医学界新聞

対談・座談会 井村洋,福岡敏雄

2024.03.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3557号より

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 2004(平成16)年にスタートした新医師臨床研修制度により臨床研修が必修化されてから20年が経過した。同制度では「医師としての人格の涵養と基本的な臨床能力の修得」という基本理念と,行動目標・経験目標から成る到達目標が示され,これらに基づいた臨床研修が行われてきた。この20年間,医学生・研修医やスタッフ医師,さらには病院,地域にどのような変化があったのか。今後さらに何が求められるのか。新医師臨床研修制度の創設以前より研修医教育に携わる井村氏と福岡氏が議論を行った。

井村 私たち二人の共通点としては,2004年の臨床研修の必修化以前から研修医教育に携わってきたことが挙げられます。今日の対談を通してこの20年の変化を振り返ると同時に,医学生・研修医やスタッフ医師,さらには病院,地域に与えた影響を検証したいと思います。

井村 新医師臨床研修制度では「医師としての人格の涵養と基本的な臨床能力の修得」という基本理念・到達目標が示されました。2年間の研修プロセスで実施すべきことが明確になり,EPOC(臨床研修評価システム)などを用いておのおのの施設で評価を実施する仕組みが整備されたことは良い変化です。

 一方で,臨床研修の必修化による具体的なアウトカムはどうかと言うと,例えば「基本的臨床能力の向上に伴い,非専門医による時間外診療における何らかの改善」などといった確固たるエビデンスがあるわけではありません。必修化の前後を振り返ってみて,どのような変化があったと福岡先生はお考えでしょうか。

福岡 そもそもの臨床研修必修化の背景としては,出身大学やその関連病院での研修が中心で,専門の診療科に偏った研修が行われていたことが挙げられます。当院も,2000年頃は医局からの医師派遣に依存していました。地方にある病院として強い危機感があったことから自前での臨床研修の仕組みを整備し始めたわけです。

 20年の間に紆余曲折ありましたが,臨床研修修了後もスタッフとして勤務してくれる医師が増えたことで病院の規模を拡大することができました。救急を含め,地域のニーズに応えられる医療がようやく提供できるようになったと実感しています。

井村 今振り返ると,当院も似たような状況でした。昔は輸液の組み方一つをとっても出身大学の流派があり,抗菌薬の使い方や心肺蘇生の方法さえ標準化されていませんでした。そもそも標準という発想がなかったのかもしれません。この20年間の変化としては,臨床研修が整備されたことで診療が標準化された部分は間違いなくあります。救急や感染症診療といった臓器横断的な領域は特にその傾向が強いですね。

福岡 それは臨床研修だけでなく,卒前教育が変わったことも大きいと思いますよ。今の卒前教育は臨床推論のケースディスカッションがあって,私たちが受けてきた教育とは別物ですから。

井村 そうですよね。国家試験問題を試しに解いてみると,以前よりも正解にたどり着ける問題が増えました。瑣末さまつな医学知識ではなく,実臨床での思考プロセスが問われている印象を受けます。

福岡 医学部は「普通の医師をちゃんと育てる」ということに焦点を絞り,患者に無用のリスクを負わせないという方向性も徹底されました。そのおかげで,従来よりも「患者が診られる」卒業生を受け入れることができて,現場の負担は相当減りました。つまり,卒前から卒後,さらには生涯学習という全体で考えてみると,臨床研修には大きな波及効果があったと思うのです。

井村 医学生が研修病院を選ぶ際に重視するポイントも変わりました。病院の雰囲気や症例数はもちろん,給与やワークライフバランスも重視されるようになっています。情報収集の手段も,病院のWebサイトに掲載される広報内容だけでなく,在籍する研修医や見学者の声も重視しているようです。

福岡 それで言うと,当院でたまに不満の声として挙がるのは「手技の経験が積みにくい」というものです。臨床研修という枠組みの中で手技の習得と経験をどのレベルで求めるかは十分に考えなければなりません。そのため当院では緊急気管挿管や中心静脈カテーテル挿入などのトレーニングコースを病院として提供しています。「研修医1年目が侵襲性の高い手技をいきなり任される病院に患者として行きたいか」と問われれば答えは当然決まっているでしょう。

井村 わかります。何か問題が起こってからでは遅い。当院では数年前から取り組んでいることではありますが,シミュレーショントレーニングで一定基準をクリアしてから実施するなど,力量と安全を担保した手技の研修体制を整備しておくことが当然と考えるべき時期を迎えていると思います。

福岡 他方,最近は地元や出身地近くの病院で臨床研修を受ける傾向もあるのではと思います。昔は人気研修病院には遠方からも結構な応募がありましたが,今はそれほど多くない。また,臨床研修を修了して専門医研修に進むタイミングで,将来の子育てを考慮して実家近くの病院を選ぶパターンも増えました。

井村 その傾向は全国どの病院でも研修が標準的になり,充実した研修が受けられるようになってきたことの表れで,良い変化なのだろうと思います。

福岡 新医師臨床研修制度の次のステップとして,2018年度から新専門医制度が始まりました。私は新専門医制度による臨床研修への影響も大きいのではと感じていますが,井村先生はどうとらえていますか。

井村 臨床研修のローテーションで広く経験を積めるのは良いことである反面,自身が進む診療科に直接関連しない診療科の研修に対するモチベーションを維持することは大変なようです。かつての専門医研修制度はプログラム制も定員もないため,2年次の冬以降に翌年から経験を積む病院や診療科を決めるだけで良かったのです。ですから,初期の2年間は腰を据えて研修に取り組めましたが,今は夏以降から翌年の専門診療科や施設が内定していることが多く,それが難しくなっています。

 こうした背景には,新医師臨床研修制度が新専門医制度や専門医試験とのつながりが薄いという特性があるのかもしれません。良いか悪いかはさておき,新医師臨床研修制度は専門医試験のような明確なゴール設定があってそこから逆算するわけではありません。研修医自身でのアウトカムの目標設定が難しく,研修医の伸びやかな成長には指導医による新医師臨床研修制度の行動目標や経験目標に合わせたプロセス評価が大事になってきます。

福岡 私もそう思います。個々の研修医に合ったフィードバックをなるべく適時的確に実施することが重要です。知識やスキルを現場で実践しそれが評価され,研修医自身で自己評価・改善するという成長サイクルを回せるように指導医にはサポートしていただきたい。

 また,メンタル不調になってしまう研修医も一定数いて,その予防的取り組みが重要になっています。定期面談を研修1年目の5月と12月の年2回行っています。特別話すことはなくても,最初のつまずきやメンタル不調に気付くことがあります。

井村 メンタル不調になる予兆を早めにつかむことは大事ですよね。当院でも臨床心理士や産業医による定期面談を行っていますが,それ以外の時であっても,師弟関係や利害関係のない研修担当の職員に相談できるという仕組みがあることを,オリエンテーション時に伝えています。研修医を取り巻く環境はプレッシャーが年々増え,不調になる要素が増えていることも理解した上で対応しなければと思います。

福岡 追い込まれてしまってからでは自身の不調に気づけなくなることもあります。指導医や同僚の気付きによって発覚し,こちらからアドバイスして,週末にちょっと帰省したり休みをとったりしてもらうことで,元気になることもありますね。

井村 新医師臨床研修制度の開始に当たって,臨床研修指導医講習会の受講が必須となり,指導医に求められることも明確になりました。1週間ほど泊まり込みで講習を受けたことを私も覚えていますし,論理的・合目的にカリキュラム設定と運営を考えることは今でも役立っています。近頃の臨床研修指導医講習会は,メンタルヘルスやコミュニケーションに関することなども含まれたより実践的な内容になり,指導方法についても随分と充実した講習になっているようです。

福岡 一方で,指導医のアップデートが課題ではと考えます。現状は臨床研修指導医講習会を受講したのが20年前でも,最近受講したばかりの人と変わらず「受講済」として同じ扱いです。医学教育全体のありようも含めてかなり変化があるので,負担の少ないアップデートコースを提供しても良いのではと思います。

井村 指導医が技術,知識,態度の在り方をどうやってアップデートするかは大きなテーマですね。当院のスタッフも運営メンバーとして参画しているResidents as Teachersプロジェクトがレジデントの頃から知識を共有するスキルを身に付けるための取り組みをしていたり,研修医教育者になるための教育も盛んになっていたりしますからね。今の時代は指導医のための書籍や記事も増えたことで,ロールモデルとして参考にできるものも増えてきました。

