対話から始まる看護管理者育成
中小規模病院の強みを生かして
対談・座談会 保田江美,熊谷雅美,村田由香
2024.08.13 医学界新聞(通常号):第3564号より
看護管理者のなり手がいない,次世代を体系的に育成できていない――。中小規模病院における看護管理者育成では,手本となるキャリアモデルが少ないことや,看護管理者がプレイヤーとしての役割も担うためスタッフ育成が二の次になってしまうことなどの課題がある。大規模病院よりも少ない人員,資源で,看護管理者をどう育成していくのか。看護チームのチームワークやリーダーシップ,ならびに中小企業の人材育成に関する研究を行う保田氏を司会に,大規模病院での看護部長等を経て現在は中小規模病院で看護部長を務める熊谷氏,人材育成を主要研究テーマとし,中堅看護師対象のリーダーシップ研修も行う村田氏が意見を交わした。
保田 私は人材開発やリーダーシップ論をテーマに研究しています。熊谷先生とは何度か研究等でご一緒させていただいており,村田先生とは初対面ではありますが,お互いの関心領域が近いところなのでお話しできることを楽しみにしていました。
村田 リーダーシップに関する博士論文を執筆した際に,保田先生の論文を参考にさせていただきました。お会いできて光栄です。
看護管理者に求められるリーダーシップは師長や主任になってから身に付けるのではなく,後輩や新人看護師への指導が求められる中堅の頃から身に付けられると良いと考え,中堅看護師対象の研修等に携わっています。
熊谷 私は大規模病院の看護管理者,日本看護協会常任理事,大学教員を経て,現在はケアミックス型の225床の病院で看護部長を務めています。トップマネジャーとしてさまざまな環境で20年ほどキャリアを重ねてきた経験を基にお話できればと考えています。
キャリアモデルが少ない
保田 本日は中小規模病院における看護管理者育成がテーマです。『看護管理』誌で開催した「看護管理者フェス」でのアンケート結果1)に目を通すと,病院の規模にかかわらず管理職になりたい人,なれる人がいないという問題が大きいように思います。中小規模病院特有の課題や背景もあるのでしょうか。
熊谷 身近にキャリアモデルが少ないことが課題にあるでしょう。これは大規模病院と比べると新卒看護師が少なく,子育て中のナースや復職した熟練ナースなど転職者が多いという背景があるのだと思います。大規模病院のように標準的なキャリアで看護管理者になった先輩が身近に多いと,キャリアモデルが見え,管理者に向けての学びの準備と動機づけがしやすいものです。しかし,こうしたことが難しいのも中小規模病院で管理者に手を挙げる人が出にくい要因かと思っています。
村田 私もそう思います。中途採用で入職した看護師は,重ねてきたキャリアも受けてきた教育も異なるので,自律してキャリアを発展させられるクリニカルラダーをどう整備すべきか,という悩みを中小規模病院の看護部長からよく聞きます。
熊谷 当院はグループ病院なので共通したクリニカルラダーが整備されているものの,3~5年目になると退職する看護師が多く,教える立場の人が少なくなるためうまく機能しているとは言えません。大規模病院でも同様に退職者が出てきますが,看護師数が少ない中小規模病院はよりその影響が大きいです。また,中小規模病院だと教育担当は兼務がほとんどなので教える側の負担が大きくなります。加えて,中小規模病院では病棟に師長と主任を一名ずつ確保することも難しく,一人で賄っているケースも多くあります。
人材不足はこの先も変わらないものとして考える
保田 中小規模病院は看護師数が十分でなく,マネジャーがプレイヤーとしての役割も担うことが多いということですね。次世代を育成する余力が十分にないためか,忙しさを理由に教育が二の次になってしまう側面もあるのでしょうか。
熊谷 おっしゃる通りです。そうなると人は育たず看護の質も上がらなくなるので,つまるところは魅力のある職場にならない負のスパイラルに陥ってしまいます。ただ,人を育てるのは時間がかかることなので,焦ると組織は崩壊してしまいます。一歩ずつ5年ぐらいかけて学びを身に付けてもらえれば良いという考えで管理者育成に取り組んでいます。
村田 研修など人材育成にかける時間の確保については,施設ごとの状況や看護管理者の考え方によって差異があると感じています。私はこれまで,施設規模の異なる複数の病院で,アプリシエイティブ・インクワイアリー(Appreciative Inquiry,註1)の考え方を取り入れた「中堅看護師のリーダーシップ研修」を行ってきました。ある中規模病院では,研修時間を3時間確保していただき充実した内容で実施できましたが,別の小規模病院では,人員不足を背景に1時間半の研修時間を確保していただくのがやっとで,オンラインによる事前課題も活用しながら工夫して実施しました。働き方改革が求められる中,施設規模によらず業務時間内に研修時間を確保することは年々難しくなっていますが,看護管理者の工夫によって,教育にかける時間をできる限り確保していただきたいと考えています。
保田 最近,看護管理者の方に研修するとき,「将来的な人口構造を見ても,おそらく日本の職場の人材不足はなくならない。人が少ないことを理由にして人材育成を後回しにすると,気づいたときには遅いということになりかねない」と伝えています。
