医学界新聞

「世帯支援」の立場に立った

寄稿 西山慶

2024.02.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3553号より

 親の監督が必要な子どもや介護が欠かせない高齢者は,種々の支援を必要とする点で「社会的弱者」とされます。育児や介護を行う医師が「社会的弱者」を扶養する義務と,医療者としての責任を両立させるために,「世帯支援」の視点に立った医師の労働環境整備が望まれています。これは男女を問いません。本稿では,筆者の約20年にわたるマネジメント業務の中で培った「世帯支援」の立場に立った労務環境の在り方,労務管理者としてのマネジング方法やトラブル回避の方法についてお示しします。

 一言に「働く」といってもその内容や目的は多岐にわたります。哲学者のハンナ・アレントは『人間の条件』1)の中で人間の活動をLabor(労働), Work(仕事), Action(活動)に分類し,人間らしい人生を送るにはこれら全てを充足することが重要だと述べています。

 簡単に述べると,労働 (Labor)とは生活の糧を得るための行為を指し,時給・負荷の大きさ・労働時間などが重要となります。仕事(Work)とは人間は有限であることから生じる活動で,時間を超えて続く世界を作ろうとする行為であり,単純作業ではなく思考が重要となります。臨床医にとっては個々の診療・研究教育活動そのものと思います。活動(Action)とは,人間は一人では生きていくことができないことに基づくもので,多くの人と協調する作業となります。医師にとってはお互いに尊重し合う関係性で行うチーム医療,臨床システム構築,研究教育活動などが活動に当たるでしょう。

 実際にスタッフと面談をしてみても表面上は診療(Workに当たる)に対する不満を述べているが,実際に困っているのは経済的な問題(Laborの改善が必要)であったり,実は人間関係で課題が生じていたりすること(Actionの改善が必要)を経験します。管理者は面談などを利用しながら,これら3つの「働く」ことをスタッフと共に振り返っていくことが重要と思います。

 管理者はスタッフに社会的弱者の扶養義務が生じた場合,生活を支えるための労働(Labor)という側面が重大かつ複雑になることに留意せねばなりません。さらに「共働き,扶養者あり」と「非共働き,扶養者あり」では,「時間」「サラリー」と困っていること(評価軸)が異なるため,深刻な対立が生じる場合があることには十分注意するべきでしょう(図1)。

3553_0202.png
図1 共働き・非共働き世帯で困っていることの違い
共働き世帯は時間貧乏になりやすい一方で,非共働き世帯はサラリー貧乏になりやすい。両者の困りごとは異なるので,管理者は平等でなく公平な職場環境の調整を行いたい。

 筆者は,世帯環境による制約を「時間的」「空間的」「経済的」に分け,世帯情報(「扶養者なし」「共働き,扶養者あり」「共働き,扶養者なし」)と組み合わせて3×3フレーム(図2)を作成し,個別に対応していました。2項目以上が危機的状況となると,キャリアパスを設計することが経験的に相当困難となります。例えば,「共働き,扶...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

3553_0201.jpg

新潟大学大学院医歯学総合研究科救命救急医学分野 教授

1995年京大卒。小倉記念病院循環器科,京大病院循環器内科,同院初期診療・救急科,国立病院機構京都医療センター救命救急センター長などを経て,2021年より現職。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook