医学界新聞

対談・座談会 岩見真吾,坂上貴之,藤生克仁

2024.03.18 週刊医学界新聞(通常号):第3558号より

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 機械学習や深層学習などの手法を用いてビッグデータから発見的な答えを見いだす探索的なアプローチと,原理・原則に基づき数理モデルを作成しシミュレーションを行う演繹的なアプローチの両面から生命科学現象の真理に迫る数理科学研究が,着々と進められている。コロナ禍では,観察データをもとに感染症の伝播状況がモデル化され,近未来を予測することで感染対策に貢献する数理モデル研究に注目が集まった。こうした数学×医学の試みは感染症だけにとどまらず,がんや循環器疾患,代謝性疾患,精神疾患などを研究対象とするまでに広く発展し,エビデンスが積み上げられている。医学と数理科学のコラボレーションが拓く新たな世界について,気鋭の研究者たちが語り合った。

岩見 私のバックグラウンドは数理工学です。数理工学科で数学と物理学を中心に勉強してきました。医学には昔から関心があり,学んできた数学の知識を生かせたらと思って感染症やウイルスに関連した疾患の研究から取り組み始め,最近ではそれらにとどまらない形で医学的な問題を取り扱っています。

 坂上先生は,私とは違って,よりピュアな数学を研究されていますよね。

坂上 そうなると思います。研究分野は応用数学で,特に流体運動の背後にある複雑性を数学的に記述する数理流体力学を専門に研究をしてきました。その一環として,現在は心臓の血流を対象にした共同研究を行っています。

岩見 藤生先生は臨床医であり,基礎研究者でもあります。なぜ数理科学の世界に関心を持ったのでしょう。

藤生 循環器内科医として診療に携わる中で,医療で扱う膨大なデータを人間が全て理解することに限界が見えたのです。「何か新しいことを」と模索している時に,AIを用いて日々取り扱う脈拍や心電図等のデータから特徴抽出ができないかと考えるようになりました。幼少期からプログラミングに触れていたことも相まって,数理科学の世界へとのめり込んでいきました。

坂上 数学や数理科学に対して,抽象的な事柄を取り扱うイメージを持つ方は多いのではないでしょうか。しかし,そうではないのです。数学は1000年以上前から,その時々の人々の課題を解決するために数式を利用し,解決するという循環を通じて,他の学問の進歩と歩調を合わせるように発展してきた面があります。直近の100年,200年の間に抽象化が進んだものの,本質的には昔と同様,現在でも人々の課題解決を関心事としながら学問が展開されています。現代においてはAIの発展が本分野に大きな影響を与え得る課題の代表格でしょう。

岩見 AIや機械学習の手法は,今では誰もが使う技術になりましたね。

坂上 ええ。そうした中で,先ほど藤生先生がおっしゃった「特徴」という言葉は,数理科学の分野ではとても重要な単語と言えます。医学に限らず,他分野の先生と協働する中で常に感じるのは,データを採取した時に現れたパターンに対する認識のギャップです。同じものを見ていても,研究の背景が異なると着目ポイントに違いが出ていました。つまり,誰が見ても共通の認識を持てるような客観的な指標,そして言語化が必要なわけです。そこで私たちの研究グループでは,10年ほど前から“流れ”のデータに基づいて,その流線のつながり具合や配置を評価し,COT表現と呼ばれる文字列を一意に割り当て定量的・定性的情報を抽出する,流線トポロジカルデータ解析(Topological Flow Data Analysis:TFDA)という手法を用いて言語化すること(例:3558_0106.png)に成功しました。この技術の応用先の一つとして,エコーやMRIによって描出される心臓血流のパターンの解析を依頼され,医学研究に本格的に携わるようになりました()。

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図 数学的な処理に基づく心臓における渦血流の可視化(坂上氏提供)
左から,心エコーによる左室のカラードプラ像(a),速度ベクトル表示(Vector Flow Mapping:VFM)技術によって得られた血流の可視化(b),坂上氏の開発した流線トポロジカルデータ解析でもたらされた流れ領域のグループ化(c)。
効率よく血流を駆出するために心臓内でさまざまな回転(渦血流)が発生している医学・生理学的なメカニズムを解明すべく,数学的な処理に基づいて可視化,グループ化をしている。

