• HOME
  • 医学界新聞
  • 記事一覧
  • 2024年
  • 新春随想(矢﨑義雄,萱間真美,西田修,中込和幸,髙橋政代,自見はなこ,加藤聖子,土肥美智子,一二三亨,阿部幸恵,山本伸一,渡辺知保)

医学界新聞


2024年

寄稿 矢﨑義雄,萱間真美,西田修,中込和幸,髙橋政代,自見はなこ,加藤聖子,土肥美智子,一二三亨,阿部幸恵,山本伸一,渡辺知保

2024.01.01 週刊医学界新聞(通常号):第3547号より

3547_0501.jpg

東京医科大学 理事長

 新医師臨床研修制度が必修化されてからはや20年が経った。発足当初は,それまでの卒後の医師臨床研修が大学の医局を中心に行われていたことから,大学側の反発が強く困難もあった。しかし今は,大きな支障もなく制度が定着している。

 そもそも医師の卒後臨床研修は,インターン制度として1946年に始まったが,学園紛争により1968年に中止されて努力義務となり,その後もカリキュラムなどを制度化することもなく,大学がそれぞれ独自のプログラムにより卒後1年間の研修を行ってきた。しかし,1999年の患者取り違え事件をはじめとする重大な医療事故を契機として,医療に対する国民の安全意識が高まり,医師に対しても視線が厳しくなった。それに応えて,総合的な診療能力を習得するための医師の卒後臨床研修制度が必修化されることとなった。厚労省の下で制度設計を検討する委員会が設置され,私がその座長を務めるところとなった。そして2004年度に新たな医師臨床研修制度が発足した。くしくもこの年は,国立大学および国立病院が独立行政法人化されるなど,大きな改革が実施された年でもあった。

 新医師臨床研修制度では,それまでは医師が将来めざす専門領域に偏りがちであった研修カリキュラムを,医療安全確保の視点から総合診療能力の向上をめざしたカリキュラムに変更し,研修期間を2年間とした。研修内容も,内科6か月,外科と救急をそれぞれ3か月,産婦人科,精神科,および小児科をそれぞれ1か月の必修とし,残りの9か月を自由選択とした。また,研修の到達目標も設定した。特に,医師としての資質を涵養するとともに,研修に専念するために有給にしたこと,研修を卒業した大学にとどまらず,研修病院の提供する研修プログラムに自由に応募できるようにした制度設計が注目された。

 新しい研修制度の下,多くの研修医が研修先を大学から市中病院へと変更することとなった。その影響を大きく受けた大学からの要望もあって,診療科ごとの研修期間の変更が行われた。また,プライマリ・ケアを重視して,地域医療が新たに必修科目として追加されるところとなった。一方では,医師の診療科および地域における偏在が指摘され,特に地域偏在に対しての是正が社会的な課題となっていることも,臨床研修制度に大きな影響を与えている。

 さらに,2014年に日本専門医機構が設立され,新たな専門医制度が発足したことから,臨床研修制度も影響を受けるところとなった。本来の趣旨である「患者に寄り添う良き診療医を育成する」ことをめざし,今後も真摯に取り組んでいただければと念じている。


3547_0502.jpg

厚生労働省医道審議会保健師助産師看護師分科会 会長
国立看護大学校 校長

 「看護師等の確保を促進するための措置に関する基本的な指針」が,30年を経て昨年初めて改定されました。生産年齢人口全体の縮小,地域や養成校における入学者の減少や需給バランスの変化,新興感染症等への対応,専門性の高い看護師の養成,訪問看護ステーションで働く看護職の養成とサポートにも触れています。また,魅力的な職業として生涯キャリアを発展させることのできる,学ぶ場と職場の環境を整備することについても詳細に記載されています。地域や職場の特徴によって,人材確保を巡る状況には大きな差が生じています。多様な立場から合意できる着地ポイントをともに探してくださった,関係の皆さまに心より感謝申し上げます。

 看護は他者に関心を寄せ,気持ちを想像して寄り添うことが求められる仕事です。もちろん科学的な思考や実践の根拠に自覚的な態度と技術も求められます。コロナ禍を経て,離職者の増加が現場を悩ませています。感情を動かされながらの仕事では,同僚との気持ちの共有を大切にしてきましたが,職場内のコミュニケーションには相変わらず自制が求められています。「エモい」「ヤバい」を職場の仲間と共有したいという願いに応えられる場は減少し,人間関係がつらいことも一因と思います。

 看護師といえば,心身の丈夫さを強調するイメージが通用した時代がありました。養成のプロセスや試験,そして職場でも,適応に時間がかかる人は門前払いするかのような試練を経験した人もいると思います。現在の人口縮小社会で価値を転換して人材を育てることができなければ,看護は間違いなく持続不能なサービスになることでしょう。企業の採用でも,動機づけの強い人だけを選び出そうとする活動は過去のものとなり,関心をもつ人材を採用過程でも育む視点でかかわることが求められています。

 看護師は小学生女子のなりたい職業ランキングでは,今日まで変わらず上位にあります。昨年の指針改定部会では,多様な立場を代表する委員の皆さまから,看護という仕事の尊重に基づいたご意見を頂戴しました。人にやさしくしたいと憧れる小学生時代の夢を損なわず,社会で育むことができたらと願います。学校も,職場も変わらなければなりません。本年が,人と人とのかかわりにやさしい,明るい年となりますように。


3547_0503.jpg

一般社団法人日本集中治療医学会 理事長
藤田医科大学医学部麻酔・侵襲制御医学講座 主任教授

 集中治療医学は,全身管理を臓器横断的なアプローチで行う専門性の高い学問です。日本集中治療医学会は,1999年に日本医学会93番目の分科会として認定された,まだまだ歴史の浅い学会ですが,本年2月9日に創立50周年の節目を迎えます。発足時は301人であった会員は,現在1万1000人を超えています。私はCOVID-19パンデミック襲来により社会が混乱の渦に巻き込まれる中,2020年3月5日に第5代理事長に着任し,社会的使命の重要性と危機感を持って活動してまいりました。

 集中治療は,1950年代にポリオの大流行があったヨーロッパで麻酔科医Ibsenが人工呼吸管理の必要な患者を一か所に集め,専属のスタッフにより陽圧式人工呼吸管理を試み好成績を収めたことが,そのルーツの一つとされています。折しも,COVID-19パンデミックにより,わが国でも集中治療の重要性が認識されることとなり,ECMOなどの最先端の管理を多くの国民が耳にすることとなりました。また,わが国の集中治療のレベルの高さとともに,医療提供体制の面からはその脆弱性も明らかになりました。

 日本集中治療医学会では,学会を挙げて,「レジリエンスの高い集中治療医療提供体制の充実」の実現に向けたさまざまな活動を精力的に行ってまいりました。おかげさまで,集中治療の重要性の認識は加速度的に向上し,医師届出票における「集中治療科」の追加,専門医機構における「集中治療科(領域)」のサブスぺシャルティ認定,診療報酬改定における集中治療関連の大幅な算定拡大などにつながったと理解しています。

 集中治療は,多職種連携のチーム医療が重要であることから,関連各方面のご協力を得て,各職種における日本集中治療医学会の認定制度を制定しました。昨年度は集中治療認証看護師,集中治療専門臨床工学技士が誕生しました。今春には,集中治療理学療法士が新たに誕生する予定です。これらの資格は,日本集中治療医学会の会員であることをあえて要件とせず,広く人材を育成することで,わが国の集中治療医療提供体制の充実と強靭化をめざしています。また,タスクシェア・タスクシフトを安全に推進するためにも非常に重要であると考えています。

 理事長就任後,学会本体の改革も進め,成熟した組織とするためのさまざまな取り組みを行ってきました。遅ればせながら,ダイバーシティ委員会やU35プロジェクト運営委員会を設立し,活発な活動が始まっています。研究支援制度の充実,各種ガイドラインの制作と普及活動,国際交流の活性化,他学会との協働,学術集会運営の大幅な改革,サマーキャンプの開始など,学会自体が大きなエネルギーをもって躍動している鼓動を感じます。創立50周年の節目に当たり,これからの50年を見据え,今後ともアカデミック活動の充実はもとより,社会における学会の「存在意義と果たす役割」を肝に銘じ活動してまいりますので,ご指導・ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いします。


3547_0504.jpg

国立精神・神経医療研究センター 理事長・総長

 わが国の自殺者数は,失業率がはじめて4.0%に達した1998年に急増して3万人を超えました。その後,国を挙げてさまざまな自殺対策が実施されたおかげもあり,2009年より下降の途をたどってきましたが,新型コロナパンデミックが発生した2020年に,11年ぶりに上昇に転じました。それに呼応して,各種インターネット調査等によると,不安,抑うつといった心理的苦痛を抱える人々が増えて,その数はコロナパンデミック以前の2倍にも上ると言われています。この間,自殺に追い込まれた方や心理的苦痛を感じている人の多くが女性であり,また若年者であることが大きな特徴とされています。一方,新型コロナパンデミック以前に関しても,2020年9月に公表されたユニセフによる子どもの幸福度調査の結果によると,精神的幸福度について,日本は先進国38か国中37位だったと報告されています。

 新型コロナパンデミックに伴い,接触が制限される中,AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)から研究費の助成を受けて,私たちはオンラインでセルフメンタルチェック調査を行いました。その調査結果より,メンタル不調の度合いによって要支援者をトリアージし,AIチャットボットやオンライン相談を利用できるシステム(KOKOROBO)を立ち上げ,約20万人からアクセスしていただきました。しかし,メンタル不調が中等度と判定された方が69%に上ったのに対して,オンライン相談に訪れた方はその4%に過ぎないことがわかりました。メンタル不調を抱える方にとって,「いかにアクセスしやすいプラットフォームを作るか」は大きな課題と言えそうです。

 話は変わりますが,ニュージーランドのダニーデンという町で行われたバースコホート研究の結果,86%の住民が45歳までのいずれかの時点で,精神疾患の診断がつくことが明らかにされました(PMID:32315069)。これは,新型コロナパンデミック以前のデータであり,平常時においても誰もが精神疾患にかかる可能性があることを意味しています。ただし,大部分の方は医療サービスを受けることなく,日常生活の中で対処していることが想像されます。医療モデルから離れた,地域を支える家庭,学校,職場,自治体等の組織が連携して,子どもから大人までがアクセスしやすいプラットフォームを構築し,国民のメンタルヘルスの増進に寄与していきたいと考えています。


3547_0505.jpg

株式会社ビジョンケア 代表取締役社長
神戸アイセンター 研究センター顧問

 網膜再生医療は安全性が確認され,今年は治療効果を判定するステージへと進みます。再生医療は薬と異なり,手術を伴い,細胞は体の中で微小環境にあわせて変化します。薬=治療ですが,細胞=治療ではなく,患者選択や手術法など医療側のノウハウが効果を決めます。

 筆者が研究センター顧問を務める神戸アイセンターの理念は「(医療だけでなく)あらゆる手段で視覚障害の課題解決を」です。同様に網膜再生医療の開発も,治験という既存のコースだけでは時間やコストが跳ね上がり,必ずしも良い治療とはならないことが見えていますので,あらゆる手段を駆使して治療にしようと進めています。既存の規制では治療の高額化と開発にかかる時間,企業の視点からはビジネスとしてなりたたないという問題点は希少疾患における遺伝子治療分野では既に明らかとなり,米国では規制改革の動きが始まっています。われわれが取り組んでいる網膜再生医療も1例目を行った際に,「これだけ新しい治療は開発方法も医療の仕組みも新しくしないと成り立たない。特に眼科医や学会が最初から入って開発しないと無駄が多く,あらゆる方法を駆使することが必要だ」と感じました。

 どのようにしたら早くうまく一般的治療法となるのだろう,と考える中で,日本には治験以外に病院が主導して行う先進医療や自由診療という枠組みがあることに気づきました。そのために神戸アイセンターという眼科だけの病院を2017年に立ち上げ,再生医療を熟知する臨床チームを作り,利益相反を管理しながら病院と企業が協力しつつ,さらに患者を交えて治療を作る体制を構築しました。網膜再生医療の臨床試験は順調に推移していますが,将来的に再生医療を広げていく段階では,現行の保険診療の中に高額な再生医療を大きく組み込むことは不可能です。イノベーティブな高度医療には別の財源を充てるなど日本の医療の良さを残して大きな改革が必要と考えています。

 研究を経て産業界に身を置くことにより,さらに医療を見る視座が上がり,これまで見えていなかった薬価の問題,ドラッグロス,逃散型医療崩壊,大学病院の研究力低下等が見えてきました。そして,診療報酬制度による統制価格なのに資本主義経営という根本的なねじれ構造の下ではどんな小手先の変革も問題解決にはなりません。これらの問題解決に再生医療が突破口になれる可能性があることから,頭を柔らかくして医療システム自体を考える必要があります。産業まで含めて大きな視点から医療を語り,現場を熟知している医師側から方向性を提案することが重要だと思います。2024年を新しい医療元年にしたいものです。


3547_0506.jpg

参議院議員
小児科専門医

 1990年の当時過去最低の合計特殊出生率となった「1.57ショック」を機に,政府は仕事と子育ての両立支援などこどもを生み育てやすい環境づくりに向けて取り組みを始め,94年には文部,厚生,労働,建設の4大臣合意により「エンゼルプラン」が策定されるなど省庁横断的な対応も始まった。2003年には少子化社会対策基本法が成立して,07年には少子化対策担当大臣が置かれるなどさまざまな取り組みが行われてきた。だが,バブル経済の崩壊と長引く不況,非正規雇用の増加と若者の低所得化,女性の社会進出に保育などの環境整備が追い付かないなど,社会構造の激変に翻弄され,少子化に歯止めがかからず,05年に合計特殊出生率が歴代最低の1.26を記録した後,合計特殊出生率はやや改善したものの,現在も1.4前後で推移している。

 こうした国全体の流れの中で,私は2004年に大学を卒業して小児科医として歩き出し,こども達やその保護者,家族と直に接しながら,いかにこの国の制度がこども・子育て世代に優しくないかを強く感じてきた。困難を抱えた妊産婦の支援,保育環境の整備,産休・育休を取得することに対する社会の評価,障害児支援,貧困家庭のこどもへの支援など,具体例を挙げると切りがない。こどもに冷たい社会,子育てが自己責任とされる社会では,少子化に歯止めがかからないのは当然の帰結ではないだろうか。必要とされるのは,「少子化対策」のためのこども政策ではなく,こどもたちが身体的(bio)・精神的(psycho)・社会的(social)に健やかに成長することを社会全体で支え,こどもを持つことが幸せに感じられることによって結果的に少子化に歯止めがかかる政策である。

