医学界新聞

Diagnostic Excellenceの次の一手!

寄稿 三高隼人

2024.11.12 医学界新聞(通常号):第3567号より

 「培養検査は閾値を低くしてとりあえず手広く出しておくのが良い」という文化・習慣はないだろうか。しかし,検査は決して無害ではない。微生物検査にはunintended consequences(意図せざる結果)が伴い,検査というアクションによって知らず知らずのうちに,その後の診療行動に影響が及ぶ可能性を認識しておく必要がある。ある症例をもとに考えてみよう。

症例

脳梗塞のため救急外来経由で入院した80歳代の男性。救急外来で尿閉が指摘され,尿道カテーテルを留置した際に尿検査・尿培養が提出された。発熱,膀胱刺激症状はなく,身体診察で恥骨上圧痛や肋骨脊椎角(CVA)叩打痛は認めなかった。尿検査では亜硝酸塩が陽性で尿中白血球は陰性であった。一方で,尿閉だけでは尿培養検査は通常不要だが,なぜ救急外来で尿培養検査がオーダーされたのか入院を依頼された担当医には不明であった。

2日後,尿培養で大腸菌(≧105 CFU/mL)の発育が確認された。尿路感染症の合併が否定できないとしてセフトリアキソンナトリウム水和物の投与を開始。数日後に水様下痢が出現し,急性腎障害を合併する重症Clostridioides difficile腸炎を発症した。下痢と接触感染対策・個室隔離のためリハビリテーションは遅れ,退院のめどはつかなくなった。

 提示症例では,臨床的なコンテクストを無視し,培養検査の結果に引きずられたことから不要な抗菌薬治療が開始され,回避可能な有害事象Clostridioides difficile腸炎,在院日数の延長)が生じてしまった。

 臨床医にとって,培養陽性・検査陽性は不適切な抗菌薬処方の強力なトリガーであることが知られている。電子カルテに陽性と一度出てしまった検査結果を理性的に無視するには知的労力を要するからだ。そして,培養検査の提出によって走り出してしまった抗菌薬処方カスケードに,抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship:AS) でブレーキをかけることは難しい。例えば,介護施設において無症候性細菌尿は過剰治療されており,適切な尿路感染症の症候の有無にかかわらず尿培養陽性と抗菌薬使用は密接に関連していた1)。さらに,尿培養実施率は施設ごとに大きくばらつきがあり,入居者の特性で背景因子を調整した後でも,抗菌薬使用量だけでなくClostridioides difficile腸炎の発生率とも有意に相関していた2)。このことは,微生物検査の習慣が巡り巡って抗菌薬有害事象の発生率にまでつながる可能性を示唆している。

 では,どうすれば良いのだろうか。近年,抗菌薬処方の超強力なトリガーとなり得る診断検査についての適正使用支援(Diagnostic Stewardship:DS),いわゆる診断スチュワードシップが注目されている。

 DSは,オーダー,検体採取,輸送,検査実施,結果報告などの診断検査のプロセスに介入することで,(現時点では主に感染症の)診療アウトカムを改善すると同時に抗菌薬使用の適正化,検査コストの削減,業務負担の軽減を目標とする営みである3, 4)。無症候性細菌尿に対する不適切な抗菌薬治療を例に取ると,抗菌薬処方のトリガーとなる不適切な尿培養検査を減少させる試みはDS,抗菌薬処方に介入する試みはASと言える(図1)。これらの活動ははっきりと二分できるものではなく,DS介入によって抗菌薬適正使用がより効果的に達成できる可能性が示唆されている5)

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図1 無症候性細菌尿に対する抗菌薬処方カスケード
抗菌薬処方のトリガーとなる不適切な尿培養検査プロセスに介入する試みがDS,不適切な抗菌薬処方に介入する試みがASとなる。

 では,適切な診断検査の使い方について臨床医を教育すれば感染症診療が改善できるだろうか。残念ながら,教育だけでは診療行動の変容は十分に達成されないことがわかってきている6)。教育関連施設での人員の入れ替わりの激しさや,診療方針の意思決定には習慣やローカルルール,医師間のヒエラルキーなどが大きく影響していることを考えれば,変容の実現が容易でないことは想像に難くないだろう。円滑に臨床医の診療行動を改善するには,以下のような介入を複数組み合わせることが有効とされている6)

●ナッジ()を駆使した電子カルテ介入
●検査プロセスの自動化/標準化
●院内ルール/ポリシーの策定と周知
●診療行為についてのチェックリストの導入
●臨床医に対する個別のフィードバック

 前述したように,DSとは検査オーダー→検体採取および輸送→検体処理および検査実施→検査報告という一連の診断検査プロセスのどこかに介入して,診療行動を改善させる試みである。尿培養を例に取ると,図24)に示した介入が具体的に考えられる。

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図2 尿培養検査のプロセスと対応する診断スチュワードシップ介入の具体例(文献4をもとに作成)

 このうち,検査室や抗菌薬適正支援(AST)チームが主体となった検査結果報告への介入,唾液混入喀痰や固形便などを受付不可とする検体基準(rejection criteria)の設定は,比較的実践しやすいかもしれない。いずれにせよ,施設ごとの目標の検討と,病院上層部・看護部・薬剤部・検査部・感染制御部など多数のステークホルダーとの議論が必要であろう。米国の施設ではAS/DSの担当者が病院のIT部門や電子カルテベンダーと頻繁にミーティングを行い,電子カルテ介入を実装していくことが日常茶飯事だが,日本では電子カルテの活用に技術的ハードルがあるかもしれない。

 DSの取り組みには,不適切な抗菌薬処方の根本原因となる不適切な微生物検査に介入することで感染症診療の質を改善させる大きなポテンシャルがある。米国疾病予防管理センター(CDC)は,DSはDiagnostic Excellenceをめざすためのコア要素であり,患者安全を改善すると紹介している7)。日本の臨床現場でも今後活用が進むことが期待されるものの,電子カルテや院内ポリシーなどシステムレベルの介入を必要とすることに留意しなければならないだろう。


:選択を禁じることも経済的なインセンティブを大きく変えることもなく,人々の行動を予測可能な形で変える行動経済学的手法。

1)Infect Control Hosp Epidemiol. 2017[PMID:28137327]
2)Clin Infect Dis. 2020[PMID:31197362]
3)JAMA. 2017[PMID:28759678]
4)Infect Control Hosp Epidemiol. 2023[PMID:36786646]
5)JAMA Intern Med. 2023[PMID:37428491]
6)Curr Infect Dis Rep. 2021[PMID:34602864]
7)CDC. Core Elements of Hospital Diagnostic Excellence(DxEx).

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Assistant Professor, University of Colorado School of Medicine

2008年東大農学部卒。14年長崎大医学部卒。米マウントサイナイ医大ベスイスラエル病院内科レジデントおよびチーフレジデント,ワシントン大感染症科フェローおよびチーフフェローを修了。24年冬より現職。感染症科とHospital Medicineの指導医を兼任する。

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