医学界新聞


キャリアを照らし,いつまでも輝き続ける論文を発掘する

寄稿 西浦博,森墾,三谷幸之介,白石淳,南野徹

2024.02.05 週刊医学界新聞(通常号):第3552号より

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 研究者のたゆまぬ努力により,日々新しい論文が発表されています。自身が関心を持った研究分野を探求し続ける中で,将来のキャリアに光を与えるダイヤモンドの原石とも言える一編に出合うこともあるでしょう。

 今回は,識者の方々にこれまでの医師・研究者としてのキャリアの中で「印象深い論文」を紹介していただきました。読者の皆さんも,自身のキャリアを照らす原石となる,光り輝き続ける論文をぜひ探してみてください。

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京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 教授

①Anderson RM, et al. Epidemiological parameters of HIV transmission. Nature. 1988;333(6173):514-9. [PMID:3374601]
②Eichner M, et al. Transmission potential of smallpox:estimates based on detailed data from an outbreak. Am J Epidemiol. 2003;158(2):110-7. [PMID:12851223]
③Wallinga J, et al. Different epidemic curves for severe acute respiratory syndrome reveal similar impacts of control measures. Am J Epidemiol. 2004;160(6):509-16. [PMID:15353409]

 1990年代後半,「良い臨床医」の育成に注力する地方国立医大に通っていた自分は臨床現場に強い魅力を感じず,面白い情報に飢えていました。状況を変えてくれたのはAndersonとMayによる『Infectious Diseases of Humans』(Oxford University Press,1991)という感染症の数理モデルの専門書でした。感染症の理論疫学に関する論文をさらに読み進めていくと,本領域に全く退屈しないことを確信しました。

 ①の論文をはじめ,感染症の理論疫学論文に圧倒されたのは,その領域が生き生きとして面白いということはもちろん,感染症が集団内ではやるメカニズムに対して真っ向からサイエンスとして向かい合っている事実を知ったためでした。90年代,AndersonとMayはHIV/AIDS流行の数理的分析を通じて,毎月のようにNature/Science誌へ原著論文を報告していました。1編ずつひもとくと極めて面白い! 「誰と誰が性的に接触するかを決める嗜好性1つで大きく流行サイズが変わりそう」ということや「開発途上国ではHIV流行が人口学的成長に多大な影響を与えそう」など,流行一つひとつの疫学的側面に真摯に向かい合い,ゲームを大きく左右する要素を特定し,エレガントに数理で記述していました。単にモデルが楽しいだけでなく,数理的アプローチを取ることで流行の本質やキーポイントを見抜く技術が披露されたのです。

 晴眼を持つ研究者のインテリジェンスには驚くばかりです。例えば,流行統計を熟知した上で行われた,②の天然痘伝播の研究には魂を揺さぶられました。当時,米国で9・11テロが起こり,西側諸国では天然痘のバイオテロが危惧された一方で,1970年代までに根絶された感染症ですから,天然痘の基本再生産数や流行対応について理論化することは困難を極めました。しかし,天然痘は臨床診断が簡単で,歴史統計でカウントされた症例はほぼ全例が天然痘で間違いありませんので,EichnerとDietzは19~20世紀の天然痘の流行に関する資料をひもといて同課題に対峙しました。そして彼らは,1967年のナイジェリアにおける詳細な接触歴調査データを今日的な数理モデルで分析し,基本再生産数を6.9と推定しました。②の研究以前はエビデンスが限られており,天然痘の基本再生産数を3と誤って想定した数理的計算が英米で多数見られました。ずっと昔の流行の再分析のみによって極めてシャープに一石を投じるのを見て,私は迷わずEichnerとDietzの下で修業させてもらうことを決めました。

 方法論は日進月歩で進みます。2002~3年に中国で重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行が発生し,香港を起点に世界中に拡大しました。HIV/AIDSに引き続いて世界はパンデミックを経験し,理論疫学の研究者たちは本格的なパンデミック対応の分析に目覚め始めました。各国グループが競ってリアルタイムでSARS流行データの分析に対峙し,人口レベルで客観的に流行対策を評価する手法についてそれぞれの研究者が悪戦苦闘する毎日が続きました。そのような中,流行曲線だけを基に実効再生産数がいとも簡単に推定できて,それが対策評価に便利に使えるという事実をズバッと定式化したオランダで行われた③の研究は最も衝撃的でした。2003年初期に世界保健機関はSARSで非常事態宣言を発令して対策を強化しましたが,同論文では宣言発令後に実効再生産数がほどなく1を下回りました。これが極めて簡易的な方法で実証され,Wallingaらは流行対策の成功を客観的に示すことに成功しました。こうして生まれた実効再生産数を基にした議論が,15年近く後にCOVID-19パンデミックから私たち社会を守る礎になったのもうれしいです(ただし,近縁のコロナウイルスで苦しめられたことは本当の因縁のようなものであり,皮肉なものでもありましたが)。お伝えしたいのは,新興感染症のイベントごとに本研究領域ではホームラン級の技術革新が起こっているということです。現状に満足することなく,感染症理論疫学の研究領域は絶えず成長し続けています。

 皆さんも,心底ビックリする研究に出合うことがあると思います。驚きを肌で感じつつ自分の研究に還元できると「ほんとうに楽しいな」と思いつつ日々暮らせると思いますよ。

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自治医科大学医学部放射線医学講座 教授

①Kanda T, et al. High Signal Intensity in Dentate Nucleus on Unenhanced T1-weighted MR Images:Association with Linear versus Macrocyclic Gadolinium Chelate Administration. Radiology. 2015;275(3):803-9. [PMID:25633504]
②Takanashi J, et al. Diffusion MRI abnormalities after prolonged febrile seizures with encephalopathy. Neurology. 2006;66(9):1304-9. [PMID:16682659]
③Sevigny J, et al. The antibody aducanumab reduces Aβ plaques in Alzheimer’s disease. Nature. 2016;537(7618):50-6. [PMID:27582220]

 ①を読んで,日常診療の中で出合う疑問には,きちんと対峙して深堀りしなければいけないと(のちのちに)痛感しました。ガドリニウム造影剤を何度も投与すると,直鎖型製剤ではキレートの遊離によって脳実質内に重金属イオンが沈着するという報告です。これは論文発表前から学会で聞いており,「そんな現象もあるね」ぐらいの甘い認識でした。その重要性をキャッチしそこねていたのです。しかし,この論文がRadiology誌に発表されるやいなや世界中を巻き込む大混乱を引き起こしました。治療薬ではない,安全であるべき検査薬が生体に影響を及ぼすことがわかったからです。著者の神田知紀先生は製薬会社からの脅しに近い「アドバイス」にもめげずに,着々とエビデンスを固めて続報で主張を続け,最終的には世界的なコンセンサスを得ました。これを機に直鎖型製剤は駆逐され,環状型製剤へと一気にスイッチすることになります。歴史的な改変期に立ち会えたのは,とても印象深い経験でした。

 ②も日常臨床で出合った症例はきちんと分類しておかなければいけないと思い知らされた論文です。急性脳炎脳症の中には,二相性発作と遅発性拡散低下を特徴とする一群(AESD)があるという報告です。非典型的で既知の病名がつかず分類不能とされた中には新たな疾患概念が隠れています。それを精緻にえり分けてまとめあげ,今後の診断や治療につなげるのが臨床の醍醐味の一つでしょう。画像所見は,その疾患の分類に役立つ指標となり得ます。著者の髙梨潤一先生は,そのような観点から新しい疾患を次々に確立して治療に役立てており,現人神かと思えるほど驚異的な研究成果を出し続けています。忙しい日常臨床の中での,臨床情報のまとめ方や着目の仕方がとても勉強になります。

 ③は目に見えている画像上の改善が,短絡的に臨床でも役立つとは限らないと思い知らされた論文です。同論文は疾患修飾薬がアルツハイマー型認知症で認める老人斑を著しく減少させるという報告です。この論文を初めて読んだ時には,一度形成されてしまった老人斑が除去されるのであれば,アルツハイマー型認知症は攻略できるのではないかと単純に希望を抱き,とても高揚しました。画像の改善があり得ないほど素晴らしかったからです。しかし,その後の解析では臨床的な認知機能の改善効果は非常に小さいことが明らかとなり,FDA(米国食品医薬品局)では新薬として条件付き承認にとどまった経緯はご存じの通りです。疾患病理の仮説に沿っていろいろな研究が行われるわけですが,その仮説に瑕疵がある場合は,疾患のバイオマーカーと臨床症状はリンクしないのです。考えてみれば当たり前ですね。

 医用画像は読むほう(読影)だけでなく撮るほう(描出)も奥が深いです。今回は画像を解釈する論文ばかり挙げましたが,Paul LauterburによるMRI発明の論文(Nature. 1973;242:190-1,最初の投稿時には先進的すぎてNature誌にrejectされたそうです。さもありなん)など,撮像技術に関する印象深い論文も山ほどあります。業務時間外の「自己研鑽」として夜な夜な論文を読みふけるのは楽しいですよね! 論文を契機に著者へ会いに行き,その生きざまを学ぶのも良いでしょう。

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埼玉医科大学医学部ゲノム応用医学 教授

①Friedmann T. Gene therapy:fact and fiction in biology's new approaches to disease. Cold Spring Harbor Laboratory;1983.
②Smithies O, et al. Insertion of DNA sequences into the human chromosomal beta-globin locus by homologous recombination. Nature. 1985;317(6034):230-4. [PMID:2995814]
③Friend SH, et al. A human DN...

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