医学界新聞

寄稿 大庭明子

2024.02.26 週刊医学界新聞(看護号):第3555号より

 自治医科大学附属さいたま医療センターは,埼玉県さいたま市において地域医療の中核を担う,628床の高度急性期医療機関である。病床稼働率93.7%,平均在院日数9.9日,平均外来患者数1470人/日,手術件数650件/月(2023年11月統計より)であり,三次救急応需で緊急入院患者も多い。病床のフレキシブルな活用およびコントロールにより,地域医療のニーズに日々応えるべく職員は懸命に励んでいる。

 日常の医療安全管理活動の中核をなすのは,職員からのインシデント報告による情報分析である。インシデント報告から将来事故につながるリスクを把握,また発生頻度や患者に影響するレベルによって優先順位を柔軟に変え,現場と共に対策を立案している。当センターのインシデント報告数は年間約2万件を超え(図1),医師からも年間1000件以上の報告がなされている。全報告の7割以上はインシデントレベル0,1の軽微な報告であり,決して医療事故が多いということではない。インシデント報告では,患者の不利益への懸念,現場でヒヤリとした経験,ルールがない,あるいは守られていない事実,部署間・多職種間でうまくコミュニケーションが取れなかった事例等について,顕在化した問題や将来のリスクが報告されている。当センターでは複数の部署に関係するインシデント報告については積極的に公開し,関係部署間での改善活動を推進している。

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図1 全職員からのインシデント報告数の推移
インシデント報告数は年間約2万件を超え,医師からも年間1000件以上の報告がなされる。全報告の7割以上はインシデントレベル0,1の軽微な報告であり,決して医療事故が多いということではない。

 医療安全文化は,①報告文化,②正義・公正の文化,③柔軟な文化,④学習する文化から成り立つ。中でも①報告文化は,再発予防において極めて重要であり,インシデント報告数を増やすことは,医療安全を推進するには欠かせない。当センターでは以前よりこの文化を医療安全管理室主導で築き上げてきた。現在,特に看護職員においてはインシデント報告にほぼ抵抗がない状況であり,デブリーフィングのツールとしても活用されている。看護師だけでなく他の職種でも同様に,インシデント報告は「現場の問題を上司に知ってもらいたい」「医療安全管理室のメンバーに知ってもらいたい」「かかわった部署に伝えたい」「改善が必要だから伝えたい」「ひとまず報告してみよう」という気持ちを簡便に伝えるツールとして定着している。私自身,医療安全管理室に異動になる前,医療安全巡視の時に「報告ありがとう。この前は大変だったね!」などと自分の報告に親身に寄り添ってくれたことや,自身の報告が業務改善につながっていることを実感した事例もあり,信頼できる医療安全管理室だからこそ事実を報告したいとの気持ちが湧き,モヤモヤしたことがあるとすぐに報告していた。当センターにおいてインシデント報告は日常的なものであり,今現在も現場の職員が同じ気持ちであることを確認している。

 しかし報告文化は1日にしてならずである。報告数を増やすため,「どんな些細なことでも良いので報告を」と医療安全管理室から全職種に向けて毎月お願いし続けていることや,報告数が多い医師や改善に寄与した報告者の表彰などを行ってきた。また,1件のインシデントにかかわった多職種・複数の立場からの視座が背後要因分析の上では重要となるが,以前は「かかわった誰か1人がインシデント報告すれば良いのでは?」という認識が存在していた。この問題に関しては,分析ツールであるImSAFERやQuickSAFERの活用を推進したことで,ツールの仕様上,人的要因と環境的要因に分けた報告が求められることから,インシデントにかかわった職員それぞれから報告が上がるようになった。

 さらに,医師には医療過誤にかかわらず報告が求められる30項目の基準が存在することや,他職種では別のシステムで行っていた報告書関係をインシデント報告に移行するなど,医療安全管理室のさまざまな取り組みと職員の意識向上という両者の努力が報告文化の醸成につながったと考える。

 当センターのインシデント報告は,個人が自由に報告できるシステムが構築されている。入職したタイミングで医療安全管理室が報告システムの登録と入力方法に関するオリエンテーションを実施しているため,新人職員は報告準備が完了した状態で部署に配属される。

 当センターのインシデント改善サイクルの中で特徴的なことは,医師だけでなく他職種も関係するインシデントと判断されると,所属部内にとどまらず,医療安全管理室から速やかにセンター長に報告され,インシデントの振り返りの場が設けられることである。センター長主催の事例検討会で取り上げられる場合は,かかわった全職種が招集され,「入院まで」「入院後の検査・治療」「急変時の対応」「家族への説明」「多職種との連携やコミュニケーション」「記録」「観察」について適切であったかを他職種で意見し合い,対策の検討を行っている。ここで重要な点は,会議のはじめに「個人の責任の追及ではなく再発防止を検討する会である」との内容が司会者から宣言される点である。これによって心理的な安全性が担保され,忌憚のない意見交換がなされるようになる。

 具体的な対策は関係する委員会等で検討され,医療安全管理室で作成し配布する医療安全新聞や,医療安全管理委員会をはじめとする各種委員会で速やかに周知される。マニュアルに追加変更が必要ならば,関係部署が改訂後,一斉メール等で全職員に周知している。看護の場合,看護手順は主任看護師会が担当する。インシデントの対策として看護手順を改訂することは頻繁にあり,手順の担当者がWeb上の更新までを速やかに行うことが求められている。

 この絶え間ないPDCAサイクルの循環により,患者の安全と同様に医療者の安全も考え,自律的医療安全が成り立っている。実際,医療安全文化調査では,他施設と比較して当センターの医療安全文化は良好な状態と評価され,職員のリスク意識や改善意識の高さを可視化できた(図2)。

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図2 医療安全文化調査による医療安全文化の可視化
日本医療機能評価機構が行う2023年度の医療安全文化調査に参加した500床以上の他施設と比較すると,当院の医療安全文化は良好な状態と評価でき,職員のリスク意識や改善意識の高さが可視化されている。

 働き方改革の推進により,業務効率化を検討する場が増えているが,効率化により省略された作業が,実は教育・訓練の役割を担っていたことが明確になるインシデント報告を散見する。すなわち,効率化で失われた教育・訓練をどう補うかとの課題が新たに発生しているのだ。また,どの施設でも共通課題であるインシデントに関する職員へのフィードバックとコミュニケーションの方法は,周知に有効な方法やツールを検討している最中である。

 時代の変化と共に医療安全管理方法も変化させていく必要があると考えるが,時代がどう変化しても患者家族を優先に考えることや,なぜその行動を取れば安全につながるのかという行動の意味付け理解の推進は不可欠である。これからも職員からのインシデント報告に感謝し,現場での気づきをスムーズに改善できるように努めていきたい。


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自治医科大学附属さいたま医療センター医療安全管理室室長補佐 / 看護師長

1999年国際医療福祉大保健医療学部看護学科を卒業後,自治医大附属大宮医療センター(現・さいたま医療センター)に入職する。中央手術部に配属後,救急部開設メンバーとして異動。2度の産休・育休を経て,放射線看護を経験後,主任看護師として救命救急センター開設に携わる。2017年同院医療安全管理室主任看護師。19年より現職。医療安全管理者養成研修修了,医療安全全国共同行動に設置される行動目標9「転倒・転落による傷害の防止」技術支援部会委員。

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