岩見 一見複雑に見える状態であっても,COT表現によってグループ化できる可能性があることは,坂上先生の技術の強みですね。

 一方で,莫大なデータを基に機械学習や深層学習を行うと,特徴が言語化されないままに結果が導かれることもあります。いわゆるブラックボックス化の問題です。この問題を医師はどう受け止めているのでしょうか。一数理科学研究者として興味があります。

藤生 医師によってさまざまです。ブラックボックスだから信頼できないと拒絶する人はもちろんいますが,どちらかと言えば私は,結論を導き出す過程をそこまで重視していません。正しい答えがはじき出されているようであれば,優秀なアルゴリズムと評価し,そのアルゴリズムを活用する形でさらなる検討を進めてよいと考えています。

坂上 同感です。これほどまでに社会に浸透した機械学習や深層学習の手法を,今さら拒否する理由はもはやないでしょう。これらの技術は,明確な実装手法があった上で運用されていますし,十分量のデータがあれば近似値を導けることは既に明らかになっています。「得られた結果の正しさの根拠」が説明できないというだけです。過信は問題だと考えますが,今の時代,使わない手はないはずです。

岩見 これまでに医学分野のさまざまな領域のデータを解析してきました。その経験に基づいて話すと,私にとってはデータの質・内容が解析には重要であって,疾患に関する知識はそこまで重要ではない印象を抱いています。坂上先生のお考えはいかがでしょう。

坂上 数理科学者と医師ではこだわる部分が違っているのだと感じます。数理科学者は,異なるものの中に共通点や原理を見いだそうとする傾向がある一方,医師は関心事,例えば疾患について深く知りたいと考える傾向にあります。どちらが優れているとかではなく,その見方の違いを尊重していく必要があるはずです。

藤生 数式を立てて現象にフィッティングさせていく数理モデルの研究に初めて触れた時は,予測精度の高さにかなりの衝撃を受けました。しかも,その予測式を医学的な知識のない数理科学者が作成していることを知った時はさらに驚きましたね。数多くの書籍を読み,知識を得て,症例を実際に経験することが診療レベルをアップさせるための唯一の方法だと考えていましたので,数理科学研究の可能性を感じました。

坂上 「優れた診断を下せる能力=多数の症例の経験」と単純に定義をするならば,ヒトはもうすでにAIに勝てません。その事実を踏まえた上で数理科学が何を提供できるかは重要な問いでしょう。医学は,複雑な要素が絡むことに加え,人命がかかっているために,侵襲的な実験を幾度も行うことは不可能に近いです。個別の事象をたくさん集めて,傾向をつかんでいくしかない分野であることから,少ない要素から共通点や原理を見いだそうとする数理科学との相性は特に良いのだろうと感じています。

藤生 むしろバイアスがない状態から立てられた予測式のほうが真理をついているのではないかとさえ考えることがありますね。

坂上 その通りかもしれません。他分野の方と共同研究する際に私が心掛けているのは,事前情報を過度にインプットしないということです。もちろん,何がしたいのかという目的は共同研究者に確認しますが,「とりあえず私たちの技術でやらせてください」と伝えています。そうしないと,気づきが生まれにくいと思っています。互いの分野に染まってしまう。

岩見 面白いですね,その考え方。

藤生 どちらにせよ医師側は,相手が深く理解せずとも,物事を共に進めていくというスキルに長けているはずです。医療者は日々,医学的知識のない患者さんと常にコラボレーションしていますから。われわれ医師側が数理科学のことをどれだけ知っておくべきかというラインのほうが重要だと思います。