 超党派議員連盟事務局長として2018年12月に議員立法に取り組んだ成育基本法は,妊娠期から始まるこどもたちの健やかな成長を切れ目なくサポートするための理念法である。成育基本法の成立後,産後ケアの法制化,医療的ケア児支援法の成立,循環器病対策における移行期医療の充実,難聴児支援予算の大幅増額,CDR(チャイルド・デス・レビュー)など個別の施策でも大きな進展があった。さらに,成育基本法には,「行政組織のあり方の見直し」も規定されており,これに基づいて22年6月に「こども家庭庁設置法」が成立し,23年4月にこども家庭庁が発足した。加えて,「こども家庭庁設置法」と同時に議員立法で「こども基本法」が成立したことは,少子化対策における大きな発想の転換と言える。「こども家庭庁設置法」が新省庁の組織や機構,権限に係る法律であるのに対して,「こども基本法」は「児童の権利条約」を受けた国内法として,こどもたちをまん中に置いた施策を社会全体で総合的かつ強力に実施していくための包括的な理念法である。こどもたちを真ん中に置いた母子保健政策とその他の政策の一体的な提供こそが少子化対策の核心と言っても過言ではない。

 現在,岸田政権の掲げる「異次元の少子化対策」を巡り財源論などさまざまな議論があるが,「こどもまん中」の視点を忘れてはいけない。こどもの元気が日本社会の元気の源である。これからもこどもたちが夢を持ち,自らが社会の担い手として活躍できるよう,私に与えられた使命を全うしていきたい。


3547_0507.jpg

日本産科婦人科学会 理事長
九州大学大学院医学研究院生殖病態生理学分野 教授

 産婦人科は女性の健康を守り,生命の誕生を助け次世代につなぐという役割がある。昨今,晩婚化・晩産化・少子化が社会問題になる一方,女性の活躍促進も叫ばれている。このような状況の中,昨年は生殖医療の現場では健康な女性が行う「ノンメディカルの卵子凍結」が話題になった。若いうちに卵子を凍結しておいて,必要になったらそれを融解して使うというものである。背景には加齢により卵子は量・質ともに低下し,妊娠する能力が下がることが一般に知られはじめたことにある。東京都は卵子凍結に係る費用および凍結卵子を使用した生殖補助医療への助成を開始した。若い時期をキャリア形成に費やす女性が増えた昨今,先々の妊娠・出産を考えた際の選択肢になるのかもしれない。しかし,この卵子凍結にはメリット・デメリットがある。メリットとしては,今は仕事に集中したい場合,将来の妊娠・出産に備えているという安心感である。一方デメリットは,女性の身体の老化に関連したリスクである。高齢になってからの妊娠は妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの合併症や,分娩時のリスクも上昇する。詳細は日本産科婦人科学会のWebサイトに「ノンメディカルな卵子凍結をお考えの方へ」を掲載しているので参考にしてほしい。

 生殖補助医療の普及に伴い保存される凍結卵・受精卵の数は増えていくことが見込まれる。一方,これらの監理は医療機関に任せられており,取り違え,紛失や売買などに備えたルール作りは行われていない。これまで日本産科婦人科学会は,主に生殖補助医療に関連した臨床・研究を遂行する際に倫理的に注意すべき事項に関する見解を公表し,この見解を遵守しない学会会員に対しては罰則を課すなどして自主的な規制を行ってきた。しかし,見解遵守を求めることができるのは,本会会員に対してのみである。仮に見解を守らない医師を除名しても,その医師が医療を行うことは可能なことから,本会に違反行為をやめさせる力はない。われわれは国にこれらに関する法整備と監理体制の構築,国の関与が難しい医学的判断・倫理的判断とその運営を行う公的機関の設置を提言してきた。安心して子どもを産み育てられる社会の構築のために,ぜひこれらを実現させていきたい。


3547_0508.jpeg

日本オリンピック委員会 理事
立教大学スポーツウエルネス学部 特任教授
日本サッカー協会診療所 院長

 今年7月に夏季オリンピックが仏パリで開催される。パリでオリンピックが開催されるのは3回目である。1900年にパリで初めて開催された第2回大会は,女性アスリートが初めてテニスとゴルフ競技に参加した大会であった。IOC創始者の仏人貴族ピエール・ド・クーベルタンは古代オリンピックの理想を,男子選手の肉体美の躍動とし,「女性がスポーツをしている姿は優雅でも面白くもなく,見るに堪えない。女性の主たる役割は勝者に冠を授けることである」と古代に倣って女性禁制にしたとされている。実際,女性が腕や足などを見せることは恥ずかしいことと当時は見なされていたため,第2回大会ではロングスカートをはいていたそうである。また当時は「母体の保護」が論じられ,「女性の参加は好奇な目にさらす」と考えられていた時代背景もあり,女性アスリートの比率は2%に過ぎなかった。一方で前回の東京2020大会ではその比率は約50%に達し,時代が大きく変わったと実感する。スポーツが社会を反映しているとIOCバッハ会長が語っていたが,男女平等,機会均等,多様性の現代でパリ五輪がどのように開催されるか,楽しみである。

 パリ五輪のもう一つの興味は,未曾有の感染症で開催が1年延期され,無観客,バブル方式で行われた東京2020大会の次に開催されるということである。オリンピックは4年ごとの開催であるが,今回は1年の延期のために3年間しか準備期間がなかったことは,選手のパフォーマンス調整を難しくするだろう。その一方で,コロナ禍で存在意義を問い続けたアスリートが,有観客下で競技することにどれだけの喜びを持って臨むのか,その躍動も楽しみである。

 個人的にはCOVID-19による世界的なロックダウンは,いわゆるノアの方舟ではないかと思っている。元に戻るのではなく,より良い世界に変えていくきっかけであり,変えなければならないと思う。多様性をより深め,スポーツの価値を改めて問う,極めて大きな意味を持つであろうし,30年以上スポーツドクターとして活動してきた筆者自身にとってもかつて留学していたパリで開催されるオリンピックは何か意味を持つのだろうと感じている。そして今後は,わざわざ女性アスリートの比率を気にすることもない社会へ,スポーツ医学も次なるステージへと成熟に向かう時であると思っている。


3547_0509.jpg

聖路加国際病院救急部救急科 医長

 2024年7月に千円紙幣の肖像画に北里柴三郎先生が採用されます。北里柴三郎先生といえば血清療法です。しかし,「血清療法って,いったい何だろう?」と,疑問に思われる方もいらっしゃるかと思います。幸いにも,私は運命的なご縁があり,血清療法の臨床と研究を,現代において全般的に担当しています。

 血清療法とは,人工的に作られたポリクローナル抗体(ヒト,他の動物由来)を含む血清(抗毒素・抗血清とも呼ばれる)を投与して治療することと定義されています。近代医学で最古の治療法と言われる血清療法は,日本人医学者の北里柴三郎先生によって1890年に開発され,第1回ノーベル生理学・医学賞をエミール・フォン・ベーリング博士が受賞しています。

 現代における血清療法の主な役割は抗体による毒素の中和です。その原則において自然毒であるマムシ,ハブ,ヤマカガシなどの毒ヘビ咬傷,セアカゴケグモ咬傷などの毒グモ咬傷,オニダルマオコゼやハブクラゲなどの有毒海洋生物咬刺傷に関しては有効な治療法として確立されています。また,感染症に対しては,感染症治療における原則である抗菌薬投与と感染巣のドレナージに加えて,病原因子(毒素)に対する抗体治療という新たな側面が注目されています。Clostridium perfringens敗血症に対するガス壊疽抗毒素による中和治療,また爆発的に増加しているCorynebacterium ulcerans感染症(ジフテリア類似疾患)に対するジフテリア抗毒素による治療,ボツリヌス菌毒素を用いたテロへの対策も加味したボツリヌス抗毒素は,いずれもその効果,存在意義が今後大きく高まると期待されます。

