医学界新聞


産・官・学・医,オールジャパンでの開発体制と経験

寄稿 沖山翔

2024.02.05 週刊医学界新聞(通常号):第3552号より

 国プロ(科学研究費を用いた国からの委託事業)に基づきAI医療機器の開発を担う企業の代表として,ベンチャーを創業して6年になる。初めに承認されたAI,nodoca(ノドカ)は,インフルエンザの診断支援を用途として治験を行い,2022年に医療機器承認そして保険適用となり,現在全国の開業医を中心に使われ始めている。

 産官学,そして多くの医療機関に支えられたこの新医療機器の開発プロジェクトは,2020年の臨床試験を経て, AI医療機器で独立した保険点数がついた事例として初めて臨床化に至った()。本稿では,産官学医での共同開発の実際を紹介する。

 2022年12月に上市されたnodocaは,AIを搭載した咽頭カメラである(写真)。撮影された咽頭の画像から,炎症像や扁桃腫大,インフルエンザ濾胞の有無などさまざまな情報をAIが解析する。搭載されたAIは,画像だけでなくバイタルサインや症状等も解析に用いて判定を行う。治験を経てnodocaが現在承認を受けているのは,インフルエンザ感染症に対する判定である。

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写真 nodoca外観とPC画面
症状等の患者情報を入力した上で,咽頭カメラにはカバーを装着して口腔内を撮影,AIによる判定を行う。

 従来インフルエンザの診断には,抗原検査(イムノクロマト法)が広く用いられてきた。nodocaはここに新たな選択肢を加えるものであり,治験の結果(リアルタイムPCR法を基準として感度76%,特異度88%。N=659例)を経て,抗原検査と同じく一検査当たり305点での保険収載となっている。

 本咽頭AIカメラ開発プロセスの特徴は,いち医師,いち企業が単独で行ったものでなく,産官学そして臨床現場のうち,おそらく前例があまりないのではないかと思う程度には多くの関係者が携わった大型開発プロジェクトであった点にあると考える。キーワードは「共創」であり,以下に,産官学医との連携・共創プロセスをそれぞれ記載する。

 大きな流れとして,①咽頭カメラの開発,②咽頭カメラを用いた学習データの収集,③AIの開発,④治験,⑤承認申請および保険適用のプロセスを経て,本咽頭AIカメラは臨床への導入に至った。

 カメラを含むnodocaの開発は,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による委託事業として,国の支援下で行われた。開発に当たった当社のチームには,6人の医師だけでなく,厚労省・経産省・財務省といった行政出身のメンバーも所属し,個人情報保護法や臨床研究法といった複雑な制度を正しく理解しながら,また時には医学やAI技術について官―民間での通訳者のような立場で,行政とのコミュニケーションを担った。

 また,nodocaはいわゆる深層学習(ディープラーニング)技術を用いて開発されているが,その最中では,産業技術総合研究所の国産スーパーコンピュータ「ABCI」を優先的に利用できた点も特筆に値する。後述の膨大な学習用データは通常のPCで処理できるデータ量を越えており,当時日本1位・世界5位のスパコンを利用できたのは極めて大きな利点であった。

 nodocaは,50万枚以上の咽頭画像からなる大規模データベースを基に開発されている。元からあったデータベースではなく,延べ100病院・医療従事者500人・患者1万人以上が携わった,日本最大級の前向き多施設共同研究(データベース構築研究)・特定臨床研究であった。

 この研究では,①咽頭画像,②症状等の臨床データ,③インフルエンザのPCR検査結果の取得が行われ,臨床研究として患者同意を全例個別取得しながら行う必要があった。丁寧な説明と煩雑な書類業務が発生する中で協力いただいた累計100施設を超える医療機関,そして現場の医療スタッフの皆さまには頭が上がらない。研究に協力いただいた背景を尋ねると,「未来を切り拓く新しい臨床研究に携われることがうれしい」といった声もあった。また,当社が,医師(筆者)と元厚労省の行政官(副社長の加藤浩晃)が立ち上げ,医師も多く在籍する珍しい形態のベンチャーであったことも信頼につながったのかもしれない。