坂上 藤生先生は,共同研究者にデータを渡す時,どのような点に気を付けているのでしょうか。私としては,少なくとも典型例のデータは欲しいと思っています。

藤生 提供するデータが,どう集められて,どの程度の質なのかを伝えるようにしています。そのためには,どのような解析が行われる可能性があるのか,そして解析に耐え得る質の高いデータなのかを目利きできる程度の知識を医師側が持っていなければならないでしょう。数理科学研究に携わるに当たって医師側に求められる最低限のレベルです。

岩見 坂上先生は,医師と共に心血流の研究をされていますが,共同研究を行うに当たり,何が課題と感じましたか。

坂上 表現の違いを理解するのがなかなか難しかったです。医師の用いる言葉が疾患全般に通底する概念なのか,あるいは個別の事象のみで扱われる言葉なのかをまず理解しなければなりませんでした。この点がクリアになってくると,あとは数理科学者のテリトリーです。数学的な議論を行い,数式を立て,現象にフィットするよう試行錯誤していく形になります。幸運なことに,私の場合は研究の初期段階に明確な問題意識を医師側から共有してもらえました。その真意を理解するのには数年を要しましたが(笑)。

岩見 問題意識の共有が重要だと。

坂上 そう考えます。場合によっては医師側から見れば数理科学者の発言が的外れなこともあると思うのです。取得が難しい臨床データを何の気なしに取ってきてくださいと言ってしまうとか。毎回必ず同じタイミングに患者が来院してくれるわけではないので,そんなに何回も取得できないと言われてしまったことがあります。

藤生 無理難題を言われたとしても,医師側はそんなに怒っていないと思いますよ。データを取得するモダリティを変更することで調整できる可能性もあります。結局は鶏が先か,卵が先かという話です。データの取得方法は主に2つ。まずは,後ろ向きのデータで何とかできないかということ。ルーチン検査によって取得可能なデータであれば研究しやすいでしょう。他方,頻回に取得しづらいデータであっても,前向きに研究デザインを組むことで対応できる可能性もあります。要は,そのデータがあると,どのくらい結果に影響が出るか,あるいは精度が上がるのかという数理科学者側の目算を知ることができれば,互いに歩み寄れる部分が出てきます。

岩見 どういうタイプのデータをどれくらいの量で,どういう間隔で取得して,何を目的に行うのかを,研究の初めの段階から共にデザインしていくことこそが,数理科学研究の推進力を高める一番の原動力になるはずです。われわれ数理科学者としては,後ろ向きに解析をしつつも,前向きを想定した研究デザインの立案にも携われるようになれると,コラボレーションとしては一番良い形になるでしょう。

坂上 なかなか難しいですが,その通りですね。医師側で何が取得できて,数理科学者はどういう技術を提供できるのか。そこを整理する必要がある。今現在,医師と進めている共同研究が軌道に乗っているのも,互いが理解できる範囲で対話を続けられたことが大きな理由だと思います。

藤生 一方で,医師側の命題が的を射ていない可能性もあるはずです。例えばMRI画像を数学的な視点で見た場合,医師側が想定していた以上の特徴を新たに提案できる可能性はどの程度あるのでしょうか。

坂上 多分にあると思います。共同研究者が全く気づいていなかった点をわれわれ数理科学者が指摘したことはこれまで何度も経験してきました。そうした点を指摘すると,研究が前に進むきっかけになりやすいです。

岩見 皆が驚くようなアプローチが生まれることこそ,異分野でコラボレーションしてサイエンスすることの醍醐味ですよね。次に取り組みたいと考える研究はありますか。

坂上 現在行っている心臓血流の解析については,医療現場に実装する研究に取り組みたいです。AIや機械学習もフルに活用する形で。自分の理論を実社会に展開できたらうれしいじゃないですか。また,今回の数学理論の抽象性を生かして,新しい共同研究者と全くの異分野へと応用していきたいですね。異分野コラボレーションを通して,新しい数学理論を生み出し,数学の発展に貢献できれば,応用数学者としてこれに勝る幸せはないです。

