからの投資を得るケースが,近年非常に多く見られる(筆者も数件同様の投資を行っている)。
この流れを受け,企業形態も変化しつつある。科学者を多数雇い,大きなラボを設立する企業が減り,ラボを最小限に抑え,コロナ中に推進されたバーチャルな形態でCROやCDMO(医薬品開発・製造受託機関)と連携し,資金効率を重視した開発を進める形態が好まれている。逆に,アカデミアから早期ステージのプラットフォームを導出するスタートアップなどは比較的苦戦中だ。
ただし長期的には,このような傾向は周期的に行き来する。トランプ新政権への移行が市場にどのような影響を与えるか予想しづらいところもあるが,金利がさらに低下し,公開市場やVC投資が復帰するにつれて,再び早期ステージへの投資が戻ることも予測される。さらには,大型のパテントクリフ(註2)を迎える大手製薬がパイプラインを埋めるためにM&Aを行うことで,投資家へのリターンが向上し,市場への資金再流入も期待される。
註1:ある物質が臨床にて,患者に対して治療効果を確立すること。
註2:特許期間終了による,売上高の急激な減少。

布施 紳一郎(ふせ・しんいちろう)氏 米国ベンチャーキャピタリスト
2001年慶大理工学部,東大大学院修士課程修了後,米ダートマス大で微生物学・免疫学の博士号を取得。Bluebird Bio社で事業開発部長を務めた後,MPM Capital社にてManaging Directorとして,バイオテク企業への投資,新企業の立ち上げと経営に携わる。元日経バイオテク誌コラムニスト。ボストン在住。
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