 北里柴三郎先生が血清療法を開発して134年がたった現在も血清療法の臨床効果は証明されており,臨床展開されています(一部は臨床研究として行われています)。北里柴三郎先生の教えの原点である,①常に実臨床を見据えた研究を行うこと,②“効く”の確信を持ってその研究に情熱を注ぐこと。この2点の基本的哲学が絶対的なものであるからこそ,そこをしっかりと心に据えて研鑽していけば,血清療法は今後も発展することは信じて疑いません。また,どの分野においても北里柴三郎先生の教えの原点とともに研究を行うことによりさらなる発展を遂げると確信しています。

3547_0510.png
写真 新千円札紙幣

3547_0511.jpg

東京医科大学医学部看護学科 学科長

 2024年の干支は「甲辰(きのえ・たつ)」です。甲辰は,「成功という芽が成長していき,姿を整えていく」年とされています。長いコロナ禍で社会は大きく変化しました。昨年度は,コロナ禍による制約が看護の人材育成にもたらした弊害と,ICTやAIなどの技術革新で得た教育方法から人材育成の方法についての温故知新を考えた年でした。本年は,ポストコロナでの人材育成の在り方を具体的に整えていく年となることを期待したいです。

 さて,看護系大学の数は300校を超えました。30年前は10校でしたので,飛躍的な伸びです。現場では大学を卒業した看護管理者や指導者が増えています。また,タスク・シフト/シェアで,看護職者の役割拡大が進んでいます。このあたりで一度,看護学教育の大学化の原点に立ち返り,人材育成の在り方について考える必要があると感じます。各教育機関は基礎教育の質を検証し,現任教育は,専門性の芽を着実に成長させて看護の質をより高いところに向かわせる教育になっているかの検証が必要でしょう。

 看護は実学です。現場の看護の質が向上し,新たな看護の価値を創造していく人材が着実に育ってこそ,大学化の意味があるのです。役割拡大では,看護の視点で考えて行動できなければ専門性を見失います。現在,卒業生の90%以上が医療機関に就職し,そこで教育を受けていますが,看護職者の活躍の場は多様です。医療機関だけでなく,地域で,海外で,他分野でと,さまざまな場で看護の専門性を発揮できる人材を育てる視点から現任教育を検証する必要があります。基礎教育は学際的な考え方を培い,専門領域での知的・倫理的準備性と実践への応用を学びます。それは,プロフェッショナル教育の基礎「看護の芽」を育てるに過ぎないのです。現任教育こそが新のプロフェッショナル教育です。どのような場でも看護の専門性を発揮していく力をつけて,ジェネラリスト・スペシャリスト・マネジメントなど個人が描いた夢に向かってキャリア形成していける場を整える。そのためには,教員・現場の管理者らが,学び,意識を新たにして,基礎教育と現任教育の真の連動を図る必要があるでしょう。後輩たちが,看護の専門性に誇りを抱き,希望に満ちた看護の未来へ向かうように新たな人材育成の姿を整えていく,そんな年にしていきたいです。


3547_0512.jpg

一般社団法人日本作業療法士協会 会長

 1965年に理学療法士および作業療法士法が誕生し,現在における作業療法士の有資格者数は11万3699人。男女比については男性38.8,女性61.2,平均年齢は男性36.4歳,女性35.6歳となっている(一般社団法人作業療法士協会の組織率は約60%)。

 2023年を振り返ってみると,私自身のことで恐縮ではあるが5月27日の総会・臨時理事会にて第6代会長に選出いただいた。身が引き締まる思いである。めざすのは「輝いている患者(利用者)さん,輝いている作業療法士」。それを支える「魅力のある各都道府県作業療法士会と当協会」であること。理事も新たに,新体制の事務局で各事業を進めているところである。作業療法の対象は,乳児から成人・高齢者まで。介護予防から急性期・回復期・生活期,そして終末期の全てである。在宅復帰にとどまらず,就園・就学・就労・遊び・趣味等,いきがいを持った生活行為,「真の暮らし」のために支援させていただく。