藤生 数理科学を応用した疾患の再定義は,研究として面白いのではと考えています。例えば坂上先生が取り組まれている血流を題材に,データ解析で得られた特徴に基づいて分類し直し,疾患を再定義するイメージです。専門分化し続けている現在の医療界において,臓器別ではない症状や現象を軸に,ノンバイアスな新たな切り口で横断的に診ていくパラダイムシフトが起これば面白いのかなと。その兆しが見えるのがゲノム医療です。

岩見 面白いですね。数理科学とも相性が良さそうです。

 私が今考えているのは,臨床医の先生方が治療して得たデータを,数理科学者であるわれわれがリアルタイムで解析し,フィードバックして次の治療方針に生かしていく循環が構築できないかということです。倫理的な課題も含まれてくるとは思いますが,そうした世界になると,新たな展開が生まれそうな気がしています。ハードル高いですかね?

藤生 リアルタイムではないですが,それに近いものとして,治療困難な不整脈の症例に出合った際にデータを記録し,外部で解析した結果に基づいて治療介入しようという試みを,特定臨床研究で行おうとしています。

岩見 それはすごい!

藤生 治療しにくい不整脈の症例は,個々の医師の経験に基づいて治療が行われている場合が多いために,エキスパートたちの経験を解析し,治療に反映していくことはできそうだと感じています。ただ,あくまでこれは短期的な解決策です。今後は,より大規模にこうした事業を行っていくべきでしょう。恐らく一研究室で取り組むだけでは難しい。研究を拡大する道を模索していきたいですね。

岩見 これまでのいわゆる「数学者」と呼ばれる方々は,他分野との共同研究を行う発想自体があまりなかったと考えられます。一方で私自身は,数理科学の背景を持ちながらも,九州大学では生物学科に,名古屋大学では生命理学科に所属するという亜流な数学者ですので,柔軟なスタイルで医学との融合研究をこれまで実践してきました。社会に実装される応用研究を展開する場合,もはや機械学習を代表するAI技術を避けることはできないでしょう。しかし,単純にデータにAI技術を応用するのではなく,これまで蓄積された強力な数学技術を駆使し,データ解析を融合させることで,未解決の医学領域の問題を解明する糸口を見つけることができるかもしれません。本日は,私が非常に尊敬している坂上先生と藤生先生と一緒にこのような議論ができてワクワクしました。これからも最先端の研究を共に進めていければと思います。

(了)


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名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 異分野融合生物学研究室 教授

2005年大阪府立大工学部数理工学科卒。同大大学院工学研究科電子・数物系専攻博士前期課程修了後,静岡大創造科学技術大学院自然科学系教育部環境・エネルギーシステム専攻に編入する。日本学術振興会・特別研究員PD,JSTさきがけ研究者を経て11年九大大学院理学研究院生物科学部門准教授。15年には仏国国立衛生医学研究所(INSERM)にVisiting Professorとして滞在。20年より現職。博士(理学)。専門は数理科学,数理生物学。

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京都大学大学院理学研究科 数学・数理解析専攻 教授

1990年京大理学部卒業後,同大大学院理学研究科数学・数理解析専攻博士前期課程修了。同大大学院博士後期課程中退後,名大大学院多元数理科学研究科助手,米カリフォルニア大ロサンゼルス校数学科訪問研究員,英シェフィールド大応用数学科訪問研究者,北大大学院理学研究院数学部門准教授,教授などを経て,2013年より現職。研究分野は応用数学(非線形解析)。JSTさきがけにて「数学と情報科学で解き明かす多様な対象の数理構造と活用」の研究総括を担う。博士(理学)。

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東京大学大学院医学系研究科 先進循環器病学講座 特任准教授

2005年東大大学院医学系研究科修了。博士(医学)。07年同大病院循環器内科助教。13年10月~17年3月JSTさきがけ研究員を併任。18年より現職。23年からは東大病院不整脈センター・センター長を併任。循環器専門医。心電図のみから複数の心疾患を予測するモデルの開発や,心臓シミュレーションと臨床情報を統合し疾患の新たな原因を検出する研究などを手掛ける。

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