 医療機器としてのnodoca開発は特定の単独大学病院で主導されたわけではなく,最も初期には筑波大学,それ以降も10大学の医学部が,nodocaおよびその咽頭画像データベースに共同研究の形でかかわっている。

 医療機器そのものは承認後,研究を離れて一般利用されていくが,そこから生まれ継続的に大きくなり続ける咽頭画像データベースは,同様の取り組みが世界でも見られないことから非常に重要な「医学資源」であると考える。このデータベースを基に,インフルエンザの次の感染症(新型コロナウイルス感染症や溶連菌感染症)のAI検出や,咽頭がん・生活習慣病などのAI検出の研究を行っており,さまざまな成果が徐々に上がってきている。

 また,このデータベース構築の一部は,日本救急医学会の推薦AI研究として一定の優遇的な研究開発が行われ,その成果は2022,23年の日本救急医学会総会・学術集会でも報告が行われた。

 安倍・菅・岸田政権下で一貫して成長戦略に位置づけられた「スタートアップ」は良くも悪くもブームの様相を呈しているが,本開発はその恩恵にあずかっていることもまた否定できない。PMDA,厚労省からは革新的医療機器等相談承認申請支援事業という制度で,承認申請の審査手数料(1000万円以上)のうち50%が還付されたり,新興企業についてはPMDAとの面談手数料のうち90%が還付されたりするなど,さまざまな支援を受けられた。これらはいずれも,新たな技術を活用したイノベーションを推進することを目的とした,行政のスタートアップ振興政策の例である。

 最後になるが,世界中50か国・地域からおよそ3万の企業が各国予選に参加し,米国サンフランシスコで決勝の世界大会が開催された「スタートアップワールドカップ」にて,2023年12月にアイリスが日本代表として出場し,nodocaのこれまでと今後の開発計画,そして取り組みが優勝の栄誉をいただいた。ここまでに名前を挙げた,あるいは紹介し切れなかった数多くの医療関連団体や学会,企業等の,本開発・共創をご一緒した方々にも吉報を届けることができた点,咽頭画像データベースという,ある意味日本から生まれ世界へ広がっていく医学資源の価値が外部からも認められたことはありがたい出来事であった。

 咽頭の診察は医学において,胸部聴診と双対を為す,最も頻度の高い診察行為の一つであろう。それだけ頻度が高い,すなわち情報が秘められた「咽頭」を,診て終わりにするのではなく,記録し,データベース化し,ビッグデータを基に判定できる疾病を増やしていく。そのときに診断を行い,患者に説明するのはAIでなくわれわれ医師の職務である。AIが自動販売機のように診断結果を伝えるような医療は誰のためにもならない。AI検査の判定結果を解釈し,それも踏まえて納得感のある説明を患者に伝えたり,時にはその他の情報や所見を活用しながらAIの判定を受け入れずに総合診断を行ったりといった医療の在り方は,AIの登場によって変わることはない。

 データが増えるほど精度が上がることや適応症が広がる可能性があることは,AIの持つ特徴の一つである。医療の中に,新しいテクノロジーを摩擦なく,また医療を豊かにする形で導入していくために,医師としてできることを実践し,これからもさまざまな立場を越えて共創が広がるような取り組みを続けて参りたい。


:厚労省が公表する情報(中医協総会議事録)を筆者が確認する限り,AI医療機器として初めて独立した保険点数がついた事例であった。

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日本赤十字社医療センター 救急科 / アイリス株式会社 代表取締役

2010年東大医学部卒。救急科専門医,日本救急医学会AI研究活性化特別委員会委員。日赤医療センター救命救急科での勤務を経て,ドクターヘリ・DMAT隊員として救急医療を実践。また南鳥島・沖ノ鳥島(国交省事業)にて離島医・船医として総合診療に従事。17年アイリス株式会社を創業,代表取締役。

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