 一方,重要課題と言えるのは認知症に対する作業療法である。われわれは認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)に基づき,「訪問による効果的な認知症リハビリテーションの実践プロトコルの開発研究」(令和4年度老人保健健康増進等事業)を実施し,現在は「訪問による認知症リハビリテーションの効果についての調査研究事業」(令和5年度老人保健健康増進等事業)を展開中である。

 また,2023年10月2日,令和5年度社会保障審議会介護給付費分科会では,当協会,日本理学療法士協会,日本言語聴覚士協会の3団体によるヒアリングで行ったが,3団体の代表として総論部分では「多職種協働の促進と各専門職の活用」「リハビリテーション専門職種の処遇改善」と「認知症リハビリテーションの普及の重要性」を提案させていただいた。また当協会としては,さらに「認知症の方々に対する訪問の効果」を報告した。認知症については,国民の最大の関心事といっても過言ではない。戦後の第一次ベビーブームに誕生した団塊世代が75歳に到達する2025年は既に目の前である。各専門職種が,それぞれの専門性を発揮できることが「国民の幸福」につながる。

 当協会・各都道府県作業療法士会・養成施設校・勤務先との組織力をさらに強化し,臨床技術を確かなものにするという命題に対して真摯に取り組んでいきたいと考えている。今後とも,関係諸氏におかれては,ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いしたい。


3547_0513.jpg

長崎大学プラネタリーヘルス学環長
Planetary Health Alliance日本ハブ

 プラネタリーヘルス(PLH)という言葉は,2015年のLancet誌(PMID:26188744)に,同誌とロックフェラー財団が共同で組織した委員会の報告書として大きく取り上げられた。国内外問わずここ2~3年でPLHという言葉に接する機会が増えてきたので,どこかで見聞きされた方もいらっしゃると思う。Lancet誌に取り上げられた報告書には,「人間の健康(社会や文明の健全さを含む)と地球の健康(生態系の健康も含む)とは相互に依存する関係にあり,後者を守ることが前者につながる」という,ある意味で極めて当然の主張に基づいて,今後研究すべき領域とその成果を実践する方法について指針が示されている。人間と地球との関係を解明し,その最適化をめざす手法を開発することがPLHの研究であり,そこで得た知見を政策や社会活動に転換することがPLHの実践ということになる。米国(現在はJohns Hopkins大)に事務局を置くPlanetary Health Allianceという国際的ネットワークもあり,昨年,学術関係者を中心にその日本ハブも立ち上がった。ちなみに筆者が所属する長崎大学は,2020年冒頭,PLHに全学で取り組むことを日本で初めて宣言した。

 PLHの主張は当たり前のことだと思われる方も多いに違いない。それを学術機関だけでなく,国際機関や世界銀行までもが取り上げるようになったのは,気候変動,パンデミックなど私たちが直面している喫緊の課題を解決するために,この当たり前の主張を再確認し,具体化することの必要性が明らかになってきたからだろう。

 常日頃,人の健康にかかわる最前線で重要な役割を果たしている医療者の方々にとって,地球の健康はやや距離のある話と感じられるかもしれない。しかし気候変動は熱中症や感染症(特に熱帯感染症)の拡大を助長すること,巨大台風や集中豪雨の増加を招いて生命や健康を脅かすことが指摘されている。また,地球規模で社会機能を麻痺させたCOVID-19のようなパンデミックの発端には生態系の劣化,人間と生態系との接し方の課題も指摘されている。さらに,過剰な肉の摂取を控えることが人間の健康にも地球の健康にも良いなど,人間の健康と地球の健康とは意外に近い距離にあって,今後の健康問題の解決には,地球の健康への目配せが不可欠と言える。医療・保健活動と関連した温室効果ガスや廃棄物の削減を考えることも,地球上のさまざまな地域や将来世代の負担を軽減する上で重要だ。社会的な信用度も高い医療者がPLHについて考え発信することは,多くの方の関心と活動のきっかけになるに違いない。


開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook