医学界新聞

寄稿 磯部真倫

2024.03.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3557号より

 先生方は,何かミッションを達成するために上司にお願いしたことはありますか? 組織を良くするために柔軟な発想でいろいろなアイデアが思い浮かび,プロジェクトを立案することもあるはずです。しかし,実際の組織における最終的な決定権は上司にあります。

 「上司の反対で改革に失敗した」「上司といつも議論がかみ合わない」「上司にいくら説明してもわかってくれない」。こんな愚痴を発した経験は皆さんもあるのではないでしょうか。残念ながら若手医師には権限がないのです。責任も取れません。そもそも若手医師がプロジェクトを実施していくには上司の協力は必要不可欠なのです。

 若手医師だけでなく,医師は永遠の中間管理職です。私も教授となりましたが,学部長や病院長にお願いすることもあります。学部長や病院長も理事長や学長と交渉するケースがあるでしょう。医師は常に目上の方と交渉する機会があります。そのような状況で,けんか腰で不平不満を言っても,上司は逆にプロジェクトに反対するだけです。上司に対してうまく交渉することが求められます。

 プロジェクトを実現するための一つの方法として,上司にうまくアイデアを説明し納得してもらうことで,上司の力を借りて組織を動かす策が挙げられます。この上司に対する働きかけ,影響力を行使することを「ボス・マネジメント」と言います。つまり,組織における一般的なマネジメントの概念とは逆に,部下が仕事の目的を達成するために上司を動かすという考え方です。部下が上司に対し能動的かつ戦略的に働きかけることで,自らが仕事を進めやすいように上司をうまくコントロールしたり,相手から積極的な支援を引き出したりするためのコミュニケーション手法や環境づくりの技術を指します。

 では,上司から積極的な支援を得るには何を心がければよいのでしょうか? そのための戦略はあるのでしょうか? 文献的に見たボス・マネジメントを実践するためのワンポイントアドバイスを紹介します1, 2)

認知度:パフォーマンスが低いと思われる人の意見を聞くでしょうか? 影響を与えたいと考えている上司から,部下は高い業績を上げていると見られているかは重要です。上司にとってハイパフォーマーになるために何が必要かを考えてみましょう。

内的な決断:上司がリーダーとして,また人間として限界を持っていることの受容が必要です。上司も人間であることを認識することで,非現実的な期待を,より現実的なレベルまで緩和できます。自身のマインドセットを調整しましょう。

ラポールの形成:上司との積極的なコミュニケーション,また,信頼関係を築き,上司の期待値を明確にしましょう。

外的な決断①:あなたのアイデアは,上司のビジョンに合致しているでしょうか。新しいアイデアやニーズをサポートするためのリソースはありますか。外的に支持が得られない理由を理解しましょう。また,プロジェクトを上司に打ち明けるタイミングや場所も交渉の成否に影響します。

外的な決断②:manage upかlead upかを明確にしましょう。Manage upとは,既存の方針,手順,規則などに言及し,経営,規則,ガイドラインの観点から上司に語りかけることです。一方のlead upは,上司に対する影響力,ラポール形成などの対人関係のスキルを用いて,上司の方向性,アイデア,信念に影響を与える方法です。上司から支持を得ようとする場合,どちらの戦略が有効か,それとも両方用いるかを判断することは重要です。

コミュニケーション:いつ,どのように,何を言えば支持を得られるかを理解すべきであるとともに,端的にわかりやすいメッセージを組み立てる技術も必要です。上司に対する影響力を持ってコミュニケーションし,メッセージを組み立てましょう。

 これらのパールと,対応するピットフォールをまとめたものを1)に示しました。ぜひ参考にしてみてください。

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 ボス・マネジメントの実践に当たってのパールと,対応するピットフォール(文献1より)

 下記に示す具体的なCASEをもとに,表の内容を踏まえながら,ボス・マネジメントを考えてみましょう。

働き方改革が叫ばれる中,若手医師のAは,勤務する大学病院の産婦人科が主治医制であることに不満を持っていた。土日に出勤することで労働時間が延長され,疲労によるインシデントも発生していたためである。そこでAは,教授に「主治医制をチーム制に変えてほしい」と訴えたところ,「チーム制になると責任の所在が不明になる」と言われ,反対された。

Aは一度持ち帰り,教授からの信頼の厚い病棟医長Bに相談。Bは,若手医師Aの考えに納得し,チーム制への移行に賛同した。教授を納得させるためにBは,働き方改革の開始により時間外労働の上限が病院長の命令で厳格に管理される必要があることを示す文書の入手と併せて,教室員の時間外労働の実態を表すデータと照らし合わせることで,現時点では違反者が出る可能性があることを可視化した。その一方で,若手の教室員が皆,チーム制に賛同していることを確認するようにAに指示を出した。

チーム制に難色を示す理由をBが教授に尋ねてみたところ,「患者に対する責任感が欠如しやすい」との懸念を持ち合わせていたことがわかった。そこで,日中は3人チームによるチーム制とし,患者に対する主治医も明確にする案を作成。休日は,当直医以外は出勤しないこととし,実現するための患者の申し送りや緊急時の体制のプランを立案した。

Bは,外来医長や医局長にも相談し,そのコンセプトや新しい体制について丁寧に説明。納得を得ることに成功した。Bは,収集してきたデータや綿密に練ったプランを,教授の忙しくない時間に丁寧に説明したところ,教授の納得を得ることができた。最後にBは,責任をもって体制の変更を管理することを教授に約束した。

 本CASEでは,若手医師Aは教授に対する影響力がないために,アイデアを却下されました。そこで教授に影響力のある病棟医長Bに相談し,法的に労働時間を管理する必要性があること,現時点で違反者が存在することをデータで示し,規則や病院長の命令といった影響力を用いて説明しようと試みています。すなわちmanage upの手法です。教授の懸念事項については自身のマインドセットを調整し,完全なチーム制への移行にこだわらず,教授も納得できる形での対案を作成しました。また,若手医師だけでなく,外来医長,医局長の賛同も得ることで,さらに教授に対する影響力を強めています。そして,教授に配慮し,忙しくないタイミングで,信頼の厚い病棟医長Bが丁寧に,責任をもって管理することを伝えたことで納得を得た形と評価できます。

 若手医師はこれから柔軟な発想でいろいろなアイデアやプロジェクトを考えてください。しかし,思いつくことと,実施することは全く違います。特に,若手医師は何をするにも上司の許可が必要です。上司の立場を理解し,ボス・マネジメントを行うことで,上司とwin-winの関係を作り,組織をより良いものにしていきましょう。


1)Viera AJ, Kramer R(ed). Management and Leadership Skills for Medical Faculty:A Practical Handbook. Springer;2016.
2)綿貫聡,高尾義明,錦織宏(監訳).医師として知っておくべきマネジメントとリーダーシップの鉄則――24の訓え.丸善出版;2019.pp. 192-200.

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岐阜大学大学院医学系研究科医科学専攻生殖・発育医学講座産科婦人科学 教授

2002年山形大卒業後,同大病院産婦人科に入局。08年大阪労災病院産婦人科。婦人科腹腔鏡手術を専門とし,新潟大と関連病院における腹腔鏡手術の実施および教育に取り組むため,13年新潟大病院産科婦人科に助教として異動する。23年1月より同大医学部医学科医学教育センター准教授。23年6月より現職。

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