医学界新聞


日本発のエビデンス創出をめざして

対談・座談会 菊地研,川上将司,朔啓太,中島啓裕

2024.12.10 医学界新聞:第3568号より

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 循環器疾患を有するICU・CCU患者は循環器医が中心となって管理するケースが多い。しかし循環器医が管理する患者の病態は近年複雑化・重症化してきており,集中治療の経験と知識を踏まえた,いわゆる「循環器集中治療」的アプローチの意義が高まってきた。

 こうした変化を目の当たりにしている救急・集中治療医の菊地氏を司会に,循環器内科医としてのバックボーンを持ちながら日本の循環器集中治療を発展させるべく活動する川上氏,朔氏,中島氏による座談会を企画。国内外の臨床・研究現場で活躍する4人が循環器集中治療の現状と課題について広く議論し,この領域がめざすべき方向を模索した。

菊地 急性期の循環器疾患患者の病態が複雑化してきていることは,救急現場の医療者であれば少なからず実感があると思います。かつてはCoronary Care Unit(冠動脈疾患集中治療室)として冠動脈疾患の集中治療に用いられていたCCUも,時代とともにCardiac Care Unit(循環器疾患集中治療室),あるいはCardiovascular Care Unit(心臓血管疾患集中治療室)としてより包括的な病態に対応する設備に変化してきました。一方で今回の座談会のテーマにある「循環器集中治療」という言葉は国内ではまだ目新しく,なじみのない読者も多いと思います。まずは先生方から解説をお願いできますか。

中島 国内外を問わず,急性期の循環器疾患患者の対応は重症例も含め循環器内科医が担うのが通例でした。しかし病態が複雑化・重症化するケースの増加や医師不足などの変化に伴い,循環器疾患ベースの知見だけでは対応が難しくなるだろうとの予測が2007年に米国で発表されました1)。特にCritical Care,即ち集中治療の専門的な知見の重要性がますます高まるだろうとの考えから,Critical Care Cardiology(循環器集中治療)が提唱されています。一例ではありますが,循環器集中治療の扱う領域は2)の通りです。

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 循環器集中治療領域で求められる知識とスキル(文献2をもとに作成)

 2010年代に入ると,海外では循環器学と集中治療学のハイブリッドトレーニングに関する論文が急速に増えました。とはいえ,集中治療と循環器の共通項に重点項目をおくのか, 重症心不全治療の文脈の中で集中治療や救急医療を考えるのかなど,明確な定義は現在も定まり切っていないというのが正直な印象です。

川上 循環器集中治療という言葉に多少は耳なじみがある循環器内科医と集中治療医の間でさえも,その解釈には差を感じます。循環器内科医が思う以上に救急医療や集中治療の世界は広大ですし,集中治療医同士でもバックボーンや自施設の取り組みによってイメージするものが異なるはずです。それほど認識にばらつきがある現状を理解しておくことが,循環器集中治療の重要性を訴えていく上でのスタート地点と言えるでしょう。今後は海外の先行する取り組みや研究を踏まえつつ,日本における循環器集中治療をどう定義していくかを検討する必要があります。

中島 循環器集中治療の重要性の高まりに対し,米国ではエビデンスの蓄積やシステムの整備が着実に進んできています。しかし日本ではまだまだエビデンスが少なく,系統立った治療法が確立できていません。こうした状況を打破すべく,日本循環器学会の中に循環器集中治療に関するワーキンググループ,Japan Critical Care Cardiology Committee(J4CS)を立ち上げました。メンバーは中堅世代の循環器内科医・集中治療医を中心に構成されており,今年から本格的に活動を開始しました。

菊地 J4CSの目的や活動内容を具体的に教えてもらえますか。

 基本的な目的は国内における循環器集中治療の標準化の推進,知識の普及や若手を中心とした議論の場の構築といった活動です。最終的には日本発のエビデンス創出を実現し,患者転帰の改善につなげたいと考えています。現在はこの領域における問題点の整理や研究会の企画・立案などを進めています。

