医学界新聞

寄稿 蒔田覚

2024.03.25 週刊医学界新聞(看護号):第3559号より

 看護学校(看護師等養成所)は,国家資格である「看護師」という専門職を養成するという役割を担っているため,学生が教員から長時間にわたって厳しい指導や評価を受けることがあります。特に看護技術の指導や臨地実習では,少人数での密な関係の中で教員と学生の身体的な接触機会も多く,客観的評価基準を示すことが難しい側面もあることから,時に評価について学生から恣意的ととらえられることもあります。さらに,医療倫理・看護倫理といった人間の生死にかかわる価値観も,人生経験の不十分な学生にとっては理解が容易ではなく,教員が持つ価値観の一方的な押し付けのように受け止められることもあるかもしれません。

 こうした背景から,看護学校はハラスメント問題が発生しやすい環境にあると言えます。本稿ではハラスメントの概念の整理と,その対応を紹介します。

 ハラスメントの概念は場面や人によって異なります。社会学的定義における「ハラスメント」とは,同一集団内での力関係において優位にある者が,自分よりも劣位にある者に対し“行為者の主観にかかわりなく”一方的に,一時的・継続的に,身体的・精神的・社会的苦痛を与えることを言います。行為者の主観にかかわりなく,受け手がハラスメントと感じればハラスメントであるとされるのは,この定義に基づくものです。職場のパワーハラスメント(以下,パワハラ)とは,①優越的な関係を背景とした言動であって,②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるものであり,①~③までの3つの要素を全て満たすものを指します。そのため,客観的にみて,業務上必要かつ相当な範囲の適正な業務指示や指導は,パワハラには該当しません。

 これに対して,法的責任の対象となる「狭義」のハラスメントは,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益(人格権等)を侵害した」(民法709条,括弧内は筆者加筆)場合です。そもそも,人が他人とかかわり合いを持ちながら社会生活を送っている限り,他人に迷惑をかけたり,他人に不快感を与えたりすることは避けられません。民事上で違法と評価されるのは「社会的見地から不相当とされる程度」すなわち「社会通念上,許容される限度(受忍限度)を超えた」場合ということになります。さらに刑事責任の対象となるのは,故意(意図的)かつ悪質な場合に限定されます。

 法的責任の対象となる狭義のハラスメントが許されないのは当然です。しかし,社会学的定義の概念をもって「ハラスメント」と理解する人も少なくない中で,ハラスメントが許されないという点のみが強調されますと,教員が実際に必要な教育指導を控えてしまうという萎縮効果の弊害を発生させかねません。そこでハラスメント問題は,まず「マナー・エチケット」の問題として,より望ましい修学環境の実現という視点でとらえることが大切です。

 ハラスメントに対する意識は,年代,性別,地域,生育環境,その他さまざまな背景要素によって大きく異なります()。背景要素の違いが原因のハラスメント問題の一例として,約束時間に対する認識の相違からくる「提出期限問題」があります。学生らの年代はスマートフォンなど通信機器の普及によりいつでもすぐに連絡して調整できるため,待ち合せ場所や時間を“だいたい”で決めることが多く,「どこに,何時何分で」と厳密に決めなければならなかった教員らの年代と相違があります。つまり,学生が「提出期限を少し遅れたくらいでレポートを受け取ってくれないのはハラスメントである」と感じているとすれば,学生側では課題の提出期限を「おおよその目安」と誤解している可能性があります。

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 年代による認識の違いの例

 看護師は他者の生命,身体,健康にかかわる職業であり,1分1秒を疎かにすることは許されませんし,決められたルールを守って業務を遂行することが求められます。そこで,看護師となるための自覚を涵養しつつ,看護学校におけるルールを事前に周知徹底し,教員と学生の認識のズレをなくすことが大切です。

 このように看護学校において問題となり得るさまざまな事柄に対応して教員と学生の認識の違いを明らかにすることがハラスメント対応の出発点です。そこで,教員および学生双方に対し,具体的な事柄を示して「ハラスメントと感じるか」といったアンケート調査を行う手法が有用です。アンケートの結果,「適切な指導」と認識している項目について,「ハラスメント」と学生が感じていることが明らかになった場合には,原因を検討し,共通認識となるための対策を早急に講じる必要があります。また,リーフレットなどを活用してハラスメント防止の啓発を図ると共に,学内に学生が相談しやすい窓口を設置し,早期にハラスメントを覚知する体制を整えることも学校の大切な役割です。

 教員には,その教育・指導方法に裁量があります。学生が教員の指導に不満を抱いたとしても,「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」でなければ違法なハラスメントとは法的に評価されません。しかし,受け手である学生がハラスメントと感じてしまっていては,目的とした教育指導効果は十分に発揮されませんので,学校として調査・調整を試みることになります。

 そして,具体的にハラスメントが疑われる場合の調査に当たっては,あくまでも「より望ましい修学環境の整備」という前提で,調査を行う者,教員,学生間での共通理解を得ることが肝心です。この段階で「被害者」「加害者」などの位置づけをすると,加害者とされる教員が不満を抱き,かえって修学環境に悪影響を及ぼしかねません。「被害者」「加害者」あるいは「善悪」の色分けはせずに,調査・調整に努めてください。

 臨地実習での単位認定や成績評価を巡って学生や保護者からクレームが入ることがあります。このようなクレームをなくすためには,臨地実習要綱に実習目標や単位認定の基準をできるだけ明確に示すと共に,実習前指導において実習評価や単位認定の方法を具体的に説明し,学生側に十分な理解を得ることが望まれます。また,臨地実習の中で,評価基準に基づき学生自身に自己評価をさせることも有効な手段です。学生自身に中間評価を行わせた上で教員と面談をするなどの工夫により,教員の求める水準を学生側に理解させることは,教育的効果を得るだけでなく,クレーム防止にもつながります。なお,面談の際に教員側の視点のみを押しつけると,そのこと自体がハラスメントと評価される恐れがありますので注意が必要です。

 一方,評価・単位認定に関連して,学生側からハラスメントの訴えがあったとしても,単位認定とハラスメントの問題とは区別して扱うのが原則です。単位認定に対するクレームには,臨地実習要綱,その他評価の基礎となった客観的資料を示しつつ,その判断の正当性を説明すれば足ります。当然のことながら,学生が単位認定可能な水準に達していないのに,学生側の要求に迎合して単位認定をすることがあってはなりません。

 ハラスメント問題は,これを訴える当該の学生と教員のみの問題として扱うのではなく,周囲にいる学生や教員への影響をも考慮して,「良好な修学環境」を整備するという観点から学校全体の問題として検討すべき課題です。看護学生は人格形成の過程にあり未熟さがあることも否定できず,時に厳しい指導が必要な場面もあり得ます。一方,いかに熱心な教育指導であったとしても,その内容が学生の胸に響かないものであれば,教育効果は期待できません。看護学校における有効なハラスメント対策があるとすれば,教員と学生との「相互理解」に尽きると考えています。


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蒔田法律事務所 / 弁護士

1999年弁護士登録。医療機関側弁護士として医療訴訟・医療紛争に携わる。日大法科大学院,日看協看護研修学校非常勤講師。東大病院医療安全監査委員会委員,順大附属順天堂医院において医療安全に関する外部監査委員会委員も務める。著書に『医療現場における対人トラブルの手引』(新日本法規),『臨床検査』誌(医学書院)で連載「医療紛争の事例から学ぶ」を持つ。

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