医学界新聞

寄稿 南郷栄秀

2024.08.13 医学界新聞(通常号):第3564号より

 患者の健康と安全を最優先に考え職務を遂行することが医師の使命である。しかし,医療の現場や研究活動において企業や外部組織とのかかわりが増える中,利益相反(Conflict of Interest:COI)は避けて通れない問題となっている。医療の信頼性や透明性を揺るがす可能性のあるCOIについては,医師一人ひとりがその重要性を理解し,適切に対処することが求められる。最近の学会発表では,タイトルスライドに続いて「本発表にCOIはありません」「演者に開示すべきCOI関係となる企業等はありません」などと掲げるのがお決まりになりつつあるが,発表時間を惜しむあまり,一瞬サブリミナル的に表示するだけで次のスライドに移ってしまう演者もよく見かける。

 もはや広く知られるようになったCOIであるが,その開示のあるべき姿について,今一度本稿で考えたい。

 米国医学研究所(現・全米医学アカデミー)の定義によると,COIとは「主要な利益に関する専門的な判断や行動が,副次的な利益によって不当に影響されるリスクを生じさせる一連の状況」を指す1)。COIには経済的COIと学術的COIがあり,さらには個人のCOIだけでなく,組織のCOIもある。

経済的COI:経済的COIは,一般的にもイメージしやすく,金銭の授受を伴うCOIである。医師が患者にもたらす利益と,医師が第3者からもたらされた利益が衝突する状態,これが経済的COIである。例えば,ある患者の診療において,A薬を処方することが最適な判断であると仮定する。別のB薬を製造している製薬会社から研究費や講演料などの金銭的な利益を得ている医師が,その患者にA薬ではなくB薬を処方した時を考えよう。患者にとってベストな判断ではないB薬を処方した理由が,製薬会社から金銭を受け取ったためかどうか,実際のところは誰にもわからない。しかし,その可能性があるという状態がCOIであり,それならば製薬会社から金銭を授受しているという事実はオープンにするのがフェアであるというのがCOI開示の考え方である。

学術的COI:COIは金銭が関係するものばかりではない。人は自身の立場や経験,これまで力を入れてきたものなどを重視する傾向にあり,それらが発言や行動に影響し得る。このようなCOIを学術的COI(または知的COI)と呼ぶ。学術的COIには,専門分野,専門医等の資格,所属学会・組織,各種委員,従事してきた研究,作成に関与した診療ガイドラインなどが含まれる。聴衆は,演者の肩書や経歴といったバックグラウンドを把握した上で講演を聴くことで,その内容にどのようなバイアスが含まれ得るかを判断できる。そういう意味で,学術的COIの開示も不可欠である。以前から学会での教育講演やシンポジウム等で,演者紹介として座長が演者の経歴を読み上げているが,これがまさに学術的COIの開示なのである。したがって,「時間がないので演者の紹介は割愛します」と言うのは全く適切ではない。

組織COI:公的資金が投じられている医科系大学や研究機関が,医薬品等の製造販売企業から多額の寄附金を受けたり,株式等を保有していたりする場合に,潜在的な組織COIが生じる。研究機関の意思決定者がもし組織の利益を優先する判断をしてしまうと,教育,研究,診療の公正性や信頼性を歪め,研究対象者や患者が不利益を被るリスクが高まる。特定の企業の医薬品や医療機器の販売促進にかかわれば,不当に利益を得ようとしているのではないかとの疑念が社会からも生じる。また近年,大学の寄附講座も数多く見られるが,資金を拠出している組織や団体との間でCOI状態が生じる。学会も,学術大会などの運営で営利企業からの寄付やランチョンセミナー開催などによる資金提供を受ける場合があるが,学会員への教育内容にバイアスがかかる恐れが生じ,これも組織COIの一例と言える。

 COIは「自らが他者に提供する利益が第3者からの利益によって不当に影響されること」との定義から,第3者との関係を明らかにすることが必要である。時に他者に影響を与えない贈答もCOIと呼ばれるが,これは単なる「利益供与」であってCOIではない。

 COIを巡る問題は米国から始まった。1980年に産学連携活動を強化する目的でBayh-Dole法が制定されたが,その結果しばしば被験者の利益よりも研究者の利益が優先される事態が生じた。そして1999年のゲルシンガー事件()を契機に,COIを適切に管理することの重要性が広く認識されるようになった。研究の文脈から生まれたCOIの概念はその後,診療や教育における医療者の行動にも影響を与えるものとして,全ての医療者が考慮すべきものととらえられるようになった。

 わが国におけるCOI管理とその開示は,日本医学会の定める「日本医学会COI管理ガイドライン」2)を基本としている。各分科会(いわゆる各学会)でこのガイドラインに準拠した管理指針が定められており,おおむね統一的な対応がなされている。

 「日本医学会COI管理ガイドライン」は改定を重ね,最新の2022年版では,COI開示の対象となる事業活動としてのように定めている2)。特に意識しておくべきは,分科会(学会)会員は分科会の事業活動と直接関係のない学術活動においても,COIの開示が必要とされていることである。つまり,学会と関係のない,大学での講義や製薬会社主催の講演会,自主的に開催している勉強会などでも,自らのCOIを聴衆に開示しなければならない。

3564_0402.png
 COIの対象となる事業活動(文献2より引用,下線は筆者が加筆)

 また,学術大会などで発表する際に,発表者全員に各自のCOIについて自己申告書の提出を義務付けている。そして発表時には,1枚目か2枚目のスライドで,所定の様式に従い,発表演題に関連する企業・団体などとのCOI状態について(COIがない場合でも)ある一定の時間開示しなければならないとしている。一方,企業や営利団体が主催・共催するランチョンセミナー,イーブニングセミナー,研究会や講演会においては,「座長/司会者も学術講演者と同様なスライドを用いた方式にて,関連する企業・団体の名称を聴講者に開示し,企業名を読み上げなければならない」としている。しかし,そこまで厳密に行われていないのが実態だろう。演題発表などで企業名を読み上げる必要性までは直接的に書かれていないものの,COI開示の性質上,一瞬表示させるだけでは不十分であり,どのような関係があるか聴衆がきちんと認識できるよう口頭でも伝えるべきだろう。「本発表に関連するCOIはこちらの通りです」で済ませてしまうのは不適切なのである。また学会本体や学術大会そのものの組織COIが適切に開示されていないケースも多い。Webサイトや抄録集にわかりやすく記載しておくことも必要である。

 以上,COIとその開示について述べてきたが,私が本稿でCOIの開示のあるべき姿を訴えるのは,私が日本プライマリ・ケア連合学会の利益相反委員会委員長であるからに他ならない。つまり,ここにもまたCOIがあるのである。われわれもまだ発展途上ではあるが,医療の現場や研究活動においてCOIについて正しく開示されることが,広く公正な判断につながることを信じてやまない。


:比較的軽い症状にあったオルニチン欠損症の患者が,アデノウイルスを用いた遺伝子治療の臨床試験によって重篤な感染症を引き起こし,臓器不全で死亡した事件。

本稿は第15回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会での教育講演「利益相反指針の改定で何が変わった? 今後はどう開示すればいい?」での発表内容を中心にまとめたものである。

1)The National Academies Collection:Reports funded by National Institutes of Health. 2009[PMID:20662118]
2)日本医学会.日本医学会COI管理ガイドライン2022.2022.

3564_0401.jpg

聖母病院総合診療科 部長

1998年東京医歯大卒。虎の門病院,東京北医療センターなどを経て,21年より現職。総合診療専門医。日本プライマリ・ケア連合学会理事,日本医学教育学会理事。専門は総合診療,EBM,医学教育。長年に渡り全国各地でEBM実践教育に携わる。日本プライマリ・ケア連合学会では利益相反委員会委員長を務める。