医学界新聞


中塚幹也氏に聞く

インタビュー 中塚幹也

2024.03.04 週刊医学界新聞(通常号):第3556号より

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 2018年にお茶の水女子大学がトランスジェンダー学生の受け入れを発表した後,欧米での議論に続く形で,日本においてもトランスジェンダーに関する議論が活発化し,SNSを中心にいまだ定期的に話題をさらっている。インターネット上には正確でなかったり,トランスジェンダー当事者に対して攻撃的であったりする情報が散見される中,当事者を患者として診療する可能性のある医療者は何を意識する必要があるのか。押さえておきたい基本的な知識について,トランスジェンダー医療に長年携わってきた中塚氏に話を聞いた。

――中塚先生はトランスジェンダー医療に長年取り組まれてきました。初めに,どういった経緯で携わるようになったのかを教えてください。

中塚 私は産婦人科医で,生殖医療・内分泌を専門としています。医学部を卒業して10年ほどは,生理がこない方や更年期の方にホルモン投与を行ったり,性分化疾患患者への造膣手術やホルモン療法を行ったりしてきました。1997年に当時の精神科教授から用件を知らされないまま呼び出され話を聞くと,性同一性障害の方が以前から精神科に通院しているけれど,今後は関連する複数の科でチームとして治療に当たりたいと考えているとのこと。ちょうど,埼玉医科大学で性別適合手術が行われたことが報じられた直後でした。翌98年にジェンダークリニックという名称で,精神科受診を窓口に,当院産科婦人科,泌尿器科に加えて,川崎医科大学の形成外科を加えたチームでの診療を開始したという流れです。

――ジェンダークリニックを開設後,受診者は増えたのでしょうか。

中塚 どんどん増えていって,われわれも驚きました。特に,2001年に当院での第一例の性別適合手術が報道されてからは,加速度的に受診者が増えたのを覚えています。

――トランスジェンダーとはどのような人たちのことを指すのでしょうか。身体の性と心の性が一致しないとの定義をよく耳にします。

中塚 “出生時に割り当てられた性別と心の性が異なることで性別違和感を持つ状態”という定義が一般的です。身体の性と心の性(性自認,ジェンダーアイデンティティ)とが一致していない状態は「性同一性障害」(gender identity disorder:GID)とされ,これはICD-10での定義です。GIDの後継概念として,DSM-5の「性別違和」(gender dysphoria)やICD-11の「性別不合」(gender incongruence)が登場し,世界的には「障害」ととらえない「脱病理化」が進んでいます。わが国の医療においては現在移行期で,電子カルテなどはいまだICD-10を用いているのが現状です。私が理事長を務めるGID学会の名称に関しても変更を予定しており,会員からの意見も募りました。

――「出生時に割り当てられた性別」とはどういうことでしょうか。

中塚 性別が社会の中にあることを反映した表現です。人によって性別違和感の強さは異なりますが,われわれ医療者は,ホルモン療法や外科的な手段を用いてそうした性別違和感を軽減するよう努めます。しかし,それだけで事は収まりません。出生時からその後の人生のさまざまな場面に至るまで,自分が女性なのか男性なのかを常に問われる社会に私たちは生きています。日本社会では,新しく生まれた赤ちゃんが女性なのか男性なのかをはっきりさせようとする力が働いており,そうして指定されるに至った性別が「出生時に割り当てられた性別」です。ですから当事者にとっては,生活する中で自身の実感する性,性自認に即した扱いを周囲から受けることなど,社会的な性別移行がうまくいくことが必要となります。ICDにおける定義の変更は,病院の中で身体の性を心の性に近づけるだけでは問題が解決し得ないことを,医療の側から宣言したようなものですね。

――ICD-10で定義されたGIDの項目には「ジェンダーアイデンティティ」との表現があります。性自認と読み替えてよいのでしょうか。

中塚 「性自認」「性同一性」はいずれもジェンダーアイデンティティの訳語で,意味するところは同じです。性別についての自己認識を指します。平たく言うと,どの性が自分にしっくりくるのか,ということですね。「性自認」という語が喚起するイメージから単なる本人の思い込みや一時的な自称だととらえてしまう人もいるようですが,それは誤解です。生涯の中で性自認が揺れ動く可能性も当然あるものの,本人の意思で操作できるわけではありませんし,人によっては一生を通じて揺れないことももちろんあり得ます。ICD-11では「experienced gender(実感する性)」との表現が使われていますが,性自認に近い概念です。

