医学界新聞


藤間勝子氏に聞く

インタビュー 藤間勝子

2024.01.29 週刊医学界新聞(通常号):第3551号より

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 第4期がん対策推進基本計画における目標の一つである「がんとの共生」において,外見の変化に起因するがん患者の苦痛軽減を目的とした「アピアランスケア」の文言が追加され,独立した項目として取り上げられた。治療を継続しながら社会生活を送るがん患者が増加していることを背景に,治療に伴う外見変化に対するサポートの重要性が増す中,医療者は何ができるのか。国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センターセンター長の藤間氏に話を聞いた。

――初めに,がん対策におけるアピアランスケアの位置づけを教えてください。

藤間 アピアランスケアは治療に伴う外見の変化への対処であり,がんを治療していく上での支持療法の一つと当センターでは考えています。よく医療者の方は「外見の変化を受け入れる」という表現をしますが,患者さんが外見の問題を受容することはアピアランスケアの目標ではありません。外見の変化はそう簡単に受け入れられるものではありませんから。つらい中でも折り合いをつけ,少しでも患者さんがその人らしく生きられることをめざすのが,アピアランスケアです。

――その人らしく生きられるように,というのが目標なのですね。外見をきれいに整えるイメージが強かったために,今のお話は驚きました。

藤間 よくそのように誤解されます。アピアランスと言うと,女性の患者さんがウィッグやお化粧,マニキュアをして美しさを保つというイメージを持たれがちですが,実際はそうではありません。アピアランスケアは“ビューティーではなくサバイブ”のために行われるものです。男性でも,女性でも,子どもでも,高齢者でも,誰でも,外見が変わったことで生活しにくいことがないようにする支援全般を指します。

 というのも,がんによる外見の変化はその症状だけが問題になるのではなく,症状を起点に心理・社会的な問題も生じるからです。外見の変化は自分にも他人にも見えてしまうものであり,見た目から,“がんだとわかってしまう”。患者さんは,外見から相手にがんだと知られてしまったら人間関係や社会的ポジションが変わるかもしれないと恐怖を感じたり,鏡を見るたびに「自分はがんだ」と直面させられてつらい思いをしたりしているのです。

 目に映る外見の症状,自信の喪失や抑うつなどの心理的な問題,人間関係などの社会的な問題,これら全てに介入し,患者さんのQOLを向上させることをめざします(1)

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 医療者が行うアピアランスケアの方法(文献1より一部改変)

――アピアランスケアに関して,医療者はまず何をすべきなのでしょうか。

藤間 最も重要なのは,病院で外見の問題を相談できるという啓発です。実は,ウイッグや化粧品など物品やサービスの販売を伴わずに外見のことを相談できる場は,医療機関以外にはほとんどありません。ところが患者さんは「こんなことを相談してもいいんだろうか」と躊躇したり,忙しそうな医療者を見て遠慮してしまったりと,外見の悩みをなかなか病院で相談しにくい。ですから,病院で外見の悩みを相談しても良いことが患者に伝わること,どこに相談できるか周知することが大切です。相談先はがん相談支援センターでも,担当の診察科の看護師でも,担当医師でも構いません。そして相談された場合には,外見に関する問題を解決するための情報をエビデンスに基づいて提供すること。エビデンスがなければ,医学的なエキスパートオピニオンに基づいたケアが受けられるように情報提供することが必要です。

――各病院で情報提供への意識が根付くと良いですね。

藤間 そのために,当センターでは,2023年11月からがんの治療に携わる全ての医療者を対象にアピアランスケアについてのeラーニングを公開しています。eラーニングを通じて,アピランスケアへの知識を深めていただきたいです。

――先ほど心理・社会的な介入の話がありましたが,具体的にどのような取り組みを行うのでしょうか。

藤間 心理的介入は,自己認知や価値観に働きかけて心理的負荷を軽減することが目的です。例えば脱毛した姿はみっともないから隠さなければならないと感じている患者さんには,本当にみっともないのかどうかをもう一度考えてもらい,とらえ方や考え方を変えてもらうよう支援します。

 社会的介入では,外見の変化後のコミュニケーションに関するアドバイスや会話のシミュレーションなどを通じて人間関係を円滑にする手助けをします。自分ががん患者の1年生であるのと同じように,周囲の人もがん患者の家族,友達,同僚1年生なので,がんだと打ち明けられても戸惑い,うまく対応できないことも多いです。お互いが傷つかず,スムーズなコミュニケーションができるように,話の切り出し方や受け答えについてアドバイスしています。

――そうした心理・社会的な支援は日々の診療の中でもできるものですか。

藤間 もちろんです。医師が診療中に行うことも可能だと思いますし,看護師や相談支援センターの相談員,心理職,薬剤師もできるでしょう。また,院内でアピアランスケアについて詳しい人材を育成し,何か相談があった時にはその人材につないで支援する形でも良いと思います。ですので,院内でアピアランスケアを提供できる人材を育てていく必要があることを病院の幹部の方には意識してほしいですね。

――アピランスケアに関して,今後さらに拡充すべき点があればお聞かせください。

藤間 アピアランスケアの均てん化です。都会の大病院であればリソースや協力企業も多く,アピアランスケアを提供する余地がありますが,がん拠点病院へのアクセスが難しい地方に住む方ががんになり,外見の悩みを抱えるようになった時に,支えることのできる体制はまだ構築されているとは言いがたいです。医療へのアクセスが乏しいがん患者にどのように対応すれば良いのか。どのようなトレーニングが医療者に必要なのかなど,考えなければならないことは山積しています。

――打開策はあるのでしょうか。

藤間 各病院ががん拠点病院と適宜連携できる支援システムを構築する必要があると感じています。そして,患者さん自身がインターネット上でアクセスできる情報を拡充するなど,デジタルを活用した情報提供をアピアランスケアの中心に据えるのが現実的と考えます。信用できる情報源を紹介して,患者さん自身で考えて対処してもらう。それでも問題を解決できなかった方はしっかり拾い上げ,適切な相談先につなぐといったフローが必要になるのではないでしょうか。また現在,厚労省でアピランスケアのモデル事業を行っていますので,その中で課題や良い点を見つけ,各病院で共有できるようにしていけたらと思います。

――最後にがん治療に携わる医療者へのメッセージをお願いします。

藤間 アピアランスケアは診療報酬に直接つながらないことから軽視されがちですが,支持療法として意味のある重要なケアです。医療者の皆さまも,患者さんのQOLの重要性や,ただ治療だけすれば良いわけではないということはご理解いただいていると思います。それに,頑張って治療したのに,「この見た目で生きていても仕方がない」と患者さんに悲しまれたら,医療者側もつらいですよね。

 アピアランスケアは,難しいこと,新しいことと思われがちですが,今まで医療者の皆さまが副作用対策の中で説明してきたこととそう変わりません。その情報をさらにブラッシュアップして提供していこうというだけです。今までやっていたことを皆で見直して,より患者さんの役立つ形で広げていければと思います。

(了)


1)藤間勝子.アピアランスケアの現状と課題.2022年.

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国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター センター長

大学卒業後,化粧品会社に勤務。化粧行動の心理・社会的影響に興味を持ち,退職後に公認心理師,臨床心理士の資格を取得。2011年より国立がん研究センター中央病院でがん患者のアピアランスケアに携わるほか,高齢者や障害者に対する美容を用いたケアを実践。21年より現職。

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