 昨今は国内でも関心を持つ人が徐々に増えてきており,時代の後押しも感じるようになってきました。J4CSが先駆けとして動くことで,将来この領域を担う人たちが胸を張って活動できる基盤を構築したいとの思いもあります。

川上 補足しておきたいのは,決して日本の循環器集中治療が海外と比べて遅れをとっているわけではないということです。これまで集中治療,救急,循環器の領域で個別に蓄積されてきた豊富なエビデンスを循環器集中治療という枠組みで新たに集約・展開していく動きが求められています。

中島 本領域の研究・実践が盛り上がってきたとはいえ,循環器集中治療領域としてのエビデンスの絶対数はまだまだ不足しています。治療の標準化と一口に言ってもその道のりは大変長いことが予想されます。循環器集中治療のガイドラインを作ることがJ4CSの1つのゴールだととらえていますが,まずは現時点でエビデンスがどの程度あって,どの部分で不足しているのか,あるいはエビデンスは十分にないけれども診療では何を大事にすべきなのかといったステートメントを提示したいと考えています。

 循環器集中治療における重要課題の1つに,心原性ショックの転帰改善があります。これほどメジャーな疾患でいまだに院内死亡率が30%を超えるものは他にありません。J4CSでは活動の第1弾として, 心原性ショックの初期対応,主に発症直後から24時間の対応にフォーカスしたアルゴリズムの検討を行い, 論文化を進めています。

菊地 心原性ショックの転帰改善は救急医療の現場でも大きな課題です。救急隊が最初に運ぶ病院がどこなのか,その施設で対応できるかどうかの判断も含め,発症後の24時間以内にいかに適切な動きをするかが転帰を左右する実感があります。アルゴリズムの策定においてはどのような議論がなされているのでしょうか。

中島 発症時(院外)からERでの治療,そしてICU/CCUへの入室までを初期対応の範囲としており,各段階で必要な検査や,状況に応じた対応の選択肢を提示できるよう検討してきました。検討の際には,各種の基準値を具体的にどう提示するのか悩んだことを覚えています。血圧が90以下ならショックの可能性が高い,循環不全の指標となる血清乳酸値(ラクテート)が高値であるほど転帰が悪い,24時間時点でのクリアランスが悪い患者は予後不良,といった目安のようなものはあれど,実際に臨床を経験すればするほど,患者によって異なり,一般化した基準を設けることが難しいと実感します。

川上 アルゴリズムの内容がどういう形に落ち着くかは未定ですが,完成したものを活用して各地域や施設に最適なショック対応プロトコルを策定してもらうことが今後のねらいです。循環器集中治療の対象となるのは重篤な救急疾患ですから,夜間もしくは週末の人手が足りない状況で,専門外の人がファーストタッチをしないといけない状況が多くあります。プロトコルがあることでショック診療の質が高まるというエビデン......

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獨協医科大学 救命救急センター 教授

1992年岩手医大卒。同大循環器センターおよび高度救命救急センターを経て獨協医大救命救急センターにて勤務開始。心臓突然死をはじめとする循環器救急疾患の,病院前から救急外来・集中治療室までのシームレスなシステム構築に取り組んでいる。2019年より現職。

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飯塚病院 循環器内科 診療部長

2006年大分大卒。国立循環器病研究センターでCCU入室患者の治療に取り組んだのち,18年より現職。専門分野は循環器救急,集中治療および冠動脈インターベンション。『明日のアクションが変わる循環器救急の真髄教えますVer.2』(中外医学社)ほか編著書多数。

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国立循環器病研究センター 循環動態制御部 室長

2007年熊本大医学部卒。15年九州大大学院博士課程修了。20年より現職。循環動態の基礎研究と,それを応用した医療機器開発を推進している。編書に『心原性ショック 最強の教科書』(メジカルビュー社)。

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ミシガン大学 救急医学講座 リサーチフェロー

2008年大分大卒。11年より国立循環器病研究センターでCCUに従事したのち,20年より米ミシガン大で集中治療・機械的循環補助の基礎および臨床研究を行っている。専門分野は循環器救急,集中治療および冠動脈インターベンション。J4CSの発起人。

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