――性別移行は,どのようなプロセスを経て行われるのでしょうか。

中塚 個別性が極めて高く,一概には言い難いのが実際のところです。一番多いパターンとしては,まずは「リアル・ライフ・エクスペリエンス」と言って,自身の望む性で実際に生活をしてみるわけです。その過程でホルモン療法を行って,体も変わっていく。方向性として問題がないことが確認できたら,本人の希望によって性別適合手術を行ったり,戸籍上の性別を変更したりします。

――性別適合手術を行うに当たっては,慎重さが要求されそうです。

中塚 そうですね。性腺を取り除くことになるので子どもをつくれなくなるなど不可逆的なデメリットがありますし,大掛かりな手術のため相応のリスクも生じます。岡山大学ジェンダークリニックでは,月に数人の手術希望者に関して,一例一例手術の可否を検討する適応判定会議の場を設けています。そこでは医学的な側面からの手術適応だけでなく,戸籍上の性別を変えて生活を営んでいけるのかどうかを慎重に検討します。性別変更をして勤務先を解雇されないか,家族や周囲の人々とうまくやっていけるかなど,懸念点を全てクリアしてようやく手術にゴーサインが出るのです。適応判定会議の構成メンバーに関しては,『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版』1)にのっとって,精神科医,産婦人科医,泌尿器科医,形成外科医はもちろん心理職や助産師などの看護職,外部委員として他の医療機関の方にも入ってもらうという多職種,多施設の体制を敷いています。

 なお,性別適合手術は2018年に保険適用となりました。しかし,その前段階で行うホルモン療法は自由診療であり,混合診療となることを避けるため,性別適合手術に保険が適用される機会はほとんどないのが実情です。

――未成年の当事者に対する治療では,流れが異なるのでしょうか。

中塚 未成年に対して性別適合手術を行うことはありません。まずは学校生活などがうまくいくような支援を行います。必要であればホルモン療法を中心に進めることになりますが,思春期に性別違和感が強くなってきてもすぐに男性ホルモン・女性ホルモンを使うのではなく,まずはGnRHアゴニストなどによる二次性徴抑制療法を行い,二次性徴を抑えている間に本人の性自認を丁寧に確認します。自身の望む性が揺らがないということであれば性ホルモン療法を開始します。子どもの場合は性別違和を一時的に感じていても性別不合ではないケースも多いとされているため,慎重に見極める必要があります。例えば同性愛の女の子が,恋愛対象が女性だということで自分は男性ではないかと思ってしまう,といった例もみられます。

――普段の診療で,病気になって受診したトランスジェンダーの方を診る機会のある医療者も少なくないかと思います。そうした人たちに気を付けてもらいたいこと,押さえておいてほしいことなどがあれば教えてください。

中塚 われわれの外来診療では,呼び出しに際して姓のみで呼ぶ,戸籍上の名前ではない本人が使用している通称名で呼ぶなどのことをしていました。現在は番号制にしています。その他には,診察券の性別欄を本人の希望する性にする,名前を通称名にするなどの対応でしょうか。あとは,トランス女性の場合,女性ホルモンを使用していても声は変化が小さい場合もあるので,他の患者さんがいる前での受け答えは避ける,心電図やX線検査で胸をはだける際に女性の放射線技師が担当する,一般的には大部屋で対応可能な手術でも個室を用意するなど,細かな配慮ができるとなお良いと思います。設備面ではトイレをどうするかが難しい問題です。人の目が少ない場所に多目的トイレを設置してそこを利用してもらうなどがベターでしょうか。小規模なクリニックなら個室のみにして男女で分けないといった方法もあります。来院している患者さんの中にはトランスジェンダーもいる可能性があることを頭の片隅に置いた上で,診療に当たってもらえればと思います。

(了)


1)日本精神神経学会・性同一性障害に関する委員会.性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版.精神誌.2012;114(11):1250-66.

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岡山大学学術研究院保健学域 教授

1986年岡山大医学部卒。同年同大病院産科婦人科,92~95年米国国立衛生研究所(留学)。98年から産婦人科医として診療に携わる傍ら,岡山大ジェンダークリニックで性別違和感を抱える患者の対応に当たる。2006年同大医学部保健学科教授等を経て,07年より現職。専門は生殖医学。GID(性同一性障害)学会理事長を務める。同学会認定医。

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