われわれは人材開発をすれば長期的に病棟も良くなり,最終的には患者さんにとってプラスになっていくと知っていますが,多忙な日々を送る中小規模病院の看護管理者の方々に理解をしていただくのは難しいと感じることもあります。
経験学習を全ての看護職に
保田 ただ,看護管理者の皆さんも次世代の育成について考えていないわけではなく,方法がわからなかったり,取り組んでいるけれども効果的にできていなかったりすることに頭を悩ませていることも多いはずです。熊谷先生,村田先生はどのような解決策をお持ちですか。
熊谷 管理者育成における取り組みの目的を明確にし,集合研修等で振り返る機会を設けて意味づけることです。例えばeラーニングを導入しても,講義動画を見るだけでは新しい知識が定着しません。だから,「いつまでにこの講義動画を見てください」と伝えると同時に,集合研修を設けてフィードバックによる意味付けを行い,現場に生かしてもらうようにしています。
村田 熊谷先生のお話にあったように,スタッフが得た知識や経験に対してフィードバックやリフレクションによる意味付けを行っていくことは看護管理者の重要な役割ですが,高度なスキルでもあります。そこで本学では,まずは看護師長自身にリフレクションのスキルを身につけてもらおうと,看護師長向けの研修を学長の田村由美先生が実施しています。
保田 具体的にどのような研修が展開されているのでしょうか。
村田 SEA(Significant Event Analysis,註2)の手法を活用し,丁寧に管理実践を振り返ってもらっています。受講生の看護師長たちは,“聴く”ことに没頭する体験を通じて,「普段しっかりとスタッフの話を聴けていないのではないか」と気づきを深めていきます。スタッフの考えを聴き,自らの想いを伝えることが大事だとわかっていても,日常業務で余裕がなく満足にコミュニケーションを図れていなかった状況に気づくといった具合です。
また,目標管理を導入して,日ごろから面接の機会を設けてスタッフの話を聴いているつもりでも,それが形式的な対話になっていないか,スタッフに意味づけができているだろうかと常に問い直すことも重要ではないでしょうか。
保田 ある研修で講師をした際に1on1ミーティングが話題になりました。「1on1ミーティング」という言葉はほとんどの方が知っていたのですが,その取り組みの基盤となる「経験学習」を知っている方は数人しかいませんでした。本来,1on1ミーティングとは,スタッフの経験学習サイクルを回すためのきっかけであるはずなのですが。
村田 「経験学習」は当たり前のように知られていると思っていました。
保田 そうなのです。その後,1on1ミーティングについて世間の認識が気になりインターネットで調べると「上司と部下の面談の時間」とだけ書かれていて,「経験学習のための時間」とは書かれていない記事も多くありました。言葉だけが独り歩きしているように思います。
私は新人でも中堅でも,管理職でも,成長するために経験学習が最も有効な理論の一つと考えています。「何をどのように振り返るのか」「振り返ることで何をどのように見いだすのか」は繰り返し取り組み,身に付けていくべきものだと感じているところです。
中小規模ならではのスタッフとの距離感の近さを生かす
保田 中小企業の人材開発について,トップマネジャーと中間管理職の対話をテーマに調査研究を行ったとき,経営者との日々のコミュニケーションや面談頻度が上がると,経営者から助言や訓導を得られ中間管理職のマネジメント能力が高くなるという結果が出ました。この研究結果から,中小規模病院は人数が多くないからこそ看護部長やほかの管理職との距離感の近さを組織開発や人材育成に生かせるのではと考えています。
村田 たしかに中小規模病院はトップからスタッフの人たちまで顔が見えるので,コミュニケーションが取りやすい。これが一つの魅力でしょう。
熊谷 そう思います。現在勤務している病院では,部長と看護師長との距離が近いですね。私が部長室にいると,看護師長たちが「これ,どう思われますか」とよく相談に来てくれるので,ちょっとした対話を気軽に持つことができています。対話をしてみると,取り組みの意図や次への課題をお互いに気づけるので私にとっても楽しい学びの時間です。その一方で私も,病棟に足を運びスタッフとも会話するように心掛けています。
保田 部長が病棟に来ることで,師長がそわそわしてしまうこともあるのかなと推測します(笑)。部長が現場に出てスタッフから意見を聞く上で,中間管理職となる師長とのあつれきを生まずうまくやっていくために工夫されていることはありますか。
熊谷 スタッフから意見を聞かれたときには,私が直接答えるのではなく現場の責任者である師長自らの言葉で答えてもらえるよう工夫しています。スタッフから聞いたことを師長に伝えて考えを聞いてみると,師長の想いがスタッフにうまく伝わっていなかったことがわかることもあります。
保田 同じ部署にいると,言葉にしなくても雰囲気でわかるだろうといった空気感があって,師長の想いがうまく伝わっていないことはありそうですね。師長の想いをスタッフが知る機会はそう多くないかもしれないので,ある意味,部長が内部者かつ外部者といった立ち場で病棟に入っていき,病棟チームをつなぐかかわりができると良いのでしょうか。
異なる世代の価値観を対話から把握し,大切にする
熊谷 加えてトップと現場との距離が近いことのもう一つのメリットは,トップ自らがモデルになれることです。私が長年の経験から伝えられることはあるはずです。自分にできることは次世代を育てることだと思っていて,自分がかかわった後輩たちがまた次の世代を育てられると良いという考えです。さまざまな研修で,「焦点を合わせるのは次世代。次世代がどんな価値観を持っているかを知って,私たちはそこに焦点を当てて看護管理をしよう」と話をしています。次世代の価値観に合わせていくのは大変だけれども大事なことです。「私たちは昭和なんだから,もうじき終わりよ」なんて笑い話にしながらその重要性を伝えています。
保田 看護管理者育成にかかわる場面で価値観をお互い言葉にして伝えていくことの重要性を感じることが最近多いです。
熊谷 対話から相手の想いを聞いて,現場の環境や制度の改善につなげることができます。「本当はもっと勉強したいのに,時間がないからできない」とのスタッフの想いを聞き,研修制度をつくりました。そこから認定看護師を取得された方が,素晴らしい看護を展開してくれた経験があります。患者さんのために良い看護をしたいと看護師は皆思っているのだけれど,職場の環境がそれをサポートできなかった。現場のスタッフたちがどうなりたいかという想いと,看護管理者が現場にどうなってほしいのかという想いを伝え合うことを大切にする看護管理者を育てていきたいと思っています。
なにより組織は人が創るもの。組織の一人ひとりが尊重され,健康でやりがいを感じる組織文化を醸成してもらいたい。そのためには看護管理者が覚悟を持つことだと思います。
村田 中堅看護師を対象にした研修を行っていると,自分の看護観をしっかりと持っていても,言語化できない,言語化する機会がない状況にあるのではと感じることがあります。私は対話によってスタッフの気付きや学びを言語化させ,それをケアの質向上につなげていくことが看護管理者の役割だと思っています。これからの中小規模病院は,患者の超高齢化,重症化により,さらに多忙になると思います。だからこそリフレクティブな看護管理者となり,スタッフのポテンシャルを高める支援をしていくことが必要となるのではないでしょうか。
保田 学びの芽は毎日の業務の中にたくさんあるのに,それを一事例として終わらせてしまっているものが多くあると思います。短い時間でも一つひとつのことを経験学習の思考で回していくという習慣を早い段階から身に付けること,看護部長などトップマネジャーがモデルとなり自らの背中で示すことなど,中小規模病院における看護管理者の育成はあらゆる方法でできるはずです。忙しいなかでも自分たちにできることは,その組織,部署の人しか答えを知りません。理論や先行事例を活用しながら,自分たちの人材開発の課題と解決策を諦めることなく考え,経験学習のサイクルに乗せて取り組み続けることが大切であると考えます。
(了)
註1:個人・組織の強みや成功体験について問いかけ,振り返ることで成功プロセスや工夫を発見し価値を認め,人と組織風土を改革していく対話型組織改革の手法。
註2:重大な出来事,特に「心」を揺さぶられた出来事を選択して振り返るリフレクションの学習方法の一つ。
参考文献
1)「看護管理者フェス」事前アンケート結果レポート 看護管理者が抱える「組織開発」「人材育成」に関する悩み.看護管理.2024;34(5):370-2.
保田 江美(やすだ・えみ)氏 国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 主任研究官
慶應義塾看護短大卒業後,慶大病院に勤務。退職後,筑波大医学群看護学類に編入する。2012年に東大大学院学際情報学府学際情報学専攻修士課程に進学し修了後,同博士課程に進学し17年に満期退学する。博士(学際情報学)。同年から国際医療福祉大で看護基礎教育に携わり,22年から現職。新人看護師への効果的な支援やチームの在り方,副看護師長の育成,大学から仕事へのトランジションや中小企業の人材開発などについて研究している。
熊谷 雅美(くまがい・まさみ)氏 康心会汐見台病院 看護部長
神奈川県立看護専門学校卒。済生会神奈川県病院で臨床に従事した後,看護基礎教育や衛生行政などを経験。この間,神奈川県立看護教育大学校看護教育学科,日本女子大家政学部児童学科,横国大大学院教育研究科教育臨床修了。修士(教育学)。2003年済生会神奈川県病院看護部長,06年済生会横浜市東部病院看護部長。この間,東京医療保健大大学院医療保健学研究科修了。修士(看護マネジメント学)。17年から日看協常任理事を2期務め,23年から現職。認定看護管理者。キャリアコンサルタント。
村田 由香(むらた・ゆか)氏 日本赤十字広島看護大学 副学長
山口赤十字看護専門学校卒業後,山口赤十字病院に入職する。1995年日赤幹部看護師研修所修了。山口赤十字看護専門学校専任教員を経て,2003年から日赤広島看護大で勤務する。その間,07年同大大学院看護学研究科修士課程修了。19年広島大大学院総合科学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(学術)。22年から現職。主要研究テーマは,人材育成(新人教育,中堅看護師),ポジティブ・マネジメントを活用した看護組織活性化など。
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