福岡 診療ガイドラインも充実しフォーマットも明快になり教育ツールとしても生かしやすいのではと思います。インターネット等を通して世界中から多くの情報が得られるようになった現代,単なる知識の集積ではなく,知識を使うためのスキルやそのときの心構えに関する指導が求められていくでしょう。

 ベテラン医師から「研修医は何も知らない」という声を聞くことが以前は多かったのですが,どういった疾患で何を知っておくべきかさえわかれば,研修医たちは自分で調べて解決できます。私たちの世代のように,頭の中の知識と手に持っているマニュアル本で勝負する時代ではありません。コアカリにも書かれていないマイナーな知識を研修医が知らなくても問題ないのではと感じます。私は,今の研修医や若い世代が得意とするこのスタイルが,質の高い医療を提供するに当たって理にかなっているように思います。

井村 今日こうして新医師臨床研修制度創設からの20年を思い返すまでは,研修医を取り巻く環境はそれほど変わってないのではと思っていましたが,一度立ち止まり振り返ると良い方向へ変わってきていることを実感しました。ただ,新しい制度が始まってから成果が出るまでにはやはり20年ぐらいかかるものですね。

福岡 そうですね。10年目で足場が固まり,15年目ぐらいからようやく形が見えてきました。制度が実を結ぶのにこれだけの時間がかかるように,研修医がプロとして成長するプロセスも,専攻医,またその先と非常に長いものです。その間に疾患概念や標準的な治療法も変わっているかもしれない。ぜひ長いスパンで自らの成長を考え,その成長しようとする前向きな気持ち,広く住民と社会の要請に応えられるプロフェッショナルとしての心構えを大事にしてほしい。たとえ目先の知識や手技の取得に戸惑って,一時足踏みしているように思えても,最終的なゴールはもっと先にあります。安心して目の前のことに全力で取り組んでもらいたいです。

井村 研修中は目の前のことに精一杯で自身では変化を感じ取ることができなくても,臨床研修の2年間を終えたときには皆さん確実にレベルアップしています。今日われわれが新医師臨床研修制度の20年を振り返ったことで臨床研修の進歩を認識できたように,誰しも日々の診療から少し距離をとって振り返ることによって自らの成長を認識でき,ここで得た自信が次の活力にもなるはずです。一年に数回でも良いので,都度自らの成長を確かめてみることを勧めます。一人で行うのが難しければ指導医や同僚に確認することで,思いがけない自身の成長や長所に気付くことがあるはずです。経験を成長の糧にする習慣を付けておくと,研修以降の成長にもつながりますので,ぜひとも取り組むことをお勧めします。

(了)


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飯塚病院特任副院長 / 研修管理委員長

1981年藤田保衛大(当時)卒業後,同大病院,国立熱海病院(当時)などを経て98年飯塚病院に入職する。当時設立直後で指導医3人,ローテート研修医4人が所属する総合診療科を率いる。以降,特定の臓器に偏らず患者さん全体を診る,総合力を重んじた診療で規模拡大を果たす。新医師臨床研修制度の創設以前より,ローテート方式による臨床研修を採用していた同院で内科研修の指導医として研修医教育に携わり,2007年からは研修管理委員長を務める。現在は総合診療科部長と特任副院長を兼務する。日本内科学会指導医。日本病院総合診療医学会認定特任指導医。日本プライマリ・ケア連合学会認定指導医。

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倉敷中央病院副院長 / 人材開発センター長

1986年阪大卒業後,同大病院,倉敷中央病院を経て91年名大病院に就職。名大病院では卒後臨床研修センターの立ち上げにかかわる。2006年倉敷中央病院へ復職し,総合診療科主任部長兼医師教育研修部長に就任。研修医のリクルートと救急科での研修医教育に携わる。10年より救急医療センター主任部長,13年救命救急センター長を兼務し,同院の救急ICU立ち上げにも尽力する。14年からは同院人材開発センター長に就任し,国内の市中病院では最多クラスの後期研修プログラムの構築に尽力する。16年より集中治療科主任部長兼任。日本救急医学会救急科指導医。

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